祝福

祝福


スレッドpart14の139の方のネタに滾りすぎて書きました。

ペンギン視点

幸福な花嫁を眺めていた少女の横顔を見ていた少年の話/大切な人から預かった大切なものを守り切れなかった男の話

わりと🐧→🥗ローかもしれませんが恋愛感情だけはありません

※暴力・流血・欠損・死ネタあり

※ハートの海賊団全員が大変なことになっている

※ノベルロー設定準拠

※スワロー島とフレバンスの文化を捏造しています

 あれは、そう。

 おれたちがプレジャータウンで働き出してしばらく経った頃のことだった。

「……祭りか?」

 隣を歩いていたローさんがふいに足を止めた。

 通りへと向けられる金の瞳に倣っておれも彼女が見つめる先を見る。

「祭りってこの前あったばかりだろ?」

 折しもスワロー島においては一年に四分の一しかない暖かな季節。分厚い雲に隠されていた陽の恩恵は島民の気持ちをいつも以上に高揚させた。季節を祝う祭りの日以外でもどこか浮ついた雰囲気が島全体を包み込んでいる。

 けれど確かに。ローさんの言うとおり、その通りはひときわ賑やかだった。

 もちろん諍い合うようなものではない。むしろ正反対の、華やかで、和やかな祝いに満ち満ちた空気。夕暮れの風に乗って香ばしいにおいが漂ってくる。――焦がしバター。蒸かして潰したイモのパイ。甘酸っぱいベリーソースが絡む肉塊に、さっと炙ったサーモンソテー。

 通りに面したレストランで笑い合い酒を酌み交わす人々は店内のみに収まりきらず、路上で立ちながらグラスを傾ける者もいる。

「祭りじゃねェよ!」

 ローさんを挟んで反対側に立っていたシャチがぱっと笑顔を浮かべた。

「結婚式だ!」

「結婚式……?」

 ローさんが訝しむように聞き返す。彼女の反応におれとシャチは顔を見合わせた。

 だって目の前の光景はどこから見たって結婚式だ。祝う声に祝う料理。レストランの中で微笑み合って寄り添い合う二人は今日夫婦となったのだろう。

 親族や友人の前で誓って祝う――結婚式はこの時期のスワロー島においてある意味で風物詩だ。寒いと屋外で騒ぎづらいし。

「いやなんで騒ぐんだよ。結婚式ってもっとこう……厳かにするもんだろ」

 神様の前だぞ、というローさんの言葉におれとシャチは揃って首を傾けた。

「そういうのもやる人はやるけど……」

 おれは言って、

「結局は騒ぐし、踊るよな……?」

 シャチも頷く。

「おどる……?」

 しかしローさんはますます疑問を深めたようだった。島が違えば風習も違う。どうやらローさんがイメージする『結婚式』はスワロー島のそれとは異なるらしい。……『外』の風習なんてほとんど知らないな、とおれは気付く。

「踊るんだって! ――ほら!」

 一方でシャチが声を弾ませる。木笛の音色。見れば店先で木箱に腰掛けた男性がパイプを奏でていた。軽やかな曲調に合わせて人々が身体を揺らす。手拍子が響く。靴底が床を、路を叩く。歌声が、笑い声が。満ちて、響いて、揺れて、揺れて。空間ぜんぶが楽器になったかのような賑やかさ。

