『短いお話』

『短いお話』


短編を書いていきたい


<夢オチ>


その日は日帰りの出張でひどく疲れていて、帰宅してから何もする気力が湧かず、部屋着へと着替えるのが精いっぱいだった。

年頃の女の子たちと接する必要のある職業柄お風呂にはちゃんと入らないといけないが、本当に動けないので朝風呂で勘弁してもらいたい。今日のところはとにかく、横になりたい……

ふらつく足で寝床にたどり着き、空調だけ効かせてうつぶせに倒れ込む。スマホを充電しなくてはとポケットから端末を取り出すと、グループチャットに大量の通知が入っているのに気が付いた。ミーティングモードにしていたから分からなかったな。しょぼつく目を擦って画面をタップする


「わー……っ」

『おすそ分け~!』

『この前ナリタトップロードさんたちが一般の人たちに披露したんだってさ』

話には聞いていた。先日のサマーウォークの1つで船上ツアーに参加していたグループがあったのだが、生憎の悪天候で様々なイベントが中止になってしまったそうだ。一般の乗客たちを含め盛り下がりかけたところをトレセン学園の生徒たちが率先して参加者をもてなしたという。

最後にはライブ形式の盆踊りを大勢で披露し、大盛況だったとか……素晴らしい連係プレイだと感心していたが、その時の踊りをライブ用のダンスとして残しておくことにしたらしい。衣装も同じデザインの浴衣と甚平を大量に仕入れるとか、なんとか…?

貼られていた画像はチームのみんなが水色の浴衣や黒い甚平を着て、ダンスの練習をしている風景だ。ステップを合わせていたり、ステージに並んで腰かけていたり。カメラ目線でポーズをとっているものもある。近くにいた生徒に撮影を任せたのだろう

鮮やかな色合いに蹄鉄をあしらったデザインは完璧に似合っている。甚平もいいなぁ…——でもなんかその、少々開放的過ぎないか?帯の上とか…この前夏祭りで見せてもらったときとは印象が違うような……

これ帯の下にタオルが入ってないのか?丈も随分短いよな?スパッツが見え——それはまあライブではいつものことか。色々な勝負服があるのだし


邪念を払い画面をタップする。と、メッセージを送ろうとして時刻を見た。画像が投稿されたのは既に何時間か前のことである。もう夜遅い、感想を送るのも明日にした方がいいか?でも既読がついてしまったしなあ

