空と虹と海と

空と虹と海と

大将

二人がその男性と出逢ったのは今から数ヶ月前のことである。

そもそものきっかけはましろの友人、ソラ・ハレワタールの社会勉強の為に、別の街へ出掛けてみようという話になったこと。

いくつもの候補が挙がった結果、二人が足を踏み入れたのがおいしーなタウンだった。

理由としてはこの街には世界中から美味しいものが集う為、勉強に向くこと。

そして、立地の問題でソラシド市からも簡単にアクセス出来る距離だったことの二点。

この二つの理由から二人はおいしーなタウンを訪れて――彼と出会った。




GWを利用しておいしーなタウンへやってきた二人は街のシンボルでもある巨大な招き猫に目を奪われる。この街は入口から良い匂いが漂っていて、否応なくお腹が空いてくるようだった。

「凄いですね、ましろさん!美味しそうなお店がいっぱいです!」

右に左に顔を向けながら興奮気味のソラ。両の拳を握りしめながら小さく跳ねる様子は幼子のようで可愛らしい。普段であれば彼女を宥める立場にあるましろもまた、今日ばかりはソラと共にはしゃいでいた。

「本当に凄いね……!どこから見て回ろう?」

手にしたパンフレットを二人で覗き込む。おいしーなタウンは和風、洋風、中華と三種のメインストリートからなる美食の街。和食も良いけどオシャレな洋食だって気になるし、家ではあまり出ない中華にも美味しいお料理はたくさんある。このお店は何のお店だろう、こっちはどんなお料理かな。二人でわいわい騒ぎながら考える。祭りは計画している時が一番楽しいとはよく言ったもので、二人の表情は明るい。

と、不意に。

「きゃ!」

「ましろさん!?」

背後からの衝撃にましろがつんのめる。すぐにソラが手を伸ばし、ましろを支えた。

「大丈夫ですか?」

「う、うん。大丈夫」

答えて、ましろは振り返る。ぶつかったと思しき男性が肩を怒らせて歩いていった。立ち止まっていた自分達も悪いのかもしれないが、人通りの激しい場所は避けているし、何より周りにも立ち止まっている人達は多い。あんな風に酷い態度を取られる謂れは無いと言える。

そのことがソラには納得出来なかったのだろう、分かりやすく頬を膨らませている。

自分の為に怒ってくれるのは嬉しいけれど、さてどう宥めたものか。困った笑顔を浮かべるましろだが、直後にその笑顔が凍りつく。聞こえてきたのは男の怒号。

「放せ、このガキ!!」

「アンタが盗った物を返したらな」

先の男が少年と揉めている。少年は男の腕を掴んで、至近で睨み付けていた。男は腕を振り払おうと力を込めているようだが少年はびくともしない。当然と言えば当然だが、人の多い場所だけあって二人は周囲から注目を浴びている。

「俺が何を盗ったってんだよ!?」

「あそこの女の子の財布。ぶつかったフリして抜いてたろ」

少年の視線がこちらに流れる。慌ててましろがカバンを探ると、入っていた筈の財布が無くなっていた。取り出しやすいようにと上の方に置いておいたから、無くなっていることがすぐに分かる。

男は尚も騒いでいるが少年は動じない。周囲の人間が身を竦める程の怒声を受けても身動ぎ一つせずに男を諌めている。

「もしかして、あの人は泥棒だったんですか?」

「そう……みたい」

答えて、ましろはソラの手を握った。不安や恐怖ではなく、彼女が突っ走ったりしないように。ヒーローに憧れる彼女は間違いなく首を突っ込んでしまうだろうから。

ましろが被害者なので二人は当事者と言えるが、今まさに暴れる男の元へ近付くのは危険だ。

「いい加減に、しやがれ!!」

男の叫び声。思わずソラが目を剥いたのは男が握った拳を振り上げた為。駆け出そうとするソラだが、ましろの手を振り解き、男の元まで駆け付けるには僅かにラグがある。その所為で到底間に合いそうに無い。

