神宮司マツリの探究
~早瀬ユウカの溜息~
「あ、先生。お疲れ様です。本日はミレニアムにご用ですか?
……え? 今からMTR開発部の子達に会いに行く?
それならちょうど良かった。あの子達に会ったら、この書類を渡しておいていただけますか?」
「……はい。セミナーが発行したあの子達の部活動の正式な許可証と、今期の予算申請の受理証明書です。
新しい部活を作るだなんて言い出した時は驚いたけど、あの子達がこれまでずっと頑張ってきたことは私だってよく知っていますから。
本当なら直接渡したかったんですけど、これから予算会議が入ってて……
先生にお手数をおかけしてしまって、ごめんなさい」
「あと、それから……ええと、もしマツリに会ったら。
あ、はい。みんなから『司祭ちゃん』なんて呼ばれてるあの子に会ったら、よろしければ伝言をお願いしてもいいですか?
──『たまには意地なんて張ってないで、大変なんだったら私達にも頼りなさい』って」
「……ええ。あの子とは同級生だし、なんだかんだで付き合いも長いですし。
素直じゃないけどお人好しな子だから、支部長補佐として色々と無理してないか、ちょっと心配で。
ただ、あの子とは昔から、顔を合わせるたびに喧嘩ばっかりしちゃってましたから……なんだか直接言いづらくって」
「えっ? “司祭ちゃんのことが好きなんだね”?
……ふふっ。ええ。そうですね。
あの子の方はともかくとして。私はあの子のこと、友達だって思ってますから」
~神宮司マツリの探究・1~
「おや先生こんにちは、MTR開発部へようこそ。本日はどのようなご用件で?
……え? 算術妖怪から部活動のための書類を? なるほど。わざわざありがとうございます。
それにしても先生を使いっ走りにするなんて、あの鬼婆め……神をも畏れぬ所業とはまさにこのことですよ。全く」
「残念ながら、支部長のミレモブちゃんやどーなつちゃんは今、エンジニア部に出かけていて留守にしていましてね。
はい。ウタハ先輩がアロスちゃんに大いに興味があるようなので、ご挨拶に。
それから……ミレモブちゃんもウタハ先輩に、一度ちゃんと謝りたいそうで。
……そうですね。まだまだ危うげなところもありますけど。あの子はきっと、もう大丈夫だって思います」
「まあ、MTR開発部なんて大仰な名前がついてますけど、元々はエンジニア部から株分けして生まれたような部活ですし。
今後もエンジニア部の皆さんには大いにお世話になるでしょうから、仲良くさせて頂いて得はあっても損なんて一つもありませんしねぇ」
「そうですね。もうしばらくすれば皆帰ってくると思うので、しばしお待ちいただければ。
……それまで私と話したい? 先生も奇特な方ですねぇ。
私なんてどーなつちゃん達と比べたら取るに足らない、毒にも薬にもならぬような人間だというのに」
「……え? 私がMTR部に入った切っ掛け、ですか? そうですねぇ。
アリスちゃんに……『名もなき神々の王女』に看取って貰うのが、私の子供の頃からの夢だったから、でしょうかね」
~神宮司マツリの探究・2~
「今でこそこのような変人ですけど……ええ、自覚はありますとも……子供の頃の私は、ちょっと探究心が旺盛なだけの、どこにでもいるような普通の女の子でした。
一つだけ周りと違うことがあったとしたら、私の血筋、でしょうかね。
とは言っても、べつに高貴な家柄だの先祖代々の使命だのがあったわけでもありません。ごくごく平凡な家庭でしたよ」
「私の実家は代々、小さな教会の司祭を務める家系でしてね。
何でもトリニティの流れを汲んでいるとかで、地元ではそれなりに由緒正しき旧家として親しまれていました。
教会の裏手には古い宝物庫……という名の物置があって、いろんなガラクタ……当時の私にとっては宝の山でしたが……が死蔵されていまして。
子供の頃は毎日のようにそこへ忍び込んでは、日が暮れるまで好き勝手に探検ごっこに明け暮れていたものです。
そのまま何事も無ければ、私は家のしきたりに従ってトリニティにでも入学し、ゆくゆくは家業である司祭を継いでいたのでしょうけど」
「……はあ。まったく運命ってものは、本当に気まぐれなものですねぇ」
~神宮司マツリの探究・3~
「……転機が訪れたのは、いつものように宝物庫を探検していた時のこと。
ふとした偶然から、そこに長い間隠されていた『秘密の部屋』への入り口を見つけてしまったことでした」
「辿り着いた地下の隠し部屋……少なくとも百年以上は誰も足を踏み入れたことがなかったであろうその場所には、私が今まで見たこともない言語で書かれていた石板や羊皮紙に、用途すら分からないオーパーツ……『古代の遺産』の数々が隠されていたんです。
