睦言擬き

睦言擬き



悪性バグスターと戦うために手にしたドライバー。その副作用の若返りにより、私は家族と離された。息子から父と認識されなかった瞬間から私の絶望は始まった。

背徳の関係を結ばせたのも、絶望によるものだろう。私だけでなく、共に戦ってきた皆が絶望し狂っていってしまったのだ。

正宗も清長も、恭太郎も。



持続的に軋む音と、短い嬌声と荒い息遣い。

これが私がいる部屋の音の全てだ。

私はいま妻以外の人間と肌を重ねている。よりにもよって戦友とも呼べる恭太郎と。

糾弾されるべき事実だ。好き好んでこうしているわけではないのだが弁解できるわけもない。


「灰馬…舌、出せ」

「……ん、ぅ…!」


互いに貪るようなキスは嫌いだった。理性を無くした戦友の顔を至近距離で見ることになるから。


「恭太郎…急に動くな…ッ…! せめて動くって言ってから動けッ…!」

「…黙れ…ッ…! そんな悠長なことできる余裕なんてあるわけ…無いだろ…!」


無理矢理に突き動かされるのも大嫌いだ。ただでさえ慣れない刺激をモロに喰らう。恭太郎に抗議しても聞き入れられたことは一度もない。それがより嫌悪を掻き立てる。


だがそれらよりももっと嫌いなことがあった。

幾度かの絶頂を迎え、興奮の熱が冷めて落ち着いてくる頃合が一番嫌いだった。

そういう時は決まって最悪な考えが頭に浮かぶからだ。

このまま元に戻れなかったら。

家族に私と気付いて貰えないまま、戦い続けることになったら。


そんなことになったら、私は───


「灰馬」


呼びかける穏やかな声に反応するより先に、むんずと鼻を摘まれた。


「?! …何するんだ急に」

「考え事は中断されただろ?」

「…何?」

「お前が真面目くさった顔してるときは大抵碌なこと考えてないからな。そういう時はこっちも見ていて良い気分じゃないんだ」

「…なんだいそれ…。…そんなお節介焼く余裕、さっきの行為の時に回して欲しかったな」

「うるさい。悪かったな余裕が無くて…」

「……おや、叩いてこないんだね」

「叩いて欲しいのか?」

「冗談じゃない。これ以上痛め付けられるのはごめん被るよ」


いつもの狂気的な怒りの側面が見えてホッとする。危ない危ないこれ以上彼に心を傾けてしまえば取り返しがつかないことになる。私には帰らないといけない場所がある。この関係も感情も一時だけのものでしかない。のめり込んではならない。


それでも彼の温もりや穏やかな気遣いに安心と愛着を感じてしまうことを今だけは許して欲しくなってしまった。




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