知らずましろは強く目を閉じた。プリキュアとして戦う彼女であっても生身の悪意と暴力には慣れていないのである。

「なっ……!」

再び男の声。彼が絶句したのは少年が逃げなかったから。男の拳を真っ向から顔で受け止める。鈍い音が響いたにも関わらず、少年は顔色一つ変えない。青い瞳を剣呑に光らせて、男を見据えている。

固まる男を他所に状況は変わりつつあった。遠くから警察の声。誰かが通報したのだろう。近付いてくる国家権力を前に男は抵抗を強めたが、その甲斐は無く。やがて男と少年の元へ警察が到着。

二人は当然のこと、ソラとましろも被害者として事情聴取を受けることと相成った。





「本当にありがとうございました」

しばらく経って、警察から解放された三人。外に踏み出て第一声でましろは少年へ向けて頭を下げた。

彼がいなければ財布を抜き取られたことにすら気付かなかったことだろう。もしそうなれば観光なんて出来たものではない。今日という日は二人にとって苦い思い出となってしまった筈だ。

「どういたしまして。被害が無くて良かったよ」

少年は優しく笑った。さっきまでの男に見せていた視線とは比べものにならない程に柔らかい笑顔。恐らくはこちらの方が素に近いのだろう。

さて、少年は何事も無かったかのような態度であり、ともすればそのまま立ち去っていきそうな雰囲気である。しかし、ソラもましろもろくに礼もしないまま彼を行かせてしまうのは不本意だ。ましろは少年を見据えながら再び口を開く。

「あの、何かお礼をさせてもらえませんか?」

少年は頬を掻いた。困ったなぁと言わんばかりの態度だが、足を止めているのは二人の思いが分かるからか。

ややあって、少年は口を開いた。ここから見える位置の店を指差して、

「じゃあ、あそこで大判焼きでも奢って貰おうかな。それでチャラってことで」

小さく笑いながら少年は告げる。ましろからすればもっとしっかりしたお礼を、と思うものの礼とは相手の為に行うものであって、自己満足の為ではない。無理に押し付けるのは違うだろう。

道中を軽く雑談しながら移動。警察の事情聴取で何となく聞いてはいたけれど、ここに来て三人はちゃんとお互いに自己紹介が出来た。

大判焼きの店はなかなか繁盛しているようで、そこそこ長い行列が出来ている。列の最後尾に並んで、待っている間は談笑の続きだ。

「そうだな、こことここは女性人気が高い。出来るだけ早く行った方が良いと思うぞ」

「ふむふむ……。こっちのお店はどうですか?」

パンフレットを開きながら地元民の意見を聞いて、観光ルートを定めていく。自分達だけで何処に行くかを決めるのも楽しいけれど、やっぱり始めて来る街なら後悔したくはないわけで。

そうなると生まれながらこの街に住んでいるような地元の人の意見を取り入れたくなるもの。拓海の話と自分達の考えを擦り合わせて、観光プランを組み立てていく。

そうこうしているうちに行列は消化され、三人の番がやってきた。買うのは拓海へのお礼なれど、せっかくだから二人も自分達の分を購入することに。

拓海はオーソドックスな小倉あん、ましろはカスタードクリーム、ソラはチョコレート。銘々に好きな味を選んで、店の前を離れる。

後は改めて拓海にお礼を告げて、お別れ。その筈だった。

「品田さん、今日は本当に――」

瞬間、ましろの瞳が『それ』を捉える。紫色の影。両手いっぱいに様々な料理を抱えて満足そうに笑う、太った姿。

「――カバトン!?」

ソラとましろ、二人が幾度となく戦ってきた敵がそこにいる。二度見した後に向こうも大声で叫んだ。

「プリキュア!?何でお前らがこんな場所にいるのねん!?」

「それはこっちのセリフです!!また何か企んでいるんじゃないでしょうね!?」

鋭く問い返すソラ。プリキュア、と小さく呟いた拓海。彼の声は誰に届くわけでもなく虚空に消えた。

一方、ソラに問い質されたカバトンは不敵に笑って答える。

「はん、お前らに教える理由はない――って言いたいところだけど、ちょうど良いから教えてやるのねん!」

抱えた大量の食材を掲げるカバトン。得意気に笑って、自身の企みを吐露する。

「前に大量のカロリーを注ぎ込んだランボーグは良い出来だった。ならば今回はよりたくさんのカロリーを!よりたくさんの食料を使って注ぎ込み!よりTUEEEEEランボーグを用意してやるのねん!!」

