目覚めのとき

  目覚めのとき


…楽しかったライブも残りあと2曲となった。

彼女にとってもそろそろ体力がギリギリである。

だがこのギリギリの状況が何故だか腹の底から笑顔がこみあげてくるほど嬉しい。

自分の限界を超えれるからだろうか?前に進み続けているからだろうか?

何にせよとてつもなくいい気分だ。全部出し切るくらいに歌うことにしよう。


「みんな‼次の二つの曲で最だよ‼最後まで楽しんじゃおう‼」


そう彼女が言うとまた会場は暗くなり残っているのはペンライトの黄色い光と星々の光、そして歌のステージの光のみだ。

柔らかなピアノの音色が奏でられ、優しく包み込む歌声が届けられた。


『世界のつづき』


争いや苦しみが無い歌に満ちた「夢の世界」をイメージして作られた曲。

ウタが理想とする世界の曲である。そしてシャンクス達と過ごしたあの懐かしき日々を思い出す曲の一つ。

シャンクスの後ろをついて行って彼と手をつないだあの愛しき日々。

それを歌いながらではあるが思い出す。

寂しかった時はこの曲ともう一曲を歌った。ただ一人では寂しいのでゴードンにもよく聴いてもらった。

ゴードンはウタを12年もの長い間エレジアで一人だった彼女を育ててくれた。

一緒に生活をし、とてもお世話になった。今も世話になっている。おかげで独り立ちが出来ないでいる。

苦労もかけて怒られたし喧嘩もした、だが彼女にとっては間違えなくシャンクスとは別のもう一人の父親である。そんなもう一人の『家族』にも伝わるように歌う。

彼は会場の最前列からウタのグッズを沢山身に着けウタの勇姿をしっかりと目に焼き付けていた。

毎日のランニングにも付き合い、彼女の為に料理も特訓し、歌のレッスンにも付き合っていた。

時間は国王という立場上多忙を極めていたが彼女のために合間合間を縫って行なった。

娘のようなウタが生き生きとしてライブを行えていることが彼にとって何よりも嬉しかった。

ライブが終わったらウタにはホイップましましのパンケーキを作る予定だ。

そう聴きながら彼が考えていると何故だか涙があふれていた。

サビに入ると音符の形をした蛍のような儚くも美しい光が会場からポツポツと湧き出る。ルフィは座りながら周りの様子を見渡す、光に包まれた美しい空間がそこにはあった。

また次のサビが入ると景色が変化する。

コバルトブルーの海と遠くに絵本のようなクジラが見えたと思ったら緑に囲まれた空間へと移り、夕日に照らされた街並みが見えたと思えば満月に照らされた草原と、入道雲がかかったものへと変化していった。


最後に夜明けを迎えるような演出で歌は終了する。

彼女自身もこの空間を維持できるのは最後の一曲だけだろうと踏んだ。

これで最後、全てを出し切るつもりだ。


「みんな!今日は私のライブに来てくれて本当にありがとう!次が最後の曲だよ!!次は私の一番好きな曲だよ‼私の全ての大切な人に向けて歌うよ‼」


元気よくウタが叫ぶと辺り一面を晴らすような壮大なメロディが響き渡る。


「この風は どこからきたのと問いかけても 空は何も言わない。」


ルフィは思い出す。

かつてウタが出会って間もない頃に歌ってくれたこの歌を。

勝負をして気分が良くなると歌ってくれたこの歌を。

この曲を聴くと懐かしいあの頃に戻れたように感じた。

それはシャンクスも同じだ。

ウタが中々泣き止まなくて仲間達と悩んでいた思い出も

ホンゴウ達には内緒で服や綿あめを買った思い出も

ウタが世界一すごい音楽家になると言った時の事も

全部あの頃に戻してくれるように感じられた。


さっきまで沈んでたような会場の雰囲気を晴らすようにウタは力強く歌う。

力強さとやさしさを持ったその歌声は聴く人々に安らぎを与える。

会場にいる全員に等しく安らぎを与えるその姿は健気で儚さを孕んだようにも感じられる。


クウは先ほどまでライブが終わるのを惜しんでいたが母と一緒にブルーのペンライトをリズムに合わせて振る。

ハンコックも彼女の勇姿を笑顔で見届ける。

結婚式でも歌ってくれていたが彼女が限界と向き合ってなお生き生きしてる姿はとても美しく強く感じられた。友としてこれ以上誇らしい事は無い。

ルフィは相変わらず笑顔でウタの歌声を聴いている。だがとても幸せそうだ。

一味やキッドやローたちもライブが終わるのを名残惜しく思いつつ最後の曲をそれぞれ楽しんでいた。

どこまでも歌声が届くように歌う。世界中に歌声がずっと届くように。彼女の歌がいつまでも残るように。


歌が終わった。歓声や拍手、ウタに対する感謝の言葉が送られる。

彼女もそろそろ限界だ。このライブが終わったらしばらくは目覚める事は無いであろう。

ルフィ達とこの後時間をとって再会出来そうに無い事が心残りだがそれでも幸せだった。

何故なら約束通りこうして来てくれたのだから。


だが彼女自身もこの素晴らしかったライブを終わらせたくはない。

そう思うと自然と頬に涙が伝う。

だがどんなに楽しくても人は現実に戻らなくてはならない。醒めない夢は無いのだから。

ウタは呼吸を整えるとファンの皆に向かってライブの終了を宣言した。涙ぐんではいるもののとびっきり明るい声で会場へと伝える。


「ありがとうー!!みんなのおかげで最高のライブになったよー!!次のライブでもまた会おう!!」


とめどないほどの感謝の言葉がウタに溢れてくる。達成できたことを実感できてとてもうれしい。


正面を見るとルフィとハンコックとクウ、それにシャンクス達が正面にいた。


何を言ってるのかわからないがルフィは精一杯感謝の気持ちを伝えてるようだ。

ハンコックも笑顔で手を振っている。

クウはすっかりウタの大ファンになったようでピョンピョン跳ねながら大きな声でウタへの想いを伝えている。

シャンクス達も昔のような笑顔でウタの方へと手を振っている。


こんなにも大切な人達に思ってもらえることがウタには嬉しかった。

ファンのみんなも笑顔で手を振り続けている。きっと彼女が退場するまでやり続けるだろう。


最後に負け惜しみ~♪のポーズを取り、皆の幸せに包まれながらウタはゆっくりと眠りについた。


楽しい夢は醒めたが、彼女の夢は始まったばかりだ。


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