禅院家と五条類
交流戦前の類君。つまり覚醒前です。
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今日の俺は機嫌がいい。最近は忙しかった。今週末はようやく丸一日の休みだ。高専からの任務と家からの(主に義兄で当主の悟様から押し付けられた)任務で学校に来たのは久々だ。次は全学年合同の体育で、ゆっくり体を動かせると体操着に着替えて校庭に出た。
「久しぶりね。最近は忙しかったかしら?」
「真衣さん。お久しぶりです」
御三家つながりの禪院真衣は京都高専では一つ上の先輩だ。幼い頃から何か顔を合わせるが特段仲がいいわけではない。もっとも家同士の付き合いで話す時間などない。高専に入学してからも偶に挨拶する程度だ。
「今日はずいぶん機嫌がいいのね」
「ええ、今週末は休みなので楽しみなんですよ」
「そ、優秀な人は任務がたくさんあって休む暇もないのね」
「はは...まあ悟様のせいでもあるんですがね」
「今、五条悟の話してました?!」
ひょっこり三輪先輩が真衣さんの後ろ顔を出した。
この学校では一番気軽に接することが出来る。一般の出身で「五条の名前」のない俺を見てくれる存在だ。いや、家のクソ当主のファンらしいのである意味真逆かもしれないが。ともかく俺にとってはありがたい存在だ。
「その五条悟のせいで最近忙しかったって話ですよ。でも今週末はようやくオフで休めるので楽しみで…」ㇷ゚ㇽㇽ
【発信者 五条悟】い、嫌な予感がする。すごく出たくない。
「すいません。悟様から電話なんで」
「え!!五条悟から生電話!!?」
テンション高い三輪先輩はさておき、少し離れてクソ当主からの電話に出る。
「はい、類です」
『オッ疲れー!!マイブラザー!』
「何でしょうか」
毎度のことながらうんざりするテンションの高さだ。
『テンション低いなぁ』
「誰かのせいで疲れているので...」
『ふーん、まあいいや今週末暇?』
「忙しいです」
ここは即答して間を詰める。少しでもプレッシャーを与えろ。絶対にまた面倒ごとをねじ込んでくるはずだ。
『いや、時間あるでしょ。だって類の予定は把握してるもん』
「そんなことに当主の権力使わないでくださいよ」
『それでね、今週末に御三家の会合があるんだよね。それに当主代理ででてくれない?』
「嫌です。ご自分でどうぞ!」
『大丈夫大丈夫。おじいちゃんたちの話に付き合うだけでいいからさ。僕が行くより類が行ったほうがウケがいいんだよ。得意でしょ、そういうの』
「好き勝手言わないでくださいよ!!俺だって最近忙しくて休みたいんですよ!!なんでよりにもよってそんな面倒なことしなきゃならないんですか!!自分で行ってくれよ!!」
『んも~そんな言葉づかいしちゃダメよ!おじいちゃんたちに嫌われちゃうわよ。じゃ会場は禪院本家だからよろしく~^』プープープー
スマホをしまいうずくまって叫んだ。
「あのクソ当主がぁぁぁ!!!俺の休みがまた!前回もそうだった!クソ当主は次から次へと面倒なことばっかり...」
悲痛な叫びだった。そしてそれは電話を聞いていた二人にも聞こえたらしい。
真衣さんがいる見下ろしながら皮肉なことを言う。
「ふふ、優秀な人は休む時間もないのね」
「真衣さんは今週末は本家いるんですか?」
今の俺にとっては真衣さんでもかすかな希望だ。一人であの訳のわからない老人たちの空間にいることは何よりつらい。誰か一人でも一緒にいられるのなら....