大量の食材を片っ端から口にする。そのペースは凄まじく、今更止めることは出来ないだろう。

ソラは咄嗟にカバトンを止めることより拓海への注意喚起を選んだ。青い髪を翻し、拓海の方へ向き直る。

「拓海さん、ここは危険です!あいつがランボーグを呼び出す前に、早く離れて下さい!」

ランボーグ。その単語について拓海が尋ねようとした。しかしカバトンが大量の食材を食べ切る方が早い。

心なしか一回り膨らんだような紫色の巨躯を大きく使って、人差し指を天に向けた。

「カモン!アンダーグ・エナジー!!」

高らかな叫び声と共に右手を地面に叩きつける。直後、大地から噴き出す漆黒のエネルギー。地から湧き出た邪悪なエネルギーは標的に吸い込まれていく。

店の軒先に置いてあった招き猫。この街のシンボルたるそれに、闇色のエネルギーが注がれて姿を変える。

「ランボーグー!!」

立ち上がったのは高さ4mはあろうかという怪物。鋭く尖った爪を両手から伸ばして周囲を威圧する。

突如として出現した怪物に、街の人々が悲鳴と共に逃げ始めた。まさに阿鼻叫喚。普段は美味しい笑顔に包まれた街が悲鳴に呑まれていく。

ソラとましろは腰に提げたペンを手に取った。しかし、二人の後ろには未だ逃げずに立ち止まる人物がいる。まずは彼を避難させなければならない。そんなことを考える二人だが、件の人物はお構いなしに声を上げた。

「おい、そこの紫色」

「あん?」

拓海の声に二人は振り返り――絶句。その瞳に宿るのは憤怒。今までの人生で二人が見たことない程の形相。

カバトンでさえ気圧されたようで、傍らに過去最強クラスの怪物を従えて尚、僅かに後退っている。

「お前、この街で、その招き猫を使って何をするつもりだ」

「決まってるのねん!そこの邪魔なプリキュア共をぶっ飛ばして、オレさまの方がTUEEEEEことを証明してやるのねん!!」

「……そうか」

細く息を吐いて、拓海は俯いた。怪物から視界を外した無防備な姿の筈なのに、カバトンは攻撃を仕掛けない。その身から立ち上る異質な気配に怯んでいる。

ソラとましろは顔を見合わせた。街の人々はこの場を離れていて、誰も残っていない。拓海には後で事情を説明すれば、この場で変身することも不可能ではないだろう。拓海を避難させたかったが、こうなったら先に変身するしかない。二人はスカイトーンを取り出して、


「――デリシャスフィールド」


瞬間、言葉を失った。

ソラとましろ、カバトンとランボーグ、そして拓海。この四人と一体だけが荒涼した世界に立っている。明らかに先程まで皆がいたおいしーなタウンとは違う場所。どこかの本の世界に迷い込んだと言われれば信じてしまいそうな非日常感。

