祈りはここに

祈りはここに


エデン条約やアリウス分校を巡ったあの騒動が終わった後、色んな学校で力を合わせたあの戦いが終わった後、私は、本当の意味でやり直せたと思った。ここから、ゼロから、私は私らしくいられるんだって。そう、思ってた。



「………私、が、麻薬?ナギちゃん、それ、本当なの?」


「…………申し訳、ありません」


「セイアちゃん?嘘だよね、セイアちゃん。トリニティがこうなってるのが私たちのせいなんて」


「ああ。君は悪くないんだ、ミカ。私とナギサのせいだ。………すまない」



その日、トリニティが堕ちたと同時に、私は深く絶望した。私の意識がよくわからなくなるほど、私は麻薬を摂取させられていたらしい。その相手は小鳥遊ホシノ、そして浦和ハナコ。どういう経緯で麻薬を摂取していたのか思い出せないぐらいには、私の知らないうちに私はボロボロになっていた。そして、私のせいでトリニティに麻薬は蔓延した。私がそんなことになったせいで、ナギちゃんも、セイアちゃんも、恐ろしい罠に嵌められて、つけ込まれた。私がいなければ、二人は麻薬なんて潰せていたかもしれないのに。



「っ……!!」


「ミカさん、どこにっ」


「止まるんだミカ!今の君は麻薬を摂取しないと酷いことに……!」



二人の静止を押し除けて、ひたすらに走った。とにかく麻薬から離れたかったから。このままだと、私はトリニティに、みんなに、二人に、もっと迷惑をかけちゃう。私が出来ることは、私を人質にしないために、みんなが知らないところに逃げることだった。



「早く……どこか、どこか遠いところ……!アビドスは……ダメ。自慢じゃないけど私強いもん。私が駒になったら、敵になったら……!」



ひたすらに走って逃げた。行く先なんてわからない。どうすればいいかもわからない。涙で目が腫れるのも気にしない。そのうち雨が何度も降って、ぬかるんだ地面に転んだりしたけど、それでも止まってはいけないという強迫観念が私を突き動かしていた。ひっそりと、どこか遠いところに。私は、私は……!



「っ……あ……」



どれぐらい走ったかわからない。方角だって場所だってわからない。私の足はもう動かなくて、もつれて泥にへたり込む。身体中傷だらけだけれど、多分これは転んだりした傷痕だけじゃない。引っ掻き傷に噛み傷。きっと、麻薬の禁断症状だと思う。さっきからイライラするし、悲しい。とても泣きたくなっちゃうんだ。本当に辛くて悲しいんだ。それを振り払いたいから逃げていたけど、もうダメだ。だって足が一歩も動かせない。追いつかれる。絶望が、私を後ろから抱きしめてる。



「………そっ、か。私、魔女だったんだ。だってもう、無理だよ。エデン条約のあれがなくたって、私のせいでトリニティを壊してたんだもん」



気づいたきっかけは、ナギちゃんのロールケーキの味の違いを感じたから。それってさ、もう普通のお菓子が食べられないぐらい、私が穢れて壊れたってことじゃん。私がどうしようもない魔女だったから、トリニティは壊れた。他の誰も悪くない。私が悪い。先生に救われた気でいただけの、魔女。本当は逃げるべきじゃなかった。罰を受けて、火刑にでも処されるべきだったんだ。



「私……死ねばよかったんだ……もっと早く……」


“…………ミカ?”


「…………せん、せい………?」



よりによって、一番こんな姿を見られたくない人に、見られちゃった。ていうかここ、シャーレの近くじゃん。自分でも知らないうちに、シャーレまで逃げてきたんだ。なんでだろう、先生に救われたかったのかな。バカみたいだね。そんな価値、私にはないのに。



“探したよミカ。ナギサたちに言われて……”


「近づかないで!!!………お願い、先生に、今は、ヤダ………」


“ミカ……”


「ね、先生。ナギちゃん達に聞いた?私ね、魔女だったよ!エデン条約の時だけじゃ足りなかった、今度こそ絶対にトリニティを壊しちゃった!酷い魔女なの、私!!!」



私のせいで漬け込む隙を与えた。私のせいでただでさえみっともなかったティーパーティーの醜態をさらに晒した。私のせいで多くの罪なき生徒が麻薬に溺れた。私のせいでナギちゃんもセイアちゃんも罪を犯した。私のせいで先生に迷惑かけた。私のせいで何もかも不幸にした。

私は魔女。どうしようもない罪人、救いきれない化け物だ。快楽に耽り、しかしてその罪を忘れ、そしてまた快楽に耽る。恥知らずの愚か者。神に祈る資格さえない。祈ることすら許されない。私の祈りは堕落の祈りだ。私がそんな清らかなことをしてはいけない。それほどまでに私は汚れてしまった。


本当は、私がするべきことは別だ。ティーパーティーとして今のトリニティの混乱をカバーすること。できる限りの力で、トップとしてみんなを支えること。でもほら、私って聴聞会でもうそんな力ないから。本来は進んでみんなを導かないといけないのに、私はお飾りのティーパーティー。そんなことをする地位も権力もない。なら、そんな私に何ができるの?何もできないただの魔女じゃん。強いて言えば、みんなの怒りを受け止めて処刑されることとか、そんぐらいしかないや。こんなんで、どうしたらいいのかな、私。もうわかんない。



