祝福の家
なんやかんやカリパワーか何かでパーンダヴァの家を見事に燃やして森に逃げた一家に追い付き
「アルジュナをカルナと一騎打ちさせないと同じ方法で町に火を付けるぞ!」
と脅して一騎打ちの権利をもぎ取っていい感じに佳境になって来た中途半端なところから始まるよ
アルジュナ。カルナ。
次の一打で、互いの武器が互いの肉を抉るだろう。
誰もがそう悟った瞬間、目を泳がせ右往左往するばかりであったクンティーが、意を決したように、とうとう大きく口を開いた。
「どうか争いをやめて!二人とも、いえ、アルジュナ!武器を下ろして!その子は……、カルナは!我らの、本当の長兄なのです!」
「⸺は?」
そう叫びながら、カルナとアルジュナが戦う間へ割って入るように飛び込んでしまった。
皆が息を呑んだ。
さしものカルナも鉄面皮を剥がし、驚きに目を見開かざるを得なかった。
「母上。何を!危険ですからどうかあちらへ!」
「嗚呼、カルナ!あなたはものを知らぬ愚かな私が軽率に産み、川に流すことで無かったことにしようとした、私の初めての息子!気が収まらないのならば、私をどうしたって構わないわ。だから、どうか、武器を納めて……!」
「……、……。」
アルジュナは武器を取り落とし、滂沱の涙を流しながら訴えるクンティーに駆け寄る。
しかし、クンティーはなおもカルナへ訴えかけた。
カルナは武器を手放すことも、振りかざすことも出来ず、呆然と目の前の母子……自分の実の家族を見やった。
そうして膠着状態が訪れる。
「⸺あーあ。」
そう、思われたのだが。
わざとらしいため息が、暗く静かな夜の森へ、嫌に響きわたった。
「ヴァスシェーナ……?」
「折角カリの化身、凶兆の申し子たるこの身で、神々へ戦争前の余興を捧げようとしていたというのに。」
「………………何を、言っている。まるで理解が及ばない。クンティー。お前もそうだが、その……」
「嗚呼、そうだそうだ。よくも台無しにしてくれたな。⸺女ァ!」
「っ!」
「母さん、アルジュナ!」
見識深いカルナにとっては、唐突に豹変したふりをしているようにしか聞こえないヴァスシェーナの台詞だったが、パーンダヴァ五兄弟とその母にとっては十分恐ろしい宣誓であった。
ユディシュティラとビーマがすぐにクンティー、アルジュナ、カルナとヴァスシェーナの間へ躍り出る。
「『深夜。部屋の外で呼びかける声を聞いても、返事をするべからず。また、この体験をした者は、親や王族から追求を受けたとしてもけして喧伝してはならない。』酷い規則だ。お陰様で思わぬ拾い物をしたはいいが、お目にかかるのに時間がかかってしまった。」
「あなたは、まさか……。」
「存在ごと消された筈だった王家の真の長男がふたりして舞い戻り、実の肉親と弟たちに復讐を遂げる。面白い見世物になる予定だったのだが。……もう、おまえたちは用済みだ。」
朗々と語るヴァスシェーナの言葉に、ユディシュティラは何かを悟った。
ビーマはユディシュティラとヴァスシェーナの会話を聞きながら、好機と見て、クンティーを少し離れた位置に居るナクラとサハデーヴァの双子へそっと引き渡す。
ヴァスシェーナはそれをちらりと一睨したが、意に返さないと言いたげに視線をクンティーの息子たちに戻した。
「ハスティナープラ宮殿の、怪異。」
「⸺いいや。ドリタラーシュトラ夫妻に産まれた……本当の長男……!」
「……ほう、知っておったか。殊勝な心がけだな。」
ユディシュティラとビーマは沈痛な面持ちで呟くと各々武器を手にし、ヴァスシェーナ……名も無き男は軽薄に唇を釣り上げ、迎え撃つと言うように腕を広げる。
「ヴァスシェーナ。下手な演技をやめろ、ヴァスシェーナ。お前はアルジュナとの決戦を望むオレのために、提案をしただけだろう。」
「カルナ!気持ちは分かるが、どうか気を強く……っ。」
「急に心にもない言葉を吐き散らしたところで、」
それが飲み込めないのはカルナだ。
唐突に自分の出自を叩きつけられたところに、何となく察してはいたがヴァスシェーナの正体まではっきりしたのはいい。
