第一幕(みんなの反応編その①)
『───ここは、北の海にあったひとつの王国フレバンス。『白い町』の通り名で知られる裕福な国。『珀鉛』と呼ばれる鉛によって文字通り家も木も花も見るもの全てが真っ白な、美しい国だった。そしておれの故郷でもあった───』
聞きなれたローの声をしたナレーションが館内に響く。
「これ…、キャプテンの声…!?」
ベポが目を丸くして壁を叩く。その声は彼が居るであろう棺からではなく、目の前のスクリーンから聞こえてくるのだ。
「何してるんすかキャプテン!?」
「起きてくださいよ!!!」
クルー達が口々に叫ぶもそれに応えることはない。
皆が見つめているスクリーンに映し出されたのは、まるで童話の世界かと錯覚するほどに幻想的な風景だった。
純白の建物の上に上がる花火、楽しそうな音楽。行き交う人がみな幸せそうな顔を浮かべ、子供たちは楽しく白い石畳を駆け抜け若い男女が綺麗な服をまとい踊りあかす。
教会の中ではシスターたちとたくさんの子供たちが祈りを捧げ、歌を歌っていた。
「綺麗…」
現実離れした美しさにナミがうっとりと呟く。
「すっっげぇ!!! 本当に木も花も全部真っ白だ!!!」
ウソップが興奮冷めやらぬ様子ではしゃぎ、チョッパーが「こんな綺麗な町初めて見た!」と歓声をあげた。
他の者達もフレバンスの幻想的な町並みに目を奪われている中、北の海出身者とセンゴクとロビンは言葉を失ってスクリーンを凝視していた。
ローの言う通りこの町がフレバンスならば、『白い町』であるならば、その結末は……
それを記憶から探しあてようとするも、聞こえてきた声に中断される。
画面の中では、教会で若いシスターと共に賛美歌を歌う幼い子供たちが映っていた。シスターの祈りの言葉が終わり、彼女が手を広げると子供たちがわぁっとはしゃぎながら駆け出していく。
その中に、見覚えのある男とよく似た顔立ちの黒髪の少年が映る。
『ローはやっぱりおいしゃしゃまになるの?』
少年の隣にいる子供が少年を探し人である男と同じ名前で呼び、一同は目を見開いた。
『あたりまえだろ、おれのとうさまはこの国いちばんのめいいなんだ。おれもとうさまみたいなりっぱないしゃになるんだ!』
『たまには海のせんしソラごっこしようぜ!』
『またカエルのかいぼーしてるの?』
『ちょっとこわいよ~』
ローと呼ばれた少年が大きなカエルを片手に子供らと笑い合う映像が流れる。
今のローからは考えられないほど、無邪気で屈託のない笑顔だった。
「え、あの子が……キャプテン……?」
シャチの呆然と呟く声が耳に入る。
見れば彼等は俯いて何かを堪えるようにふるふると肩を震わせていた。
無理もないだろう。ウソップは内心呟く。ハートのクルーは自他ともに認めるロー大好き集団だ。ゾウでの宴で、散々彼らの敬愛するキャプテンのカッコイイところを耳にタコができるまで聞かされた身としては、彼らの気持ちが手に取るように理解出来る。
あれだけカッコイイカッコイイと騒いでいた人物の幼年期がまさかあんなにピュアピュア可愛いショタっ子(⚠︎︎右手にはカエル装備)だったなんて、きっとショックを受けているに違いない、と。
そう思って憐れみの眼差しを向けた先でクルー達がゆっくりと顔を上げ、その表情を見てギョッとする。
そこには予想に反してデレデレと鼻の下を伸ばす姿があった。
「カワイイんだけどキャプテ〜〜〜〜ン♡♡♡」
「天使かよぉおおお♡♡」
「待って待って待って尊すぎて息出来ねぇ……っ!!」
「んだあの舌っ足らずな声ェ!!! 超絶プリティーじゃねぇかぁああ!!!」
「うわぁあああん!! キャプテンの少年時代をこの目に焼き付けれるとか最高すぎるぅぅぅ……っ!!」
「お、おう……」
館内に響き渡る野太い悶え声。
涙を流して喜ぶ彼らにウソップ達はドン引きしてしまう。もうここまで来ると信仰に近いのではないか。
