真ミク面談feat.高杉

真ミク面談feat.高杉


澄んだ青空と、鮮やかな草原が広がるセカイ。その中心に一本だけ立つ木の前に、二人の人影があった。

一人は長い緑の髪を大きなツインテールでまとめた少女、初音ミク。彼女と相対しているのは赤い髪を無造作に結んで垂らした和装の男だった。

男が口を開く。

「つまり、最近カルデアから急にサーヴァントが消えているのは君の仕業だと」

「……うん、そうだね」

ミクは少しだけ言いづらそうに答える。男は本来彼女とは繋がるはずのない『英霊』という存在、カルデアのサーヴァントだった。

「急に呼び出したのは本当に悪いと思ってるの。でも、さっき説明したようにこのままじゃみんなのセカイが危ない……だからお願い、セカイを助けて。高杉晋作さん」

切羽詰まった声でミクは目の前の男──幕末の英雄、高杉晋作にそう頼み込んだ。


ある日、世界から音楽が消えた。音は溢れている。しかしそれをメロディに束ね、音符を乗せることを皆が忘れてしまった。

その非常事態に動いたのがセカイの狭間で想いを見守る初音ミクだった。音楽を消滅させるために化け物まで現れたシブヤを見て、助けてくれる存在が必要だと考えた。

しかし誰を頼るのか?ミクは戦う力もなければ、シブヤに介入することもできない。想いの持ち主たちも普通の人間であり、戦うことなどもってのほかだ。

だから彼女は探した。さまざまなセカイを辿り、あらゆる想いを覗き込んで。そして何の奇跡か、細い糸を掴んでようやく繋がることができたものが英霊、そしてカルデアという存在だった。

彼女は持てる力でもって英霊との縁を紡ぐ。想いを持つ者たちを守る、サーヴァントになってくれることを祈って。


高杉晋作もそのような意図で呼ばれた英霊だった。

彼の破天荒さは読めないところもあるけど、きっと『あの子』の大きな力になってくれる……そう思ってミクは彼を呼び出し、先ほどまで事情を説明していたのだ。

しかし、想像とは裏腹に彼は難しそうな顔をしていた。芳しくない反応にミクの身体に緊張が走る。それから数瞬もしないうちに一言、彼はこぼした。

「気に入らない」

心臓が跳ねるような気がした。このような反応もあると思っていた。なにせ、縁もゆかりもない誰かを急に呼び出して世界を救ってほしいと頼み込むのだ。歴史に名を刻んだ英雄だからといって感情がないわけじゃない。呼び出した時点で機嫌を損ねることだってあるだろう。

どうしよう、ミクの心に焦りが生まれる。頑張って呼び出したけれど、あまり時間は残っていない。きっと『あの子』はもうすぐ危険な目に遭ってしまう。目の前の彼に断られたら、もう……焦燥感と恐れに震えながら、彼女はおそるおそる高杉を見上げる。

彼もこちらを見ていた。眉を吊り上げた彼は口を開く。ああ、それ以上は聞きたくない──

「そんな面白い話、真っ先に僕を呼ぶべきだろう!」

「──え?」

拍子抜けした。彼は確かに不機嫌だが……もしかして、思っていた理由とは違う?

「音楽を失った異世界、しかも化け物が蔓延ってる。そのうえその世界は想いの力で異空間を生み出すことができるなんて……そんな面白い話、僕が乗らないわけないだろう! なんでいの一番に僕を呼ばなかった!?」

「え、ええと……」

「まあいい、出遅れたとはいえこの高杉晋作を選んだ君は慧眼だ。せいぜいその世界をめちゃくちゃに……いや、面白おかしく救ってやろうじゃないか」

今、めちゃくちゃにって言わなかった?

要するにこの男は、危機にある異世界という面白そうなシチュエーションに真っ先に呼び出されなかったことに不満を覚えていたらしい。ミクからすれば余裕がないので面白いと言われると複雑だが、同時に安堵もした。

やっぱり、『あの子』と気が合いそう。

ミクが心の中で笑っていると、高杉はしれっと歩き出し彼女の横を通り過ぎた。

「で、ここはいわゆるあれだろ? 異世界転生した時に神とかと喋るやつ。本格的に行くにはどうしたらいい」

「あっ、そうだね。実は高杉さんには力になってほしい人がいて……」

「というかこの木はなんだ? 音符の実なんて面白いじゃないか。食えるのか?」

「た、高杉さん! ちょっと待って……!」

「よく見たら顔が写ってるじゃないか! へえ、想いとやらと関係があるのか?」

気づけば高杉は既にウィッシュツリーの前にいて、実の一つに手を伸ばしている。

慌てて止めようとするが、もう遅い。

「ちょっと──」

ミクがそう言った頃にはもう彼の手は想いの一つに触れ、その場から消えていた。

「い、行っちゃった……」

まさかこんなことになるとは。わかっていたつもりだったが、やっぱり破天荒な人だ。

「どうしよう、高杉さんはどの子のもとに……」

そう呟いてミクは不安を抱きながら先ほど高杉の触れた想いを覗き込む。しかしそこに写り込んだ顔を見て彼女は目を見開き、そして空を見上げて微笑んだ。

「ふふ……きっと大丈夫そう」

写っていたのは少し癖のついた紫髪の少年。

「類くんをよろしくね、高杉さん」


その夜、シブヤにて。破天の麒麟児が空を駆け、少年の前に降り立った。



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