もし返事が来たら彼女らの睡眠時間も削ってしまう可能性がある。ここはよく考えて……なるべくシンプルに…『すっっっっっごく可愛い』『でも今日はもう寝ちゃうから、また明日よく見せてもらうな。お休み』とだけ送って目を閉じる。明日、明日……は、坂路と……筋トレ————


~~~


ピンポーン!

玄関のチャイムが聞こえる…まだ眠い、頭がポヤポヤする。今何時だろう?

ピンポンピンポーン!

身体に力が入らない……誰だよもう、目覚ましはまだ鳴ってないぞ。早朝じゃないか

無視してしまおうかと思っていたらガチャガチャと音がして、次いで足音がいくつも聞こえてきた

なんだなんだ?玄関、いやそれどころか寝室に入ってきた!?驚いて身体を起こそうとするが力が入らないし声も出せない…!どうしようか不安になっていたら訪問者の声が聞こえてきて、一気に安堵する

「勝手に入っていいの?」

「お邪魔しまーすって言ったから大丈夫だよ」

「待って!まだ寝てます…」

彼女たちの声は急激に小さくなった。それだけでなく足音を忍ばせて近づいてくる。——?あれ、なんか変だぞ。何かは分からないけど


寝ている俺の布団をそ~っとめくって、俺の耳元でみんなが囁いてきた。息のかすれる音が聞こえるような小さな声だ

(おはようございまーす)

(疲れてる?でも起きなくていいの~?)

(『すっごく可愛い』らしいですよぉ~)

全身に力を入れているつもりなのにもぞもぞと蠢くことしかできない。辛うじて首を回して目を開けると、俺は例の水色の浴衣を着た5人に取り囲まれていた

————取り囲まれていた???やっぱりおかしい。俺は今どんな体勢でどこにいるんだ?

訳が分からなかったが、彼女たちのクスクスと楽しそうな笑い声が耳をくすぐるのを感じていたらどうでもよくなってきた

ツヴァイも、マリも、クレイも。怪しく目を細めてゆらゆら揺れている。シーやヴェナまでもが照れる様子もなく艶のある流し目を俺に注いでいた。彼女たちの雰囲気に吸い込まれそうになる


分からない、分からないが……幸せだ。5人から囲まれて、俺は動けないまま、されるがまま。間違いなく柔らかいのだが全身の皮膚がゴム手袋越しのようなぐにゃぐにゃした感触で、やっぱりぼんやりとしている

……—いや、本当に5人か?

チームのみんなの外にもう一人いる気がする。顔が見えない、でも赤に近いピンク色の髪…?こんな子はうちのチームにはいないよな

困惑しながらもみんなの距離はどんどん近づいてくる


「"アレ"したい。1分間ね。目を逸らしたらダメ」

ツヴァイがまた例のゲームを提案してきた。きれいな瞳に捉えられる

「じゃあ私が数数えますね。ろくじゅう、こじゅうきゅう…」

シーが耳元でカウントダウンを始めた

「勝てたら良いものあげるっ。甘くて美味しいよ」

クレイがご褒美をくれるらしい

「緊張してますか~?」

「ドキドキしてるね」

マリの、微かに海のような匂い。動けないから分からないが胸元に忍び込んでいるようだ

ヴェナには心臓の動きを確かめられている

「よんじゅうはち、よんじゅうなな、よんじゅうろく…」

「ちゃんと見てなきゃだよ。ホラホラ♡」

俺はその真ん中で、感触と、笑い声と、匂いに包まれながら——


ジリリリリリリリリ!!!!!!!


——そうして俺は夢から覚めた。余韻がまだ残っており全身が痺れたようになっている中、気合で上半身を起こすと頭を抱えた

なんっちゅう夢を見ているんだ……!!そもそもあの子たちは部屋の鍵も持ってないだろうが


だがあまり反省している時間もない。俺は急いでシャワーを浴び、制汗スプレーをガッツリ振ってからトレセンに出発したのだった


~~~


「よーしお疲れ様!息を整えたらこっちな」

筋トレメニューを消化してあちこちからため息と声が上がる。私も額の汗をぬぐった

そして自力で立ち上がり、トレーナーさんの用意してくれたバナナやスムージー、プロテインバーを取りに行く。負荷をかけるトレーニングの後はいつもこれが大変だけど、身体を作るためだから仕方がない

トレーナーさんも工夫してくれている。味や食感に飽きないようフレーバーやメーカーを変えたりして、運動後の食欲が湧かないときにも食べやすいように考えているのが伝わる

「今日はこれでお終いな」

「はい~…」

トレーナーさんの前でモグモグとプロテインバーを頬張る。あ、これ前に私が美味しいって言ったやつだ、覚えててくれたんだなぁ——細かな気遣いに嬉しくなってしまう


お礼を言おうと顔を上げると、トレーナーさんは横を向いていた

「……どうかされましたか~?」

トレーナーさんの視線の先を探る。……あの子は…

「いや、えーっと。あそこの子、また一人でやってるんだなーと」

後頭部を掻きながら目線を私と、例の子の間で彷徨わせるトレーナーさんは、どこか余所余所しかった

(………………)


「あの子の名前分かるか?」

「……ビューティアゲインさん、です」

聞けば、以前も一人でトレーニングをしており、怪我しそうなやり方をしていたものだからちょっと指導をしたことがあるという。専属のトレーナーは付いていないしまだデビュー前だ。本格化が来ていないんだと思う

少しすると自主トレが終わったのか彼女はマシンから離れ、トレーナーさんの存在に気づいて会釈をしてから去って行った

「…いや、ごめん、ちょっと気になってさ。また変な姿勢でやってないかって」

でも大丈夫そうだな…と続けている間に他のチームメンバーも栄養補給にやってきて、トレーナーさんはみんなに声をかけ始めた


なんでそんなに焦ったように話すんですか?何かやましいことでもあるんですか?それに私がトレーニング後一番にあなたのもとに駆け寄ったのに、頭とかを撫でてくれなかった。その日のトレーニング終わりにはどこかしら触れてくれることが多いというのに…今日はお預けですか?

