矜持と思い出

矜持と思い出


わざと傷を作ってIFローに治療させるIFミンゴの概念と、調薬の際にクルーに作っていた薬をこっそり作るIFローの概念で、こんな事もあったかもしれないと思った結果のちょっとした話

 

 

用意して貰えた材料を使って薬を作る

切り傷用、火傷用、その他諸々、俺じゃなくドフラミンゴが使う為の薬

同じ部屋の中でドフラミンゴは椅子に頬杖をつきながら座って俺を見ているが、調薬中はそんな視線も気にならない

 

ドフラミンゴに監禁され始めてから結構な時間が経ち、何度も俺の尊厳を踏みにじってきた。それこそドフラミンゴがわざと傷を作って俺に治療させたりとか

この調薬だってそれの延長線上の事だ。だけど俺はこの時間が好きだ

あいつに向き合わなくて良い

それに念の為の薬と言えば何を作っても何も言われない

 

(これはペンギンに作ってたやつ。これはシャチ……イッカクに出してた鎮痛剤……)

 

かつてクルーに作っていた薬を俺は作る。この時間だけは今の俺には唯一の癒やしの時間だ

もう誰が使う訳でも無い薬。だけどこの時間だけは怪しまれずに皆を想える

一通り作り終えて片手で片付けを終えるとドフラミンゴが真後ろに立っていた

 

「フッフッフ、もう終わったのか?」

「…終わった……」

 

あぁ、もう終わっちゃったんだな。まだもっと薬を作っていたかった

でも仕方ない、下手に時間を掛けたら怪しまれるかもしれないから

 

「まだ材料は残ってるか?」

「あ、えっと…幾つか無くなりそうなのがあったから、また仕入れて欲しい」

 

欲しい材料を伝えるとドフラミンゴに連れられて部屋に戻された

一人で部屋に残されて俺は籠の格子に寄り掛かって目を閉じた

次はいつ薬を作れるかな

皆の薬

もう必要無いと分かっているけど、やっぱり作っていたい

あいつ等の事を想っていたい

そんな事を考えながら俺は体を床に倒してそのまま眠りについた

 



凄まじい勢いで開かれる扉の音に俺はすぐに目を覚ました

籠の外、部屋の中へ視線を向ければドフラミンゴが何か紙束を持って歩いて来ているのが見えた

 

「ッ!!?」

 

だが明らかに激怒しているのがすぐに分かった

何故?

俺は今部屋で寝ていた、それ以外は何もしてない

それなのに何故ドフラミンゴは激怒している?

理解が追い付かずに困惑していれば鳥籠の格子の一部が糸へと変わり、ドフラミンゴは手を伸ばして俺の腕を掴み、そして鳥籠の外へと放り投げた

突然の事に動けずにいれば、何度も蹴られて踏み付けられた

 

「がッ!!あっ、ぅぐ!!いぁ、やめっ!!」

 

何度蹴られたか分からないくらい蹴られれば、ようやくドフラミンゴは暴力を止めて俺の前にしゃがんできた

 

「ぅあ…あ……」

 

呻き声しか出ない俺に気にせずドフラミンゴが話し掛けてきた

 

「随分と上手い事隠していたな?」

「……な、にが……」

「お前がさっき俺に伝えてきた薬の材料、何処かで見たと思ったんだ」

 

そう言って持っていた紙束を俺に見せてきた

 

「あッ」

 

それは俺がクルー全員に処方していた薬の素材と作り方をまとめた物

ドフラミンゴが船から幾つか品物を持って来たと言っていたが、まさかそれを持って来ていたとは思わなかった

更に言えば、それに目を通していたなんて、材料を覚えていたなんて誰が思う

 

「自由にさせすぎたな」

 

持っていた紙束を横向きにして、中央付近を片手で持ち、もう片方の手は摘まむように持った

それを見て何をしようとしているのかすぐに分かった

 

「待って……」

 

嫌だ

 

「止めてッ!!!」

 

何も言わずにドフラミンゴは紙束を引き裂いた

 

「……ぁ…………」

 

引き裂いて

 

束ねて

 

また引き裂いて

 

手で裂けなくなったら糸で裂いた

 

細かく切り刻まれた紙が床に散らばる光景を俺は何も出来ずに呆然と見詰めていた

手を伸ばして紙片を拾い上げようとすれば、またドフラミンゴに蹴り飛ばされた

 

「ぅぐあ!!」

 

床に叩き付けられて咳き込めばドフラミンゴがこちらに歩いて来た

散らばる紙片を踏み付けて、蹴り飛ばして、そうして俺に近付いてくる

止めて、踏まないで、蹴らないで

あいつ等の為の物をそんな風に扱わないで

けど、そもそもそれを止められなかった事が悔しくて涙が止まらなかった

 

「ロー、お前はもう治療も薬を扱う事も許さねェ」

「……え?」

 

腕を引っ張られてすぐ目の前に顔を寄せられた

 

「今後一切、医療に関する事はするな。お前はもう医者じゃねェ」

 

サングラス越しの瞳がそのまま射殺してくるんじゃないかと思うくらいに怒気を孕んでいる

 

「ぁ、や……待って……ご、ごめ…なさ……もう、もうしないから……ごめんなさい、ごめんなさい!」

 

必死に謝った

何度も何度も、兎に角謝り続けた

それは、その矜持だけは奪わないで

 

「駄目だ」

 

切り捨てる様に言い放たれるとドフラミンゴは俺から手を離した

直後大量の糸が巻き付いてくれば、それは皮膚に食い込んで締め上げ、そして宙に吊された

糸の食い込んだ箇所から血が滲んで、糸が赤く染まっていく

 

「あがっ、あ…いぅ……」

「暫くそこで反省してろ」

 

言い残してドフラミンゴは部屋から出て行った

 

ギシギシと痛む体から滲み出てくる血が床に垂れる

 

「…ひぅ……うぐ、ぁ…………」

 

取り上げられた

医者である事を否定された

医者である事は俺の船長としての誇りだった

だけどそれと同時に医者である事は、医学、医術は

 

もうずっと昔に死んだ家族との思い出だった

 

(父様、母様……)

 

ごめんなさい

 

貴方達から貰った物を、貴方達が残した物を俺は守れなかった

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