「ええ、いるわよ、類も来るんでしょ?こっちは事前に連絡貰ってるわよ」
「あぁ、そうですか。よかったですよ...」よくないけど。
クソ当主はとっくに先回りしていたらしい。俺の抵抗なんて無駄だったわけだ。悔しさ半分、真衣さんがいる安堵半分といったところか。
「にしても、自分の当主サマに対してはあんな言葉遣いなのね。かわいい♡」
「あれはついかっとなってしまったというか、いつもあんな風にしてるわけじゃないんですけど」
今日はいつになく真衣さんからかってくるな。でも、いつもよりこっちのほうが楽だ。もしかすると前より打ち解けることが出来ているかもしれない。
「真衣さん」「何?」
「僕は今のくだけた感じのほうが好きです」
真衣さんは一瞬真顔になったようで、そう?とだけ言って離れてしまった。あまり響かなかったどころか避けられてしまったような気がした。
やっぱり人間関係は難しいと痛感する。俺にとっては呪術より難しいかもしれない。
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御三家会合当日
高専の寮から五条本家によって正装に着替えてから禪院本家に向かう。ここからは五条類ではなく五条家当主代理として行動しなければならない。肩ひじ張るのも上層部の老人たちの話に合わせるのも心底うんざりする。今日は念願の休みのはずだったのに全部あのクソ当主のせいだ。
禪院本家につくと門で禪院家の女性が待っていた。五条家もそうだが、御三家の屋敷はどこも無駄に大きい。車から降りて、その女性に挨拶する。
「五条家当主代理の五条類です。って真衣さんじゃないですか」
驚いた。当日いるとは聞いていたがここで会えるとは思っていなかった。気持ちが晴れるようだ。思わず当主代理を忘れて話しかけてしまう。
「真衣さん、お疲れ様です。よかったほんとにいてくれたんですね。」
だが真衣さんのテンションは俺とは全く違っていた。
「五条類様。本日はお越しくださりありがとうございます。案内を務めせていただく禪院真衣です。それでは、こちらへどうぞ」
定型文だけ言って先に歩きだしてしまった。禪院家の中をついていく。
禪院家モードの真衣さんか。いくら俺が当主代理できているとはいえ、ここはまだ誰もいないんだしそう畏まられると少しショックだ。だが真衣さんの表情はただ真面目なだけとは少し違って見えた。何か思い詰めている。そんな雰囲気が感じられた。
「あ、ありがとうございます。真衣さん。どうしたんですか?」
「べつに何もありません」
それ以上は聞けない気がした。玄関に入り家に上がる。
「あれ?類君やん。今日は当主の会合のはずやで、何でおるん?」
そこに待っていたのは薄ら笑いの金髪ツリ目の男、禪院直哉だ。
俺はこの人嫌いだ。禪院家が嫌いな理由の多くを占めているといっても過言ではない。旧態依然の価値観、傲慢さ軽薄な笑い。俺が小さいころには大人から見えないところで何度もいじめられたものだ。
だが、俺が本家に養子に入ってからは距離を置かれ、それもなくなった。人の上辺の肩書を見て態度を露骨に変える。そういうところも嫌いだ。
「本日は当主の五条悟が用で来れませんので、私、五条類が当主代理として参加させていただきます。」
「は?なんやそれ聞いてへんけど。真衣ちゃん知ってたん?」
急に不機嫌になり真衣を問いただす。
「いいえ」
「ふーん。じゃあ類君が五条の次期当主ってわけや。ちょっと見いひん間にえろうなったんやん」
「いえ、そういうわけではありませんが、、」
次期もなにも俺だってそんなの知らない。五条悟は現代最強、本来は次期当主を置く必要だってあるはずないのだ。変な八つ当たりは本当にやめてほしい。俺だって八つ当たりしたいくらいなのに。
「チッ、ホンマつまらんわ。親父も悟君も何考えてんねん」
禪院直哉は俺が答えに困っていると好き勝手言って屋敷の奥に消えて行った。嵐が去ったような気持ちになっていると真衣さんの様子がおかしいような気がする。
「何だったんだ。あの、真衣さん?大丈夫ですか?」
真衣さんは、はっとしたようにこっちを振り向くと慌てて繕ったように表情を作る。