トラ男はこんな奴らに囲まれてるのかと思うと同時に普段どんな風に過ごしているのか気になってしまうウソップだった。
『ロー君! はやく家に戻りなさい! 君のお母さんから赤ちゃんが産まれそうなんだ!』
スクリーンの中では母が産気づいたと聞いたローが病院へ向かっていた。
場面が変わり、国一番の大きな病院が映る。
そこに年端もいかない少年と男が廊下のソファに腰掛けていた。少年は先程のローだったので、隣の男は恐らく父親なのだろう。
一同の知るローと驚く程そっくりな顔立ちをしている。
「あれがトラ男のお父さん? 似てるわね」
「そうね。トラ男くんから目つきの悪さと不健康な隈を取って優しさと親しみやすさを足したらあんな感じになりそうね。…そっくりだと思う」
それは…似てると言うのだろうか。
ナミとロビンがひそひそと話すのをウソップはじっと見つめてしまった。
『とうさま、おちついてよ』
忙しなく立ち上がったりその場をうろうろしているローの父親にローの舌足らずな声が呼びかける。
『ああ、そうだな…』
しかしソワソワが収まらない父親を見て、ローは呆れたように溜め息をついていた。
「ハッ!『父様』だとよキラー!! トラファルガーの野郎、お坊ちゃんかよ!!」
「ファッファッ!! 今の姿からは想像もつかないな」
嘲るように笑い声を響かせたのはキッドとキラーだ。
まあしかしその気持ちも分かる。あの『死の外科医』の異名を持つ30億の男がまさか親を様付けなど、いったい誰が想像できようか。
館内ではあまりの衝撃に葉巻や煙草を落とす者や思わず吹き出してしまう者、微笑ましさに笑みを浮かべる者、ギャップに悶絶する者と様々であった。
ローと父親がソファに座って待っていると、突如静かな病院内に元気な赤子の声が響き渡った。
『!!』
二人は顔を見合わせて急いで病室に向かう。中に入ると小さな赤子を抱えた女が笑顔で出迎えた。
『おめでとうございます、元気な女の子ですよ』
助産師の言葉に跳び上がらんばかりに喜ぶローの父。眼鏡の下の目から感極まって涙が溢れ出す。
『ああ、ああ、ありがとう、ありがとう。良く頑張ったね』
泣いているローの父と抱擁を交わす母親の腕に抱かれている小さな存在にローは釘付けだった。
『おいで、ロー。ほら、あなたの妹よ』
気付いた母がローを手招く。白いお包みの中でふにゃふにゃと泣く小さな存在がいた。
ローがそっと生まれたばかりの妹に手を伸ばし、すべすべでぷにぷにのほっぺにつん、と触れて、キュッと丸められた小さな手に指を差し出すと、妹はローの人差し指を力強く握り締めた。
『かあさまかあさま! にぎったよ! すごくつよい!』
興奮するローに両親も一同も笑顔になってしまう。
『あのね、この子の名前なんだけど…ラミはどうかしら?』
『うんうん! すごくいい!! さっすが母様だ!』
『ラミ…ラミっていうのか。おれ、ローだよ』
ローの指を握る、小さな小さな手にキュッと力が入る。
『ロー。今日からお兄様になるのよ。ラミのこと、守ってあげてね』
『…うん!』
幼いローが力強く頷いた。
『ラミ、おにいさまがぜったいまもってやるからな!』
ローの誓いに応えるように、小さな妹がほわ、と笑っていた。
「お兄ちゃんなキャプテンカワイイ〜〜〜〜♡♡♡」
「俺もお兄様って呼んでみてぇ!!」
「やめとけ〜ハリ倒されるぞ〜〜♡♡」
ハートのクルーは相変わらずだった。
誕生した妹をローはそれはそれは可愛がっていた。母と妹が退院するまでは毎日欠かさずベビールームに通い、退院後は率先して妹の世話をしていた。
最初はおっかなびっくりだった抱っこも、母親に教えてもらいながら繰り返す内にどんどん上達し、1年が過ぎる頃にはラミはローの抱っこで一番落ち着くようになっていた。
そんな微笑ましく温かい家族団欒の光景に一同は驚きを隠せない。
