真人♀凌辱孕ませSS 2話『呪胎告知』
その日は特に気分が悪かった。
この生活に気分のいいことなど一つもないのは常だったが、こうも気分が悪いのは初めの頃、虎杖に抵抗して鳩尾に強く当身を入れられた時以来だ。
その時は何度も吐いて、その度に殴られた。
この体は治りが遅い。
……だが、この日の前日は特に強く体を痛めつけられたわけでもない。
苛まれ、貶められたのは尊厳だけだ。
にも関わらず、臓腑が掻き回されるかのように胸が悪く、吐き気がひどい。
俺にはこの不調の心当たりが見当たらなかった。
あの時、より人間に近い形に魂を作り変えたせいか。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
息が切れる。目の前が眩んで立ち上がれない。
随分前からストックを補充することもなく、からっぽのままの胃袋を引っくり返して吐き出しそうな衝動は、吐いたらまた虎杖に殴られると思って必死に堪えた。
体が重い。響く頭痛に耐えながら壁に体を寄りかからせる。
これまでの俺ならこんな思いをすることはなかった。
理由もなく不調になることもなく、体の傷は俺の魂には届かない。消耗したとて補完の速度は他の呪霊よりも数段早い。
……術式を失くした今、魂の形を保つことによる肉体の修復は効かない。
いや、俺の魂はもう折れている。たとえ術式があったところで魂の形が保てないのであれば、俺はもう立ってもいられないのだろう。
これまで強固に保っていた俺の魂の形は、今――、
「……え……あ……?」
――そんなことを考えていて、初めて気づいた。
もう魂の形を変えることもできなくなり、意識していなかった魂の認知。自身の肉体の中に感じる魂の『異変』に。
――俺の中に魂がもう一つある。
背筋を悪寒が駆け抜けた。
自身の体内にあるはずのない“異物”の存在を認識して初めて、著しい悪心が湧く。
……何も自分の肉体の中に他者の魂があることに慣れていなかったわけじゃない。
以前はストックとして大量の小さく折り畳んだ人間を呑み込んでいたのだから。その時俺の中では夥しい数の魂が蠢いていた。
今、俺の中にある俺以外の魂は一つ。
それに対して何故それほどまでに嫌悪を感じたか。それはきっともうその正体が分かってしまっていたからだ――。
それは発生したばかりの、無垢で小さくか弱い魂。
それが俺の肉体の中に根を張り息づいている。
小さな魂が灯る在り処は、俺の腹――下腹部の丹田。
その位置が何を意味するか。
――悍ましい。
そして何より、その魂の存在を感じてすぐに気づいてしまった。
俺の中で萌芽した魂、その起源は混じり合っている。
――呪いと人が。
生物のDNAが受け継がれるのと同じように、魂の組成の一部も親から子へと継承される。
血縁は魂同士の拒絶反応の強さに大きく関わる。
『多重魂 撥体』、『多重魂 幾魂異性体』。
自身の術式効果に影響するそれの見分け方を、俺は確かに把握していた。
それが今だけは不幸だった。
それが分かっていたからこそ、否定させてくれる隙すらも無情に潰え、俺は理解してしまった。
俺の腹に――胎にある魂は。
――その親たる魂の片方は、俺で。
もう片方は。
「あ、あ、あぁあ」
――虎杖悠仁。
俺は虎杖に妊まされた。
俺は虎杖悠仁に犯され続け、命を妊ることなどあり得ぬはずの呪いの器にその精を注がれ続け、胎に孕んだ卵を犯され、受胎した。
殖えることなど非ざる呪いの身の上で、悍ましい人と呪いの間の子を身に宿してしまったのだ。
「お゛え゛、え゛っ、お゛え゛ええ……ッ!!」
その事実に耐えることはもうできなかった。
飛び散る胃液が床を跳ね、虎杖に着せられた衣服に染み込む。
だが俺は今そんなことを気にしていられる精神にいなかった。
内臓ごと吐き出しそうな嘔吐。
――いっそこれで胎児まで吐き出してしまえればいいのに。
そんな思考が過った。
当然そんなことはできるはずがない。人間の胃と子宮は繋がっていない。
術式で自分の形を自在に変えられた頃ならともかく。……今の俺の肉体の形は不自由な人の形という檻に囚われている。
それでも反射的に、縋るように自らの腹に掌を当てた。
……何もできない。知っている。
「――真人、どうしたんだ」
足音もなく突如、その声が耳に忍び込んだ。
