研ぎ師と迷子
何やってんだ?
へー、怪談大会か
あ?俺も一つ話せだァ?
別に俺はいいよ
なんだよその目は………ハァ、わかったよ
でも、この事は絶対に秘密だぞ
あれは、もう二年くらい前のことだ
俺の地元の島にある西の海岸に、馬鹿デケェ船が漂着してたんだよ
それもただの船じゃねェ、島一つ丸々乗せた船なんだ
興味本位で中の島の周りを見に行った奴らもいたが、大抵の奴や大人は気味悪いって近づかなかったな
そんなある日、地元の友達が「あそこで肝試ししようぜ!」って誘ってきたんだ
あの戦争があってから初めての帰省で浮かれてたのもあって、俺は二つ返事で承諾した
その日の夜、俺達はボートに乗って船の中の島に降りた
灯りは持ってきたランプが三つ、あとは真っ暗
しかも道中にはやたら人骨やら何やらが転がってるときたもんだ
正直言うとけっこう怖かった
いや別に骨が怖いわけじゃねェけど、なんつうか……こう、その場の雰囲気に飲まれちまったわけよ
情けねェ話だが、怖すぎて木に顔がついてるように見えちまったな
そんなこんなで歩いてると、広い墓場にやってきた
道中ですっかりビビってたのもあって、俺達は足早に墓場を抜けようとした
その時、いっしょにいた友達の一人が「おいあれ!」と叫んだ
アイツの指さす方を見ると、そこにはなんとウチの親父がいたんだ
お前らには一回話したことがあるけど、うちの親父は刀の研ぎ師なんだ
研ぎ師としての腕は確かなんだが、たまーに何もない壁をじーっと見つめてたり、錆びて錆びてどうしようもないナマクラを研ごうとしたり、どっかボケたとこがあったんだよ
その親父が、墓場のド真ん中で一人刀を研いでたんだ
それも、刀身のない刀を研いでたんだよ
最初こそいつものボケだと思ったが、だんだん心配になった俺達は親父に駆け寄った
ところが俺達が近寄って話しかけても全然反応しない
まるで何かに取り憑かれたように真剣な顔で、親父はひたすら柄だけの刀を研いでたんだ
しびれを切らした友達の一人が親父の肩を掴んで連れて行こうとしたその時、
「ダメです」
綺麗な声がした
「この方の仕事を邪魔してはいけません。迷った末に着いたのがこの場所とは、いったい何の因果でしょうか。しかし今夜はせっかくのニイボン、この方に格好良くしてもらってから、会いに行きたいですね」
男か女かはわかんねェが、とにかく綺麗な声がした
俺達は一目散に逃げた
逃げる途中で「やっと見つけた」だの、「みんな待ってる」だの、やたら陽気な歌声だのが聞こえてきたが、そんなのはお構い無しで逃げた
その数日後、親父のところに「先日はありがとうございました」っていう手紙とけっこうな札束が入った手紙が送られてきた
それとほぼ同時期に、デッカイ船は潮の流れに乗ってどっかに行っちまった
これで話はおしまいだ
おい、笑うな!
ハァ、だから話すの嫌だったんだよ
あの綺麗な声や陽気な歌声が何だったのかは未だにわかんねェが、どうせろくでもねェモノか幻聴だったんだろ
親父のことか?
いまも元気だよ
相変わらずボケてはいるけどな