神造宿願実行機構3

神造宿願実行機構3


「……なんか、良い意味の単語知らない?」

「急にどうした?」

唐突に訊ねてきたマスターに横にいたビーマセーナが目を瞬く。えへへ、と表情を崩したマスターがモジモジと指を遊ばせる。

「あの白いドゥリーヨダナの呼び名を考えようかと思って。今は敵対状態とはいえ、彼は人が嫌いでやってるわけじゃないし……いつまでも白いドゥリーヨダナとか機構のドゥリーヨダナじゃあ寂しいでしょ?」

いいですね!と笑うマシュの横でヴィヤーサの涙腺が崩壊した。

「なんで!?」

ダパァ、と涙を流したヴィヤーサに驚いてマスターがハンカチを差し出すと、ごめんね、とそれを受け取って涙を拭いたヴィヤーサが潤んだ目で無理矢理笑う。

「あの子には、名すら無かったのだと、今更気づいてしまって……本当に、情けないなぁ……。私が一番、あの子を機構として扱っていたのかも知れないね……」

肩を落としつつ目を押さえるヴィヤーサになんと言ったことかとマスターたちが目配せしていると、パタンと軽い音を立ててビーマが入室してきた。

「……なんでまた泣いてんだ?」

グラブ・ジャムンが乗った皿を持ったまま、シクシクと泣いているヴィヤーサを大きく避けてマスターに近づき訊ねる。

「あー……その。あのドゥリーヨダナの名前を考えようかなって話をしたら……」

「ああ。……名も、付けられていなかったのか」

ビーマの声にぅっ、と嗚咽を漏らすヴィヤーサをなんとかする手段を持つであろうドゥフシャーサナは今各地の戦況確認に飛び回っていて姿が見えない。

頭を掻いてビーマセーナがヴィヤーサの肩を軽くつつく。

「元気出せって、ヴィヤーサ様。とりあえず菓子食おうぜ? ビーマが作る菓子は美味いから。ドゥフシャーサナがいないのが残念だが」

「う゛ん゛……」

差し出されたグラブ・ジャムン受け取ってもしょもしょと食べ始めたヴィヤーサにホッとしつつ、白いドゥリーヨダナの名付け会議と並行して最終決戦への作戦会議を始める。









(……ドローナ師が、戦死……)

戦況を確認する為に訪れた王宮の回廊の手摺に座り、報告のまとめを見ながらドゥフシャーサナは唇を噛む。運命の強制力を考え、多少覚悟はしていたがそれでも苦い思いはする。

何より、希望が一つ消えてしまった。

(師が健在であれば、俺がいなくなった後もビーマセーナの相手を頼めたのに……)

クリシュナが不在のこの世界にはバララーマも不在だった。パーンダヴァと敵対せず、かつビーマセーナの相手ができる膂力のある人物を思い浮かべながらパラパラとパッタラを捲りながら考える。カルナやアシュヴァッターマンがいればと思ったが、記録の中に名は無い。

(ハヌマーン……じゃ意味ねえし……てかビーマセーナはまだハヌマーンに会ってないんだよな。このまま会わないままか? 羅刹兄妹は既に殺してて、キーチャカもこの戦争で死んだか。……いや、まあ羅刹もキーチャカも教育に悪いから生きててもアウトだが。ユユツ兄は絶対無理だし……そもそも人間の候補が少ねえ……ん? あれ? もしかしてビーマセーナは毒耐性持って無い? 無くても問題は無いだろうけど……説明して死なない程度の毒を食わせて川に流すか? いや、流石に、ビーマセーナがやると言ってもヴィヤーサが泣くな)

ため息を吐いて沈みかけている太陽を見る。

(なんで俺が、よりによってビーマの為に悩まないといけないんだ……いや、ビーマセーナの為だからやるけどよ。これ本当はユディシュティラの野郎がやんなきゃいけないことだろ)

この世界では百王子の骨を折るどころか、同い歳の従兄弟に触れることもなかった子供のことを案じていた背に声がかかる。

「ドゥフシャーサナ」

夕焼けに染まる回廊で、ドゥフシャーサナは悩みの元凶たる男への舌打ちを抑え込んで振り返った。

「如何されましたか、ユディシュティラ王」

振り返った先でぽつんと一人で立つユディシュティラに(これ不用心を叱ったほうがいいのでは?)と兄成分強めの脳内が提案してくるが、ドゥフシャーサナはなんとか小言を我慢した。