「うぁあっ!? あぁあ、い……っ!」
跳ね上がる体が恐怖で硬直した。
声を裏返し体勢を崩しながら、俺は慌てて自分の腹から手をどけた。――隠さないといけないと思った。
虎杖は俺の吐いた水溜まりを踏み越え近づく。ぱしゃりという音だけが響き、泡立つ吐瀉の水面に波紋が流れた。
虎杖はそれを一瞥する。
俺は全身が石で固められたかのように強張り、ぎこちなくしか動けない。
「体調が悪いのか……いつも思うけどこういう時、呪霊にはどうしてやればいいんだろうな」
俺の背中に手を添えた虎杖に、抱き寄せられる。
労るかのようにしていながら、無理矢理立たされる形になった俺は眩暈で視界が暗くなる。ふらつき、そのまま虎杖の胸に倒れ込んだ。
「ひゅぅ、ひゅう」
細い息を繰り返す俺の背が擦られた。背骨越しにその手の感触が俺の心臓へ恐怖を塗りつける。
虎杖は自分に服に俺の吐瀉物が付いて濡れるのも気に留めていない。
――まるで死の宣告をされているかのようだった。
殴られるか、床を舐めさせられるか。
自分の胸の中で跳ねる鼓動がうるさい。
――今、虎杖と触れ合っている俺の腹には。
……無意識に視線を落としてしまったのだと思う。
「――俺に何か隠してるだろ」
虎杖の冷たい目が俺を見ていた。
「ひ、う……、いいぃぃい!」
強く首を振った。それで済むわけはなかった。悪手を打ったと気づいた時には視界が弾けていた。――殴られた。
受け身も取れずに床に叩きつけられる。打たれた頬が骨の折れたような痺れる痛みを発していた。
「嘘をつくのはやめろ」
冷たい声に、体が動かなくなる。
片手で両頬を鷲掴みにされ、顔を正面に向けさせられる。
「ひ」
目が合った。その目だ。
無機質に凍えたその目に見られると、俺は虎杖に従うことしかできない。
「ひふ、ふぇ……ひぃ、い……!」
呼吸すらままならず、俺は必死に息を吸った。
目に溜まる涙で目の前が滲む。
答える猶予は長くない。あまり時間をかければきっと殴られる。
「お、れ……はら、ぁっ、たましい……、おれのなか……っ」
早く何か言おうとして舌がもつれる。
早く伝えないと。殴られる前に。
――言いたくない。こんなことが虎杖に知れたら、きっと悪いことにしかならない。
吐いた息が躊躇いに掠れる。
けれど今もただ俺を見ている狩人のような目に、逆らうことなど不可能だった。
「おれ……妊娠、した……。いたどりとの子……」
虎杖の目は俺を見たまま動かない。
「あっあっ…あっ、う、うそじゃない……!」
その目に恐怖が膨れ上がる。そうだ、俺の腹はまだ膨れていない。虎杖から見て、これで妊娠しているなんて信じられるだろうか。
信じてもらえなかったら。嘘をついていると思われたら。その恐怖で魂が掻き乱される。
「おれの腹のなかに、魂がみえてっ だからおれ…俺っ、も、もう、うそなんてついてないからぁ……っ!!」
だからなぐらないで。震えて震えて、両の目から涙がとめどなく流れ落ちる。
「――ひぃっ」
不意に虎杖の手が近づき、竦み上がった。
その手は俺の服の下に滑り込み、腹に触れた。
「ひっ ひゅっ」
息ができない。生ぬるい手の体温が気持ち悪い。
腹を撫でられた。まるで魂ごと撫でられるかのようだった。
虎杖がしたのは、それだけ。
「――う、え゛えッ」
けれど虎杖の手が離れた瞬間、堪え切れなかった不快感がからっぽの胃から喉をせり上がり、俺は再び嘔吐してしまった。
「ご、ごぇんなざい……っ!」
折檻に怯え、咄嗟に謝罪の言葉を紡いで後ずさる。恐怖で頭が熱を帯びて重く、ズキズキと痛む。
逃げることなんてできない。世界がぐるぐると回るようなひどい眩暈でがくりと頭が傾いだ間に、俺の体は抱え上げられていた。
「う、ぁ……」
虎杖の体温が触れる。鼓動を感じる。強い魂が傍にあるのを感じる。気持ち悪い。揺られる頭がまた吐き気を思い出す。
こういう時は決まってベッドに連れて行かれる。そして犯されるのだ。
この不調で虎杖の相手をさせられることを思い、もう意識を手放したくなる。駄目だ、殴って起こされるだけだ。
「うぅ……」
気づけばベッドに下ろされていた。吐瀉で汚れた服が脱がされる。
……肉ばかりで男の娯楽品にされるためだけのものとなった今の俺の肉体が晒され、それを虎杖は――。
「……う、あ……?」