私はタオルで顔を拭いているふりをして視線を隠しながら彼の様子を確認する。私以外に対してもどこかぎこちない気がする…ちょっとだけ、距離も遠いような……?

「ト、トレーナーさ~ん!」

考えるより早く言葉が出た。どうしようどうしよう、なんて言おうか。トレーナーさんが私の方を見る

「この後もお忙しいですか?」

他の子たちもこっちを向いた。必死でアイコンタクトを送る——"トレーニングはもう終わっちゃったけど、まだあなたと一緒にいたいです"?さ、流石にちょっと恥ずかしい…何か理由を探さないと

トレーナーさんはちょっとトレーナー室でやることがあるぐらいだよと返事した。とりあえず第一関門は突破だ、じゃあ…えっと…

「あっ!それならさ、後でお邪魔するね!」

クレイちゃんが閃いたように台詞を繋いでくれる。なんとなく私の考えていることを察したのだろう

「見たいでしょ?あの浴衣♡」

そうだ、その手があった。みんなとりどりの表情でトレーナーさんの反応を窺う……彼は一瞬固まった後に頷いた



さて、更衣室のロッカー前で即席の作戦会議を開く。私以外にもトレーナーさんの態度に違和感を覚えていた子はいたようで、何となく距離を感じるということだ。それにさっきのクレイちゃんの提案にも反応が遅かったような気がする

ちょっと悩んだけど、例のあの子についても話をした。まさかトレーナーさんに限って他の子になびいたりなんてしないとは思うけど…底抜けのお人よしなのもまた間違がいない

でも今は私たちがいるのだ。彼は私たちのトレーナーなんだし、彼女の怪我は確かに心配だけど……どうしても気になるというなら指導教官に伝えればいい。……よし、とにかく彼の眼を私たちに取り返そう