ただでさえ涙腺崩壊しているヴィヤーサとお子ちゃまなビーマセーナを抱えているのに、ユディシュティラの世話まで焼いていられるかと眉間に皺を寄せ耐える。

(そもそもなんで戦力(サーヴァント)として喚ばれてるのに、マスターとその孫のメンタルケアしてやらないといけないのかわからんのだが)

「その……ビーマは、元気か?」

ユディシュティラの問いにドゥフシャーサナは肩を竦める。

「あのやんちゃ王子なら元気に最前線に飛び出していますよ。気になるのなら会いにいらっしゃればいいでしょう」

「……今更会わせる顔が無いよ」

顔を顰めて視線を外すユディシュティラに、ドゥフシャーサナは舌打ちを我慢するのをやめた。コイツ、世界が違うとはいえ死因の面倒みてやってる俺の前でそんなこと言うか?と苛立ちが募る。

チッと大きく響いた音にユディシュティラの目が驚いたように丸くなりドゥフシャーサナに戻る。

「色々言いたいことはありますが、言うに事欠いて「会わせる顔が無い」? 貴方はあの子がどれだけ寂しがっているかご存知ないのですか? 返答によっては王だろうと殴り飛ばすぞ」

口調を繕うことすらやめて非難すれば、ぱちぱちと目を瞬いたユディシュティラの眉がへたりと下がる。

「わかっているからこそ、会えない」

「はぁー? 馬鹿なのか? 会えばいいだろ。寂しい思いさせてごめんねで解決することだろうが」

ガシガシと頭を掻いてドゥフシャーサナが捲し立てる。外見の年齢よりはるかに幼い言動をするビーマセーナが思い浮かんで頭痛がしていた。

「寂しい思いをさせちゃって申し訳ないからこれからも会わないねってか? 本気で馬鹿か。どんな遠慮だ。お前は弟に謝ると死ぬのか? ならもう死んじまえよクソ。特異点がどうなろうが知ったこっちゃねぇ。死んでくれたほうがいっそ吹っ切れるだろ。ビーマはヴィヤーサがちゃんと育てるわボケが。家族だろうが愛情は伝えないと伝わんねぇんだぞ!」

頭から手を離し、くしゃくしゃの髪のままドゥフシャーサナは仮面越しにユディシュティラを睨む。このユディシュティラは自分たちと対立した男ではないのだからと我慢してフラットに接していたが、全く別の所から我慢できなくなるとは思ってもみなかったことだ。

(コイツ嫌いだ)

決意を新たに、ドゥフシャーサナはビーマセーナの兄代わりとしてユディシュティラに向かい合った。190ある上背を活かして、夕陽を背に一回り小さい王の体を陰の中に閉じ込める。

「お前は弟に会いたくないのかよ」

「会いたいとも! しかし」

「だったらしかしも何も無いだろ! なんで兄貴が弟に会うのに遠慮してんだよ。弟を寂しがらせていたのなら抱きしめて謝り倒して、鬱陶しがられてもういいからって言われるまで構い倒す。それが兄貴の勤めだろ」

盛大なため息と共に告げられた最後の言葉に、ユディシュティラがキッと目を吊り上げた。

「簡単に言うな!」

「簡単だろ!! 多少力の出力が違ったかも知れんが、同じ半神だろうが! お前が骨の2、3本折られてでも力加減を教えてやればよかったんだ。そうすりゃアルジュナたちは無事にあの子と触れ合えたろうに、お前の怠慢が原因で兄弟離れ離れだ。可哀想に」

「なんだと!!」

「たった4人の弟すら満足に世話できない身で吠えるな! こちとら同い歳の弟98人に妹1人だぞ!」

「貴様! 言わせてお、け……ば…………きゅ…………え?」

「正気に戻んな。喧嘩するぞ、喧嘩」

「いや、だって……98人?」

慣れないながらも怒りで声を荒げたユディシュティラだったが、告げられた人数が衝撃過ぎて怒りが萎んでしまった。

「…………100人兄弟?」

「……兄が1人いるから101人兄弟だ」

「兄も、まさか」

「同い歳だが?」

「えぇ……」

喧嘩の勢いでビーマセーナに会うと確約させようとしていたドゥフシャーサナは完全に消沈してしまったユディシュティラにまた頭を掻く。先程掻き乱したはずの髪が引っかかりもなく指を通ることに少し違和感を覚えながらも、髪を滑って降りてきた手をだらんと下ろす。