「おれたちも踊ろうぜ!」

「は? ――ちょっ、」

 シャチに腕を引かれてローさんがつんのめる。

「おれたちは部外者だろ!」

「そんなの関係ないって!」

 ローさんが眦を吊り上げるが、シャチは笑顔を浮かべたまま踊る人々の一角を指差す。

「ベポ!?」

 周囲に揉みくちゃにされながらも楽しそうに踊る白クマの姿にローさんが頓狂な声を上げた。普段はクールなリーダーの、慌てる姿におれは思わず吹き出してしまう。

「おい」

 凄まれた。

 けれど構わず、おれもシャチが掴んでいる方とは反対側の腕を取った。

「はやく行こうぜローさん!」

 帰りが少し遅くなるかもしれないが、少しだけだ。どのみちベポは連れ出さないといけないし。

 ローさんはやはり渋い顔をしていたが、おれとシャチに半ば引き摺られるかたちで踊る人々の輪の中へと入ってくる。

「……なんでこんな騒ぐのが目的みてェなことになってるんだよ」

「まぁまぁ」

 わりと同意はするけれど。

 それでもお酒を飲んだ大人たちは突如紛れ込んだ子供たちも笑って受け入れてくれる。

「お祝いだし」

「……ふん」

 ローさんが鼻を鳴らす。ちょっとだけヴォルフみたいだった。おれはまた笑ってしまって、ぎろりと睨まれる。

「ったく……」

 金眼がぐるりと動く。ベポのところまで向かう最短ルートを探るためだろう。猫のように辺りを見回したローさんの瞳はごく一瞬、花嫁の姿を映して止まる。

 ――通りを染め上げる夕焼け。赤い陽が白い頬を濃い陰影で縁取っている。長い睫毛がふるりと揺れて、射し込む光がころころと金色の粒になって弾けて散った。

「綺麗だ」

 おれは呟く。

「……そうだな」

 ローさんは頷いた。

 花冠を被った女性の、周囲に祝われながら浮かべる幸福そうな微笑みは綺麗なものだと子供でも分かった。

 薄く微笑むローさんは、

「ローさんの結婚式もきっと綺麗だろうな!」

 ――と。

 無邪気に言い放ったシャチを小突いていた。



***


 右腕が転がっている。

 あのひとに付け直してもらった右腕が。

「――、――」

 かたちを成した絶望がおれの意識を現実へと引き戻す。

 揺り籠のような安寧とした日々を振り切って未知なる海へと漕ぎ出したというのに最後の最後で思い起こす走馬灯が五人で過ごしたスワロー島での日常であった、自分自身に呆れてしまう。

「いてェ、なぁ……」

 呻く。

 どうしようもなく無力な悪ガキだった頃と比べれば少しはマシになったと思っていたが、おれは結局どうしようもなかった。格上相手になすすべなく嬲られて。呆気なく死にかけている。

「いてェ、いてェよう……」

 這うようにして周囲を見回す。――広がっているのは更なる絶望だ。苦楽を共にしてきた仲間はみな赤く染まった地に伏せている。

「チクショウ……」

 肘の下から千切れた右腕を伸ばす。左腕は肩ごと抉り取られていた。心臓を持っていかれなかったのは幸運だったのだろう。ずる、と。酷く軽く重たい身体を動かす。断ち切られた右腕が握り締めた“それ”の許へと向かう。

 右腕よりも心臓よりも。

 死にゆく我が身のなによりも大事なもの。

 殿を務める覚悟を決めたとき、手渡そうとしたシャチは目の前で細切れになった。

「ぁ、ぁぁ……っ」

 痛みか怒りか悲しみか悔しさか。理由も定かではない涙が溢れて視界を更に霞ませる。

 酷くのろまに這い進み、ようやっと、口で咥えられる距離まで近づいたところで、

「お前が持っていたのか」

 唐突に。

 降り落ちる声と陰。

 声が響いた方へと顔を向けるよりなお早く、おれの身体は見えざる手によって抑え込まれた。

「がっ、!」

 地面へと叩きつけられた顔はぴくりとも動かない。

 対し、目の前に転がるおれの右腕はひとりでに動いた。握り締めていた掌が開いて、卵程度の大きさの小箱が晒される。

 他者の身体の支配――操り人形のように人間を扱い得るイトイトの能力。

 小箱は宙に浮いて、おれを覆う陰の持ち主たる男の掌の中へと吸い込まれていく。

「――――っ」

 “天夜叉”ドフラミンゴがそこにいた。

「あー、」

 コキ、と。

 極端な長身の男は首を鳴らす。

 地獄のような惨状を作り出した張本人はどこまでも悠然とした自然体で立っている。……この場に彼の脅威に成り得る者はいないと。態度で以て言外に示していた。

「まさか、なぁ」

 ドフラミンゴの掌の中で小箱は解けて、中から瑞々しい内臓が現れる。オペオペの能力によって持ち主から分離された内臓。……多少の医術を齧った身としてその外見には覚えがあった。

