知りたくない

知りたくない



「惣右介、お前に言わなアカンことがある」

妙な予感がした。この女が話すことは、藍染惣右介の人生の何かを変えてしまう。

神を信じたことはない。だが続く言葉は間違いなく天啓だった。

「子どもが出来た、父親はお前や」

子どもには両親が揃っていた方がいいんや。よっぽどの奴でない限りな。

平子隊長は藍染惣右介の眼を見て言った。俺は哀れな女の眼を見ていられなかった。だが女の言葉に従い、藍染惣右介は平子真子の夫となった。


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僕たちの生活は驚くほど穏やかに始まった。

周囲から見ても異質だったものの、実際には面白さもない、かといって気分を高揚させるような鮮やかさもない『藍染惣右介と平子真子と腹の子の日常』が幕を開けたに過ぎない。

春が終わりに近づき、夏の暑さを感じる力強い日差しを思わせるようになったある日、娘は誕生した。

今、目の前には全ての気を使い果たしたといわんばかりに眠る妻と、小さな赤児がいる。

堪らず呻き声を上げた。なんと恐ろしい事をしたのだろう。両手で目を覆っても、指の隙間から2人が見える。殺しておくべきだったのだ。何故あの男を入れ替わりに使ってしまったのか。自分ならば平子の言葉を遮り、予定通り虚化実験を行い、平子隊長も腹の子もまとめて殺す事ができたはずだ。

もう引き返せない。2人への感情を消し去ることなどできない。

ああ、自分の根底を覆す音が聞こえる。それは何よりも恐ろしかった。


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惣右介は娘が産まれてから変わったと思う。

  逆撫が揺れなくなったというのが一番の理由だが、「妻」として大切にされているという感覚もある。

 心底信じる事の出来ない人間との共同生活は正直息がつまる。俺は惣右介と娘を2人きりにする事ができず、今だって横になりながらも2人を監視している。

  惣右介の内面を測ることはできない、逆撫にも頼れない以上、俺がどう感じるのかだけが娘を守る唯一の手段なのだ。しかし藍染惣右介はまるで憑き物が落ちたかの様に、妻子に優しい男になった。

この優しさは日常はもちろん、夜の生活でもいかんなく発揮される。お伺いを立てられ、娘が眠ってから静かに始まる。痛くないか? 気持ちいいか? 口付けていいか? あとは僕が。ひたすら尽くして甘やかそうとしてくる。

以前はこんな奴じゃなかった。互いに余計な話はしない、うつ伏せになった俺に覆いかぶさり、胴体をガッチリ掴まれ揺さぶられ、終わったら手の跡がしっかり残っている、そんな関係だった。

あまりにもの変わり身に「今までのアレソレは何やったんや」と訊いたことがあるが、「あなたは母であり僕の妻です」だの「娘の面倒をいつも任せてばかりなので、これくらいはさせて下さい」なんて答えが帰ってきた。

  つまりは「夫」「父親」の仮面を被り、藍染家で演じきろうしているのか。そんなモノを見せてくれるな。

俺は娘の為にお前を飼い続け、そのくせお前の危険性を無視できず監視を辞めないのだから。

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