もっとも、当時の私はろくに読み書きができるかも怪しい年齢でしたから、それらがどれだけ貴重なものかなんて、ほとんど理解できませんでしたけど」
「それらの中でも、私の心を最も強く惹きつけたのは、その場所の最奥に安置されていた一枚の壁画。
そこに描かれていた……数多の白装束の者達に傅かれ崇められる、一人の少女の姿でした」
「正確に言えば、それは少女ではなく、あるいは人間ですらありませんでした。
『人』ではありえないほどに美しく、愛おしく、神々しく、そして畏怖すべき存在……そう、それはまさに『女神』の似姿。
その姿を一目見て、私の心は一瞬にして奪われてしまった。
はっきりと、自分の人生が変わる瞬間を自覚してしまったんです」
「それが、私が彼女──『名もなき神々の王女AL-1S』を追い求めるようになった、始まりでした」
~神宮司マツリの探究・4~
「その日を境に、私は人生の大半を、その『女神』の正体を突き止めるために捧げるようになりました。
理屈ではなく心が、私にそうしろと叫んでいたのです。
私は彼女が何者であるのかを知りたかった。そして、もしも彼女がこの世に実在するならば、一目でも良いから会ってみたかった。
そのために私は、実家の宝物庫に遺されていた大量の先史文明の遺産……それらを真の意味で『所有』し『理解』するべく、あらゆる手段を使って探究を重ねました。
たとえ周りの人間から古代史オタクと揶揄されようとも、他の全てを擲ってでも、私はそれを理解したかったのです」
「……十年近い探究の果てに、私は『彼女』を生み出した先史文明の存在に辿り着きました。
かつて我々よりも以前にこのキヴォトスに存在し、他ならぬ我々の手によっていずこかへと放逐された、『名もなき神々』を崇める者達が築いた先史文明。
そして、その者達──『無名の司祭』が生み出した最終兵器にして『王女』である──『名もなき神々の王女AL-1S』の存在を」
「そして同時に、私は私自身のルーツも知ることになりました。
数百年前にトリニティから追放されたアリウス分校の存在と、その中に生まれた異端の一派『メメント・モリ』。
"Vanitas vanitatum"──『全ては虚しい』とするアリウスの教えと袂を分かち、決して死から目を逸らさず『死を忘れない』ことを教義に掲げた彼の者らは、いずれ死に逝く自らを看取り、その生涯を永遠に記憶し続ける『女神』の存在を欲しました」
「彼の者らは、かつてこの地に栄えた『名もなき神』の遺産を独自に研究し、伝承に遺された『名もなき神々の王女』を模して、『至高の看取り手』を生み出そうとした、と伝えられています」
「そうして生み出された存在が、今となっては先生もよくご存知の『孤独な者達の女王AL-0S』。そう、アロスちゃんのことです」
~神宮司マツリの探究・5~
「メメント・モリの者達は至高の看取り手として彼女を生み出し……しかし、その覚醒を待たずしてアリウスの主流派からの襲撃に遭いました。
戦いの末に多くの者達が命を落とし……生き残った僅かな者達も命からがらアリウスを脱出し、外の世界へと逃げ出さざるを得なかったと伝えられています。
彼の者らの女王である『AL-0S』もまた、その襲撃の際に遺失(ロスト)し、おそらくは破壊されたのだろう……宝物庫の地下に遺されていた手記には、そう記されていました」
「アリウスを追放されたメメント・モリの一派は、外の世界を放浪する中で徐々にその在り方を変質させ、現在のMTR部の起源となったとされています。
ですが……数百年の歴史を経る中で、本派から袂を分かち、市井の人々の中に溶け込んで平穏な生活を送ることを望んだ者達もまた、少数ながら存在していたようです。
……ええ。かつてのメメント・モリで『AL-0S』の開発に携わり、彼女を崇めた『司祭』の一族。
私はどうやら……その末裔にあたる存在、だったようです」
「ただ、それを知ったからといって、私自身の存在意義や目的が大きく変わったわけではありませんでした。
過去や血筋がどうあれ、私は私、ですから。
とはいえ、私自身のルーツとなったメメント・モリや、彼の者らが掲げる『死を忘れない』という教義には少なからず興味を惹かれたことも確かです」
「……そう、ですね。
『名もなき神々の王女AL-1Sに看取られて生涯を終えたい』──そんな風に思うようになった、切っ掛けではあったのかもしれません」
~神宮司マツリの探究・6~
「地下室に遺されていた手記によれば、かつてのメメント・モリが生み出した至高の看取り手──『AL-0S』は既に破壊され、現存している可能性は限りなく低いと言わざるを得ませんでした。
ですが、そのルーツとなった『AL-1S』はどうでしょうか?