「わかってるよ。私がダメなことしちゃったって……!でもどうすればいいかわからないの、頑張って我慢しても心も体もぐちゃぐちゃになっちゃう……!」



こんなの言い訳だ。薬のせいだなんてできるわけがない。だってそもそも薬を使ったのは私じゃん。なのに私がそんなこと言っていいわけない。なのに未だに恨みったらしくそんなこと言うなんて、心底自分が救われない悪人だなって思っちゃう。

何これ笑っちゃうよね。どうしたらいいの。どうすればいいの。やっぱり笑えないや。誰か助けて。いや、助けないで。ねぇ、どうしよう。先生。でも先生は関係ないよ、先生に頼っちゃダメ。私は私のまま、魔女のままで笑っていなきゃ。なのに涙が出てくるや。どうしよう、涙が枯れたはずなのにまだ出てくる。もう目が枯れちゃうって。



「髪もお肌もズタボロ……こんな姿、先生に見られたくなかったよ……先生、私のこと、嫌いになった……?私、またダメにしちゃったかなー……?」



本当に、こんな姿見られたくない。先生に嫌われるのは嫌なのに。先生に嫌われるようなことしちゃった。本当に卑しい、汚い、どうしようもない悪人。こんな綺麗でもない姿を先生に見られて嬉しいわけないじゃん。辛いよ、悲しいよ、少しは変われた気になったのに、こんなの惨めで、酷すぎて。先生の信頼を失ったなんて、考えたくないのに。もうダメだって、お終いだって、何もかも詰んだんだって絶望が、私の心を傷つけて………



“ミカは魔女じゃないよ”


「………え?ちょ、ちょっ!?!?せん、せい、汚いよ!?」


“そんなに悪く言わないで。悲しくなっちゃう”



抱きしめられている。どう見たって抱きしめられてる。ハグされて、優しく背中を撫でられてるドロドロで傷だらけのこんな姿を抱きしめたら、汚れだらけでびしょ濡れになるのに、それでも私を抱きしめてる。ひどく優しくて、嬉しく思っちゃダメなのに、私の心が嬉しくなっちゃう。



「ダメだよ、先生。私は悪い子だもん。悪い子をこんな風に甘やかしちゃ、ダメ」


“………でも、ミカは辛いんでしょ。苦しいんでしょ。その痛みをどうにかしたいんでしょう”


「それは、そう、だけど。でもこれは私の罪で」


“大丈夫。ミカは私が助けるよ。ミカは私のお姫様だからね”



ああ、そんなの言っちゃいけないよ。もっと綺麗な良い子に言ってよ。私にそんな救いはいらない。いらないのに……そんなこと言われたら、私が嬉しくなっちゃうじゃん。心がときめいちゃうじゃん。私って馬鹿だから、そんなの聞いたらダメになっちゃうよ。自分を信じたくなっちゃう。



“ミカは悪くないよ。ミカはばら撒きたくてばら撒いてたわけじゃないんだもの。それは、ミカが背負うものじゃない”


「じゃあ、この罪は何処にいけば良いの。私のこの罪はどうしたら良いの。誰が悪いの。誰が赦されるべきなの」


“私が悪い。そうなる前にミカのことに気づけず、ホシノやハナコの考えに気づけず、ナギサやセイアの苦しみをわかってあげられなかった私が悪い”


「そんな、だって先生が来る前から私のこれはっ」


“そんなの理由にならないよ。もっと早く止めることはできたのに止められなかったんだもん。………でも、もしミカが私のことを赦してくれるなら別だけど”


「許すも何も、先生悪くないし。気づけなかったのが悪いだなんて、そんなのおかしいもん」


“じゃあ、ミカも悪くないよ。気づけなかったんだもんね”


「………あ………」



そうやって言ってもらえたこと。たとえ気休めでも、それがとても嬉しい。私って本当にちょろいね。でも、それが心地良いんだ。生きていいって言われたのが、こんなに嬉しいことって人生でここだけだと思う。それぐらい嬉しい。

だから、私にできることはその愛に応えること。私なりにできることをすること。それが私にできること。私にできる祈り。私の罪を赦して、救ってくれたのなら、私はそれに応えないといけない。多分、そうしないと私は本当に前に進めない。燻った魔女のままになる。



「先生。多分、私ってかなり重症の方だと思うんだ」


“………うん。投与されてた期間からそれはおそらくね”


「だよねー!………先生、多分どっかで治療薬の開発してるよね。ミレニアムとか。もしかしたら山海経?でも多分ミレニアムでしょ」


“うん”


「私を連れてって。私を治療薬開発のためのサンプルにして」



多分、これが一番だ。今の私にできること。今の私が一番活躍できること。それは戦うことでも導くことでもなく、糧になること。私の身体をサンプルにして、治療薬の開発を進めることが一番だ。



「自慢なんかじゃないけど、私もうどうしようもないくらいに中毒者になってるし!被験体のサンプルにするならちょうどいいはずだよ!」


“………危険かもしれないよ”


「だから何って話!むしろガチガチに隔離してくれないと私の方も困っちゃうから!あ、たくさん拘束していいからね☆容赦なんていらないから!私、禁断症状で暴れちゃうだろうし!………お願い、先生。私の祈りはここにあるの」


“………わかった。でもまず、いろいろ整えてからにしようか”


「うん!」



祈りはここに。私は神に誓います。………今度こそ、皆の幸福のために。あなたたちのために、祈るね。



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