それは、拓海が以前の仲間から教わった技。彼の仲間がこの街から離れてしまうから、もしも何かあった時自分が街を守れるようにと。

「ななななにこれワープ!?テレポート!?瞬間移動!?わたし達一体どこに来ちゃったの!?」

「おおお落ち着いて下さいましろさん!こんな時は素数を数えるのが良いそうです!13579……」

「それは奇数だよソラちゃん!」

混乱する二人。しかしそれはカバトンとて同じことで、急に変わった景色に混乱している。

その中で唯一、取り乱すことなく落ち着き払った少年はポケットから一つのアイテムを手に取った。

緑色の宝玉が埋め込まれたハート型のアイテム。彼が父から受け継いだ戦う力の根源――デリシャストーン。

彼がそれを胸元に掲げると眩い閃光が放たれる。ソラが、ましろが、カバトン達が閃光に目を焼かれる中で、その光の主は変身を終えていた。

たなびく白いマント。目元を覆う黒いアイマスク。マントと同じ白いシルクハットにはデリシャストーンが輝き、茶色だった髪は銀色となっている。


「秘密に奏でるかぐわしきアクセント!ブラックペッパー!おいしい笑顔は私が守る!」


「ブラック……」

「ペッパー……?」

突然の変身に混乱するソラとましろ。二人だけでなくカバトンも驚いていたようだが、すぐにランボーグへと攻撃の指示を出す。

「何だか知らんけど、邪魔するならお前もぶっ飛ばしてやるのねん!やれ、ランボーグ!!」

瞬間、彼の姿が消える。そう見紛う程の速度。強烈な飛び蹴りがランボーグの額を捉えて吹き飛ばす。着地と同時に地面を蹴り飛ばして肉薄。ランボーグが立て直すより早く速度を活かした回し蹴り。怪物の巨体が地面を削り砂塵が舞った。

油断なく砂塵の中を見据えるブラックペッパー。彼の懸念通り、立ち上がったランボーグにダメージは見られない。

「た、確かに速いけど所詮はそれだけだ!やっちまえランボーグ!!」

カバトンの命に応じて両手を振りかざすランボーグ。その手に伸びる鋭い爪でブラックペッパーを斬り裂かんと襲いかかる。縦横無尽の乱撃。大地が抉れ、石礫が舞う。

しかし、ブラックペッパーは無傷。無数の攻撃を掻い潜り、逆にランボーグの隙を突く。怪物の躰に刺さるブラックペッパーの蹴撃。ランボーグの反撃を跳んで躱して距離を取る。

「な〜にをやってるのねん!!そんな脇役にいつまで手間取ってるのねん!!」

カバトンの叱責に瞳が鋭く光るランボーグ。その躰の色が変わっていく。ブラックペッパーは半身を引いて様子見の態勢を取った。刹那、ランボーグの爪がロケットの如く飛んでくる。

「っ!?」

爪弾をギリギリで回避。ブラックペッパーの後方に刺さって爆発を引き起こす。彼が姿勢を立て直す前にランボーグの追撃。接近、そして大上段の振り下ろし。ブラックペッパーは咄嗟に両の爪を間を抜けて、すれ違い様にランボーグの顔へ光弾を放つ。

攻撃ではなく牽制の為の光弾は、爆発してランボーグの視界を奪った。敵の攻撃は確かに速くて強力だ。だが、的確に距離を取って冷静に対処すれば戦えないわけではない。

そう判断したブラックペッパーは再び怪物へと向き直る。

「……すごい」

一方で、ソラとましろはその戦いに圧倒されていた。かつて、辛うじて二人で倒した電車型のランボーグ。今ブラックペッパーが戦っている敵はその難敵よりも格上だろう。ブラックペッパーは、キュアスカイ程の攻撃力は無く、キュアプリズムの攻撃よりもパターンは少ない。だのに、卓越した速度と戦術眼で強敵とも渡り合っている。