確証もないのに心がザワついて不安になってしまう。知らなかった、これが嫉妬なんだろうか


浴衣を取り出す。着付けを練習してよかった・・・ちょっと帯のところの折り込みを増やして、裾を短くしてしまおうか?気づくだろうか

「お祭りのときのも持ってきたらよかったでしょうか…」

「可愛いって言ってたし大丈夫だよきっと。あっちはまた今度にしよ」

「ねぇ、こうしたらどう?」

ツヴァイちゃんが何か思いついた。彼女の提案は——

「えーっ?」

「……やりましょう」

今できることをやる。差すと決めたら出し惜しみしない。トレーナーさんに教わったことだ


~~~


トレーナー室でトレーニングの結果を打ち込んでいたら扉がノックされ、促すと水色の浴衣を着た5人が入ってきた。昨晩は一方的なメッセージを送るにとどまってしまったので改めて可愛いよと告げる。心の準備もしてきたし大丈夫と思っていた、のだが…

せっかくだからとトレセン音頭を披露してもらったときに、"それ"が目に入ってしまった

「す、スパッツは…???」

「忘れちゃった。ブルマだから心配無用だよ」

「そ、そうか」

太鼓役など惜しげもなく脚を上げるので裾の中が見えてしまう。しかもつい先日まで夏合宿だったのでどこもこんがり焼けている……水着に隠れていた部分以外は、だが

…トレーニング中は気に留めなかったが、浴衣の裾ギリギリに日焼けの境界線が来ているので印象が強まる。スパッツがあれば隠れるだろうに

「……ライブでは忘れないで」

「は~い。トレーナーさんの前だけですね」

——含みのある言い方をする。元が色白な子たちは特に日焼け後のコントラストが眩しい。かといって上に目を向ければ……マズイ、ゆ、夢の記憶が…


「なんで見てくれないんですか?」

思わず斜め下に目線を逸らしていたら、ひどく元気のない声が聞こえた

「はしたなかったでしょうか…」

「あっ——と、いや」

ダンスも中断してしょぼんと耳を絞ってしまったマリに駆け寄る。他の子も肩に手を乗せたりしている。しまったな

近寄ったはいいが手を伸ばしかけて踏みとどまる。まずは誤解を解かないといけない。俺は屈んで目線の高さを合わせた

「ごめんな。ちゃんと見なくて」

「…………」

「はしたない…というか、ちょっと刺激が強かったから」

フォローになっていない。だが嘘をついても仕方がないだろう。マリたちは顔だけは上げてくれた。でもまだ耳は立たないし眉も八の字だ

—ええいもう言ってしまえ。俺は昨晩の話をした。どうしようもなく疲れていてなんとかLANEを返し、みんなのことを考えながら眠りに落ちたら夢に君たちが出てきたのだと。そんな状態で本人たちを前にしたら照れてしまったのだと

今日は恥ずかしくてちょっと距離を置いてしまったがみんなは何も悪くない、俺がスケベで…とは言えなかったが、みんなに圧倒されているだけだった

マリはちょっとだけびっくりしたようにしていたが納得してくれたようで、俺はここで漸く許可を取り、頭を撫でさせて貰った。耳から力が抜けていくのを見てこちらも安堵する。他の子たちも忘れずにしっかりと撫でていく


「ねぇ。トレーナーさん?」

さて一安心、改めてダンスを再開するのかどうか…と思っていると

「夢の中の私たちは何してくれたの?」

待っていたのは追撃だった

「…あ、あんまり覚えてないなぁ~……」

本当はバッチリ覚えているがここの嘘は勘弁して欲しい。——その後、記憶よりはマイルドな触れあいを経て、再開した音頭もレスポンスを入れながら踊り切って。どうにか機嫌を直してもらった


~~~


後日談


廊下を歩いていると赤みがかったピンクの長い髪が翻っているのが見えた。緑色の耳飾りをしたその子は微笑を浮かべながら歩いてきて、私とのすれ違いざまこちらをチラッと見て少しだけ頭を下げた。反射的に私も会釈をする

彼女が歩いてきた方向を向くと私のトレーナーさんがいて、何かを手元のメモ帳に書き込んでいた

「こんにちは」

低い声が出てしまう。そういえばまだ心配の種があるのだった

「やあ。…どうかしたか?」

「い~え。ビューティーアゲインさんですけど、何か話してましたか?」

トレーナーさんは、見てたのか?と呑気に返事してから、事情を教えてくれた。どうやら次の選抜レースに参加する予定らしく、色々な人からアドバイスをもらっているのだという。教官以外の意見も聞きたいから、と

そう聞いてしまうと反感も抱きにくい。彼女なりに心配なだけなのかも。確かに私だって誰とも契約が結べなかったらどうしようかと不安な時期はあったし、トレーナーさんに出会えて本当に良かったと思う。だがやっぱり——


「トレーナーさ~ん。今度のお休みにお付き合いいただけますか?」

「お、いいぞ。どうかしたのか?」

二つ返事で許可してくれる。疲れているだろうしお出かけは遠慮しよう

「お勉強を教えて欲しいんです」

ちょっとだけ意外そうだったが、夏休み明けで小テストもあるからと話したら納得したようだ。彼は嬉しそうな表情で了承した——ごめんなさい、きっかけは焼きもちなんです——

「じゃあお部屋にお邪魔しますね」

私の言葉を聞いた彼は、今度こそ間違いなく驚いた表情になった。お休みの日に図書館まで来てもらうのは悪いですから…ダメですか?と自信なさげに聞くと彼は折れてくれる

ああ…甘えてしまう。許してください、きっといい点を取りますから。それにお礼にかこつけて家事なんかもお手伝い出来たらと思ってるんです。私たちにあなたのことをもっと教えてください……他の子よりも。困ったように笑いながら、じゃあ練習後にちょっと話し合おうか、と言う彼を見て、私は密かに胸を撫でおろしたのだった



<ウサギ娘>


車を駐車させ時計を見る——今日はかなり早い時間に職場を上がり、明日は休みにしてある。他のトレーナーやたづなさんに根回しはしてあるし担当の子は何かがあっても相談先には困らない。明後日までは自分が対応できずとも問題なく現場は回るだろう

