神隠し

神隠し


目の前にいるこいつには今まで散々なことを言われ続けたが目的が終わった今、何を言われても何も感じない。ただ終わった事実を認識できている、それだけで十分だと思うしみんなが幸せなら、俺がどうなろうとどうでもいい事なんだ。


『自分の役割を知らずに復讐に走るなんて、なんて恩知らずなんだろうね』

「それで、お前は何をしに俺の前に現れたんだ」

『別に、ただ契約不履行の罰則を行いに来ただけだよ』

「契約ってのは互いに合意があって成立するんだが、この際どうでもいいな」

『あれ?満足しちゃってるんだ』

「俺はもう、誰に対しても必要がないだろうからな」

『そう思ってるのは君だけなのに…何を言っても無駄かぁ』

「それで、何の用だ」

『痕跡を残さず消えたいのなら手を貸しても良いよ』

「どういう気の変化だ」

『だから言ってるでしょう?契約不履行の罰則。貴方が断ろうと無理やり実行するつもりだから』

「なら許可なくやればいいだろう、もう疲れたんだ」

『そう…それなら明日からよろしくね、お兄ちゃん』


その呟きから間をおいて、最後にあいつが言い残した言葉に疑問を持ちつつも。


俺の意識は途切れた。


そして時は過ぎ、日はまた昇る。誰の記憶にも残らない、はずだったのだ。ただ一人の例外を除きその日から誰も星野アクアがいたという記憶も存在も何も認識できなくなった。


そう、本当にただ一人の例外だけ以外は。


「おはよう、ミヤコさん」

「今日は珍しく早いのね、おはよう。ルビー」

「ようやく終わったからね、これからは仕事に遊びに色々やりたいもん!」

「そう、じゃあ勉強も頑張るのよ」

「それは全部アクアに任せる事にしてるからね」


瞬間、二人のあいだに間が生まれた。ルビーにとっては当たり前のこと、そしてミヤコさんと呼ばれた女性にも『昨日』までは当たり前だったこと。だが『今日』からは当たり前ではなくなったそんな出来事。そしてその一言はルビーにとって悪夢の日々の始まりの一言でもあった。


「…ルビー、少しいいかしら」

「どうしたの、ミヤコさん」


その…確認なんだけど。アクア…って貴女のお友達?


「え…?やだなぁ、ミヤコさん。アクアだよ?私のおにいちゃんの星野愛久愛海」

「お兄ちゃん…?何を言ってるのルビー。貴女はずっと一人っ子なのよ?」

「まって、ミヤコさんでもその冗談は許さないよ」

「冗談を言ってるのはルビーのほうよ、この家に星野愛久愛海なんて子はいません」


意味が、分からない。ミヤコさんの表情も嘘をついてるように見えない、けど。だとしてもあのミヤコさんがこんな冗談を言うわけないし、だとすれば本当におにいちゃんはいないのか?それこそあり得ない、私は昨日、少し遅れて帰るとおにいちゃんと話をしてるのだから、それにミヤコさんも写真をみればきっと冗談って言ってくれるはずだし、アクアが居ない、なんて嘘だよ。


「なんで、どの写真にもおにいちゃんが写ってないの?っ…だったら映像作品!今ガチと今日あまとかっ!?」

「何を言ってるの、そのどちらにも貴女が参加して有馬さんやメムさんやあかねさんを連れてきたのよ?」

「違うっ!全部おにいちゃんが私にしてくれたことだよ!それにお姉ちゃんはおにいちゃんの彼女でっ!!!」

「ルビー、貴女…最近仕事しすぎてるみたいだから、しばらく休養する事ね」

「違う…違うの…ミヤコさん、正気に戻ってよ…」


正気に戻るのは貴女のほうよ、ルビー。しっかり休むのよ


どうして、だってここにちゃんとアクアのネームプレートだ……って、なんで……どうして?どうしてどうしてどうして!?昨日、私たちは目的を、復讐を果たしたっ!仲直りはできてなかったけど、おにいちゃんが何を思ってあんなことをしたのかとか何を思っていたのかとか色々分かって、今後の事を話し合うつもりだったのにどうして、おにいちゃんはどこにも居ないの…?