ともすれば、二人など必要ないのではないか。そう錯覚する程に。

しかし、ここで彼に任せるなんてことが二人に出来る筈がない。彼は巻き込まれた立場だし、何よりも――ここで戦わないなんて、『ヒーロー』のやることじゃない。

「ましろさん」

「……うん!」

力になれるかは分からない。足を引っ張る可能性だってある。だからといって、引くわけにはいかない。

二人は声を揃えて同時に叫ぶ。

「ヒーローの出番です!」

「ヒーローの出番だよ!」

手にしたスカイトーンをスカイミラージュにセット。そして二人の変身が始まる。

二人の掛け声と共に、その身に衣装が纏われていく。髪に、腕に、手に、足に。ヒーローたる証が生まれていく。

「無限にひろがる青い空!キュアスカイ!」

水色のツインテール。白と青を基調としたどこか王子様のようなワンピースドレスを身に着けたヒーロー。

空のプリキュア、キュアスカイ。

「ふわりひろがる優しい光!キュアプリズム!」

ピンク色のロングヘア。白とピンクを基調としたお姫様のようなワンピースドレスを身に着けたヒーロー。

光のプリキュア、キュアプリズム。

「ひろがるスカイ!プリキュア!」

――そして、ヒーローが降り立つ。

スカイとプリズム、二人は共に並んで敵を見据えた。今も尚狂ったように暴れながらブラックペッパーを執拗に狙うランボーグ。二人は顔を見合わせて頷いて、同時に駆け出す。

「ブラックペッパーさん!加勢します!」

スカイの声にブラックペッパーは一瞬だけ視線を向けた。一瞬なのは眼前の敵から長時間目を逸らすわけにはいかない為。それでも彼はこちらへ走ってくる二人を見て小さく笑う。

まさか、こんな形で再び『プリキュア』と肩を並べるとは思ってもみなかった。数奇な運命の悪戯を笑いながら、ブラックペッパーは二人へ声をかける。

「ああ、頼んだ!」

プリズムの光弾。ランボーグは怯みすらしないが、その光弾が視界を遮った一瞬でブラックペッパーは背後に回る。

敵を見失ったランボーグ。混乱の中、彼は背後から攻撃。怪物は振り返ってその姿を探すが、ブラックペッパーを見つけるよりもソラの攻撃の方が早い。走ってきた勢いをそのまま拳に乗せて、全力の一撃。

今日イチの重い打撃音が鳴り響き、ランボーグの巨躯が吹き飛ぶ。

「やった!」

無邪気なプリズムの声が響くがブラックペッパーはランボーグを見つめていた。先の戦闘から大凡の強さは理解している。恐らく、これで倒れる相手ではない。

「ラン……ボーグ!!」

声と同時に砂塵を切り裂く敵の爪弾。スカイはその場で跳躍。ブラックペッパーも容易く回避する。しかしその狙いは最初からプリズムだった。

既の所で回避は間に合った。だが、爪弾が着弾したことによる爆発までは避けきれない。爆風の衝撃に煽られてプリズムの躰が転がっていく。

「プリズム!!」

スカイが悲鳴を上げた。プリズムの身を案じたから、だけではない。ランボーグが二撃目を構えたからだ。跳躍した自分は間に合わない。ブラックペッパーの攻撃ではランボーグの狙いを逸し切ることが出来るか分からない。その二つの事実が意味するものは、プリズムの危機だ。

「やれ、ランボーグ!!」

カバトンの言葉で放たれる破壊の一撃。その攻撃は過たずプリズムの元へ。引き起こされる爆発は先の比ではない。濛々と立ち込める煙が彼女の姿を隠す。だが、どうしたって最悪の予想が拭えない。

