私と旦那様

私と旦那様


その男は何を考えていたのか分からなかった。

私を買った癖に抱く事もなく、自分の手伝いをさせていたから。

お陰で人間の世界に詳しくなってしまい、とある商人の手伝いをする為にそちらへ送り出された。

彼も私を抱く事はなく、秘書として働く日々を過ごす。

そして何年か経ったある日、あの男が死んだと聞いてなんとも言えない気分になった。

1回くらい抱いて欲しかったなと思いつつ、商人の手伝いを続けていると新しい情報が入ってくる。


「屋敷にあいつの娘が居る?」


どんな子だろう、少し気になった。

しかし秘書として働く身だと言い訳をして、外に出る気にはならなかった。

そして更に月日は経って。


「アンタが先輩?よろしく頼むわね」


商人の元にアトラの蟲惑魔が来た。

彼女は私の仕事を受け継ぐと言い、実際に全ての知識を学んだ。

お陰で私の仕事は無くなり、どうしたものかと思っていると。


「屋敷に戻ってみないかって……知ってる人なんか居ないのにどうしてよ」


商人に見るだけでも良いから。と言われ、する事もないので彼と共に顔を出す事にした。


「やあ、いらっしゃい。今日は清掃日の相談だったかな?」


「あら、蟲惑魔のお連れさん?」


「それにしては何か……野性味?が足りないような?」


ジーナ、シトリス、リセ。人間の代わりに3体の蟲惑魔が私達を出迎えてくれる。


「ええと……私は彼の秘書をやってるの。昔はこっちに居たんだけどね?」


「へぇ、初めて聞いたな。お嬢、何か聞いてるかい?」


ジーナの言葉に遅れて、人間の少女が出て来る。

彼女の姿を見た瞬間、自分の全てがひっくり返ったような気がした。

閉鎖した空間から解放されて、突風が吹いたような……

周りの視線が私に向き、何か喋らなくてはと思うのに言葉が出ない。

そして誰よりも早く少女が口を開く。


私の事、好きになった?


