第三幕(みんなの感想編)その②
次の日の朝、ローが朝食を準備しながらコラソンを「コラさん」と呼ぶ練習をしていた。
始めは口に出すのも恥ずかしがっていた様だが、何度も繰り返して言えるようになってきていた。
『コラさん、コラさん。…よし、言うぞ』
その様子を館内の皆は涙でぐしょぐしょになりながら見守っていた。
「頑張ってキャプテーン!!」
「ファイトですっ!キャプテン!」
ベポ達の声援を受けつつ、ローは未だ夢の中のコラソンに深呼吸をして呼びかける。
『コラさん。…おい、コラさん!』
恥ずかしさが勝ったのかぶっきらぼうな口調になってしまうローに微笑ましくなってしまう一同。
目を覚ましたコラソンが変な顔で驚いているのを見て、思わず吹き出してしまう者もいた。
朝食を食べながら、フリーズしてしまうコラソンの胸中は喜びで溢れていた。
『センゴクさん、センゴクさーーーん!』
突然呼ばれてセンゴクは目を剥いた。
『ローが、あのクソガキが、やっっっっっと懐いてくれましたーーーーーー!!!』
聞いたことがないくらい嬉しそうな声が響くが、その顔はぼんやりとしている。
『ああ、ああ!!ガキの頃、間違ってあなたを「父上」と呼んでしまった時のセンゴクさんの気持ちがやっと分かりましたよ!!』
『なんて嬉しいんだ…あのクソガキが、ほんとに。…ああ。これが、父性ってやつなんですね、センゴクさん!!』
『うおおおぉぉぉ!!やったあぁぁぁぁ!!』
ぼんやりしていたコラソンの顔がニンマリと笑顔になっていって、最終的にニヤケ顔で落ち着いた。
声にならない声で叫んで喜ぶコラソンはまるで子供のように無邪気だった。
それを聞いた皆はまた微笑ましくなってしまう。
「コラさん可愛い……」
「よかったね、キャプテン」
ベポの言葉にクルー達が泣きながら頷く。
「わかったから何度も呼んでるローに応えてやらんか!」
センゴクが顔を真っ赤にして叫んだ。
ドンキホーテファミリーの中ではどよめきが起こっていた。コラソンが海兵であることは分かっていたが、まさかセンゴクと繋がっていたとは。
朝食が終わって、ローに「コラさん」呼びを何度もせがむコラソンを一同は微笑ましく見守っていた。
その微笑ましい空気を裂くように電伝虫の声が鳴り響く。
ドフラミンゴからオペオペの実の情報を得たとの連絡を受け、一同は合点がいった。
この実のお陰で、ローは命を繋いだのだと。しかし同時に、これから待ち受けているであろう過酷な運命を暗示しているようでもあった。
コラソンはすぐさま電伝虫をかけた。相手はいつか聞いた声。コラソンがはっきりとセンゴクの名を口にした。
他にも誰かいるのか、電伝虫の先で言い争うような声が聞こえて騒がしくなる。
その中でよく知る名が出てきて海兵達とルフィ、ロビンが反応した。
コラソンはセンゴクからオペオペの実の取引内容を聞き出し、受話器を置いた。
彼が振り返った先でローが倒れていた。
『ロォー!!!!』
「キャプテーーーーン!!!!」
コラソンとベポ達の悲鳴が共鳴する。
『ロー!しっかりしろ!!』
慌てて抱き起こすコラソンの腕の中でローが苦しそうに息をしていた。
「何があった!?」
騒然となる館内の中で、チョッパーがぽつりと呟いた。
「発作が始まったんだ…」
その言葉を聞いた周囲が目を見開く。
「珀鉛病は末期になると発作が始まるんだ。その間隔がどんどん短くなっていって、最後は…」
「全身の痛みと共に死に至る…」
悔しげにペンギンが言った。
ならば、ローに残された時間は…。
彼の計算よりも早い死期に一同は愕然とした。
『何とか頼むよ…っ、あと3週間…、生きててくれよ…っ!!』
必死に声をかけるコラソンだが、ローは忙しなく呼吸を繰り返すだけだ。
『チャンスをくれーーー!!!』
コラソンの叫びが空しく響き渡った。
ローが目を覚ましたのは次の日の夜だった。
コラソンと共に見守る者達も、ローがいつ目覚めるのかとハラハラしながら待っていた。
目を覚ましたローに一同はホッと詰めていた息を吐く。しかし、直後吐き始めたローにまた慌てた。
コラソンが不器用ながらも懸命に看病している。その様子を見ていることしか出来ないことが酷く、もどかしい。
