空谷跫音 参

空谷跫音 参



 6月になると他の呪術師との会話が増える。話の内容は生贄を私が選べと、老人から、若者から、子供から呪術の才能が無いものを一人。

 この鬼方村では生まれた子供が七歳になることを祝う日があって、そこで非術師に呪術の才能があるのかを判別するために祀りを行う。判別方法は呪術師達が飼っている呪霊をお神輿と共に放つこと、バチの当たる行いだ。

 死の恐怖、死の間際、その時になると見える者が多くいる。見えない者もいるにはいるけど。よほどがなければ見える人の方が多かった。


 ……それでも見えない者は生贄の対象として捧げていた。何年も続けている、今回が特別辛いわけじゃない。


 (なのに、なんで……)


 子供は絶対に食べたくない、老人も私は口に入れたくない。

 そうなると必然的に選ぶのはいつも通り若者からだった。目を閉じると思い浮かぶのは少女の柔らかい笑顔、無事に帰せるまでは安心出来ない。


 少女にもこの事は知られたくない、何も知らないで欲しい。私はあの子に軽蔑の目で見られたくなかった。


 ああ……今日は作物が上手く育ってない。また彼の指を供物にしろと呪術師が叫ぶ。





 月読神社の地下水路でお面を見ている。能面など色んな種類があるけれど、呪術師達は鬼を選んだ。この身こそ人を超越した存在だと主張するように。私も同じ。


 水路の水に手を突っ込んで手を冷やす、生まれてこのかた泣いたことがない彼女の心の冷たさを表すかのように、手のひらは氷海そのもの。

 巫女は般若の面を被り、鬼神として扱われる。今まで顔を見せたことはない、少女以外には。……不思議だった、村の人間じゃないだけでここまで楽に話せるのかと。本質さえ表せた、私って実は不器用だったのね。


 水面に写った赤みがかった黒髪を見て気づく、髪飾りを忘れていることに。


(あ……)


「忘れたのね」


 誰も追求することはなかった。つけててもつけていなくても巫女への対応は変わらない。少しでも強く、正しく、自分らしくあろうとつけ始めた髪飾り、最近は気が緩んでいたのかもしれない。


「こんなんじゃ、ダメなのよ……しっかりしなきゃ」


 冷えた水を手で掬って顔全体にかける、目が冴えるように、頭を冷やすように。ただ、冷静に歩けるように。


――――――――


 月読焔が朝に家を出て、一時間後。


 家の中を観察して、数ある本を読み漁りながら日々を過ごしている。本を一つ読み終えた私は花瓶の水を替えようと立ち上がる。ふと、机に物が置いてあるのに気がついた。


「焔、つけてる髪飾り忘れていったけど大丈夫なのかな」


 忘れ物するなんて結構普通な人だな〜、完璧超人でもないよね。


 そう目を細めながら赤い紐の髪飾りを持つ。私が後ろで結んでるのも紐で青色、こうしてみるとなんだかお揃いのように感じる。


「なーんて、えへへ……」

「届けた方がいいんでしょうか、まだ時間も経ってないですし」



 『家から出ないこと』


(……)


 木の扉に指を引っ掛けて横にギーっと、静寂の中に軋む音がなる。


 

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