第一幕〜第二幕の間(みんなの反応あり)
『こうして俺の故郷、フレバンスは滅亡した…』
台本を読み上げるかのような声音でローの声が静かに告げる。
燃え盛る病院を前に喉を潰さん勢いで泣き叫ぶ少年の後ろ姿が徐々に暗くなっていき、やがて暗転した。
***
館内に重苦しい沈黙が降りる。先程まで咽び泣いていた面々も茫然とした面持ちで押し黙っていた。
「……なんだよこれ」
最初に口を開いたのはペンギンだった。
「何でローさんがこんな目に遭わなきゃならなかったんだ!?こんな悲劇があってたまるかよ!!!」
「ペンギン…っ」
激昂するペンギンを宥めるようにシャチがその肩に手を置いた。
まだスワロー島で暮らしていた時に故郷の話は聞いていたが、ここまで酷いとは思わなかった。当時もなんて惨いとは感じていたが実態は想像の何百倍も悲惨な結末だったのだ。
「……ローさんはおれ達のこと傷つけないようにしてくれてたんだね…」
ベポの言葉にペンギンとシャチは言葉を失った。
ハートの海賊団が結成される前からずっと一緒にいた仲間だ。その絆の深さは他のクルーには計り知れないものがある。ハートのクルー達はやるせなさに床に拳を叩き付けるペンギンの周りに集まった。
「キャプテン……!」
「くそおおおおっ!!」
男泣きする一同の傍らでは、女性陣も涙ぐんでいた。
「……こんなのってあんまりよ……」
ナミが顔を歪めて呟き怒りのあまりよろめいたその肩をそっとロビンが支えてやる。
「ううぅぅ〜〜…トラ男ォォ〜……」
ウソップとフランキーも顔を歪め、チョッパーが顔をくしゃくしゃにして目を潤ませていた。
「……」
ロビンは何も言わず、ただ優しくその背をさすった。
そんな中、ふらりと立ち上がった人物がいた。
「……ルフィ」
サンジが声を掛けるも彼は振り向きもせずにドアまで歩いて行く。
他の面々が見守る中、彼はドア目がけて拳を叩き付けた。轟音が鳴り響くがドアにはヒビ一つ入らない。
ただ殴り付ける轟音とルフィの怒りの咆哮だけが響いていた。
「…もう、やめなさい」
声をかけたのはセンゴクだった。息を荒げるルフィが睨み付ける。
「恐らく最後まで見ないとそのドアは開かないだろう。…これはあの子の生きてきた軌跡だ。どうか、共に見届けてくれないか」
「……」
センゴクの言葉を受けてルフィは渋々と席に戻っていった。
そして、再びスクリーンに映像が流れ始めた。
きいきい、ごろごろと車輪が回る音が小さく聞こえてくる。途中で音が途切れ、次いでドサッと何か重いものを乗せたような音が入り、再び車輪が回る音が響く。
それらが徐々に大きくなるにつれて、暗転していた画面にも徐々に何かが映し出されてゆく。一度目蓋が閉じるように暗転し、開かれると画面いっぱいに顔中から血を流す老人が映った。
「っ!!!」
息を呑む声があちこちで上がった。どれだけ視界が動いても数えきれない程の死体が飛び込んでくる。
堪え切れずレベッカがえずいた。ぶるぶると震えて何度も波打つ背中をヴィオラがさすって一緒にしゃがみ込む。
マンシェリーとレオが心配そうに覗き込む中でレベッカは啜り泣き始めた。
他の者達は彼女達を気にする余裕などなかった。それほどまでに画面内の状況は凄惨を極めたものだった。
ローの開いた掌から珀鉛病に侵された白い肌がボロボロと零れ落ちた時、えずいて膝を折る者が増えた。あまりの凄惨さに目を逸らす者も多かった。
ただ、その中でロビンとルフィ、センゴク、そしてドフラミンゴだけが決して目を逸らさず見届け続けた。画面の中でぐちゃぐちゃに揺れ動く幼いローの悲痛な声を聞いても、決して目を逸らさなかった。
どれだけ時間が経ったのだろうか。ローが動く度に上がる死体が潰れる音と彼等一人一人の名を呼ぶローの声だけが響いていた。えずいていた者達もいつしか口を閉ざしてじっと見つめている。
やがて視界が大きく揺れ、ローが差し込んだ光に向かって突き進んでゆく。そして視界が一気に開けた。
誰もが詰めていた息を吐き出した。やっと地獄は終わったのだ、そう思いたかった。
しかし、地獄は終わらない。
『もう…疲れた。みんなと一緒に死んでしまいたい…』
諦め切った声が落とされた。
生気を失った、とても子供がするものじゃない目で死に向かおうとするローの姿に全員が顔を歪め、その次に飛び込んできた光景に誰かが喉の奥を引き攣らせた。
「あ…ぁ…そんな…」
膝を着いたのはたしぎとコビーだった。その顔は絶望に染まり、滂沱の涙を流している。スモーカーも耐え切れず顔を伏せてしまった。画面に映る海軍の制服。この時ほど己の背中の文字に疑問を感じずにはいられなかった。
何が、正義。何が、何が、何が、何が…!!
『…………やる』
低く呟かれる声に身を切り裂かれる心地になる。
『…ろ……やる』
幼い心が憎悪に燃え上がる様をただ眺めることしか出来なかった。
『殺してやる…!!』
復讐心に駆られた少年の絶叫が何度も脳内に木霊した。
「ロー…」
その名を呼んで顔を片手で覆った。
思い出すのは炎と氷に分かれた島での彼の姿だ。彼にも問うたが何度もスモーカー達を消す機会はあったのだ。それなのに。
(これ程海軍を恨むなら、何故俺達を助けたんだ…)
その疑問に答えられる者は棺の中だ。
「…よく見ておけよ海兵共」
地を這うような声で囁いたのはドフラミンゴだった。
「テメェ等の『正義』の結果がアレを生み出した。ローはただの被害者だったんだ。それをあそこまで歪ませたのはテメェ等政府だってことを忘れるな」
嘲笑するような声音とは裏腹に、スクリーンを見据える目は凍てつくように冷たく鋭かった。
「分かっているとも…。トラファルガー・ローという海賊を生み出したのは我々の責任だ。…それを償わなければならない時が来るだろう」
固く拳を握り締めて、そこから血を滴らせながらセンゴクは絞り出すように言った。
スクリーンの中で手榴弾を体に巻き付けたローが歩く。その目が殺意でギラギラと輝いている。
『町も、家も、人も…!全部壊したい…!』
『おれはもう…長くは生きられねェ…!』
幼い子供にこんな言葉を言わせてしまう事実が耐え難かった。
「キャプテン…」
ベポが掠れ声で囁いた。その顔は何度も流した涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。
「キャプテン…キャプテン…ッ」
ボロボロと大粒の涙を零しながら何度も繰り返した。
「ローさん…ッ!!!」
その慟哭を止められる者は誰一人としていなかった。