こんなに幸せな家庭で育っていながら、何故彼は海賊になったのか。何が彼を海へと駆り立てたというのか。
何か悪い予感が止まらなくて、スモーカーは拳を握り込んだ。
ローの妹、ラミが生まれて1年が過ぎた。妹のお喋りの練習に付き合うローを一同は温かく見守っている。
『にいに!』
『父様ー!! 父様父様ー!! ラミがしゃべった!『にいに』ってしゃべった!!』
初めて喋った妹に家族全員で喜びを分かち合い、ローは選ばれたことに誇らしげに胸を張っていた。
『ねぇ母様。ラミのほっぺってぷにぷにしてるよね』
『あら、ローのほっぺの方がぷにぷにしてるわよ?』
『ラミの方がぷにぷにしてるよ!』
『父様もローのほっぺの方がぷにぷにしてると思うなぁ。父様の癒しだよ』
『むっ!』
頬を真ん丸に膨らませてむくれるローの頬を両親が左右から人差し指をあててぷひゅー、と空気を漏らしてしまう。
「は???? なにあの、は????? かわいいが過ぎるだろ?????」
イッカクが語彙力を失って逆ギレしている。ハートのクルーの情緒は破壊し尽くされ「かわいい」を口から吐き出すかわいい製造機へと成り果てていた。
それからも、ラミが初めて立った時はロー達と一緒に歓声をあげ、歩き出した時には涙を流して喜ぶローと同じように涙ぐんで嗚咽を漏らす者もいた。
「ぐ、ぅぅ〜〜〜!!」
「え、お父さんどうしたの!?」
その中で誰よりも涙を流す者が一人。嗚咽に喉を詰まらせるキュロスに駆け寄るレベッカ。
「うぅ、ぐじっ…君の小さい頃を思い出してて…」
「え!?、ちょ、ちょっとやめてよ! ほら、泣きやんで!」
「君が初めて立って歩いた時も、あんな風に嬉しかったんだよ〜…ぐずっ」
そう言って再び泣き出すキュロス。その背をレベッカがあわあわとさすっている。ここにも微笑ましい親子がひと組。そんな彼らをリク王とヴィオラが優しく見守っていた。
ローの日常は朝起きて家族みんなで食卓を囲み、朝食後は教会に向かい、シスターや友人達と祈りを捧げたあと思い思いに遊びに繰り出していた。
よく水辺に行っては友人と一緒に服を泥だらけにしてカエルを捕まえている様子は近所で有名になっているらしく、微笑ましく見守る住民たちと同じように一同もほっこりしてしまう。
「ははっトラ男もやんちゃだったんだなー」
「うわー、あれはなかなか落ちねぇぞ…」
「キャプテンの笑顔が眩しい…! ウッ目が…ッ」
普通の子供だった。彼はどこにでもいる普通の子供だったのだ。
捕まえたカエルの腹をメスでかっ開こうとするのは流石外科医になる子と言わざるを得なかったが。
こっそりカエルを解剖していたのを父にバレてしまい、叱られて泣いてるのを見ると、本当にごく普通の子でしかない。
そう思えば思う程どうしてこの子供が現在の彼に成ってしまったのだろうという疑問が尽きなかった。
ただ一部、この町の行く末を知る者たちのみがそれを苦々しく見つめていた。
『おれ、父様や母様みたいな立派な医者になるんだ!』
その宣言にローの医者としての根源が詰まっているように感じられた。
スクリーンの中、白衣を着たローの両親が病院で働く姿が映し出されている。そして二人を見つめるローの、憧れに満ちて輝く目。
それは敬愛する彼を見つめるペンギン等クルーの眼差しとなんら変わりなかった。
(あぁ、そうか。こうやって繋がって、続いていくんだな)
ふと、そう思った。
「…ありがとうございます。俺等のキャプテンの、ローさんの標になってくれて」
右腕の古傷にそっと触れながら、ペンギンはローの両親に向けて深々と頭を下げていた。
ペンギンを始め、ハートのクルーはほとんどがローに救われた身。だから恩人たるローをローたらしめる一因となった彼等は、ペンギン達にとっても恩人となるのだ。