太古の記録に名前のみ遺された、存在すら定かではない伝説上の女神。
しかし『AL-1S』を模して『AL-0S』が作られたのなら。あるいは『AL-0S』をプロトタイプとして『AL-1S』が生み出されたのなら……それは『AL-1S』もまた何処かに実在することを意味する。
それを理解した時、私がどれほど歓喜に震えたことか!
あれほど焦がれ、追い求めた理想の女神が、確かに私と同じ世界に存在することを確信したのですから」
「……時は流れ、私はミレニアムの古代史研究会に入部し、この世界のどこかに存在する『名もなき神々の王女』の所在を突き止めるため、更なる探究に明け暮れるようになりました。
その傍らで、かつてのメメント・モリの流れを汲むMTR部の存在を知り、その門を叩いたり……同じ志を持つ者達を束ねて『アリスちゃんに看取られ隊』なんて集まりの主宰を務めたりもしていましたね」
「とはいえ、そうした探索の成果は、あまり芳しいものではありませんでしたが。
MTR部もさることながら、最先端技術を追求するミレニアムの中にあって『過去』を探究する古代史研究会がやや浮いた存在であったことも一因だったでしょう」
「当時のミレニアムで私達の探究の価値を理解してくれる人間など、それこそリオ会長くらいのものでした。
会長の理解と援助があったからこそ、日陰者だった私達はなんとか廃部を免れ、今日まで活動を続けられていたと言っても過言ではありませんから」
「……今にして思えば、それは彼女が『名もなき神』の勢力を危険視し、彼の者らと戦うために我々の研究成果を必要としていたからだったのでしょうが……それでも、会長に対する恩義は今でも変わりません。
たとえ彼女が……一度は『名もなき神々の王女』を……私の女神を滅そうとしたとしても、です」
~神宮司マツリの探究・7~
「おっと、話が逸れてしまいましたね。
ともかく、そうした探究の果てに、なんとか『名もなき神々の王女』が実在するとすれば、それはミレニアム郊外の廃墟である可能性が高い……というところまでは突き止めたものの。
当時のあの場所は連邦生徒会長の勅命によって封鎖されていた上に、危険なロボットによって厳重に守られていて。研究一筋の私などには到底近づけるような場所ではありませんでした。
どうしたものかと手を拱いているうちに、モモイちゃんとミドリちゃん、そして先生があの廃墟に眠っていたアリスちゃんを目覚めさせ……
そこからのお話は、先生の方が詳しいでしょうね」
「だから私は、先生とゲーム開発部の子達には本当に感謝してるんです。
生涯を賭して探し求めていた私の女神と、こうして同じ学び舎の下で、青春を過ごせる機会を与えてくれたのですから。
本当に、あの子達は私にとっての天使で……無邪気に楽しく過ごしているあの子達に寄り添われながら逝けたらという想いは、今だって変わりません」
「ええ、そうです。今もアリスちゃんは私の女神で、この生涯の果てにあの子に看取られたいという想いに変わりはありませんとも。
ただ……今のあの子にその役目を押しつけるのは、あまりに酷なことも理解しています。
もしも、いつか『その時』が来るとしたら……私はあの子に、笑顔で送り出してほしいんです」
「思えば、同じ相手に看取られたいという点では、私とアロスちゃんは似た者同士と言えるでしょうね。
もっとも、安らかな看取りを望む私とは違って、あの子の望みは『介錯』……名もなき神の尖兵として生み出された彼女が抱えているものは、私などとは比較にならないものでしょうけど」