そんなスカイを嘲笑うようにカバトンの声が響いた。

「ぎゃ〜っはははは!!とうとうあの脇役をぶっ飛ばしてやったのねん!!」

腹を抱えて嗤うカバトン。着地したスカイは水色の瞳でカバトンを睨め付ける。しかしそれも一瞬で彼女はプリズムの方へと走り出した。

立ち込めていた煙が晴れていく。そしてそこにプリズムの姿が――無かった。

思わず足を止めるスカイ。彼女の異変に気付いたカバトンも嗤うのを止めて目を剥いた。いない。倒した筈のプリズムが、どこにも。

「ランボ!?」

突然ランボーグの躰がくの字に折れる。横合いから突き刺さったブラックペッパーの蹴りがその理由。

ブラックペッパーは反動で距離を置いて、構えた右手から光弾をばら撒いた。ランボーグの反撃に逐一対処しながらスカイに叫ぶ。

「プリズムは避難させた!無傷じゃないが大丈夫だ!」

彼の言葉にスカイは破顔する。一方カバトンは忌々しそうに顔を歪めた。

プリズムが戦線を離脱した今、自身がより一層戦わなければならない。スカイは深く息を吐いて、拳を握る。瞑目していた瞳を開いて、強く大地を蹴った。

背負った入道雲を吹き散らす急加速。蒼穹色の光を纏う拳を構えて、

「ヒーローガールスカイパ――な!?」

ランボーグの姿が消えた。構えた拳は空を切り、渾身の一撃は不発に終わる。

咄嗟に敵の姿を探した。見つけたのは敵の姿ではなく異変。足元が暗く染まっている。

それが頭上の敵影であると気付いた時にはもう遅かった。真上のランボーグは既に攻撃の態勢に入っている。

「きゃあぁああああああ!!」

辛うじて直撃は避けた。それでも破壊の衝撃と大地の破片がスカイの躰を叩く。如何にプリキュアの力で躰が強化されているとはいえ、そのダメージは小さくない。

スカイの状態を見たカバトンはランボーグに命令する。彼女にトドメを刺す為に。

「やれぇ、ランボーグ!!」

しかしスカイの前に白い影。ブラックペッパーが間に割って入る。彼は右手を構えていた。その意図を理解したカバトンは待機ではなく突撃を指示。ブラックペッパーの目的が目眩ましであるなら、その場に留まるより突っ込む方が効果的。

それは極めて合理的で、正しい判断。だが、だからこそ読みやすい。

ブラックペッパーは構えた右手を下ろして真下へ光弾を放った。立ち上る煙幕がカバトンとランボーグから身を隠す。ランボーグが突っ込んで来て一瞬だけ砂塵が晴れるもその攻撃により新たな砂煙が発生。

その煙に乗じて、ブラックペッパーはスカイを連れてその場を離れた。

煙が晴れた時、そこには既に二人共いない。カバトンは苛立ちを隠すことなく大声で叫んだ。

「姑息な手を使いやがって!!どこに隠れやがったプリキュア共!!」

カバトンの声を遠くに聞きながらブラックペッパーはスカイの躰を下ろす。直撃を避けた為に、致命傷というわけではない。しかしすぐに戦線復帰出来るかと問われれば答えは否だろう。

「スカイ!――っ!」

スカイの元へ近付こうとしたプリズムが苦痛に顔を歪ませる。スカイもそうだが、プリズムも負っている怪我は重い。

遠くで地響きがあった。バレないように様子を伺えば、ランボーグが暴れ回っているようである。幸いこの場所はまだ気付かれていないらしいが、それも時間の問題だ。

ブラックペッパーは切羽詰まる現状を理解しながら二人へ向けて手をかざす。両手から放たれる波動。柔らかな光がスカイとプリズムを包む。変化はすぐに現れた。二人の傷が癒えていく。

