瞼の内側の内側は外側なんだね
いつかの夢現The night is long that never finds the day
(どんなに長くとも夜は必ず明ける)
ーW・シェイクスピア『マクベス』より
夢か現か
生か死か
白骨死体が埋もれる砂漠
血の染み込んだカーペットの上
足場で死体転がる森の中
空のパイロットスーツとデブリ漂う宇宙
変わりゆく果てしない景色、心安らぐ筈の風景に添えられたスパイスは不純物でしかない
とにかくその夢は残酷だった
地獄というのはこんな場所なのだろうか
走馬灯か、胎児の見る夢か、はたまた輪廻の根源から由来するのか
そんな心象風景に閉じ込められた ███ は、今も尚、体を丸め横たわっている
長い長い時間
いや、時間と空間の概念が通じるのかもわからないこの場所で過ごしていると
皮と肉が風化していくような
鯨の胃の中で意識が消化されていくような
長い時をかけ大地と結ばれていく化石になれたような気さえしてくる
もう
消えてしまいたい
そう願い目を閉じた
・
・
・
『ごめん…ごめんね…!ごめん。気付いてあげられなくてごめん。助けてあげられなくてごめん…!!』
またこれか
生と現を諦めてしまおうかと思う度に、髪色と髪型が一致した2人組
つまりは誰かが誰かを抱きしめて泣きじゃくる
そんな風景が割り込んで邪魔するのだ
もう何度目だろう
それに…
あの子たちは誰だっけ
「もういいよ」
今度こそと目を閉じる
・
・
・
・
・
「おい!起きろよー」
「え」
不意に目が覚める
しかし辺りを見回せば違和感に気付く
いつもの混沌とした心象風景じゃない
初めて見る…いや、確かに来たことのある場所に私はいた
どうやら、芝生で眠りについていた私を彼女が起こしたようだ
「も〜何ボケっとしてんだよ」
亜麻色の髪を後ろに結んだ活発そうな少女
自分以外の人間を見るのは久しぶりだ
度々現れる幻覚の少女と少し似ているような気もするが気の所為だろう
どちらにせよこれも夢であることに変わり無いだろう
そう認識しても白昼夢に浸ったような感覚は抜けない
彼女の言葉も耳をただ通り抜けていく どこか不思議だ
可笑しな夢
私は全てを忘れている筈だった
夢とはこれまでの記憶と経験で形作られるらしい
無から何が生まれると言うのか
この夢が私の記憶からの産物であることはありえないはずだ
「この手帳、お前のだろー?
もう落とすなよ!」
何かを私に押し付けて
彼女は走り去ってゆく
「手帳…?」
誰のだろう
いや 落とし物って言ってたし私のか
そう思い浮かべながら何気なくページを捲る
ポエムだろうか
愛している誰かを想う…そんな内容
だからといって特別表現が優れているわけでも目を見張るものでもない
しかし…何故だろう、どこか親近感が湧いてくる
まぁ…悪く無いかもという心情の元、結局ページを捲る動作を止められない
しかし、あるページで手が止まる
『私はフェルシー・ロロに憧れている
あなたに成りたいのは憧れ
抑えられないのは情動
なりたくてなりたくてなりたいでもなれない』
そこには残酷で猟奇的な文章が羅列されてい
「違う」
無意識に自身から出た言葉に驚く
「私 こんなの書いてない」
続けて言葉が漏れる
気付けばそのページを破く自分がいた
私の中の何かは無我夢中だ
いつのまにか持っていたペンで手帳に書き込み始める
もう止められそうにない
『私はフェルシー・ロロに憧れている
あなたに成りたいのは憧れ
抑えられないのは緊張』
やめろ
『あなたは太陽
私はイカロス
近づきたくて近づきたいでも近づけない
身を焦がし重力に溺れる
そんなのは嫌だ』
なんなのこれは
『だから私はここにいる
遠くであなたを望む
それでいい』
「もうやめて!!」
手帳を投げ捨てる
理由はわからない
けれど何故か苦しく虚しい、そんな湧いて出る思いは胸を一気に充満させてみせたのだ
この手帳主は誰
何てものを書いてくれたんだ
私を追い詰めるには十分過ぎる
もうたくさんだ
肩を震わせながら立ち去ろうとする
「…」
神の悪戯なのか
投げ捨てたそれ
手帳の最後のページがふと視界に映る
遠くから見るに
一文が添えられた落書きらしい
筆跡が異なることからこの手帳主とは別の誰かが書き込んだのだろうか
そういえばさっきの少女、ペンを握っていたような…
いや、それでも見る理由はないと自身に言い聞かせる
しかし、私を引き留めるように一瞬吹き荒れる風が最後のページを開く
まるで魔法みたいに
そして、そのページに目は釘付けになる
「あ ああ」
気付けば白いだけの心象風景にいる
そこで私は泣いた
ごめん ごめんね
赤子のように体を丸めて声をあげて
長く長く泣いた
なんでこんなこと忘れていたんだろう
何であの人を
あなたのことを忘れてしまっていたの
今の今まで私は何をやってたの
何が 消えてしまいたい だ
何が 忘れて欲しい だ
「会いたいよ」
長い長い時をかけて
偽り押し殺していた本当の思い
私が求めていた
吐き出したかった
祈り願っていた
描いていた夢
記したかった言の葉
ようやく見つけ出せた
涙を拭いて進み始めたのはしばらく後のことだった
進む毎に心象風景は移り変わる
この調子ではここから現実で意識を取り戻すことなんて先が思いやられてしまう
果てしない旅路の始まりに果たして終わりはあるのか
そんなの私にしかわからないことだ
歩みを止めることはなく
地平線に向け手を伸ばし
告げる
「待ってて」
今なら何にでも届く気がした