「可愛い妹の大事な落とし物を、まさか男が持っていたなんてなぁ?」

 ――ドフラミンゴがキャプテンの子宮へと唇を落とす。親から子へと贈るような親愛の籠った口付けは、次の瞬間、真っ赤な舌で舐め上げるという行為で徹底的に冒涜された。

 心底おぞましいと思うと同時に、託されておきながら奪われてしまった無力感がおれの全身を包んだ。

「――で、」

 しかし、無力感に打ちのめされている余裕はない。

「なんだってお前がこれを持っていたんだ?」

 ぐぐっ、と。強制的に上半身を反り上げさせられた。ただ身体を持ち上げられるよりも辛い体勢を強いられて、けれどおれはせり上がる悲鳴を押し込んだ。

 代わりに、

「……考えているとおりの理由じゃねェの?」

 嗤いながら、言ってやる。

「――――、」

 右脚が裂けた。

 花開くように割り裂かれて、飛散する赤色がただえさえ残り少ない余命をすり減らしていく。

「……よく聞き取れなかったなァ。もう一度言ってみろ」

 ドフラミンゴの言葉と共に、おれの首筋に細い感触が巻き付いた。

 吊り上がる口許はおれを嘲笑い甚振っているようで、その実、余裕なんてないことが知れた。

「は、は、」

 だからおれは嗤ってみせる。意味のない虚勢で強がりだ。第一おれとキャプテンはドフラミンゴが邪推するような関係ではない。女神に劣情など抱けるものか。

 綺麗なひとだとは思った。思っている。外見だけではない。在り方が。魂が。どうしようもなく気高くて、うつくしいひとだった。

 ――いつかの夕暮れ。花嫁を見つめる少女の横顔はとても綺麗で。シャチの言うとおり、周囲に祝福される花嫁となった彼女はきっとうつくしいのだろうと心の底から思った。

 あのひとが目的を遂げて自由になって。

 そうして花嫁衣装に身を包む未来を選んだとしたら、全身全霊で祝いたかった。

「っ、」

 この期に及んで置いてきた過去に縋ろうとする自分自身を唾棄する。

 今、すべきは後悔などではない。

 なにより、あのひとについて来たことに後悔なんて一欠片もない。

「残念、だった、な、」

 嗤え。笑え。わらえ。

 あのひとに微笑む運命を信じてわらえ。

「キャプテンは、お前なんかのものにはならない……っ」

 強いひとだ。

 しなやかなひとだ。

 愛されるひとだ。

 だから絶対にキャプテンは助かるのだ。こんな天魔の手に堕ちたとしても絶対にぜったいにローさんは幸福を掴むのだ。

 ……一つ心残りがあるならば、おれたちはそれを見届けることが出来ないということだけ。

「ざ、まぁ、みろ、」

 もつれる舌で言い放つ。

 ドフラミンゴのこめかみがぴくりと跳ねた、気がした。

「は、はは、は、」

 残念だったな。おれたちはお前が思うとおりの恨み言なんて遺さない。

 最初におれの舌を抜かなかったことを後悔しろ。

「――――」

 首に巻き付いた糸が鋭さを帯びる。

 肉と命を断ち切られる直前も、おれはわらっていた。

 わらって終わることが出来るのは間違いなくあんたのおかげだから。

 アイアイキャプテン、

「あいしてる」

 お前の愛など愛とは呼ばない。

 あのひとを愛するべきはお前ではない。













補足

結婚式のイメージ

フレバンス:厳粛。神様の前で誓いを立てる系。教会があったしキリスト系のイメージ。

スワロー島:賑やか。人前式的というか最終的にみんなで踊ったりする系。特にプレジャータウンは標語的に色々なところから人が集まっているだろうしそういう方向性に落ち着いていそう(全部妄想)

イメージBGMは同名の曲です

色々と抑えきれませんでした

問題があったら消しますマジで(震え)



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