ペンギンに倣い、ハートのクルー達が次々に感謝を口にしながら頭を下げた。この思いは彼等には届かないだろう。でも、伝えさせて欲しかった。貴方達の息子は立派な医者へと成長し、多くの人々を救っているのだと。
そんな彼等に、画面の中のローの両親は優しい笑みを浮かべていた。
***
数年が経過し、ローとラミは元気にすくすくと成長していた。
そしてロー9歳の誕生日の日。
父が盛大に言いふらした所為で町中から祝福の言葉を受けるローが、照れ臭そうにしながらも一人一人にありがとうと返している。教会でも祝われ、病院でも患者や看護師達から頭を撫でられるローは、恥ずかしさと喜びが入り交じった表情をしていた。
その夜、家族から祝福の言葉をもらったローにまず両親からプレゼントが贈られる。
包みを開けると手術道具一式が入った箱だった。それを見てドフラミンゴは僅かに息を詰めた。
ローがファミリーに入って最初の誕生日、何でも欲しいものを言えと聞いた時に彼が強請ったもの。
それを聞いて取り寄せたプレゼントと、奇しくも同じデザインのものだった。
受け取ったローは嬉しそうな顔どころか何かを耐えるようにぎゅっと眉を寄せていたのだが、まさかこんな形で理由が判明するとは。ファミリーにいる間は使っていた様であるが、自分の元を去った後はきっと棄ててしまっているのだろう。
何せ、お前は俺を恨んでいる。
少しだけ、心の奥の端の端がざわりと動いた気がしたが、それを気のせいだと無視した。
両親からのプレゼントに喜ぶローにラミからプレゼントが贈られる。
開けると、中身は見覚えのある白い毛皮の帽子だった。ローと言えばと聞くと最初に浮かぶ彼を象徴する帽子。
『ラミもね、がんばったのー! お兄様に似合いそうなのえらんだんだよ!』
『そうなのか!? ありがとうラミ〜っ!!!』
『きゃあ〜〜〜〜』
喜びを爆発させたローがラミを力一杯抱きしめていた。可愛い可愛い妹はローにぎゅうぎゅうにされてほにゃあと顔をとろけさせている。
『…被ってみていい?』
帽子を被ったローは皆の知る彼にぐっと近付いた。足りないピースががっちり嵌った時のような感動を覚える。
これでこそトラファルガー・ローなのだ。
『ずっとずっと大切にするよ!』
帽子を被ったローが無邪気に笑う。現在のと形は少々異なるが、同じ柄のものを好んで被っている姿に、その言葉通りずっと大切にしてきた事が窺える。
彼は家族からのプレゼントを大事にする男だということが分かって、彼の本質が垣間見えたような心地になった。
その次の日、教会で友人等に帽子を自慢するローの子供らしい一面に皆の顔に笑みが浮かぶ。
『柄もいいよね〜』
『えへへ〜』
『アザラシ柄!』
『これはユキヒョウ柄だ!!』
「え〜〜〜〜〜!?!?!?」
一同は思わず声を上げていた。ずっとアザラシ柄だと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
しかし。帽子のつばを掴んで睨むローを見やる。
どちらと言われなくともアザラシ柄だ。かわいいゴマフアザラシちゃん。
愛らしいアザラシを頭上に飼っているローが連想され、皆の笑いを誘った。
楽しそう。とてもとても幸せそう。
画面の中の笑顔溢れる幼いローを見つめる。
あんたの故郷って、こんなに綺麗だったのね。
そして、
「…ローはみんなから必要とされていたのね」
そっと囁いてベビー5は目を細めた。
別に嫉妬しているわけじゃない。いいなという憧れはあるけれど、負の感情は一つも芽生えなかった。
ただ。
あの幸せそうな笑顔がこれから先ずっと失われてしまうのかと思うと、胸のあたりがちょっぴり痛くなる。
ベビー5はローの笑顔を見た事が無かった。悪い顔で口角を上げていることはあったが、あのような心からの笑顔を見たことは無かったので、新鮮だった。
あいつ、あんな風に笑うんだ。
その顔をもう見られないことが、少しだけ残念だった。