『あぁ、あぁ!!ロー!!』
コラソンがあたふたしている。
不器用とドジっ子が祟ってコラソンの看病はお世辞でも良いものとは言えなかった。
「違うよコラさーん!!そこはこの角度で!!ああ!!キャプテン吐いちゃったーーー!!!」
医療従事者の観点から見るとめちゃくちゃな対応にハートのクルー達は阿鼻叫喚だった。
「コラさんもっと優しくしてぇ~!!」
「コラさん落ち着いて!!ああもう!!そこじゃねぇぇえ!!逆!!逆だよーー!!」
「そっちじゃない!!ああ!!だからダメだってば!!それはこっちだろぉぉぉぉ!!!」
『うわあああああ!!?ごめんな…!!ごめんなああああ!!!!?』
パニック状態のコラソンにつられてベポ達も泣き出してしまった。
しかし、そんなコラソンの看病に対して、ローは感謝を告げて笑うのだ。
『ありがとう』と。
その笑顔を見て、ベポ達は新たに流れる涙で前が見えなくなった。
発作が始まって数日後、やっと吐き気が収まったローに、次は全身の痛みが襲った。
『うぅ…いてぇ、いてぇよ……』
涙を零し弱々しく呻きながら全身を掻きむしるように藻掻くローに何もしてあげられないことが酷く悔しい。
「キャプテン負けないで!!」
「頑張れトラ男!!」
「トラ男!なんとか持ち堪えてくれ…!痛みが収まれば発作は終わるから…!!」
自分達の声援がローに届くようにと、皆で声をかけ続ける。
彼等の声援とコラソンの看病の甲斐あってか、ローは辛い発作を乗り越えた。
一同は両手をあげて喜んだ。よかった、ひとまずこれで大丈夫だと。
しかし、次の発作がいつ来るかわからない不安に一同の表情が曇る。
そして取引3日前、運命の日がやってきた。
生憎の大時化の中を小舟で進むコラソンにローが小さく話しかける。
『『政府』は…おれ達が死ぬこと知ってて…金のために珀鉛を掘らせたんだ…』
ローの口から明かされるフレバンスの真実に皆が息を呑んだ。
『おれも家族も白い町も…政府が殺したんだ…!』
海兵達がグゥと喉を詰まらせた。
『だからもしコラさんがその仲間の海兵なら…正直に言ってくれ…』
口調や声音は淡々としていたが、その胸中を考えると心臓を突き刺されたような痛みが走る。
自分があの場にいたならば何と答えるだろう、とたしぎ達は考えてしまう。あの悲劇を生み出す一端を担ったのは紛れもない、自分達なのだ。
ローの問いにコラソンは彼の目を真っ直ぐ見据えて答えた。
『バカいえ!俺は海兵じゃねェ!!』
その答えにたしぎは体が震えるのを止められなかった。なんて覚悟だろう。己の正義を、信念を投げ捨てるような行為だ。果たして自分も同じことができるのだろうか、と。
『…よかった』
そんなコラソンの答えにしばらく沈黙した後、ローはほころぶように破顔した。年相応の子供らしい笑顔だった。
それを見て、何度も流れた涙が再び堰を切って溢れ出す。
子供に、なんて事を言わせてしまったのだろうと思った。あの子にとっては、本来味方であるはずの存在こそが最大の敵なのだ。
胸が、心が、酷く痛かった。
「ふぅ、ぅぅ…っ、ぐす……っ!」
たしぎは嗚咽を漏らしながら泣いていた。泣くことしか、出来なかった。
『それ所かよく理解しとけ…!オペオペの実を盗むって事は…!!『ドフラミンゴ』も『海軍』も『政府』もみんなを敵に回すって事だ!!生きるのにも覚悟しとけ!!』
半分は自分に言い聞かせているかのようであった。
海兵であるコラソンにとって、海軍を敵に回すということは、彼をここまで育ててくれた恩人であるセンゴクを裏切ることと相違ないのだ。
『でも、だからこそ、あなたから受けた愛を、俺はローに与えたいんです。
この子が笑って生きられるように。
幸せになれる未来を、掴み取れるように』
彼の声に、息子のように想っていた子の言葉に、センゴクの双眸から抑えきれない涙が溢れ出す。
ああ、ロシナンテ。お前は立派に成長したな。あの日、死を望んでいた幼子が、よくぞ、よくぞここまで育ってくれた。
お前を、私は誇りに思う。我が息子よ…。
嗚咽に喉を詰まらせながら、センゴクは涙を流していた。