そう、そうだ。彼の秘書になったアトラの言葉を思い出す。


『アイツを見た時に理屈とか抜きで、きっとアタシと一緒になってくれるヒトだって思ったの』


私にとって、それが彼女なのだ。


「ええ……一目惚れ、でしょうね」


話は進んで、私は懐かしき屋敷に帰る事になった。

驚いたのは彼女が随分と色ボケしている事で。

とある日の事。


「お嬢様、キスしよ!」


ソファでくつろいでいるとリセが飛んできて旦那様の上に乗る。

私は互いの唇を重ねていく2人を呆然としながら見ていた。


「んー…ちゅ……じゅる……」


口の端から涎が垂れるのも気にせず、舌と指を絡めてさらに深く繋がっていく。


「ぷはぁ……お嬢様、このまましちゃおっか?」


口と手を離して彼女の服を脱がせていくリセ。

頷く旦那様は嬉しそうに笑っていた。


「アロメルスちゃんも混ざる?」


「謹んでお断りするわ」


リセの誘いを断って私はその場から立ち去った。

別の日、ソファで彼女とシトリスが2人でいるのを見かけた。


「あら、アロメルス。ご主人様に何か用事かしら?」


「いえ、そうじゃないけど……何をしてるのか聞いてもいいかしら?」


「ご主人様がこうしたいって……んっ♡もう、話してるのに邪魔するなんて悪い子ね♡」


いつものスーツではなく蟲惑魔の服を着たシトリスが胸を露出させ、横になった旦那様はそれに吸い付いている。

私はそれをなんとも言えない気持ちで眺めていた。


「アロメルスもどう?」


「遠慮しておくわ……」


シトリスの誘いを断って私はその場から離れる事にした。

そしてまた別の日。


「やあアロメルス、差し入れかい?」


「そうだけど、書斎で何をしてるのか聞いてもいいかしら?」


「え?見ての通りだけど?」


「やるならベッドでしなさいよ……」


椅子に座ったジーナの上に旦那様が座り、服の中に手を入れて彼女を愛撫していた。

私は差し入れを乗せた盆を机の上に置き、その光景を睨む。


「お嬢がしたいって言うから仕方ないだろ?」


「場所を考えろって言ってるの」


「僕達以外いないこの屋敷で場所なんか考える必要があるとは思えないな」


ジーナの発言に反論できず、私は黙るしかなかった。

それを見た彼女は困ったように笑って言葉を続ける。


「少し働き過ぎたんじゃないかい?気に入らない話だけど僕達は『こういう事』の為に売られてたんだから」


「……そうね」


私が間違ってたみたい、と付け加え書斎を後にした。


翌日、中庭に出て噴水の前にあるベンチに座って空を眺めながら考えをまとめる。

私は『その為』に育てられた蟲惑魔だし、好きな旦那様の欲求を満たす為にそうした行為をする事は理解できる。

けれど、それはもっと秘めるべき事であるような気がしてならない。

今更ではあるが求められれば何処でも、誰が見ていてもというのは間違っているような気がするのだ。

答えの出ない問いが頭の中を巡り、背もたれに身体を預けて目を閉じる。

しばらくすると、シトリスの声が聞こえてきた。


「隣、いいかしら?」


「構わないわ」


慌てて身体を起こして目を開ける。

彼女はそれを見て微笑むと、私の隣に座った。


「どうかしら、もうここには慣れた?」


「前より仕事が少な過ぎて物足りない感じはあるわね」


「そうなのね、だったら……たまにはご主人様と2人で何かしてみたらどうかしら?」


そういえば彼女と2人きりで過ごした事はなかった、いつ見ても誰かが傍にいる気がする。


「あの子、1人になるの?」


「なる時もあるし、ない時もあるわ」


シトリスは屋敷の方を見る。

その横顔は、愛しいものを見る優しい顔をしていた。


「善は急げ、と言うし行ってくるわ」


「ええ、いってらっしゃい」


私はシトリスに別れを告げ、ベンチから立ち上がると屋敷に戻る。

目当ての旦那様は、玄関ホールに1人佇んでいた。

こちらを見つけると笑顔で手を振ってくる。


「もしかして、私を待っていたの?」


彼女は頷くと右手を差し出してくる。


貴女とお話ししたいの。


そう言って私の目を見つめてくる旦那様の手を取り、屋敷を歩く。

私の部屋へ入ると、彼女はベッドに腰掛ける。


「椅子があるじゃない、そっちに座りなさいよ」


こっちが良いわ。


「ああもう……分かったわよ」


私は椅子に座り、旦那様と向き合った。

そうして自分の疑問をぶつけていく。

それを全部聞き終えると、彼女はくすくすと笑ってから口を開いた。


あの子達は、求められたから応えてくれてるだけよ。


「それが分からないって言ってるの」


理由の分からない苛立ちを覚え、言葉を続ける。

それは、私の求めている答えじゃない。


だったら、私を抱いてみたら良いわ。


「はぁ?」


思わず変な声が出てしまう。シトリス達と同じ気持ちになってみろという事なのだろうか?

