空谷跫音 肆

空谷跫音 肆

構成してたものを一気に終わらせる

 次の日、私は少女を町に送り返す。家にいると時間感覚が狂っただろうに、なんでもない表情をし、微笑んでいる。少女は私を目に焼き付けるように見ると、背を向けて歩いていく。

 ふと、私は少女の背中に声をかける。振り返る少女に、私は尋ねたいことがあったのだ。


「あの時、なぜ私を追ったの? 危険と何度も忠告したわ」


 その問いの答えは実に簡潔なものでした。少女は答える。ただ一言、ありきたりな言葉で――

 それは感謝の気持ちだったと、後になって私は知ったのだ。


 家に戻ると暗い部屋の中に、白い四角い物が目に入った。近づいて確認してみる。木製で簡素な作りでできた机に、折られた紙が一枚置かれていた。手紙を手に取ってみると、中身に文字が書いてある。自分宛てだ、私に書く人なんて一人しかいない。

 手紙……?


『この度は、大変お世話になりました。

 手紙を読んでいるということは、私は既に町へと降りたのでしょう。もし、あなたがこの村を出て、頼る人がいない場合はひのまる屋へお越しください。

 実家が経営している八百屋です。場所は××の○○を右に曲がるとあります。 日乃元より』


 ……『村を出て』……『ひのまる屋にお越しください』、お人好し。村のことなんてあの時にしか話してないのに覚えておくわ。必ず会いに行く、今回は偶然ではなく必然として。



「焔様、今度の儀式の用意はされておりますか?」

「……少し考えることがあって、実はまだなの」

「でしたらこちらがご用意いたします。ネズミが一匹入り込んでいて、村の非術師を使う必要がなくなったんです」

「ネズミなの? この時期ならカエルじゃないかしら、私は五月蝿くて嫌いだけど……」

「ふふ、お好きなように。焔様は儀式の日までお休みください、お身体には気を付けて」

「ええ」


 従者にしたがってその日が来るまで呪霊を祓い、身体を清めて、静かに眠った。





 儀式の日が来た。



 生贄として視界に入ったのは見覚えのある彼女の頭だった。頭と認識したのは視線が合わなかったから、だって眼がないんだもの。

 身体がバラバラになって綺麗に皿に乗せられている。すべてがきれいに分けられてる、『食べやすいように』


「……え」


 つい溢れてしまった。


「今日する儀式の生贄です。村人を使わずに夜を迎えられるなんてな、我々はなんと運が良いのでしょう」

「そ……う……」


 顔色が悪いですよ。と、軽々しく声を出してくる。


――愛しいあなたの手、私に料理を教えてくれた。触れると壊れてしまうほど柔らかいその手、でも握るととても安心したの。手は指一つずつ別れて手の甲はグチャグチャの肉塊になっている。

――あなたの瞳、初めて私を見てくれた。この村の『巫女』ではなくただ一人の人間として、もう揺らめく青に見つめられる事もない。ハイライトのないガラス玉だけが私を視ている。

――あなたの髪、サラサラと艷やかな糸みたいな髪を梳くのが好きだった。

――私はあなたの声を忘れてしまった。


「あ」


 汚らわしい鬼が皿に手を伸ばすから、腕を飛ばした。次に口を切った、眼を抉った。首を飛ばした。

 一秒足らずに行われた虐殺に5人の鬼は何も気付かずに命の灯火が風に吹かれて消える。


「触らせない……これ以上壊されてたまるか」


 この村にはまだ鬼がいる。滅ぼさなければならない。知らない内にお面だって失くしていたけど、然程変わらない。


――彼女への怒りだけではない事も、等に理解していた。


(ごめんなさい、私の身勝手があなたを壊してしまった)


 なら私にやることは一つだけでしょう。


「鬼を根絶やし、滅ぼし、全てを亡き者にしましょう」



 こんな村、地図から消えれば良い。



「やめろ!!!!! くる、ひ。くるあなあ゛゛あ゛!!!」


 引き戸を壊して強引に家の中に入り、家主を惨殺する。呪術師が村を運営してる以上、私達に安寧は無い。村長は妻がおり、その女性はたしか……妊娠していただろう。芽は潰せねばならない。男の劈く悲鳴はとても耳障りだった。