だが、何故パーンダヴァ五王子と共にヴァスシェーナと戦うことになっているのかと、すっかり困惑していた。
ユディシュティラが言葉を止めようとするのも、カルナの意識の外であった。
「…………くく、ぷぷっ……。」
「っ!……うはははは!ひーっ!も、もう耐えられん!がははははははははッ!未だ幻を信じているのか、愚かだな!カルナ!」
名も無き男がカルナに右手を振りかざすと、バキボキと音を立てて変形していく。その直後、歪に巨大になったかと思えば、その変化は腕から全身にまでまだらに波及していく。
「なんだ、それは、待て……どこから手繰り寄せた運命だ。このままでは、お前の魂がっ……」
「全部、ぜぇーんぶ、お前を利用するためだけに言ったに決まっておるであろう!」
『見て』しまったカルナが困惑しながらも、友の暴走を止めようと言葉を重ねるのも遮り、その異形化は続く。
母子だけでなく、彼らの騒ぎで目を覚まし、憂さ晴らしに餌にでもしてやろうと勇んでやって来た獣たちまでもが唖然とし、固唾を呑んで見守ることとなった。
「死ねええぇぇーーーいッ!パーンダヴァ五……いや、六王子ィッ⸺!」
「⸺。」
そして、名も無き男。いや、悪魔もどきになった化身が吠える。
血を吹き出しながら半色に変色した右腕が振りかざされ、真っ黒な爪が地面を抉る。
「いけない!兄さんッ!」
「来るぞアルジュナ!」
真っ先に我に返ったユディシュティラがカルナを、続いてビーマがアルジュナを庇う。
「ああっ!ユディシュティラ、カルナ……!」
「「下がって下さい母上!」」
どちらも直撃は避けたものの、ユディシュティラとカルナは風圧で共に地面を転がる。
思わず前に出かけたクンティーを、ナクラとサハデーヴァが連携して引き止める。
「ヴァス、シェーナッ……!」
呼ばれた名前に、カリの皮膚に中途半端に侵食されて、爛れたような顔になってしまった悪魔もどきは目を伏せた。
⸺そうして。
何度となく森にこだました、土埃に塗れたカルナの彼らしくない悲痛な叫びを持ってしても、彼の友だった男は……命尽きるまで止まることはなかった。
(見事に負けたわ。)
(くそう。やはり寿命に焦り過ぎたか。)
(悔しい!悲しい!妬ましい!恐ろしい!恥ずかしい!恨めしい!虚しい!憎らしい!苦しい!侘しい!寂しい!)
(……だけど、誇らしい。)
(こんな心持ちを何と言おう。)
「カルナ……あれは、自壊だ。『彼』は、もう……。」
「あなたの傷の治療をしたい、お願いですから」
「否。まだだ。まだ生きている。まだ息をしている。内臓は止まっていない。っ、まだだ、まだだ、まだ!オレたちで勝利を掴んでいないだろう!約束を違えるつもりか、ヴァスシェーナ……!」
(そんな感じで自己陶酔に浸っていたいのに、それに水をさすつわものどもが夢の跡。)
(むう……いつもの皮肉はどうした。こんな時ばっかり情熱的になりおって。)
「……ヴァスシェーナ!これだけで終わりか!?俺たち兄弟を舐め過ぎだろ!怒りたいこと、謝りたいことが山ほどあるんだ。聞きたいことはもっとだ!……クソッ!目を、開けろよ⸺!」
「……。……ヴァスシェーナ、私たちはあなたの従兄弟だというのに、あなたを何も知らない。好きなもの、嫌いなものすら。このままで良いなんて思いません。……これで終わりなど、あんまりではありませんか……!」
(ぼたぼたと降り注ぐ生暖かい水は、血か汗か涙なのか。)
(同じ日に産まれたよしみやら従兄弟への情やらなんつーもの、感じるだけ不毛な気がするんだが、お人好しには通用しないらしい。)
(あーあ。これだから英雄サマなんてものは。)
(いちいち狩りの獲物に情けを掛けていたって、キリがないだろう。必死になっちゃってバカみたい。いや、みたいじゃないわ。揃ってバカばっかりだ。)
最期にうっかり泣いてしまったらどうしてくれるんだ。
「……ヴァスシェーナ?」
「…………ヴァスシェーナ。」
「天国で待っていてくれ。必ず追い付く。」
「そうしたら。そうしたら、きっと、オレの御下がりではない、新しい名前を共に考えよう。」
「だからどうか、それまで⸺。」