秘書"モネ"
モネさんと出会ったのは不慮の事故によって俺が下半身不随になってからだ。元々海賊をやっていたんだ。五体満足でいられること自体が奇跡さ。けれどいざもう両足が使えないとなると精神的になかなか来るものがある。当たり前であることが出来ないというのは実に耐え難いものだった。
最早船員として役に立たない俺は所属船から捨てられ、後は死を待ち構えるだけの人間だった。
どうせ死ぬならと大好きな海に身投げをしようと飛び込んだある日。
俺はそのまま意識を落としてそのまま死んだ__と思ったが、目が覚めたら暖かいベットで寝ていたんだよ。
正直夢かと思い、ほっぺたを何度もつねったさ。けれど夢じゃなかった。
これは現実だと頬の痛みが告げていた。
なんで生きてるんだ。早く死にたい。
そんな絶望の縁で現れたのがモネさんだった。
「あら。目が覚めたのね」
「あんたは……」
「私? 私はモネ。ここでM(マスター)の秘書をやっているの」
「秘書だって?」
「えぇ。ここはMの研究所。アナタは運がいいわ……Mの治療を受けられるんですもの」
「うるさい! だいたい俺は死ぬつもりだったんだったてのに勝手に助けられていい迷惑だ! それに"マスター"だって? 言ってる意味がさっぱりだ!」
俺は助けてくれたモネさんに向かって酷いことを吐いてしまった。あの時のモネさんの悲しそうな表情が今だって脳から焼き付いて離れない。
本当にごめんねモネさん。今さら遅いかもしれないけどさ、言わせて欲しい。
――助けてくれてありがとう。
凍えるような寒さの中、俺の意識は静かに暗闇へと沈んでいった。
***
被検体待機室――
「ねぇアナタは今、何を思っているのかしら。……なんてもう聞こえてないわよね。望みが叶った気分はどうかしら?」
被検体のベッドに寝かされる哀れな男。私に「死ぬつもりだったのに何故助けた」なんて目覚めそうそう物凄い剣幕で怒鳴った彼はMの次のモルモットとして順番を待っている。
「なぜ死にたかったくせに涙なんか流しているの?」
考えても何も分からないけどこの男に少し興味がでてきた。
それに容姿が凄く……。
「ねぇM。この男もらってもいい?」
「ハァ!? そいつは次の実験台だ! ダメに決まっているだろう!」
「……ジョーカーから渡された実験費用を全てガールズバーにつぎ込んだのは一体だあれ? もし知られたら最悪殺されるかも」
「……モネ! あまり調子に乗るなよ! 俺はいつでもお前を殺せるんだ!」
「あら? 私を殺せばそれこそジョーカー……いいえ、若様が黙っていないわ。私はドンキホーテファミリーの幹部よ」
「クソ! 好きにしろ!」
「ふふっ。どうもありがとう」
天才科学者のくせに資金を横領して自らの首を絞める馬鹿なMを上手いこと言いくるめ、私は哀れな男の死体を自室へと運んだ。まだ死亡して間もないからか皮膚の鮮度もいい。死体特有の匂いだってしない。これは腐敗が進む前に早いとこ冷凍した方がいいわね。
自室へと死体を運んだ私は、能力のユキユキの実で部屋一面を猛吹雪が吹き荒れる大地へと変える。ちょっと時間がかかるけれど放っておけばそのうち凍るでしょう。ユキユキの実は元海軍本部大将"青キジ"と比べると見劣りする能力だけれど、自然系だからか覇気の使えない私でもある程度は戦闘ができる。若様のお役に立つことができる。それだけでこの実には価値があるのよ。
「それにしてもやっぱりこの男……若様にそっくり」
癖のあるブロンドに小麦色の肌。男性らしさを感じるガッシリとした輪郭に筋のとおった高い鼻。それにスラットした長身と細身だけど筋肉の付いた身体……見れば見るほど似ている。
この男は一体何者……?
もしかして親兄弟かしら?
いえ……そんなハズないわ。
若様の両親と弟は全員死んだと聞いている。
驚いた……まさか他人の空似って本当にあるのね。
「けれどやっぱり"コレ"は若様じゃないわ」
若様と誰かを比べるだなんておこがましいにも程がある。ごめんなさい、若様。この男なら私の寂しさを埋められると思ったけれど一度若様じゃないと認識してしまったらもう人の皮を被ったまがい物にしか見えなくて……どうやらダメそう。
「早く逢いたいわ……"若様"」
このニセモノはやっぱりMに返してこようかしら。
いつ終わるか分からない長期任務。久しぶりに若様や妹であるシュガーの顔が見たいという気持ちを押さえ込み、私は再びMのところへとニセモノを返品しに向かった。