「傷が……!」

「凄い、こんな力まで……!」

回復していく二人とは対照的にブラックペッパーの額には汗が滲む。自身や他人を癒やす力は便利で強力だが、その分消耗も激しい。

二人の傷が完全に癒える頃、ブラックペッパーは荒い呼吸をしていた。その様子を見た二人は顔を俯かせる。

「……ごめんなさい。わたし達、足を引っ張ってばかりで……」

プリズムの声にブラックペッパーは驚いたように顔を上げた。そして、すぐに笑みを浮かべる。

「そんなことないさ。それに――」

ブラックペッパーは視線を流す。遮蔽物で直接は見えないが、その視線の先にはランボーグがいる。

「――君達のおかげで勝機が見えた」




半ばヤケクソに破壊を繰り返すランボーグ。その動きが止まったのは遠くに人影を認めたからだ。

白とピンクのワンピースドレス。プリズムだ。カバトンもそれに気付き自身の敵を睨み付ける。

「お前一人か?他の奴らはどうした?」

「休んでるよ。あなた達なんてわたし一人で充分だもん」

ピキッと。カバトンの額に筋が浮かぶ。僅かに顔を伏せた後、より剣呑な瞳でプリズムへ怒りの形相を向けた。

「だったらお望み通りYOEEEEEお前からぶっ飛ばしてやるのねん!!」

ランボーグがその爪をプリズムに向ける。カバトンの声で放たれる破壊の爪弾は彼女を倒さんと襲いかかる。

圧倒的な破壊力を持つ爪弾。しかしプリズムまでは距離がある。プリズムは踊るように回避。時に跳ねて、時に身を翻し、時に光弾で爪弾を逸らして躱し続ける。

痺れを切らしたのはカバトンだ。プリズムを下に見ている彼は自身の傑作であるランボーグをあしらわれているのが気に食わない。

「ランボーグ、距離を詰めろ!至近距離ならあんな脇役に手こずることはないのねん!!」

「ランボーグー!!」

四足歩行に切り替えて、ランボーグは疾走する。この分なら後瞬き幾つかでプリズムに届くだろう。

彼女は努めて冷静にそれを認める。ここまでが全て、ブラックペッパーの思い通りである事実に胸を震わせながら。

『わたしが囮に?』

『ああ。ヤツは君を下に見ている。オレやスカイじゃ警戒されてしまうだろうが、君ならヤツを誘える』

彼の言葉通り、カバトンはプリズムの些細な挑発に乗った。足を止め、柔軟に対応してくるランボーグは極めて厄介な相手だが、動きを制限してしまえば勝機はある。

プリズムは掌に大きな光弾を生み出し、ランボーグへ向けて放つ。ランボーグは構わず突っ込んで来た。先のブラックペッパーのように地面に向けた目眩ましではない。ならば、回避も迎撃も必要ない。それがランボーグの、そしてカバトンの判断。

