私の『心』は

私の『心』は


 その時は唐突に訪れた。

「ッ……!?」

『ウタ? どうしたの?』

聴覚に特化した見聞色とウタウタの伝達力を使って通信士をしていたからこそ気付けた。気付けてしまった。

「あ、あァ…あ」

『ウタ、大丈夫? ウタ!?』

『おい、ウタ。どうしたんだよ!?』

彼女の様子が変わったことに気付き、仲間達も彼女の事を心配する『音』が聞こえてくる。でも、そんな彼らの『声』は、もう聞こえない。

「そんな、ルフィの音が消えた……」

ついさっきまで聞こえていた音を何度も探す。何度も、何度も何度も何度も。

「嘘、嘘うそウソ!!…そんなはずない。そんなはず……!!」

嘘だと思いたかった。けれど、鍛えられた見聞色はそれが事実だと突き付けてくる。足から力が抜け、膝をつく。彼女の中で、何かが折れた気がした。

「は…か、ガ……」

彼女の体にもう力は入らないのに、彼女の体を別の何かが動かしている。それを歌ってはダメだと抵抗するけれど、そんな些細な抵抗はあっさりと崩され、肺は、喉は、口は、一つの歌を奏でていく。

『ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᚲ ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᛏ ᛏᚨᛏ ᛒᚱᚨᚲ』

自分の声の筈なのに、自分が歌っているようにはまるで聞こえないその歌を歌い始めた瞬間。彼女は闇の中に呑まれていった。

 

 

 

 

「ここは……」

気付けば私は真っ暗闇の中でただ茫然と立っていた。暗闇の中でボウッと自分の姿だけがやけにハッキリと見える。

「ッ……!!」

ここに居たらまずい。居てはいけない。通信士をしていた状態で吞まれた事がいけなかったのか、負の感情が以前よりもずっと多く流れ込んでくる。

耳を塞いでも頭に流れ込んでくるそれは、否応なく私を磨り潰していく。

「………!!」

声を出す。でも、頭の中に流れ込んでくる感情と、響いてくる声の方が圧倒的に多くて、いつの間にか自分の声も聞こえなくなっていた。

「………」

助けてということも出来ず、うるさいと耳を塞ぐことも出来ず。私を見つけてくれた彼の音も聞こえない。

「――――――」

ワタシと流れ込んでくる感情の境が段々と曖昧になる。ワタシハ…ダレダッケ?

 

 

 

 

どれほど時間が経ったのかは分からない。体育座りで顔を埋めていると、頭にポフリと優しく誰かに叩かれたような、撫でられたような、そんな気がした。

「……?」

『ムー』

顔を上げてみるとそこには、見覚えがあるような気がする人形が片腕を伸ばして立っていた。

『ムー!!』

人形は顔を上げたワタシに腕がまた届くように、ワタワタと忙しなく動かしている。そんな動きがどこか可愛くて、ワタシはその人形を顔の前に持ち上げた。

『ム!!』

人形の手が私の頭に触れる。すると、頭の中には一気にある人達の光景が流れ込んできた。

 

それは、育ての親と仲間を守るために自分を犠牲にしようとするコックだった。

 

それは、霧の海で孤独に彷徨い続ける音楽家だった。

 

それは、一夜にして、故郷に親、友人。様々な物を失い、世界中を逃げ回る考古学者だった。

 

それは、親から見捨てられ、ヒトヒトの実を食べた事でトナカイからも人間からも完全に見放された船医だった。

 

それは、一億ベリーを稼いで故郷の村を買い戻す為、盗みを働きながら、必死で金を集める航海士だった。

 

そしてそれは、友達に玩具にされ、育ての親からもその時の仲間からも忘れ去られた歌姫だった。

 

「ワタ、シハ……」

でも、今更何になるのか。彼の音はもう聞こえない。だというのに、目の前の人形は何かを懇願するようにワタワタと動き続けている。

『ムー!!!!』

目の前の人形が一際大きく騒いだ直後だった。

 

音が、聞こえた。

 

「……?」

 

ドンドットット♫ ドンドットット♪

 

轟くようなその音は、ワタシを磨り潰していた負の感情の全てを切り裂いて、ワタシの中に伝わってくる。そしてその音は、聞こえなくなったはずの彼の音が、途切れた場所から響いていることを、見聞色は捉えていた。

 

『本心を言えよ!!!』

『……ルフィ、おれァ…!! サニー号に…帰り゛たい゛……!!!!』

 

『私!!! 生きててよかったァ!! 本当に!! 生きててよかった!!! 今日という日が!!! やって来たから!!! あ、私仲間になっていいですか?』

『おう、いいぞ!!』

 

『ロビン!!! まだお前の口から聞いてねェ、「生きたい」と言えェ!!!!』

『生ぎたい!!!!…!!! 私も一緒に、海へ連れてって!!!』

 

『おれなんかお前らの仲間にはなれねェよ!!!…だから…お礼を言いにきたんだ!!! 誘ってくれてありがとう…おれはここに残るけど、いつかまたさ…気が向いたらここへ』

『うるせェ!!! いこう!!!!』

 

『ルフィ…助けて…』

『当たり前だ!!!!!』

 

『ギィ……』

『お前歌が好きなのか? なら、お前の名前はウタだ!!!』

 

音が聞こえる。絶望なんか吹っ飛ばして、皆を解放するルフィの言葉が脳裏に響く。

「あぁ、そっか。ルフィに名前を呼んでもらったあの時、私の『心』は解放されてたんだ」

四肢に力が伝わっていく。これで立ち上がれる。

今も流れ込んでくるものはある。だけど、『それがどうした』。流れ込んでくるもの以上に内から湧いてくるものがある。

今まで助けてくれた分、心を、身体を解放してくれた分、それ以上にルフィの、皆の力になりたい。心に満ちるのはそんな想いだけだった。

「ムジカ、思い出させてくれて。ありがとう」

私は足元で嬉しそうに跳ねる人形のムジカの頭を撫でて抱き上げる。

「準備は良い?」

「ムー!!」

 

 

 

 

敵も味方も関係なく暴れる魔王に、双方逃げることしか出来なかった。トットムジカは現実とウタワールドからの同時攻撃でやっと倒せる存在だというのに、ウタワールドに取り込まれた人は一人も居なかったからだ。

トットムジカを顕現させたウタ本人も、一瞬で取り込まれてしまった為に、歌ってウタワールド内に人を取り込むという手段も取れなかった。

このまま何もかもが破壊されていくのを見ているしかない。そう誰もが思っていた魔王に、異変が起こった。

急に動きを止め苦しそうな声をあげだしたのだ。それと同時に聞こえてきたのは、聞き覚えのある歌姫の歌声。その歌で奮起する声と音が聞こえてくる。

「皆、心配かけてゴメン!! 私はもう、大丈夫!!!!」

魔王は急速に力を失い、萎んでいくように見えた。だが違う。あれは何かに吸われているのだ。数秒もすれば、鍵盤模様の袖を持ったスタジャンを着込んだウタが現れ、左目はX字に赤く輝き、燃える髑髏が周囲に複数浮遊していた。

「さぁ、ライブの始まりだよ!!」

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