稲生とカワキさんの夜間警備
稲生紅衣メメ虎屋ダルヴァの主─現世 空座町─
空座町における夜間の虚の対応に関してアフさんこと車谷は他所の応援へと向かうことになった その為稲生五席が一時的に滞在することとなったのだが...
「どうせ おぬし暇じゃろ?手を貸してくれぬかのう」
稲生が声を掛けたのは鳶栖璃鷹と一緒に下校している志島カワキ(渋々)であった
「なんでカワキちゃんだけなんですか 稲生のおばあちゃん?」
「...まずは話を聞こうか」
カワキと稲生を交互に見つつ不思議そうにする璃鷹と少なくとも話を聞く気はあるカワキを見て 普段よりは真面目そうな態度で稲生は答える
「どうせ家で酒を飲んでグータラしとるだけじゃろうし...」
「だからって夜中に駆り出すのはあまりイイ事では...」
璃鷹はカワキを庇うような言葉を続けるが当のカワキは黙って稲生の次の言葉を待っている
「いや~せっかく蔵一つあっても入りきらぬほどの酒を消費する良いちゃんすじゃったんじゃが かわきちゃんがやらぬのなら他を当たるかの」
「やるよ 私一人で十分だ」
「えっ」
カワキは璃鷹が掛けていたハシゴを蹴り飛ばす様に了承した 無慈悲である
「それじゃあ実際どうするのかしっかり決めておこうか」
「カワキちゃんだけにやらせるのは良くないし私も...」
グイグイと小さい稲生を引っ張り詳細を決めようとするカワキを引き留めつつ璃鷹が稲生に提案するが
「いや おぬしは良い てすとの点が壊滅していたらしいし帰ってしっかり勉強に励むのじゃ」
「(酒の配分がへるから)君は来なくていい」
二人から敢え無く却下された カワキもテストでやらかしていたが稲生は『どうせ言っても聞かぬし 陛下より受けた任務に必要であれば死ぬ気でやり始めるじゃろう』と適当であった
璃鷹は稲生を引きずりながらそそくさとその場を去るカワキを面白くないと言わんばかりの顔で見送った
その日の夜 比較的背の高い高層の廃墟の屋上に拠点を設営し警備をしていた
稲生はハンモックで眠り カワキは業務用冷蔵庫で冷やされていた酒を飲んでいる
熱燗を作れるようにと準備されたカセットコンロや仮設トイレに仮設風呂と脱衣所付シャワーや電子レンジ...ここに住むつもりなのかと問いただしたくなる物が揃っている
カワキは見えざる帝国にいる時から稲生に対してある種の信用を持っていた
『稲生ひよ乃はこちらに明確な利を提示し実際にそれを受け取れる』といった信用である
ただ酒があるだけなら断っていただろうが他も至れり尽くせりだ
稲生は空座町中に鴉を撒き浦原との協力で虚の探知が可能なネットワークを用意し 現場の映像を映せるように特殊なカメラを搭載させた監視用鴉も別で放っている
他の鴉も鬼道及び浦原の道具により虚を長時間拘束できるように準備もしている状態だ
『敵の探知 通知 拘束』これを稲生はグースカ眠りながらでも出来るように準備し カワキに『その場からただ狙撃』することだけを頼んでいる
無いだろうが 万が一カワキが酔いつぶれたとしても朝まで虚を拘束し続けることも可能であるし 通知で起きた稲生がハンモックから抜け出してゆっくり支度をしてから現場に向かっても大丈夫そうである
「足し算的な考えでは無く 引き算的な考えか...彼女の戦闘に関する考えは一考する価値はある」
どれだけ楽が出来るか どれだけやらかしてもリカバリが効くかといった労力と失敗要素の引き算
威力を上げる 霊圧を上げるといったシンプルな足し算とはその体質により無縁な彼女故の考えに思考を巡らせながら酒を煽った
少し時間が経ち熱燗を温めていると虚が一体現れた だが何も焦る必要はない
自身の霊圧の感知とレーダーが指し示す方向を確認し銃を向ける
数キロ先の目標を目掛けて引き金を引き 青い光が空を駆けるのを眺めた
監視カメラの映像を確認し鴉によって雁字搦めにされていた虚の中心を弾丸が貫いたのを確認した
先程飲んだ酒一杯のカロリーも使いきらぬうちに終わりだ
「思っていた通りの威力 位置で撃てたね...そろそろ熱燗もいい具合かな」
酒を鍋から引き揚げた際にカワキはとある事を思い出し 稲生が眠るハンモックに手を掛け 思いっきりひっくり返した
「おわあああ!?なんじゃあああ!?」
「玉子焼きはないかな?」
ビターンと地面にたたきつけられた稲生に特に感慨も無くカワキは酒の肴を要求した
「玉子なら冷蔵庫にあるから自分で『用意して』じゃったらどこぞの店で買って『もう開いてる所は無いよ』出汁入りか甘い方どっちじゃ『両方』」
言い終わるとカワキは稲生から離れて酒の方へ向かっていく 稲生もクソ不味いものは作らないが上手というほどでもない腕前で玉子焼きを作って持って行ってやった
「ちょっと焦げてるね もう少し火加減に注意した方が良いよ」
「あんまり文句言うなら玉子焼きを取り上げるのじゃ!」
「それは困る」
プリプリと怒る稲生とそれを躱しつつ酒と肴を消費するカワキは特に問題なくその日を夜を過ごしていた