真芽津くんの話

真芽津くんの話


(うぅ……頭が痛い……)


頭の中でネズミか何かが暴れまわっているかのような激痛だった。

視界はぼやけ、立ち上がると体は鉛のように重い。

よろよろと廊下の壁にぶつかりながらなんとか洗面台の前にきて鏡を見て驚いた。


「死んでるみたい」


たまにそんな心無いことを冗談で言われているが、今日の僕はそう呟いてしまうほどの顔をしていた。


顔を洗い、水を一杯だけ飲んでベッドまで戻ってくる。

本当は朝食でも食べてすぐに本部に向かわなくちゃいけないけどどうもそれどころではなさそうだ。


スマホを取り出し、部隊のみんなにメッセージを送る。

そう言えば、仁科さんも熊谷君も、そして隊長もみんな丈夫で病気になるところが想像できない。

みんな運動して体を鍛えているからだろうか


「僕も鍛えてるんだけどなぁ」


なんて、情けないことを呟きながら僕はベッドに沈んでいった。


―――――――――――


夢を見た。

仁科さんと熊谷君が一匹のモールモッドと戦っている。

ああ。後ろから別のモールモッドが来ている。伝えないと。

でも声でない。ああ、早くしないと2人が危ない。


そう思った途端、仁科さんが振り返り目の前まで迫っていたモールモッドを撃破する。

2人の目の前にいたモールモッドは熊谷君が倒したようだ。


「危ない危ない」

「ありがとね」

仁科さんと熊谷君が感謝の言葉を口にする。


「当たり前でしょ。アタシがオペやってんだから」


それに答えたのは隊長だった。


ああ。そうか。隊長がオペをやっていたのか。

僕ができるオペの仕事。ただ、僕よりも凄いオペの仕事を。


「じゃあ、アタシもそろそろ合流するわ」


そう言って隊長がイーグレットを持って2人に近づいていく。

ここからは僕が絶対にできない仕事を彼女はするのだろう。


―――――――――――


「……」


嫌な夢を見た。

ぐっしょりと気持ち悪い汗が僕を包む。

これは体調が悪いからなのか、あの夢のせいなのか。


窓から外を見ると、雲一つない美しいオレンジ色の空が広がっていた。

長い時間眠ってしまっていた。もうこんな時間か。これから樋口隊の防衛任務が始まってしまう。


行かなきゃ。そう思うと同時に、先の夢を思い出し自分の存在というものを問う。

『本当にお前は必要か』あの夢にそう問われた気がしてならない。


今までずっと、自分はボーダーに必要だと言い聞かせ続けた。

ただ、本当に自分は必要なのだろうか?

自分の部隊ですら隊長がいるじゃないか。

隊長の方がオペとして指示を出せる。現に落とされた後彼女が指揮をすることも多かった。

別にオペレータの仕事をバカにするつもりはない。ただ、僕はみんなと比べてちょっと機械を触れるだけでそこまで凄いオペじゃない。


今日の防衛任務だって、本当は僕がいなくても、何も変わらずに進んでいるんじゃ……

だって、隊長は僕よりも



ぴんぽーん



……このタイミングでの来訪者に一瞬心臓が止まってしまったかと思った。



ぴんぽーん


「・・・??」


もう一度インターホンが鳴った後、ドアが激しく叩かれる。

隊長の声と共に。


「ちょっと!生きてんのなら早くあけなさいよ!」


僕はふらふらと玄関へ向かう。

扉を開くとそこには大きなビニール袋を抱えた隊長がいた。


「えと」


何を話していいのかわからず、言葉が詰まる。

そんな僕に対して隊長は聞いてきた。


「あんた大丈夫なの?」

「えと、防衛任務は?」


「そんなのたまたまいた陳隊に押し付けてきたわよ

で、アタシはあんたが大丈夫なのかって聞いたのよ」


「ごめんなさい……」


隊長は大きくため息をつき、勝手に部屋に上がってくる。


「大丈夫じゃなさそうね。悪いけどキッチン借りるわよ」


―――――――――――


その後は隊長仁科さんや熊谷君から渡されたという栄養ドリンクやスポーツドリンクなどを冷蔵庫にしまい、袋からご飯を取り出す。


「ごめん……」


「別に謝ることじゃないでしょ。こっちも急におしかけて悪かったわね

えと……こんなもん……?もうちょっとどろっとしてんのかな?」

スマホに顔を近づけながら鍋と交互に見比べる隊長。

しばらくスマホと鍋を交互に見た後、彼女は火を止めた。


「多分こんなもんだと思うから、ちゃんと食べて寝るのよ」


それだけ言い残した彼女は玄関へ向かう。


「ありがとう」

「どーいたしまして」

彼女は振り返ることなく左手だけひらひらと振りながらそう答え、玄関で靴を履いている。


そんな彼女を見て、ある質問をした。

今考えても、なんでこんなことを聞いたのかわからない。

もしかしたら熱で頭がおかしくなっていたのかもしれない。

はっきりとしてほしかった。自分という存在が必要なのかを。


「隊長。僕は樋口隊に必要なのかな・・・??」


隊長は振り返り、じっと僕の目を見ながら答えた。

彼女の水色の瞳がとてもきれいに感じたのを覚えている。


「必要ないやつなんかアタシの隊にいれないわよ」

それだけ言った後、彼女は背を向け玄関のドアを開く。


「とっとと治しなさいよ。その間防衛任務入れられないんだから」


と言いながら。


「うん。もうちょっと待ってて」


僕はそう答えた。

その後お皿をとるために、食器棚へ向かう。

朝と違い、少し体が軽くなった気がする。

Report Page