秘密の宴会
正雪の身体には、それまでは慎ましやかに形としてはあったものの機能は有しておらず、単なる付属程度でしかなかった排泄機構があるのみだった(だがそれのお陰で男性として振る舞う事も可能であった)。しかしある時…そう、宮本伊織に出会ってからというもの次第にそれが肥大化していき、ついには成人男性の持つモノより一回り大きく育ってしまう。
知識としては知っているが、まさか稼動時間も終盤に入ってから成長が来るとは思わず、急激な変化に制御が効かず戸惑うばかり。
これを持つ者は、普段いかにして過ごしているのだ…?自身の周りには男で溢れているが、都合上、これを相談できる者は限られている。頭を過ぎったのは、元凶とさえ捉えられるあの男。
…なぜだか、彼になら話せる気がしたのだ。
急ぎ逸れのアサシンを使いに出し、伊織を神田に呼びつけた。自陣の工房に招き入れる真似はしたくはなかったが、それ以上にまた長屋で世話になるわけにはいかなかった。
伊織と共に来たセイバーはライダーや逸れのアサシンに足止め…もとい、鍛錬と称して相手をしてもらい、伊織だけを自室に入れた。
ただ聞けばいいだけだ。
「これの使い方を教えてほしい」、と─
…それが、この結果だ。
宮本伊織を前にして、己を曝した瞬間、自身の意思に反して熱が急激に集まる感覚に驚き、抑えようとして却って翻弄され、しまいには粗相をしてしまった。
明らかに相談と称して見せるものではない。何もかも間違えている。こんな筈ではなかった─
自らの失態に羞恥し、ぽろぽろと大粒の涙を流していると、それまで身体を強張らせていた伊織ははたと我に返り、咄嗟に肩を抱き寄せ、子供をあやすように背中を擦った。
実際、子供のように泣いていたのだ…伊織はただ目の前で泣いている媛の涙を止めようと動き、「落ち着くんだ」「大丈夫だ」と何度も囁き、泣き止むまで側にいた。
涙も止まり呼吸も落ち着いた頃、「誰かに水でも持ってきてもらおう。客人の俺が頼むのも変な話だが…」と伊織が床に散らばった汚れを端切れで拭き取りながらが思案しているところにライダーが白湯をもってやってきた。
かたじけない、と伊織が受け取る。
ライダーは「いいえ」「まだ時間がかかるようですから」と、大柄な体躯をまるで女中のように縮こませてさっさと外に戻ってしまった。ここはサーヴァントが側に居た方が良いのでは…。と、考えても残されてしまった以上仕方がない。
伊織は相談を受けに来た身だ。状況も把握した。ならば役目を果たそう。
二人分の湯呑を分け合い、互いに口を付ける。臓腑を温めたことで冷静になれた二人は、なんてことはないと今度こそ茶屋で談笑するような会話を心がけた。
「それは生理現象として当然のことだ」
「貴殿がが戸惑うのも無理はない。本来は十を数えるぐらいの年頃の男児が迎えるものだ」
「確かに妄りに人に見せるものではないが、道場にいた頃は兄弟弟子が当前の話題として話しているのをよく耳にしていた。だから状況による。不安だっただろう?」
「生憎ここ数年は…無縁で、相談役として務められるかわからないが…そんな自分からしたら、貴殿はずっと正常だ」
「使い方なら、知識としてなら知っている…が…!?」
二人は会話の最中に、互いに異変に気付く。そして、理解してしまった。これは…『長引く』、と。
「ああ、上手くいったようです。臓腑よりももっと奥が温められていると気付いた頃でしょう」
「はあ…やれやれ。出された茶には気を付けよと忠告をすべきだったかな」
「毒なんて入っていません。少し"血行を良くする粉薬"を拝借しただけです。そもそも渡したのは白湯ですし…」
「まあいい…爺としては複雑だがな。娘御の勇気のためにもうひと踏ん張りといこうか」
「ええいイオリに何をしようとしている!?さっきから戦ったり饗されたりと何なのだ!?さっさと通さぬかー!!」
ライダーは、「ちょっとした宴会です。貴方にはもう少し付き合っていただきますよ」とセイバーに呟き、黒き鎧で見えぬはずの表情から楽しげな笑みを察知した逸れのアサシンは、「楽しいのはお前だけだろう。爺を夜更けまでこき使う気だな」と悪態をついた。