瞳の中に巣食う者

瞳の中に巣食う者


「おれたち例の病を調査してるんだ!」

「あんたが薬を持っているなら、少し組成を調べさせてくれ」

「断る」

「あっ!待ってくれ!話を…」

目の前でバタンと勢いよく病院のドアが閉められた。ローが引っ張ってくれなきゃ足の蹄をぶつけてるとこだ。

「これで6軒目か」

「なんで誰も薬を見せてくれないんだ?ローは医者だって皆知ってるんだろ?」

「……だからだろうな」

だから。だからって、どういうことだろう。

「薬とやらをバラ撒いてる医者…"M"にとって、まともな医者に組成を調べられちゃ都合が悪いって話だ」

「え?でも……」

「チョッパー、医療者にもクズはいる。…お前が医者と認められねえような奴はな」

それだけ言って、ローはまたすぐに歩きだす。

何でもない風にしてるけど、すごく焦ってるのはおれにも分かった。ドラムにいた頃からいつも歩幅を合わせて歩いてくれていたローが、隣に誰もいないみたいに早足で人の隙間をぬって行くくらいに。

ドクトリーヌは、ヤーナムでも昔ひどい流行り病があったって言っていた。

ローにとってこの国は、子供の頃の、人を救う方法をまだ持ってなかった時代の故郷に似た姿なのかもしれない。

人の命を救うにはそれなりの知識と医術が、医者としての腕がいる。

だからローも、おれだって精一杯勉強してきたんだ。沢山の人達が積み上げてきた医学に、それを継ぐおれたちに、この国を癒せるだけの力があるって信じたい。


ドレスローザの街で分かったことはいくつかあった。

まず分かったのは、流行り病の症状。

患者探しを始めるより早く、傷だらけの男の人がローに掴みかかる勢いで声をかけてきた。傷の治療を勧めたおれに、自分はいい、どうか彼女を治してほしいって泣きながら。七武海になったローは、腕の良い医者としてもよく知られてるみたいだった。

男の人の家では、細身の女の人がベッドに縛り付けられていた。

真っ赤な瞳を見開いて、ランブルボールを食べ過ぎたみたいに、丈夫そうに見える縄も布も引きちぎれそうなほどひどく暴れていた。

この病の患者は瞳が赤く染まり、我を忘れて暴れ、どんな傷もすぐ治るような強靭な体を持つ。噂通りの症状だ。

ローはそんな患者を一目見て、すぐに暖炉から火のついた薪を引き抜いてきた。

赤目の患者は、火を恐れる。噂には、無かった特徴だった。

暴れてたのが嘘みたいにベッドに縮こまった患者と緊張の糸が切れて呆然と座り込んだ男の人を見て、ローは目元が見えないくらい深く帽子のつばを引き下ろした。

次に、最近になって病を抑える薬が配られるようになったこと。

なんでも"M"っていう医者が作った飲み薬で、しばらくの間病の進行を留める効果があるらしい。でも効果は一時的で、ずっと買い続けないといけない。

おれたちに患者を診察させてくれた人は、港の荷運びを仕事にしてた自分じゃ今はお金が無くてとても買えないって。それこそ医者や銀行員、賞金稼ぎでもないと手に入らないものなんだって暗い目で呟いた。

"M"は薬の解析を禁止してるみたいで、取り扱いのある病院を巡ってもずっと門前払いが続いてる。ほとんど急ぎ足で街を進むローの背中から、盗み出すかって言葉が小さく聞こえた。

そして、世界政府の主導でロックダウンが進んでいること。

ほとんど近海にあるみたいなヤーナムに医療の大きな部分を頼っていたドレスローザじゃ、渡航禁止のせいで医者も医薬品も足りなくなった。だから皆、一番効く薬をくれる"M"を頼りながらじっとグラン・テゾーロを待ってる。

今、この国からヤーナムや他の国に逃げ出す確実な方法はそれしかないからだ。

支部の海兵が撤退してしまったことも、多くの人達がグラン・テゾーロに乗りたがる理由の一つになってるんじゃないかってローは言っていた。


8軒目の病院からも締め出されて、ついにローは立ち止まった。おれももう、病院に頼んで薬をもらうのは無理かもしれないと思い始めていた。

「なあ、ロー…」

「ロー!!ねえ!ローだよね!?」

おれの声を遮って、通りの向こうから女の人の大きな声が聞こえてくる。振り返って見てみたら、桃色の髪の誰かがこっちにブンブン手を振っていた。

「レベッカ?」

「今すぐ一緒に来て!!!」

ローの知り合いらしいレベッカは、スカートの裾をまとめて握って風みたいに走り出した。この格好じゃ追いつけそうにない速度だ。ローがそのまま追いかけてたら、本当において行かれるところだった。街中で変形すると目立つから、運んでもらわないといけないのはちょっと大変だな。

「ヴィオラさん!お医者さん連れてきたよ!!しっかりして!!!」

「あ…ああ……わ…たし、私……おかしいわ…………」

レベッカを追いかけた先に、うずくまる黒髪の女の人が見えた。

首を何度も何度も振りながら、ずっと両目を抑えてる。

「……何を"視た"」

ローの低い声に、レベッカがはっと息を呑んだ。

「私、私が悪いんだ…地下の調査に行く皆が心配だなんて言ったから…!!」

「地下遺跡を覗いたのか!?」

「二人とも!!!」

うずくまる姿から目を離さず叫んだおれに、二人の視線が集まった。すごく、すごくイヤな感じに全身の毛が逆立つ。

ヴィオラと呼ばれた人は瞳孔の開ききった目で宙を虚ろに追ったまま、見えないナニカに掴まれたみたいに、首をがくんと持ち上げた。

ローの刀が、誰も触れてもいないのにガチガチと震えて鍔を鳴らす。

赤いいろに囲まれた口が開いて、夢の中みたいにおぼろげな声がこぼれた。


「さあ、呪詛を。彼らと共に哭いておくれ

我らと共に哭いておくれ…」






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