空谷跫音 壱

空谷跫音 壱

魚目燕石編のSS

 人生は選択肢の連続で出来ていると聞いた。それなら、私は全て間違えてしまったのだろう。


 約五百年前に福島県の森に囲まれてる山にある田舎の村、呪術師の村に生まれた少女。彼女は神に祈り、供物を捧げ、奇跡を引き起こす力を持った巫女だった。この力を使い村の干ばつを救い、怪奇現象を解決し、行方不明者が0になったのです。


『神を信仰する人々の為に私は剣技を磨き、人々を助け、呪霊を全て葬り去ると誓おう』


 村人達はその姿に感銘と歓喜の涙を流し、彼らは命をも彼女に捧げる。


 彼女は最も神に等しい存在だったのだ。



―――――――――――――――




 生まれたから両親の顔には鬼のお面が着いていた。「この村には昔から呪術師は顔を隠すと伝えられているから」と言われた。私も呪力を持ち術式があるから外に出れる年齢になるとお面を被った。親の顔なんて見たことがない。どんな表情で、どんな感情で私を見ているんだろう? 食事時だって私達は顔を見合わせない。



 4歳になる頃には呪霊を祓えるようになっていた。術式も何も考えずに使えるものでもなくて、最初に呪霊と戦っていた時に私が怪我をして【奇跡】という扱いで発動した。私達を見ていた両親はすぐに月読家相伝のものと感づくと、私を巫女に仕立てた。


 初めて外に出た時は周りの人間を静かに観察した、道の階段を降りて隔たりを超えると鬼のお面を着けていない者が居たの。そこで初めて人の顔を知ったわ、口があり目があり鼻がある。

 生まれてから顔なんて見たことがなかったから、なんとなく呪霊に似ていると思った。


「あれは呪いの力を持たないもの、我々の為に生きている供物、生贄だ」


 【祈願呪法】

 鬼方村、月読家の相伝術式。我々に奇跡を起こしてくれる術式、その代償に供物を術式に捧げる必要がある。神様の力が人に宿ったと教えられた。

 128年の間も発症しなかった術式だったみたいで、私は持ちたくなかった。


(気持ち悪い)


 生きている人間が供物とはずっと理解できなかった。理解する気もなかった。この村の呪術師は非術師を育成している、自分の利益の為に、私の為に、……反吐が出る。……それに肖っているのは私も同じだった。自分のことが嫌いになる。


 やがて私はこの村の巫女になり、村を歩いていると非術師と呪術師に「焔様」と崇められる。

 そんな大層なものでもないのに、「あなた様のお陰で村に平穏が訪れた」

 私はただ呪霊を祓っただけ。他の呪術師は全部私に押し付けている。


 とある老人に「一ヶ月間降らなかった雨をもたらしてくれた!」と感謝された。私は貴方の息子の指を使った、もうクワだって握れないでしょう?





「……ふう」


 日が暮れるまで呪霊に刃を振るう、朝から夜まで刀を扱う日々はあまり好きではなかった。私は武士ではないのに、呪術師として呪いを祓えと。巫女として私、呪術師としての私、どちらが本来の私なのか分からない。

 考えても仕方ないのだけど。


 斬られた呪いの黒い靄が晴れていくにつれて後ろから気配がした。振り向いて声を掛けた。


「誰?」


「ひゃっ! おに!?」


 木の裏からガサッと音がした。ゆっくり視線を音のした方へ向ける、黒髪の長い髪を地面につけて草に尻もちをつく16歳辺りの少女がいた。

 すごく怯えた表情をしていて青い瞳は今にも泣き出しそうで、震えながら少女は恐る恐る声を出す。


 鬼は私のお面のことだろう。

 日が暮れて空も赤黒い中、般若の面をつけた人間と会うのは怖いわよね。

 お面をそっと外し目と目を交わすと相手の顔が明るくなった、顔を見られた……がこの少女は外からの来訪者だから、すぐにでも踵を返せと帰らせれば問題はない。


「たす……けてください。化物に追われていて!」


 少女の逃げてきた方向の遠い後ろから見えてきた呪霊を捉えると、少女の目にも止まらぬ速さで斬りつける。なんてことない低級の呪霊だ、私にとっては塵にもならぬ弱さだけど、少女には凶悪な獣。

 ……他に呪霊は居ない、これで全部だろう。大方今日祓った呪霊の仲間だと判断する。早く森から出させよう、きた道を少し戻り右に曲がれば開けた場所に出る。


「もう居ないわ、だからはやく帰――」


 ポツリ、頬に雨粒が当たる。

 十秒も経たずに大雨になった現状に言葉を濁す。最悪……


「すみません……このまま帰れないです。足場も……」


「はあ、わかってるわよ。一晩、雨が上がるまでなら泊めてあげるから」


「ありがとうございます!!」


「一つだけ条件があるわ。私が許可するまで外に出るな、誰にも見られるな。いいわね?」


「……、はい」


 少女と夜道を歩き自分の家につく、村に入る前には既に鬼のお面をつけ直していた。ぎいっと古い木の板が軋む音がする。素朴な一戸建て、私は神社を離れて一人で住んでいるから少女を簡単に家に招き入れる行為ができた。

 余所者を家に上げることは一度もない、出会ったとしても帰らせていたから。ここにいる呪術師なら村に入らせて村の栄養にするんでしょうね。


 家具や物が少ない部屋をじろじろと少女が見ている間にお面を外して壁にかける。


「誰にも会わなくて良かったわね。一人もいなかったわ、気配を察知するのは得意なの」


「あはは、あなたの感知力は凄まじいね。私も気づかれてたからな……」


「誰だって気付くわよ。私は呪術師……あ、」


「呪術師?」

 

「……忘れて欲しいけど、無理よね。簡単に言うとあなたを襲っていたヤツ、呪いね」

「まあ、山を降りたらすぐに忘れなさい」


「分かりました、それは約束ですね」


「そんなんじゃないと思うけど……」


(約束というより命令で……この子は承諾したから『縛り』になったのかしら)


 山を降りたらここの出来事を全てを忘れる『縛り』を結んだ。色々考えても埒が明かないので私達は食事を摂ることにした。


 今夜は簡単にできる鍋にする。私は包丁を手に持ち、まな板に乗っけた大根を切っていく、形はまばらで統一感がない。太刀を扱っているのに他の刃物は中々手に馴染まなくて苦手だった。その様子を冷や汗をかきながら心配している少女の姿。


「……料理は苦手なの、味は普通だから安心して」


「包丁を扱う姿に心配してるんですよっ! 手伝いますから。ほら、手をこうして……」


「――こう? えっと……近くないかしら」


「ごめんなさい。つい、続けてください。そうです!」


「コツを掴んだら私より上手ですね」とニコニコしながら笑顔で私を見る。誰よりも刃物を扱っているんだから当たり前でしょう、と勝手に思考を巡らせる。下手だったことを忘れて自分を棚に上げていた。


 鍋に野菜を入れて、肉を入れて、塩で味をつける。シンプルなものだが、お椀に米をのせ二人は食事をとった。

 二人の会話はなく、ただ窓から聞こえる雨の音だけが耳を通り抜けていった。


 暗闇に包まれた部屋に明かりを灯し、二人は毛布へと足を運ぶ。少女は部屋の中で少し不安を抱きながらゆっくりと目を閉じて意識は海へと消えていく。


 頭に劈く騒音を横目に寝ている少女を眺める。


(この勢いで降り続けるとしたら……明日も帰らせることはできなさそうね)


(……日記にはこの事を書かなくていいか)



 1492年5月30日


 生贄の儀式まであと八日。

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