服を脱いでいく旦那様はにこりと笑って私を手招きする。


「良いわ、私だけ抱いてないのも不公平だと思ってたもの」


夜伽は彼女の指名制で、今まで私は呼ばれた事はなかった。こんな形で始まるとは思わなかったけど。

首元からネクタイを引き抜いて上着を椅子に掛け、あっという間に裸になった旦那様を押し倒すとその唇を奪う。


「んっ……!?」


ただ重ねるだけでは物足りない、と言わんばかりに彼女の舌が私の唇をこじ開けて口内に侵入して来た。

負けじと舌を絡めて押し返すと、抵抗はされずにそれを受け入れられる。


「ん……ちゅ……じゅる……」


互いの口の端から涎が垂れるのも気にせず、互いの身体を押し付けあって口内を貪り続ける。

よくリセがキスをねだっている所を見てきたけど、その気持ちが分かった気がした。

どちらともなく口と身体を離して、上気した旦那様の顔を見つめる。


「いい顔してるわね」


その頬を撫でた後、手を胸へと下ろす。

期待に満ちた瞳が私を見つめ、手が胸に触れた瞬間に嬉しそうな声が漏れた。

私と変わらない大きさの胸を正面から掴み、少し荒っぽく揉んでいく。

その度に甘い声を出す彼女はとても可愛らしく、この僅かな時間だけでシトリス達の気持ちが分かったような気がする。


「もっと声を聞かせてくれない?」


私を求めて欲しい、私だけを見て欲しい。

胸から手を離すと首筋に顔を埋めて跡を残す。

今度は胸に顔を寄せ、恐らく何度も繰り返された行為によって屹立した先端を舐める。

私の一挙一動に彼女の身体が反応して震え、声を上げる度に気分が昂っていく。

先端を口に含み、引っ張るように吸い上げて離す。

同時に下腹部を撫でながら股間へ手を伸ばし、目的地に辿り着くとその割れ目に優しく触れる。

旦那様の身体が快感を求めるように腰を浮かべ、私の指を求めていた。


「挿れて欲しい?」


問えば彼女は素直に頷き、口頭でも同じことを伝えてくる。

私もこれ以上焦らす事が出来ず、求められるままに蜜壺に指を沈めた。

中に入るとそれを待ちわびていたかのように締め付けてくる。

私の与える刺激に期待を膨らませ、こちらを見つめる旦那様は本当に可愛らしい。

指を曲げて天井を擦るようにしながら小刻みに手を揺らしていく。

彼女の口から甘い声が漏れ、あっという間に水音と身体の震えが強くなった。


「ほら、イっていいのよ」


蕩けた表情をした顔を見つめ、指を強く押し付けながら手を大きく動かして刺激する。

一際大きな声が上がると旦那様の身体が大きく跳ね、絶頂を迎えた事を知らせてくれた。

肩で息をする旦那様の唇を再び奪い、今度はこちらから舌をねじ込んでいく。


「んぅ…ちゅ……」


彼女は私の肩を掴んで押し返そうとするが、絶頂して力の抜けた身体では無理だ。

最初とは違い、蹂躙するように口内を舐め回していると息が苦しくなったのか手の力が弱まっていく。


「ぷはっ……私、上手くやれた?」


口を離して問えば旦那様は弱々しい声で良かったと伝えてくれる。

その返事に満足して私は指を抜くと愛液で濡れたそれを舌で舐め取った。


「そう、なら良かったわ」


彼女の表情に疲労の色が見える。

今はこれで終わりと告げて服を差し出した。


「アロメルス、居るかしら?」


旦那様を椅子に座らせてベッドのシーツを替えていると、シトリスが扉をノックする。


「ちょうど掃除が終わった所だから入って来て」


濡れたシーツを畳み、備え付けの机の上に置いて返事をする。

部屋の扉が開き、シトリスの姿が見える。

しかし他の気配を感じた私は彼女が部屋に入る前に口を開いた。


「この部屋、5人も入ったら狭いわよ」


「えっ」


「バレちゃったか」


「ならリビングの方に行きましょうか」


リセとジーナの声が聞こえて、シトリスの提案に私は頷いた。


「それで、楽しめたかい?」


「求められたからしてあげただけよ」


「へぇ?」


ソファの上で身体を擦り寄せてくる旦那様を受け止めながらジーナの質問に答え、私の言葉を聞いた彼女が口を開く前に言葉を重ねていく。


「私は自分の部屋でやったけど?」


「まるで僕が場所も問わず相手をしてるみたいに言うじゃないか」


「事実でしょう?」


「まぁね」


会話が途切れ、沈黙が流れる。

ふとスーツの裾が引かれたのを感じ、そちらに視線を向けると心配気な旦那様の顔が見えた。


「別に喧嘩がしたい訳じゃないの、単純な価値観のすり合わせよ?」


彼女の身体を抱きしめ、背中を撫でる。


「私達は愛し方が違うだけで貴女が好き、私は言葉を尽くして貴女に愛を伝えたいの。それじゃあダメかしら?」


もうひと声、と甘える彼女に困っているとシトリスがくすりと笑う。


「やっと分かったわ、アロメルス……貴女、随分と人間に思考を寄せてるのね?」


どういう意味だろうか?言葉の意図を理解できずに黙っていると、シトリスは笑顔のまま言葉を続ける。


「言葉を尽くす……なんて、ヒトの言いそうな言葉じゃない?」


「そうかしら……」


「リセ、貴女がご主人様に好きって伝えたい時はどうする?」


「私?えっとね……大好きって言って、その後押し倒しちゃう!」


「ジーナはどう?」


「僕も概ねリセと同じかな。凡百の言葉を並べるより、行為で愛を示した方が手っ取り早いと思わないかい?」


「個体差もあるから、貴女に考えを押し付ける気はないけれど」


2人の意見を聞いたシトリスは私と旦那様に視線を向ける。


「偶にはご主人様のワガママを聞いてあげてね?」


腕の中にいる彼女の懇願するような視線が刺さり、私はため息をついた。


「そうね……ヒト寄りの思考は中々抜けないでしょうけど、善処するわ」


なら今、ここでキスして?


「私の話聞いてたの!?ちょ、力強くないかしら……!」


滅茶苦茶な要求と共に腕の中から抜け出してきた旦那様の肩を押さえていると、その後ろからシトリスが彼女の背中を押して援護する。


「ご主人様のお願いは聞いてあげなくちゃダメよ?」


「私の意見も聞いてくれないかしら……んっ、むーっ!」


唇を奪われ、もがく私を見てジーナが呆れたように額を片手で押さえる。

リセは立ち上がるともの凄い勢いでこちらに向かって来た。


「せっかく話し合ったのに全部台無しになった気がするよ……」


「アロメルスちゃんばっかりずるい!私もする!」


満足したのか、解放された私は旦那様をリセに押し付けてソファに座り直した。

上手くやれるだろうか、そんな不安が私を襲う。


「そういえばお嬢、身体を洗った方が良いと思うけど」


「お嬢様とお風呂!」


「もうそんな時間?なら皆で行きましょうか」


「はいはい、お供させてもらうわ」


あっという間に浴室行きが決まったので立ち上がる。

アロメルス、と私の名前を呼ぶ旦那様の笑顔が眩しくて。

不安を抱いた事を忘れさせるには十分だった。

Report Page