直死

直死


あぁ、べたべたして気持ちが悪いな。


私の心が戻ってきたときに真っ先に感じたのはその感覚で。

何気なく顔をぬぐおうとして手も濡れていることに気づいた。


視界がはっきりしてくるにつれて、それは赤黒い色をしていることがわかって。


「え…あれ?」


それが何だかわからなくて/わかりたくなくて、手から目を背けるように、目線をあげた。


「あ……れ…?」


凄惨。 その一言に尽きる。

少女達は例外なく地に倒れ付している。

ひしゃげた手足。

吐き出された血とそれ以外。

ぼそぼそとうわ言を言いながら、目が完全に裏返ってしまっている。

逃げ出そうとして足を叩き折られたもの。

正面から殴り潰されたもの。

わけもわからぬままに動けなくなったもの。


まるで災害でも通ったかのような惨状で。


けれど、転がる少女達は皆自分が知っている顔で

そして、その中で血塗れで立っているのは自分一人だった。


「ぁ、ぁ、ぁ……」


霧がかかっていた頭がどんどんと澄んでいく。

視界がクリアになって、少女達の顔がどんどん認識できるようになる。


「ぅぁ"……」


銀髪に褐色肌の切り込み隊長が虚ろな目で私を見ている。

地に転がるヒビの入ったメガネの側で、注射器が砕け散っている。

指揮を取っていたはずの行政官は、こちらに駆け寄る名残を残し、血の海に沈んでいた。


「いやぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」


悲鳴を上げて絶叫する。

いやだ、違う!こんなの違う!

私は、私は、


こんなことを望んでいたわけじゃ…!!!


そう叫びかけて。

それを言う資格がないことにはたと気づいた。


「あ、ぁぁ…」


ここでの日々は本当に楽しかった。

幸せで、満ち足りていて。

だから、これを皆にもわけてあげたいなって心の底から思って。


でも、一つだけ。

たった一つだけ目を背けたことがある。

見ないことにしたことがある。


それは


「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


わたしのしていることは『正しくない』ということ。


「私が、私が…間違ってたのに、…!!」


風紀委員と委員長としての仕事は面倒で、ギリギリで、投げ出してしまえるなら、投げ出してしまいたくて。


でも、正しくはあった。

必要なことではあった。

だから中々投げ出せなかった。


「なんで、私…!」


コッチに来てしまったとき。この幸せのためならこっちでいいやって思ってしまった時。『正しくない』けど、きっと良いことだと思いこむことにした時。


私、なんでこの子達を全員連れてこなかったのか、今ならわかる。


煩わしかったから

疲れてたから

どっちも嘘だとは言わない。


でも、止めてほしかったんだ。


「ぁ、ぁぁぁぁぁぁぁ。」


また叫ぶ。今度は細く、後悔と苦悩をにじませた、いつまでも続けられそうな悲痛な声。


なんて情けない。馬鹿みたい。甘ったれ。


あんなに重荷だったのに、心の奥底で頼って。期待して。その結果がこれ?


「ごめんなさい…ごめんなさい……」


自分の強さ/弱さなんて自分が一番わかっていたのに。


「弱くてごめんなさい。逃げてごめんなさい。謝ってごめんなさい。私のせいで…皆死んだ。」


殺した。

私が殺した。

正しいものを。期待していたものを。

すべて否定(ころ)した。


「だから、許して…許して……もう、無理…アレが、ないと、無理なの。」


だから、ゆるしてください。

もうわたしにはどうにもできないの。

なにもできないの。

なにもかもなくしてしまったの。

だからゆるして。


「砂糖は…砂糖はどこ…」


ちまみれのからだをかきむしる。

ぐちゃぐちゃにひしゃげたじゅうをふる。

いちみりもない。ひとつぶもない。さとうもしおもかのじょたちにつかいきった。

おもわずしゅういをみまわす。

あるわけない。わたしとたたかいにきたこのこたちがもってるわけない。


「行かなきゃ…ホシノが危ない……」


ああそうだ、がっこうにならたくさんある。

がっこうにかえろう。

そこでしあわせになろう。

しあわせなことだけみていよう。


「……。」


ちだまりのなかをあるいていく。

ぐちゃぐちゃとあしにやわらかいものがからみつく。

てが、あしが、はらが、あたまが、わたしのあしげにされていく。

ふむたびにきおくをおもいだす。

つらくて、ほめてもらえなくて、むくわれなくて。

それでも、わたしはこのこたちとふうきいいんだった。


「う”っ……う”え””えぇぇぇぇ……」


はく。いのなかにはいっていたものすべてがでていって、だれかのあかいちだまりとぐちゃぐちゃにとけあっていく。

ああ、それすらもあまいにおいがする。

わたしのからだはとうのむかしに、さとうになってしまったんだ。


「いいん、ちょう。」

「っ!!」


最悪の甘い香りが鼻をくすぐって。

私は自分の足元に、弱々しくそれが絡みついていることをやっと認識した。

ずるずると私に引きずられたそれは、ろくに動けないようで。

ただ細く荒い息をはきながら、私の脚にすがりついていた。


「ア、…コ……」


生きていた。いや、もう死にかけだ。

最後の力を振り絞って。私の脚にすがっている。


「ヒナ…いいんちょう…」


私が自分に気づいたことに半分だけ開いた片目でアコは少し嬉しそうにして、最後の吐息を吐き出すようにゆっくりと言った。



「ごめん、なさい…いいんちょう。わたしたちの、せいです。」



強い閃光と爆音がアビドスの校庭を包んだ。


本来であれば、彼女の自爆はヒナにとってはなんの有効打にもならない。

だが、幸運なことに、空崎ヒナは非常に消耗していた。数日間にわたる廃校連合に対しての連続強襲作戦。風紀委員会との数時間にわたる戦闘。そして、数十分間の自壊をいとわない暴走。

薬がきれ、精神を摩耗したヒナにとって、それは文字通り致命傷となる。



…だが、不運なことに、その日のヒナは。


「あ………」


今までで最もコンディションの良い日だった。


「アコ……?」


返事はない。当然だ。彼女が自爆するその瞬間。

すがりついていた彼女をとっさに蹴り飛ばしたのは自分なのだから。



無傷では済まなかった。片足の感覚がない。血がだらだらと流れ、焼けるように熱い。

だが、この程度では、自分はまだ、死ねない。


「なんで、あやまるの。」


返事はない。そこにあるのは、もはや原型をとどめない血の池だけだ。


「あななたたちのせいじゃ、ない。」


返事はない。私の目の前に広がるのは、ぐちゃぐちゃに壊した残骸たちだけだ。


「わた、しが。」


悪い。







空崎ヒナは死んだ。

息はしている。おそらく数日すれば足は戻らないが傷は塞がる。

だが、彼女は死んだ。


いつまでも、永遠に彼女のうつろになった瞳は見つめ続ける。

自分が作り出した地獄を。

赤い赤い死の光景を。

それから決して目を離さぬことが。

何よりの罰だと言うように。



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