今日は大切な日だ。結婚して大家族になったのはいいものの、俺自身の業務の忙しさもあり意識しないと一緒の時間は全く取れなくなってしまう。だから月に一回程度、持ち回りで誰かを主役にしてホームパーティのようなことをするのだ。翌日は休みにして、時間も気にせず。多くの場合はゆったりと夕食をとる…そして今日は俺がメインを務めるターンなのだった。無事にスケジュールが管理できてほっとしている

マンションのエレベータを上がり自分の部屋のドアを開けると……無人の玄関に出迎えられた。あれっ…?


『そのままリビングまで来て』

出迎えてくれるかと思っていたのに…微妙に寂しさを覚えていたらスマホの通知にメッセージが入った。俺の帰宅には気づいているようだ。何かサプライズかな?リビングの扉も閉まっている

フットライトを頼りにそろりそろりと扉にたどり着き、リビングに入るとこちらも暗い。息遣いと気配で人がいるのは分かるし、クスクスという笑い声も聞こえるが…まだ内緒なのだろうか?不安と期待が高まっていくのを感じる


「電気付けますね」

ピピッと音がして部屋が明るくなる。細めた目が明るさに慣れて——状況が確認できるようになると、俺の周りは元担当のウマ娘たちに取り囲まれていたと分かった。だが、彼女たちの服装は——

「いらっしゃいませ~♪」

「鞄お預かりしますっ」

「あ、あぁ…」

重大なのは彼女たちの格好で、右も左もバニーさんたちが視界を埋め尽くしていた

「ぽかんとしてる」

「こういうの好きじゃなかった?」

「いや!びっくりしただけだ。凄く…」

「『凄く』…?」

「あの、セクシーだよ。初めてバニー服の実物見たけど、似合うな」

荷物を持ってもらい、シャツも緩めながら目線をキョロキョロと泳がせていたら心配させてしまった。慌てて声を出したが言葉が上手く選べない

処理が追いつかないだけなのだ、目玉があと何セットか欲しい……時間が経って漸く実感が湧いてきた。要するにあれだ、美しい妻たちが、えっ——その、見事なプロポーションを発揮しているというだけだ。素晴らしい

黒を基調としたコルセットのようなバニーガール衣装は相当スタイルが良くないと着こなせないだろう。全員がウサギの耳を模したパーツを付けており、微かに動いていた…改造したメンコのような感じか?

足元は荒いメッシュの網タイツを履いており、少しだけ食い込んでいてとても柔らかそうだ。そして手首にはワイシャツの袖口だけ…よく考えるとこれは何のためにあるんだろうな。尻尾も編み込んでお団子みたいにしてある。なるほどウサギの尻尾に見えないこともない


俺の返事に安心したのか、彼女たちの表情が柔らかくなっていく。それなりに不安もあったのか…当然か、大胆な格好だし

「見てみてー。じゃーん!」

「あっ私も!ほ~らっ♡」

「おっと…………ぁー。奇麗だな」

余裕が出てきたようでポーズもとってくれた。首の後ろに左手を、腰に右手を持っていき胸を張る。更に内股で前かがみになり投げキッスして見せる

あるいはウィンクをしながら、髪をかき上げたり、脇が見えるように肘を高くしたり、くびれを強調するように身体をひねったり…嬉しいんだがリアクションをどうしよう。だって色々と準備してくれているかもしれないのにそんな初っ端からデレデレしてしまってもいいんだろうか

「ねぇちょっと待って。まずはリラックスしてもらうんでしょ?」

「ん……それもそうだね。じゃあ後でまたゆっくり見せてあげるね。嬉しそうなのは分かったし」

声がかかり、即席のポージングショーは一旦お開きとなった。そういえばまだ帰ってから座ってすらいない。俺は手を引かれながら遅くなった"ただいま"を言い、にっこりとした笑顔で迎えられた