そこに付け入る隙がある。

「ランボ!?」

驚いた声をあげたのはプリズムの光弾が突然爆発したから。勿論、最初から想定通り。彼女の光弾が爆発したのはブラックペッパーの光弾が射抜いた為。

これで目眩ましは充分。もう回避も迎撃も許さない。後は大地より生み出された怪物に引導を渡すだけ。

「ペッパーミルスピンキック!!」

それはさながら白い流星。天より落ちる必殺の一撃。強力なランボーグといえども上からの攻撃に咄嗟に反応は出来なかった。

蹈鞴を踏むランボーグ。バランスを崩したその背後に煌めく光が一つ。

「ヒーローガール……プリズムショット!!」

着弾。そして爆発。頭上と背後、二箇所の攻撃でランボーグは倒れ伏す。致命傷、ではないだろう。精々が有効打。だがこれで良い。

何故なら――

「お二人が作ってくれたチャンス……無駄にはしません!」


――そこにはヒーローがいる。握り締めた拳に蒼穹色の光を纏わせて。


「ヒーローガール――」

爆発的な超加速。音すら置き去りにして、一瞬で敵へ肉薄。ブラックペッパーとプリズム、二人の想いも乗せて全力の拳を叩き込む。

「――スカイパンチ!!」

ランボーグが吹き飛んだ。冗談のように何度もバウンドしながら。やがて勢いは落ちて、地面を削りながら静止する。

「プリズム!」

「うん!」

スカイミラージュに新たなスカイトーンをセット。二人の掛け声と共に天空に浄化の門が開く。

「プリキュア・アップドラフト・シャイニング!!」

降り注ぐ光が大地の化け物を吸い上げ、天高くで浄化する。三人を散々苦しめた怪物は、元の招き猫へと戻った。

おいしーなタウンのシンボル。多くの人が様々な想いを乗せる、大切なもの。それを無事に取り返せたことに、二人のプリキュアは笑う。

「ば、馬鹿な……」

他方で、カバトンは膝から崩折れていた。過去最強クラスのランボーグ。間違いなく勝てる筈だった。自身の方が強いのだと証明出来る筈だった。

しかし現実、ランボーグは敗れ勝利したのはプリキュアである。そんな現実を受け止めきれず呆然としているカバトンだったが、背後に一つの影が落ちる。

「カバトン……とか言ったか。お前には聞きたいことがある」

エネルギーを宿した掌を向けながらブラックペッパーは詰め寄る。彼からすればカバトンは許すわけにはいかない悪党だ。それに、『ランボーグ』という自身が知らない力についても聞き出さなければならない。

油断なく近寄るブラックペッパー。振り向いたカバトンはその姿を睨め付けた。彼がいなければ恐らく勝っていたのはカバトンだ。ブラックペッパーだけが想定の外、イレギュラーだった。

絶対に許さない。奇しくも両者の考えは一致する。しかし、ここで意地を貫いても意味はない。それを知るカバトンはブラックペッパーを睨みながら捨て台詞を口にする。

「覚えてやがれこの野郎!!カバトントン!」

瞬間、闇に包まれて紫の巨体は掻き消えた。幾ら身構えていたと言っても、言葉一つで姿を消せるとなれば止めることは出来ない。

カバトンを逃したことにため息を吐きながら、ゆっくり二人の方へ向き直って、

「ブラックペッパーさん!!」

水色の襲撃に鳩尾がやられた。勢いよく飛び込んできたソラはまるで子犬のようだ。ランボーグを撃退出来た喜びと、カバトンを取り逃がした悔しさと、自身への不甲斐なさと、ブラックペッパーへの恩義とで頭がぐちゃぐちゃになったままブラックペッパーへと擦り寄ってくる。

「本当に、ありがとうございました!!ブラックペッパーさんがいなかったらわたし達……!」

色々と話したいことがある。それはブラックペッパーも、スカイもプリズムも。

ブラックペッパーは自身が展開したデリシャスフィールドを消して、三人で元の場所へと帰還した。




それから、三人はそれぞれの話をした。拓海は自分のこと、この街で起きた事件とその解決の為に戦い続けた『プリキュア』のことを。

ソラとましろはスカイランドのこと、プリンセス・エルことエルちゃんのこと、二人の出会いのことを。

話すことはたくさんあって、どれだけ時間があっても足りない。あっという間に二人が帰る時間がやってきた。

「結局あまり観光は出来なかったな。悪い」

「いえいえ、カバトンの件はどうしようもないことですし」

「それに、今日観光出来なかった分はまた遊びに来ますから」

「そっか。なら、その時は家に止まりに来てくれ」

和やかに談笑しながら三人は歩く。駅はもう目の前で、そろそろお別れの時間だ。

足を止める拓海に、ソラとましろも続く。彼と向かい合って二人は改めて頭を下げた。

「今日は本当にありがとうございました」

「どういたしまして。もしまた何かあったら呼んでくれ。すぐに向かうから」

拓海の言葉に二人は顔を見合わせる。それから拓海に向き直って、自分達の想いを打ち明けた。

「そう言ってくれるのは嬉しいんですが、大丈夫です」

「わたし達のことはわたし達で何とかしますから。だから、拓海さんはこの街を守って下さい」

ソラの言葉に目を見開く拓海。一瞬、それでもと言いそうになった。でも、それは二人の覚悟を踏み躙る行為だろう。

だから彼女達の想いを受け止めて、笑ってみせた。

「分かった。じゃあ、これからも頑張れ、ヒーローガールズ」

両の拳を握り締めて、前に突き出す。ソラとましろもそれぞれ小さな手を拳にして、拓海のそれと打ち付け合う。

「はい!」

そして、二人は駅へ。三人の邂逅は終わってそれぞれの日常へと戻っていく。

大切なものを守る為の日々へ。




それが拓海との出会い。

そして淡い想いの始まり。

ソラとましろの、小さな初恋の話。

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