「上手くいかねぇなぁ。兄貴はこう、口八丁でノせるの上手いんだが。ウパキーチャだって似たようなものだろ」

「ウパキーチャ? ……いや、待ってくれ、先程言っていた、寂しがらせたら構い倒すというのは、全員に?」

マツヤの国に潜伏することのなかったユディシュティラには100人兄弟などというものは考えられないものだった。

「当たり前だろ。なんならウチは兄貴も寂しがるからそのフォローも要る」

「それ、体、足りるのか?」

「足りねぇよ! 100対1だぞ!? 足りると思うか!? いつだって全力で相手するしかねぇよ!! それでも寂しがって拗ねるんだぞアイツら! 誰々のほうが多く構ってもらってたとか言って! 上半分とは言わずとも、3分の2に兄の自覚があればもうちょっと楽だったのに、ウチは自分が一番愛されたい長男と、弟なんだから愛されて当然だと信じてる三男以下98人に世界一可愛い末の妹だぞ!! 俺の負担考えてみろ!!! ちっとばかし弟の力が強いってだけで甘えてんじゃねぇぞ!!!」

「────」

「絶句すんな! 可愛い兄弟なんだよ!!」

「すごいな、君は……」

「感心もすんな! 腹立つ!!」

もう何に腹を立てているのかもわからなくなってきてドゥフシャーサナはフーッと肩を怒らせて威嚇した。

しばらく息を荒げていたドゥフシャーサナだったが、意識して大きく息を吐きなんとか心を落ち着ける。

「……黙っていてくれと言われたんだがな」

「え?」

深呼吸を繰り返すドゥフシャーサナにどうしようかと考えていたユディシュティラだったが、絞り出すようなドゥフシャーサナの声に意識を傾ける。

「アルジュナも、ナクラもサハデーヴァも。ビーマに会いたがっていたぞ」

ドゥフシャーサナがヴィヤーサが召喚した使い魔であるということは、ドゥフシャーサナの生前を完全に伏せてではあるがパーンダヴァの王子たちに周知されている。

アーチャークラス特有の単独行動のスキルを駆使して街から街へ飛び回り各地の情報を集めているときに、王子たちはビーマセーナの近況を知るドゥフシャーサナに接触してきていた。

「……あの子たちが……」

「自分たちのことを案じているお前の気持ちもわかるからと我慢しているだけだ。お前さえ良いと言ったら喜んで会いに行くだろうさ。昔ならともかく、今のお前らは出力も上がってるんだからそう簡単に怪我もしないだろう」

ため息を吐いて、ドゥフシャーサナは陰からユディシュティラを解放する。

「兄としては間違いばかりの正しき王よ。助言はここまでだ。あとはお前自身であの子の為にしてやれることを考えろ」

「……会いに行って、いいのだろうか」

「背中は押してやっただろう。これ以上お前の世話を焼いてやるつもりはない」

「ああ……。ありがとう」

「どういたしまして」

ここまで言ってやればビーマセーナのことは任せて大丈夫だろう、とユディシュティラの光を受けて輝く目を見ながらドゥフシャーサナは仕草には出さずに胸を撫で下ろす。

(これで特異点が解決したあとの憂いは無い。……けど、ぜっっっったい兄貴が問題起こすだろうからな……はー……頭いてぇ。なんかもうビーマでいいから全部ぶっ壊してくんねぇかな……)

只では起きないタイプの兄を思い浮かべ、大きなため息を吐きながらドゥフシャーサナは霊体化した。








呼ばれて、意識の中で目を開ける。形を借りたドゥリーヨダナがこちらを向いて立っていた。

「何か」

「何かもクソもあるかーい。なんともまあ、淡々と殺すものだな」

「彼らは勇敢に死んだ。彼らは戦士として讃えられている。それは良いことだろう」

「死んだ奴らのことを言っておるのではない。貴様のことだ。貴様が殺しているのだぞ」

「何を思えというのだ。これは決定されたオーダーである。人間は減らされなければならない。そのうえで考えれば、この方法は最善ではないだろうが、次善ではあるだろう。このオーダーを完遂しなければこの世界は崩落する。特異点ではなく異聞帯になってしまう」