「お帰りなさい。今月もお疲れ様」

「ささ、こちらにど~ぞ~。おしぼりは冷たいのとあったかいのがありますよ」

「…冷たいのを貰おうかな」

「スマホの電源切っちゃっていい?」

「あぁ。頼むよ」

ソファの真ん中に座る。テーブルを囲むように椅子が設置されており、氷やグラスが用意されていた。腰を下ろして深く息をつくとおしぼりを渡されて、ちょっと迷いながら顔を拭った


「おじさんっぽいね」

「そうだな…許してくれるか」

「いいんですよ~気にしないで。お隣失礼しますね」

2人で両隣を挟むように座られ、ぴったりと太もも同士が触れ合った。むにぃっと幻聴が聞こえた気がする

「それじゃあまずはお腹に何か入れましょう」


いい匂いが漂ってくる。ポトフかな?身体を起こそうとすると肩を押さえられた。もしかして・・・

「あーん♪」

「こっちにはお野菜もありますよ~」

うわあぁぁぁぁ……! す、すごい…!!いや、あーんだって何度もしてもらったことはあるがこのシチュエーションだとなおさら凄い

恥ずかしさに襲われながら俺は口を開く。お肉も柔らかく煮込んであり、サラダ代わりの野菜スティックを交えながら口に運んでもらう。パンも一口サイズにカットされていて食べやすい。初めからこうやって食べさせるつもりで用意してたんだな…

温かい食事で腹を満たしながら、俺の全身からはどんどん力が抜けていくのだった

——

————

————————

「はい、どうぞ」

「ありがとう。いただくよ」

水割りを作ってもらい、片手でグラスを持つ

食事が終わってからはもっとリラックスする為だと言ってアロマが炊かれ、部屋は微かにオレンジかかった間接照明に優しく照らされていた。静かな音楽も流れている

彼女たちは入れ替わり立ち代わり席替えをして、トランプをしたり、レースの話をしたり……最近あった楽しいことを聞かせてくれたりした

部屋の明かりをつけた直後は驚いたものだが今やすっかり癒しの時間だ。…思えば結ばれた直後は衝動のまま感情をぶつけ合うようにしていたが、こういう風にじっくりと触れあえるようになったのは一種の成長かもしれない。落ち着くのだ。彼女たちも同じことを感じているだろうか

最高のパーティを開いてもらえて嬉しい、と口にすると単純だなーとか色々揶揄われたが、声色は嬉しそうなのでまあいいんじゃないだろうか

肩を抱き寄せると俺のふとともが優しく撫でられる

「次回楽しみにしてるね」

「お返ししてくれるんでしょうか~?」

"これ"へのお返しとなるとハードルが高い…だがそうも言ってられないな、できるだけ頑張ろう。全員に満足してもらうんだ——俺は決意を新たにするのだった


「一人で考えなくていいからね。それはその時、みんなで考えよ、ね?今日は今日で楽しんで」

「何かつまむ?」

俺の顔つきが変わったのに気づいたのかフォローが入った。険しくなっていたかな

相変わらずおつまみは彼女たちが手ずから食べさせてくれる…あれが欲しい、と言うと膝の上に載ってくるのだ。イカの切り身が口内に放り込まれた

「美味しい?」

「とっても」

背中に手を回して抱き寄せた。尻尾がフリフリと動く

「これだけ喜ばれるとやりがいもあるな~」

膝の上だけでなく左右からもフルーツやピーナッツが差し出される…全部もらうぞ。水割りの入ったグラスもいつの間にかストローが刺されて代わりに持ってもらえていたので、首を振りつつそれぞれに口を伸ばしながら空いた手で頭や顎を軽く撫でていった


「~♪~ねぇねぇ"トレーナーさん"?」

懐かしい呼び名に反応して顔を上げると、オレンジ色の逆光の中でいくつもの瞳が輝いていた

「お風呂と寝床も用意ができてますけど……どうします?」

ドクっと心臓が動く。先ほどは成長したとかなんとか頭に過ったが——。衝動が消えるわけではない、それも当たり前のことだ

とりあえず、今日は今日を楽しむことだけ考えて…俺は水割りの残りを片付けてから、脱衣所へ向けて立ち上がる。背後からは"ごゆっくり~"とか、"あんまり待たせないでね"といった言葉が投げかけられていた

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