「そうだ…、おねえちゃん…おねえちゃんならきっと……覚えてる、はず…」


募る不安と押しつぶされそうな感覚に体が震えてくる、仲直りを先延ばしにした結果がこれならもっと早く話し合うべきだったのかもしれない。だけど誰もこんな先は予想できないよ…。そんな中、藁にも縋る思いでお姉ちゃん、あかねちゃんに連絡を取った。そこでも奈落に落とされる様な気持ちになるとも知らずに。


「あかねちゃん、ごめんね…時間作ってもらって」

「うぅん、ルビーちゃんの為ならいつでも良いんだよ?」


既に理解できてしまう、これはダメだと。この反応は私にするものじゃない。少なくとも私は知らない、こんな人、私の記憶にはいない。私の知ってるあかねちゃんはおにいちゃんの事が大好きで、おにいちゃんと一緒に殺人をするつもりで、一緒に地獄に落ちる覚悟をしていた人だったし、決して私にこんなことを言う人ではなかった。でも、感情は止まらない。聞きたいことは止まらない。ただでさえ不安で体が震えているのに、私だけが取り残された、私の知らない世界という事に気づいてより一層の寒気が私を襲う。


「あのね、あかねちゃん…。星野愛久愛海って知ってる?」

「星野性って事はルビーちゃんの関係者?そんな人がいるだなんて聞いた事ないし、もしかして遠縁の親戚?でもだったら、ルビーちゃんの事だからもっと前に紹介してくるだろうし…それに、ルビーちゃんおたくのかなちゃんが知らないわけないから…。うーん、ごめんね。記憶にはないかな」

「そ…っか…。うん、急にごめんね、うん…ごめん…」

「ルビーちゃんどうしたの、そんなに悲しそうな顔をして。もしかしてその愛久愛海さんが酷いことしたの?!だったら探し出してルビーちゃんの前に突き出すよ?!」

「だい、じょうぶ…だから…。ありがとう、あかねちゃん…」


あかねちゃんでこれなら、先輩もメムもきっとダメだ。あと、おにいちゃんから教わった、もう一人のお兄ちゃん。あかねちゃんの所属してる劇団の役者の一人で私とおにいちゃんと血を分けた兄妹の一人、血の繋がりがあったらもしかしたら、本当にもしかしたら、覚えているかもしれない。もう縋る藁もない、ただ微かに見える蜘蛛の糸の様なか細い希望に私は手を伸ばす。救いなんてあるはずもないのに。


「お久しぶりです、姫川さん」

「ん、なんだ。黒川から急に呼び出されたと思ったらお前か」

「こうしたほうが確実だと思ったので」

「まぁ良いけど、で。どうしたんだ」

「単刀直入に聞きます、星野愛久愛海をご存じですか?」

「……いや、知らんな。なんだお前の生き別れの兄弟か何かか?」

「私の…兄にあたる人です」

「そうか、俺の弟になるやつか…だが悪い、そんな奴知らないな」

「そう、ですか…。忙しいのに時間を作ってくれてありがとうございます…」

「ルビー、お前本当に大丈夫か?」

「大丈夫です、また今度、公演見に行きますね」


ダメだった、血の繋がりをもってしてもダメだった。だったら私は何故覚えている?なぜ私の中にだけ、アクアの記憶がある?あと私とアクアにある繋がりとはなんだ?転生してる事、アクアは私の転生前のことを知っていて、私もアクアの転生前に心当たりがある。私たちだけが知っている、最後のひとかけら。


「アイツだ…アイツが残ってる…」


せんせの亡骸から回収したキーホルダーを胸に抱く、今となってはこれしか繋がりが無いのだ。私がせんせに渡した物だからこれは消えてなかった、前世であるさりな(私)が前世のせんせ(アクア)に渡したもの、これも消えていたらきっと私は耐えれてなかっただろう。いや、今も耐えれているかと問われるなら限界ギリギリではあるのだが、そうだ…アイツに会ってみれば分かるはずだ。私に復讐を教唆し続けたアイツに問う、私にはその権利があるはずだから。私の復讐の始まりの土地に、行くんだ。


「懐かしいなぁ…、せんせの死体を見つけてからずっと来ていなかったけど…懐かしい。あの日は先輩もメムもあかねちゃんも皆いて、おにいちゃんも居て…楽しかったのになぁ。なんで、こんなことになっちゃうんだろう、復讐をしたからかな?私は幸せになっちゃいけないのかな?一番大切で信頼できる人をまた失わなきゃいけないだなんて、そんなの考えた事もなかったのに…また、仲の良い兄妹に戻れるって信じてたのに、どうして…」


森の中だからと言ってもこんな大きな声で言うことではないとは思ってはいる、けどこうしたほうが確実にアイツは現れる。おにいちゃんと私の前にだけ現れていたアイツならきっと、現れるはずなんだ。神との契約、私はちゃんと果たしたのだから、報酬の一つぐらい貰っても良いはずだよね。