大きく息を吐いて、ドゥリーヨダナは背を逸らした。

「ほんっと……一番面倒臭いんじゃないか、此奴……」

顔に手を当てているドゥリーヨダナから目を離して、外へ意識を向ける。プリトヴィー様に確認を取ったが、明日の戦いでノルマは達成される。

もう少しだ。

もう少しでオーダーは完遂され、この世界は守られる。それでいい。それ以上は望まない。

時と共に風化して忘れられるのはいい。修正力が働きこの世界の人々が人理の中に融けるとしても、忘れられる程の未来の先まで世界は続くのだから。

だが『始めから無かった』ことになるのは駄目だ。それだけは避けなければならない。そんなことにはさせない。この世界で生きる人々を『間違っていた』ことになどさせない。

「貴様、化け物と呼ばれておるぞ」

それがどうしたというのだろうか。眉間に皺を寄せているドゥリーヨダナが言いたい事が理解できない。

「人から見れば当機構がそう呼称されるべき存在であることは理解している。呼称がなんであれ当機構の行動に影響は無い」

ドゥリーヨダナが頭を抱えてダンダンと足を踏む。

「わし様は嫌だが!?」

「人類史に残るのは其方の世界の記録だ。ドゥリーヨダナが化け物であったなどという記録は残らない」

「殴っていいか!?」

「ドゥリーヨダナが当機構に損傷を与えることは不可能だ」

はっ! とドゥリーヨダナが鼻を鳴らした。

「そう思っていられるのも今のうちだ。絶対に貴様には痛い目を見せてやるからな!」

「無駄だ」

「ぁん?」

「当機構はオーダーの完了と共に存在を放棄する予定となっている」

「……死ぬから無駄だってか?」

「当機構を生きていると判断するのであれば、そう表現するのかも知れない」

ドゥリーヨダナが眉間に皺を寄せ、目を細めてこちらを見る。

「なんでもかんでも予定通りに進むとは思わんことだ」

使い途の無い願望器を片手で持ち、緩く振るドゥリーヨダナの目が強い光を放っていた。

「貴様にだって、やりたい事の一つや二つくらいはあるだろう。わし様なのだし」

「無い」

「あーのーなー」

聖杯を振る手が脇に落ちる。

「……一つだけ、気にかかることはある」

「ほう? それそれ。そういうのだ。それはなんなのだ?」

「共有の必要は無い」

「この野郎……」








機構ヨダナ

早く仕事終えて消えたい。

化け物でも悪魔でも好きに呼べばいいと考えている。

一つだけ気になっていることがあるけれど、オーダーとは全くの無関係なのでどうでもいい。


素ヨダナ

なんか企んでいる。

次男のことは勿論愛しているし弟扱いするけどそれはそれとして全力で乗っかかるタイプの自分が一番愛されたい系長男。


カルデアビーマ

特異点ユディシュティラには多少文句があるけど、会いに行く訳にもいかずもやもやしている。

なんかもうドゥリーヨダナが全部ひっくり返してくれたらアイツ殴って全部終わんのにな〜とか思い始めた。


素ドゥフシャーサナ

全方位にお兄ちゃんムーブしている次男。

特異点解決後のビーマセーナが心配だったがなんとかなりそうでちょっと胃痛が和らいだ。

長男が起こす面倒によって被る害が一番大きい。


特異点ビーマ(ビーマセーナ)

精神年齢10歳くらい。これでもヴィヤーサと関わりはじめて育ったほう。

カウラヴァや奥さん関連の諸々が無いのでカルデアビーマよりも人生経験がかなり少ない。

料理は作れないし面倒な女を許容する器もないが、素直な良い子である。

ドゥフシャーサナの生前のことは、パーンダヴァと対立していたことは聞いているがどうやって死んだかは知らない。ビーマが嫌われていても自分が嫌われていないなら気にしない。


聖仙ヴィヤーサ

よく泣くお祖父ちゃん。

精神的には一番成熟していて落ち着いているのだけれど涙腺が常時決壊状態のため説得力が無い。

ドゥフシャーサナの生前の全てを知っているが、だからこそ頼っている。


特異点ユディシュティラ

ある意味一番メンタルがやられていたお兄ちゃん。

ビーマセーナを遠ざけるしかできなかった罪悪感から、強くなっても会うことを躊躇っていた。

ドゥフシャーサナの事を“この世界にはいない、この時代にいた人物”であることは察しているが、流石に自分たちと対立してビーマに殺された男だとは知らない。

死人に相談するしかない自分をきちんと叱ってくれたドゥフシャーサナには感謝している。



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