知らぬが仏

知らぬが仏


そういえば、で聞くような話だとは思わないがそれ以外に話を向ける手段もあまり思い付かない。

そもそもこの場に平子さんがいないという状況が貴重なのだ。彼女にとってここは実家のようなものだし、浦原喜助という人は人となりがどうであれ父親のような存在なのだろうから。


それがなぜ今日いないのか、別に喧嘩などしたわけではないだろう。そういう話は聞いていない。その代わり、平子さんが井上さんと出かけるという話は山ほど聞いた。

彼女曰く「デート」らしく、散々と黒崎に自慢のように絡んだ挙げ句、僕に「あいつは意気地がない」とか「ちょっと待った!とか言えんのか」とぶつぶつ文句を言っていたが、黒崎も女友達同士で出かけることにとやかく言えと言われる方が困ると思う。


「そういえば、なんッスか?」

「貴方は、平子さんの両親のことを知っているんですよね……と」

「あー……お母さん、の方じゃないッスね、撫子サンはそっちなら喜んで話すでしょ?」


僕の沈黙を肯定と取ったのか、浦原喜助は困ったように頭をかいて嘘か本当かわからないような顔でへらりと笑った。

ここでこのまま話を有耶無耶にされるならそれでもいい。聞いておきたいと思ったのは僕のエゴで、平子さんを守りたいと彼が思うのならばそれを否定してまで叶えたいというものではない。


「まぁ、そうですね、ある意味ではわかりやすい人でしたよ」

「わかりやすい?」

「平子サン……お母さんの方ですけど、その人に自分のことを見てほしいんだろうな、とか……そんな感じッスね」


僕はほとんど関わりをもってはいないものの、話を聞く限りあの藍染惣右介という男は人としてわかりやすいとは思えなかった。得体のしれない、といってもいいかもしれない。

それでもなんとなく平子さんとその母になにかしらの、執着のような感情を向けているのだろうことは少しだけ感じてはいる。もしかしたらある意味でとはそういうことなのかもしれない。


「だからまぁ、見張ってる内は大丈夫かなと見誤った部分も……これは余談ッスね」

「貴方から見てそれは今も変わらないと?」

「まだ若いから実感わかないでしょうけど、人ってそんな変わるもんでもないッスよ」


年長者というくくりで纏めるには死神というのはあまりにも高齢ではないだろうか。そこと比べられては僕としては立つ瀬がない。

百年以上生きているなら僕なんて赤子のような……いや、歳がはなれていようと阿散井くんや朽木さんのような友達もいるんだし個人の問題だろう。この人にとっては平子さんも赤子のようなものらしいと彼女は言っていたし。


「まぁそんな感じで、遠回りしましたけど……石田サンが聞きたいのはアタシが撫子サンが拐われた時に大丈夫と言った根拠ですよね?」

「……どうしてか、聞いても?」

「娘と分かったんだろうなというのと……あの人には殺せないからッスかね」


殺せない、と言われても彼女はそれなりに傷ついたのだ。精神的にはもちろんではあるものの、肉体的にだってそれなりの大怪我を負っていた。

彼女の中の虚と井上さんがいたから無事で済んだものの、万が一というのはあり得たと思う。考えたくはないが。


「でも、怪我はしました」

「怪我はするでしょうけどね、殺せはしませんよ」

「どうしてそれがわかるんですか」

「だって殺したくないから拐ったようなもんスから」


それを聞いて、一瞬言葉の意味が理解できなかった。それではまるで、あの虚だらけの虚圏が安全な場所であるかのようだ。

今はともかく、あの時は害意を向けてくる相手も少なくはなかったと思う。それなのに殺したくないから、とはおかしな話ではないだろうか。


「藍染惣右介は撫子サンが友達を助けるために尸魂界に乗り込んだことを知ってます。予想できますよね?井上さんを虚圏に連れてきたらどうするか」

「でも彼の目的を考えたら、乗り込んで来るのは計画通りなのでは?」

「乗り込んだら戦いもセットなんで、避けたかったんスよ。きっと」


それはまるで、平子さんを守りたいと思っているように聞こえる。しかし本当に守りたいと思うのならば、あまりに態度がチグハグだ。

平子さんが反発するのも仕方がないというか、僕が言えた話ではないがあんな男が父親であるなら親と認めたくないというのも当然だ。


「ま、本人に聞いても否定されるでしょうけど」

「え?」

「無自覚なんスよ、きっとね」


そういって笑った顔はあまり胡散臭くは見えない。おそらく目の前の人には、なにか僕には理解できないような過去や感情があるのだろう。

それはいいとして、僕としては平子さんが無事でいられるという確固たる確信があったとはあまり思えない。感覚だとすると、なんの反論もできなくはあるのだが。


「長く生きると、自分が一番見えないなんてこともありますから」

「それはいいですけど、それと平子さんの無事になんの関係が」

「あーいや、それは、むずかしいッスね」


へらへらと笑っている姿を見る限り、おそらくもう話をする気はなくなってしまったのだろう。過去の藍染惣右介を知っていないと理解できないと思ったのかもしれない。

そう考えながら出されたお茶をすする。だいぶ冷めてしまったので少しだけ渋いが、そういうものだ。

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