「……分かっていますよ、先生。
私がいる限り、あの子を最終兵器になんて絶対にさせません。絶対に、あの子を名もなき神の呪縛から解き放つ術を見つけてみせます。
あの子の生みの親の末裔として。古代史を探究し、名もなき神の遺産を所有し、理解しようとする者として……それができるのは、きっと私だけです」
「今日に至るまでの私の探究は、きっとそのためにあったのでしょうから」
~神宮司マツリの探究・8~
「ふぅ……気が付けば、ずいぶん長々と話し込んでしまったものですねぇ。
そろそろどーなつちゃん達も帰ってくる頃ですし、あまり辛気臭い話ばかりもしていられませんね。
どーなつちゃんは優しすぎるくらいに優しい子で。私が暗い顔をしていたら、あの子の笑顔まで曇らせてしまいますから。
……あの子が泣いてるところなんて、二度と見たくないですからね」
「それにしても、支部長補佐の仕事も楽ではありませんねぇ。
なんせ私以外は全員一年生ですし、そのうえ保護観察中のミレモブちゃんのお目付け役までしなきゃいけないんですから。
実質的には私が支部長みたいなもんです。まあ、元々支部長代行ではありましたけど。
ハカセちゃんはともかく、どーなつちゃんもアロスちゃんも危なっかしいっちゃ危なっかしいですからねぇ。私がちゃんと面倒を見ていてあげないと。困ったものですよ」
「はぁ……せっかくアリスちゃんやゲーム部の子達と仲良くなれたっていうのに、最近は忙しくてろくに遊べやしない 。
どうして私ばっかり貧乏くじを引くのでしょうねぇ……ブツブツ」
「え? 支部長補佐を引き受けたことを後悔してるのか、ですって? ……意地悪ですねぇ、先生は。
まさかですよ。今のこの役目だって、べつに嫌いってわけじゃないですから」
「……はい? 早瀬ユウカから伝言? 『たまには意地なんて張ってないで、大変なんだったら私達にも頼りなさい』?」
「はあぁ……どの口が言うんでしょうねぇあの太ももは。今のミレニアムの事実上の代表として、あの子の方こそとんでもなく忙しいはずでしょうに。
……そうですね、私からも伝言を一つ頼まれて頂けますか?
『大きなお世話。あなたの方こそ他人の世話ばかり焼いてないで、たまには自分を大切にしなさい』ってね」
「……はぁ!? “ユウカのことが好きなんだね”!? な、何を言ってるんですか先生は! わ、私は別に……」
「でも、まぁ……ええ、そうですよ。こうして言葉にしちゃうのは癪ですけど。
あの子の方はどうだか知りませんが……私だってあの子のこと、その……
友達だって、思ってますから」
おしまい
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終わりも近いので、司祭ちゃんがやたらとアリスや名もなき神の遺産に詳しかった理由を補完してみたり。
まさか1スレ1レス目にちょっと出てきただけの子に設定盛った結果がここまで化けるとは夢にも……
MTR開発部は名前の通りゲーム開発部オマージュなので、司祭ちゃんはアロスやどーなつちゃん達にとってのユウカ的なポジを意識してました。
当のユウカには嫉妬と言うか憧れというか同族嫌悪というか、なんだかんだで似た者同士的なところがあるんじゃないでしょうか。
はじめてのMTRの時といい、ユウカと絡ませるとやたら湿度高めになっちゃうのよねこの子……
あと完全に余談ですが、司祭ちゃんの外見は完全にミレニアムの眼鏡モブのイメージです。
さんざんゲーム部の子達をロリっ子呼ばわりしてるけど、実際どんぐりの背比べなのでは……?