 廊下を歩きながら思考を続けてみるが答えは『壊す』以外にない、私は村にとって先代の代わりでしか無い。付けられた名前だって術式を持つ者だから、同じ銘を名付けられた。

 『私』という個体は村に存在しない。


「ちっ……」


――汚い。



 村を散策しながら一人、また一人、殺していく。自分の気持ちは良くわからないが、こうしていると心が晴れやかになって息がし易い。村も初めて綺麗な風景だと思えることが出来た、花畑は血で滲んでいるのに。

 空は赤黒く雷雨に呑み込まれる、自身に覆いかぶさった血は赤い着物と空気の色に紛れてで消えてなくなる。鼻が曲がりそうな匂いだけが、魂に沁みて流れ落ちない。魂にある罪は流せるものではない。未来永劫、消えない。


 ザリッ


 後ろで泥と靴底が擦れる音が、豪雨の中で微かに耳に届く。嗅覚が効かない現状でも、後ろの人物が今まで出会ったことのない人間だとわかる。

 非術師か? いや、この雨降りの中、山に登る思考する奴は馬鹿だ。もっと単純か? 力のあり、ここがどんな場所か知っている奴だろうか。

 その場合は呪術師になる、殺害の対象だ。踏み入れた以上ここに何を遺すか分からない、不安分子を置いてはいけない。


――殺す。


 振り向きざまに刃を相手の首元狙って勢い良く、僅かに見える唇は三日月を模しているように思えた。


「危ないなあ、勘弁してよ」


 鋭く、呪力で強化している刀身が簡単に掴まれバリッと、音を立てて地面に散らばる。


「――!?」


 刀を壊された瞬間に後ろに飛び去り、警戒を続ける。


「そう警戒しないでよ」


 ため息や呆れた声を出して、こちらを視界に入れてる人間の額には手術の縫い目があった。

 ああ、この人間は笑っている。


――私を見て、嗤っている。


「あなたはなにか目的があってここに来たの? ……呪術師でも止めさせる気はないから」

「はは、武器もなしでかい? それに君の当初の目的は終わってるようだけど?」

「……」


 村に用はない? なら、人を探している? 既に殺した人間かしら。


「私は君に会いに来たんだ」

「何故?」

「私は人を集めているんだよね、簡単に言うなら未来の遊びを体験して欲しい……って所かな」

「子供じゃないし、そもそも未来なんて行けないわ」

「そこは細工してあるから安心してよ。私は契約を提案している」

「いらない。しないわ」

「まだ、やる事があるのよ」



「……そうかい、邪魔してごめんね」


 人間はあっさりと足を引く、何処かへ行ってしまう。

 契約したらどんな道を歩んだのか、私は罪人から解放される事ができたのか。未来を進んだのなら、答えはあったと思う。


「お墓……せめて、埋葬……を」


 自分より格上の存在と対話をしたことで雨でも冷えなかった頭がスーッと正気に戻る、過去は消えない。


――寒い。


 村の人も……寒かったのでしょう、こんなにも、泣いている。




「名前、……そう、名前。聞いておけば良かったわね」




 赤い空、その紅い月明かりの下。枝が1つ地面に刺さっているとても簡易的な墓だ。赤い目をした女性が手を合わせて黙祷している。少しでも彼女に祈りが届けばいい、その一心で。

 長い時間が経ち彼女は月を見上げる、ふと考えてしまった他に道はなかったのかと。


「……」


(出会ったあの日から多少無理矢理にでも帰すべきだった。……その時に私も逃げてしまえば良かったのよ、あの子と一緒に)

(村から逃げてしまえば、刀だって振るわなくていい。誰かのために料理を磨けた)

(今までなんで従っていたかも分からない村の掟、儀式、私が何も考えずに続けていたから。こんな結末になったのね)

(もう意味はないのに思考が支配される)


「……っ、……ぁ……」


 冷たい雫が頬を伝い地面を湿らせる、どうしようもないのだ。だって自分は他人を犠牲にして生きてきたから、誰かを守りたい気持ちなんて分からなくて、……本当は神に祈りなんて捧げてなかった。彼奴等が祀る『鬼』が嫌いだから、反抗心でも持っていたのね。子供みたい……いや、ずっと子供なのよ。




 本当の祈りの仕方も分からない、でも、天に届くのなら。


 あの子を一生を懸けて全てを護るわ。たとえ、何度生まれ変わっても、


「祓え給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え」


――遠い未来、あなたの人生が光り輝くものでありますように。


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