眠れぬ夜。#小鈎ハレ
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眠りたくない。
……もう何十時間、睡眠を取っていないだろうか。
少なくとも三日、いや一週間……それとももっと。
机の上には無造作に積み上げられた、数十本もの妖怪MAXの空き缶の山。
……もうまともな理性なんてとっくに働いてなかった。キーボードを打つ指先も緩慢だ。いつもなら片手間にこなせるような簡単なハッキングでさえ、今はちっとも手につかない。
眠い。瞼が重い。カフェインの過剰摂取で誤魔化すのにも限度がある。ほんの数秒でも目を閉じたままでいたら、私はたちどころに眠りに落ちてしまうだろう。
それでも、眠りたくなかった。
だって眠ってしまったら、またきっと……「あの」夢を見てしまいそうで。
いやだ。ねむりたくない。ねむりたくない。
やだ。やだ。やだ────
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『■■■■、■■■■■■、■■■■■■ーー!!!!』
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「…………っああああああああああああ!!!?????」
……自分の悲鳴で跳ね起きた。
我に返って、机の上のデジタル時計を見る。ほんの十数分ばかり意識がシャットダウンしていたみたい。
だけど、そのたった十数分で……ブラックアウトした目の前のスクリーンに反射した自分の顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになってて。
呼吸が荒い。
上手く息ができない。
……私、いつもどうやって息をしてたんだっけ?
すう、はあ、すう……乱れた呼吸を意識的に整えながら、頭の中からさっきまでの悪夢を必死に追い払っていく。
……大丈夫。アレはただの妄想。
私自身が直接何かをされたわけじゃない。だから大丈夫。アレはただの悪い夢。現実なんかじゃない。
──そう。私に、とっては。
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あの日。
拉致されたユウカを助けるために、私達ヴェリタスは犯人のアジトを突き止めて、ユウカの監禁場所まで救出部隊をナビゲートする役割を任されて。
そして……アジトの中にドローンを潜入させて、ユウカの監禁されている場所を見つけ出すのが私に与えられた役目だった。
ユウカがいる部屋までアテナ3号を潜り込ませること自体は赤子の手をひねるようなもので、ほんの十分にも満たない時間で作業は済んだ。
そうしたらあとは、救出部隊をその部屋まで誘導して、作戦が完了するまで待機するだけ。実に簡単な仕事だった。
そうして、私は。
救出に向かったC&Cがあいつらを蹴散らしてユウカを助け出すまでの数十分の間、
アテナ3号に仕込んだ高精度のビデオカメラと集音マイク越しに、ただずっと。
泣き叫ぶユウカの姿を。
彼女を好き放題する獣じみた奴らの所業を。
大切な友達の心とカラダが穢されて、踏みにじられていく光景を。
何もできずに、ずっと、ずっと──見ていることしかできなかった。
……頭では、理性では分かってる。
あの時はあれが最適解。ああするしかなかった。
ステルスに特化させたあの時のアテナ3号の装備じゃユウカを助けることなんてできなかったし、下手にあいつらを刺激したら、逆上した犯人がユウカに危害を加える可能性だってあった。
私は合理的な判断をした。最も犠牲の少ない選択肢を選べた。そのはずなんだ。
……そのはずなのに。
あの日からずっと、頭の中でもう一人の私が囁いてるんだ。
あの時私が、もっとに早くユウカを助けられていたら。そうしたらユウカの傷だってきっと、今よりほんの少しは軽くなったはずなのに……って。
おまえのせいだ。お前が日和ったからユウカは余計に傷ついた。だからユウカがああなったのはお前のせいだ。お前が悪いんだ。お前のせいで。お前の──
──わたしの、せいだ。
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頭の中に響く声を振り払うように、また一本、エナジードリンクの缶のプルタブを開けて、中の液体を一気に喉奥に流し込む。
……味なんて何も感じなかった。
喉の奥に渦巻いていたのは、苦々しさと後味の悪さ。そして……吐き気がするような自己嫌悪と、罪悪感。
私は、ただの傍観者だった。
我が身を危険に曝すことなく安全圏から高みの見物を決め込んで、そのくせスクリーン越しに見た光景だけでわざとらしく傷ついて、トラウマを負った可哀想な被害者を気取っている。
だけど……私の痛みなんて、苦しみなんて、当事者のユウカに比べたらどれほどちっぽけなものだっていうのだろう。
……眠りたくない。
眠ったら、きっとまたあの悪夢を見てしまう。たったそれだけの残響ですら、私にはとても耐えられなくって。
「……ごめんなさい」
口をついて出たのは、そんな掠れた言葉。
「ごめんなさい、ユウカ……ごめん。わたし……たすけられなくって、ごめん……」
謝罪ですらない、ただ自分の心を救うためだけの浅ましい懺悔の声は、当然ながら誰にも届くことはなくて。
……私は今日も、眠れぬ夜に怯え続けていた。
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