そのまま虎杖は立ち去った。俺を置いて。
意味が分からなかった。
わずかな時間だけ、力が抜ける。
「悪いな、服がなくて。俺のシャツしか」
一枚のシャツを手に戻ってきた虎杖は俺の背に手を添え抱き起こした。
「腕上げろ」
何故そうするのかは分からなかったが、虎杖が俺にそれを着せようとしていることだけは分かった。分かったから、俺は大人しく従う。
虎杖の手を煩わせてはいけない。恐怖、その一心で今は意味も理解せず従った。
虎杖の存在が俺の恐怖そのものなのだ。その手に触れられれば魂が締め上げられるように竦み上がり、離れればやっと動けるようになる。
俺にシャツを着せ終えた虎杖は俺をそっと寝かせ直し、布団を掛け始めた。
――あれ。
その行動はまるで、人間が人間を看病する時のようだった。
――虎杖は俺を犯す気がない。俺がそのことに気づいたのは、今ようやくだった。
一気に力が抜ける。アレをされなくて済むという心の底からの安堵。それが俺の魂を包む。このまま意識が沈むままに身を任せ、久しい休息を取りたいと願った。
――駄目だ、違う。
それに気づいた瞬間寒気が走る。
そんなことに気づかなかった自分の魂の摩耗具合に愕然とする。
――虎杖は産ませるつもりだ。俺にコレを。
「いたど――、ゆうじっ!」
立ち去ろうとする虎杖の腕を掴む。
振り向く虎杖の目に魂を殺されそうになるが、必死に自分にできる限りの媚びた声を作ることに尽力した。
「セックスしよ……っ?」
自ら虎杖に行為を乞う。それがどんなに俺自身の魂にヒビを入れる浅ましい行為か。そんなのはこの体になった時点で同じことだと言うのに。
「駄目だ。妊娠してるんだろ? 大事な体なんだからそれはできない」
「あ……」
感情の籠もらない声が俺を打った。
やっぱりだ。
虎杖の意図が自分の想像通りであることを確かめ、一層恐怖が湧き出した。
「……やだ、……したい、したいっ おねがい、犯して……っ! 滅茶苦茶にしてっ! ねぇ、ねぇっ」
――したいわけない。あんな気持ち悪いこと俺はしたくない。
虎杖に払い除けられてベッドに転がる。
それでも虎杖に縋り付く。それしか俺には思い付かなかった。
「ねぇ、えっちしよ……? おれっ、ちゃんとするからぁっ……ゆうじのこときもちよくするっ おれのからだ好きに使っていいよ……? ほらっこの胸も……!」
虎杖の体にこの下品な脂肪の塊を押し付け、媚びた声を作って性交を乞う。俺の魂が軋む音がした。
虎杖の目だけが冷たく俺を見下ろす。
――ああ、これは。
俺の顔面を硬い拳が打ち抜いた。鼻梁が砕けて鼻血が散る。
……来ると分かっていても、今の俺には腕で防ぐことすらできなかった。
「ご、ごべんなざいっ! ごべんなさいっ、ごめんなさいっ」
腕で顔を庇い、謝罪の言葉を繰り返した。
俺はもうこの言葉に意味があるかどうかなんて考えて口に出してはいなかった。ただただ恐怖から逃れるために、何か努力をしなければという衝動の捌け口として口走っていただけというのが正しいだろう。
「ひぐッ ううぅ……ふぅう……」
立ち去る虎杖を追うことは俺にはもうできなかった。
体がベッドスプリングに沈み込む。
顔面、砕かれた鼻がじくじくと痛む。喉に流れ落ちる鼻血が気持ち悪い。息が苦しい。
重い体、腹の中には変わらず、小さな魂が息づいている。
――殺さないと。
自分の腹に掌を当てる。
術式はもうない。
魂には触れられない。
拳を握る。
自身の腹を思い切り殴りつける。
「ごふっ」
こんなの大した威力にはならない。
俺はもう呪力も練れない。
……人間が息をするのと同じように、呪霊として当たり前にできていた呪力を込める感覚も術式を発動する感覚も、今はひどく遠く、手が届かない。
分かっていた。
この細い小さいただの女の拳でどうこうできるとは思っていなかった。
だから虎杖のモノで潰すしかないと思ったんだ。
「うぐっうぅぅぅ……」
何度も何度も自身の腹を殴りつけ、喉に込み上げた胃液はせめて床に吐いておいた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ベッドシーツに突っ伏し、胸を拡縮させて息を吐く。
自分の中、感じる魂の脈動で分かる。
腹の中の魂に翳りはない。
未だ、胎は堕ちない。