『あれ、もうこの土地には用がないはずだよね?』

「聞きたいことがあるの」

『聞きたい事…内容によるけど、答えても良いよ』

「おにいちゃんをどこにやった!!!?」

『どうして、覚えているのかな?確かに彼の痕跡を消して、彼も連れて行ったけど』


やっぱり、コイツのせいだった。コイツがおにいちゃんを連れて行ったんだ。でもそれならなんで私はおにいちゃんを認識できているのだろう、そしてあいつも何故私が認識できているのか分かっていないようだから、何が原因なのだろう。私たちの繋がりなんて転生している事と…双子だという所。もしかして双子…だから?


『ああ、そういうことなのかな。彼とおねえちゃんは双子だから。だからおねえちゃんは彼のことを覚えていられたんだね。これじゃあ彼との契約が守れなくなるところだったよ』

「おにいちゃんを、返せ。漸く仲直りできそうだったんだ。漸く元通りになれるはずだったんだ。漸く素直になれたのに。返せよ、返してよっ!私のおにいちゃんを返せえぇぇ!」

『返す、ねぇ?…吐いた言葉は取り消せないんだよ?それにもう家族じゃないんだから必要もないでしょう?』

「うるさい!私はちゃんと復讐を果たしたっ、お前が言った通りにだってした…だから私だって何かを得ていいはずでしょ?!その一つとして家族に戻る事が報酬だって思っていたのに、返してよ。私のたった一人の家族を返せ!せんせは、アクアは、私のただ一人の家族なんだから、返して…やだよ、孤独(ひとり)は嫌だよぉ…」


聞く人が聞けば、慟哭と呼べる悲鳴。確かに出した言葉は取り戻せない、だから私とアクアの関係はあの日から終始悪い物だった、だからと言って消えて欲しいなんて思ってもなかったし、未来があるものだって信じてた、やり直せるんだってずっとずっと信じていたのに、コイツに私の未来は取り上げられた。今ならせんせを殺された時の様に憎しみで殺せそうなほど、コイツが憎い。


「うん?お客様かな?」

『気にしないで良いよ、おにいちゃん』

「そうか、なら遅くならないように帰ってくるんだよ」

『分かってるよおにいちゃん、心配してくれてありがとう』

「うそ…おにいちゃん?!」


「……えっと、俺のことですか?」


「そうだよ、私のおにいちゃんで私の家族!」


「そうなのかい、さりな」

『うぅん、私はしらないなー。こんな人』


違う、違うよせんせ(アクア)。さりなは私!ルビーも私!!ソイツは私じゃない!ソイツは妹じゃないよ、私が…私があなたの妹であなたの家族だよ。なんで、そんな奴の事を大事にしてるの、なんで私の事を忘れてるの!私はアクアの双子の妹で、貴方にとってたった一人の肉親で半身なんだよ!


「…ごめんね、俺はどうやら、君の事が分からないらしい」

「そ、んな…おにいちゃん…アクア…せんせぇ…」

「そこまで思われていたのならお兄さんは幸せだったと思うよ…帰ろうか、さりな」

『はーい、じゃあね。おねえちゃん、貴女の唯一残ってた安息の居場所は貰うね。報酬はそうだなぁ…おにいちゃんの事を覚えていられる事にしておくね』


私に背を向けアイツの手を引いて帰る、大切な人。私の居場所を奪ったアイツがその場所からずっと見つめてくる、羨ましい、兄に手を引かれていることが。妬ましい、その場所は私のもののはずなのに。憎しみが募る、復讐を完遂して私に残ったものなんて何一つないんだって事を自覚する。探してた人もあるべき場所も全部あいつに盗られてしまった。こんなことならちゃんと救われたことを言うべきだった、ちゃんと話し合うべきだった、ちゃんと伝えるべきだったんだ。


「おにいちゃん、わたしの…おにいちゃん…大好きだよ…傍に居たいよ…一緒に居てよ。おにいちゃん、おにい、ちゃん」


これが報酬なら報酬なんて無くても良い、ただ願わくばあの日に戻りたい。おにいちゃんが傍にいてくれたあの日々に戻りたい、ただの兄妹でもいい、傍に居させてくれれば何も望まないよ、だから、ねぇかみさま。


「私をあの日に戻して、当たり前だった日常に、もどして…」

「おにいちゃんのいた、毎日を返して」


許せない事であったけど兄に対してあんな言葉を吐いた。

そんな私の願いなど、叶うはずないのに。


そう願わずにはいられなかった。

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