私の罪

私の罪


 エレジアから帰ってきてから1週間、そしてシャンクスが私をフーシャ村に置いて行ってから3日が経った。今握っているルフィの腕は伸びていてルフィの姿は見えない。元々動き回るのが好きだった子だ。じっとしてるのは性に合わないんだろう。それでも、この手は離さないでくれる。信じてた人に置いて行かれた私にとってこの切れない腕は唯一信頼出来る繋がりだった。

「ウタちゃん。もうすぐお昼ご飯が出来るからルフィを呼んでもらえる?」

 マキノさんに言われ静かにルフィの左腕を強く引っ張る。握っている右手に力がかかる。この3日間ずっと握っていたせいかそれだけで私たちは簡単なコミュニケーションが出来る様になっていた。引っ張られる力が弱くなってきてルフィが近づいて来てるのが文字通り手に取るようにわかる。そして、

「マキノ!メシ!」

 酒場の扉を勢いよく押し開け、ルフィが顔を出す。あいも変わらず能天気な笑顔を見せる幼馴染に頬が緩む。

「ねぇルフィ。今日の勝負は何をする?」

 出されたご飯を食べながら聞く。この3日でこっちで勝負する事は一切無くなった。理由は簡単。私がルフィの左手を離せないからだ。これを離したらルフィも離れて行ってしまうような気がして右手に力が入らなくなる。かと言って勝負はしたい。だからこそウタワールドで勝負をする。私の体力を考え、午前中はこっちで遊び午後は向こうで勝負をする。それが今の私たちの日常になっていた。だが、今日は違った。

「いんや。勝負はしねェ。その代わり、ウタに言いたい事と渡したいもの、あと紹介したい人がいるんだ。」

 その発言に驚く。これでも1年かそこらは過ごしてきた。それなのに今更何があるのだというのだろう。そんな事を考えてる内に食事が終わる。

「「ご馳走様でした。」」

 お互い片手が使えないのでお互いの手を合わせて言う。これももはや習慣になってしまった事だ。人間とは怖いものでたった3日でここまで片手での生活に慣れてしまう。

「じゃあマキノ!あれ、出来てるか!」

「出来てるわよ。今取ってくるからね。」

 ルフィが言うとマキノさんは店を一回出て行く。もしかして、これからルフィがやろうとしてる事は村の皆は知っていて知らないのは自分だけではないのか。そう考えると酷く疎外感を感じてしまうのは傲慢だろうか。

「持ってきたわよ。ルフィ。」

「おう。ありがとう。じゃあ、ウタ。右手を出してくれ。」

 マキノさんが持ってきた物を受け取るとルフィは一つを机の上に置いて言う。私はその指示に疑問を感じながら出すとルフィとマキノさんが私の左手に何かをつけた。この感触は…アームカバーかな?きっとルフィは私を気遣ってくれたのだろう。そう思うと酷く嬉しくなり自然と笑顔が溢れる。

「ジャーン!見てくれよウタ!」

 嬉しそうな声を聞き急いでそちらを見るとルフィも右手にアームカバーをつけていた。きっとマキノさんにつけてもらったんだろう。普通ならそう考えるのだろうが私はそれよりもアームカバーの手の甲の部分に付けられたマークに目が行った。"新時代の印"。瓢箪のようなそのマークはルフィと私しか知らない大切な誓いの証だった。慌てて自らの左手の甲を見る。そこには、同じマークが付けられていた。

「なぁウタ!おれ達約束したよな!お互いに新時代を作ろうって!おれ3日間ずっと考えてたんだよ!」

 椅子から飛び降りたルフィは下から見上げるようにキラキラ光った瞳を向けてくる。確かに新時代を作る約束はした。けれどもそれは…

「無理だよ…」

 無理なのだ。私はシャンクスの船に乗って世界を回る。そしてその経験を活かして歌を作り世界の歌姫になる。シャンクスに捨てられた私では…それは無理なのだ。

「おう!だからよ、色々考えたんだ!おれの作りたい新時代もウタの夢も!おれの作りたい新時代はまだわかんねェけど、やりたい事は見つかったんだ!」

 そっか。ルフィは夢を見つけたのか。なら、私がずっと縛り付けて置くわけにもいかないな…正直、また置いてかれるのは悲しいけど、ルフィは私に繋がりをくれた。どんなに離れていても消えない証をくれた。なら…

「一緒に海軍に入らねェか!ウタ!」

 かい…ぐん?一気に思考が追いつかなくなる。なんで?あんなに海賊に憧れてたのに。なんで?あんなに縛られるのが嫌なのに。なんで?なんで?なんで?脳が理解を拒む情報の中ルフィは無邪気に太陽のような笑顔で続ける。

「海軍になれば海を越えて色んなところに行けるしよ!力だってつけられる!確かに海賊と違って自由にとはいかないかもしれねェけど歌は作れるし広められる!何より、ウタを守ってやれる!」

 ルフィから出た言葉に私は何も言えなくなる。理解はしていた。この自由が好きな幼馴染を縛っているのは自分だと。だからいつかこの右手を離さなきゃいけないと。諦めるつもりでいた。

「いいの…ほんとうにそれで…」

 震える声で聞く。本当は自由に生きてほしかった。自分になんて縛られずに自由に。けれども、

「もちろんだ!おれが決めた道なら、後悔は無ェ!」

 嬉しかった。置いてかれる恐怖を知ってる自分の側にいる事にした幼馴染の選択が。許せなかった。そんな幼馴染の優しさに甘えてしまう自分が。そんな混乱の中、新しい人物が酒場に入ってくる。

「なんじゃいルフィ。突然呼び出して。こっちも暇じゃ無いんじゃぞ。」

「うるせェ!いつも突然来る癖に!」

どうやらルフィの知り合いらしいがそんな事を今消化出来るほど私は冷静じゃなかった。溢れる涙を抑えきれずにずっと俯いてる。

「紹介するよウタ。おれのじいちゃんだ!今は海兵をやってる。いつも会う度に海兵になれってうるさくてよォ。」

「うるさいとはなんじゃ!お前はいずれ立派な海兵になるんじゃ!」

「それで、どうするウタ。」

 いいんだろうか。甘えてしまって。いいんだろうか。普段子供っぽかった幼馴染はいつになく真剣な顔でコチラを覗き込んでくる。私の涙に顔色一つ変えずに。つまり、こうなる事も予想してたんだろう。普段は能天気な彼がそんな予想まで立ててたのだという事を動かなくなった頭は理解する。

「な゛る゛。ル゛フ゛ィ゛と゛一゛緒゛に゛!」

「おう。てことでじいちゃん、おれとウタは海兵になるから。」

「な、なんじゃとーー!?」

 彼のお爺さんの絶叫が響く。だけども気にせず彼は私の右手をゆっくり外していく。3日ぶりに外気に触れた右手の掌はフーシャ村の爽やかな風を感じ取る。彼に抱きしめられる。それで私の理性は崩壊した。嬉しさと情けなさと罪悪感。色々な物の闇鍋が私の中で渦巻いて、私はその日、彼に抱き抱えられながら生まれてこの方一度もした事のないような大泣きをした。

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