「...会合の場所はこちらになります」
そそくさと案内を続けようとする。真衣さんは禪院直哉におびえているのように見えた。何かされているのか、されたのか。どっちにしろ怒りがこみ上げる。だが、五条家の人間ではない自分には何もできないのが悔しくてたまらない。
「あの、真衣さん何かあったら言ってください。何ができるかわかりませんが話しを聞くことくらいはできるはずです」
「.......ごめんなさい。会場はこの部屋です。」
とある襖のそばで静座するとそのまま開ける。中には禪院直毘をはじめ俺以外の御三家や総監部の面々が並んでいた。もしかすると俺が最後に来たのかもしれない。いや、彼らの目の前には食事をした後の皿が並んでいる。俺が来ることを彼らは知っていたはずであるならば、本題は俺に聞かせずにもう話し終わったのかもしれない。俺が五条家の人間だからなのか、若いからなのか、はたまたクソ当主を警戒してなのかは分からないがこんなことなら来る必要はなかったんじゃないかと思えてくる。
真衣さんの隣を一歩進み腰を下ろすと恭しく挨拶をする。
「五条家当主代理で参りました。五条類でございます。若輩ながら皆様をお待たせしたせしてしまい誠に申し訳ありません」
「おう、類君よく来たな」
奥から応えてくれれたのは禪院直毘人だ。気さく爺さんで得意なタイプではないが今集まっている人たちの中では圧倒的にましな人だろう。
「ありがとうございます。それでは失礼いたします」
俺が五条家の位置に着座すると話が始まる。真衣さんは俺が部屋に入ると襖を閉めて行ってしまった。
そこからは必要なのか不必要なのかもわからない内容の話をニコニコしながら聞き偶に話を振られると皆に同調し流しておく。正直半分はなりを言っているのか理解できないがとにかく話聞き流していれば集まった面々からの好感度が下がることはないだろう。
「類君は当主と違って話が分かるな」「今の当主にももう少し聞き分けがよかったらなぁ」「どうだね類君は許嫁なんかも必要ではないか?」「いえ、本日は当主代理で来ておりますので、そのお話はまた今度に」「鍛錬を怠るんじゃないぞ!呪術会は御三家が引っ張らねばならないからな」「そうですね精進いたします」「ただ最近は田舎の呪術師や若い呪術師はいかんな」「呪術高専を出たのに辞めるものいるではないか」「何たることだ!けしからん!!」「そうですね」「近年の呪霊の数が...」「わしの家のモンが…」「 」「 」「 」「 」「 」「 」「 」「 」「 」
(あーあ、発狂しそうだ俺。ダメだよね。ダメダメ。ストレスがやばい。真衣さんこんなところにいるの大変だな。少し休憩にさせてもらおう)
「すみません。少し手洗いに行って参ります」
そう言って立ち上がり部屋を出た。少し歩いて角を曲がると真衣さんが立っていた。周りには誰もいないようだ。
「真衣さんお疲れ様です。さっきは様子がおかしかったけど大丈夫ですか?」
さっきのような素ぶりは見えないが明らかに別の意味で様子がおかしい。
「大丈夫よ。ねえ類サマこっちに来て?」
「え?どうしたんですか」
高専の時でも禪院としてでもない。見たことのない媚びるような表情、初めての呼ばれ方。困惑する俺をよそに袖を引っ張って、そのままどこかへ連れて行こうとする。つられて足が動くが何が何やら分からない。
「ちょっと、どこに連れて。真衣さん」
俺の袖を引っ張るその手は震えていた。その手を掴んで立ち止まる。慣性につられた真衣さんは俺の身体に飛び込んでくる。「きゃっ」
少しだけ間をおいて、ゆっくりと身体を離すと真衣さんの両肩を掴んで目線を合わせた。今度ははぐらかされてやらないと決めて。
「真衣さん。真衣さん。どうしたんですか。ゆっくりでいいんで話を聞かせてくれませんか?」
「やめて、類...」
「やめません。真衣さんが話してくれるまで」
「っ…
怖がらせないように優しく。顔を赤らめているがさっきより素に近い。きっと話してくれるはずだ
「あーあ、真衣ちゃん下手くそやな」
「は?」
奥から現れたのは禪院直哉だった。これで真衣さんが話せなくなるのは困る。
「すみませんが今大事な話をしていて」