目合い

目合い

傀儡呪詛師、死体処理専門の二級術師

やらかした。


部屋に入るなり一番にそう思った。火照った顔と熱いままの身体。着物と肌の間に付着する汗が身体の異常を訴える。発汗しては汗を拭っての作業を繰り返して今何度目?分からない。ただ分かるのは、自分は失態を犯してしまったこと。


事の発端は数時間前に行っていた任務。呪霊退治に勤しんで討伐していたところ、何処からともなく現れた呪詛師の攻撃を受けてしまった。眞尋から呪詛師の攻撃を庇って受けたが何の異常もなく、安心し切っていたのが運の尽きなのだろう。だって、分かるはずないじゃないか。


催淫作用を齎す術式だったなんて。


すぐに補助監督に受け渡して資料を覗き、少なくとも眞尋には見せなかった。知られたくないのもあったんだろう。今自分が発情状態にあることを。故に、風邪と称して部屋に篭り、扉の前で項垂れている。

「...まだ、治らない、か...はは」

身体の熱さで着物を緩める。いつもはきっちりと締めている帯も着物も袴も、少しずつ緩んで肌を出す。白い肌は汗ばんで、その顔も上気して赤くなる。白の寝巻きに着替えてベッドに座り直すも、全く熱さは引かない。それどころか増している始末。

こんな状態では到底彼女の前に顔を出せない。扉から出るなんて、そんなことできるはずがない。それは、何をするか分かったものではないからだ。仮に来たとしても、自分はきっと彼女を...。

「...っ、はぁ」

横に倒れ、枕に顔を埋める。脳裏に過った酷い妄想が自分を嫌悪の海へ落とす。今自分は何を考えたか。彼女に何をしようと考えたのか。

嫌だ、そんなことを考えるのは。意思を尊重して綺麗なままでいたいと考える反面、汚して溺れさせたいと言う欲が覗き込む。心配する彼女が部屋に来たならば、その腕を取って押し倒し、そのまま...。

そんな考えに行き着いて、身体ごと沈める。考える度に重く熱くなる身体と邪な方向へ振り切る思考。考えを打ち消しては生まれる嫌な循環に嫌悪を覚え、もう寝てしまおうと考えたその時。


「茅瀬、部屋にいる?」


声がかかった。

壁越しでも耳に響く優しい声。自分の最愛、愛おしい存在の声。

思わず思考が止まる。眠りに落ちようとしていた意識が覚醒して、咄嗟に身体を起こす。その行動は目に見えて遅いけれど、そんなことを考えている暇はなかった。

「眞尋、急にどうしたの...?」

身体の異常を抑えて、いつもと同じ声を出す。何の違和感も感じさせないようにするのは難しいかもしれないが、今の自分は彼女にとっては危険なのだ。離れ難いけれど、離れて欲しい。

そう願って声を出す。

「いや、ずっと部屋に篭ったままだし、さっき呪詛師の攻撃受け持ってただろ?...怪我とかしてないか、心配で」

「怪我、ね...反転があるから心配いらないよ」

「あ、あぁ...そっか。」

戸惑いを感じさせる彼女の声は、どこかぎこちない。いつものはきはきとしてしっかりした声色ではなく、澱んで窄み、不安を覚える声。何かあったのかと向かいたいのに、今の状態で行きたくない。

「ねぇ、眞尋...?」

「...ごめん、部屋に入っていいか?」

「えっ、?」

問いかけられた質問に、思わず声が溢れる。扉の前にいる彼女は今どんな顔をしているのか、聞き出したい衝動にも駆られるが今はそれどころではない。眞尋が部屋に入ったとしたら、今の自分を見られてしまう。いや、そうじゃない。

自分が何をするか、本当に分からないのだ。

「...ごめん、眞尋。部屋には」

「その、呪詛師の術式のことを聞いて...」

「...!」

届けられた言葉に目を見開かせ、扉に顔を向けた。そのまま眞尋は発言を止めることなく続ける。

「だから、今の状態も分かってる。それで...茅瀬が、入らせたくないんだろうって言うのも、分かってる。でも、...お願い。部屋に入れて。」

「...」

大きく響く鼓動とさらに火照りを加速させる熱。今、入れて仕舞えばどうなるのか。それを分からない自分ではないのに、入るなと一言言えない。寧ろ逆だ。このまま扉を開けてほしい。そして、自分のところまで来てほしい。

「...だめだよ、眞尋。今の俺じゃ、君に何をするか分からない。」

「いいよ、別に...。茅瀬になら、何だってされていい。してくれて構わないの。だから、...心配なんだ、入れて。」

どうして、いつも自分の望まない...嫌違う。

望んだ方向に振り切ってしまうのだろう。今一番欲しくない言葉で、欲しい言葉が彼女から出るなんて。

擦り切れた理性が静止を呼びかけても、欲がもう良いのではと問いかける。そんな事はしなくても、自分は何がしたいのか、どうしてしまいたいのか、どうしようとしているのか。もう答えは出てしまっている。

「...ごめん、勝手に入る」

開けた扉から光が差し込み、仄暗い寝室を照らす。ベッドに座って動かない自分の元へ、状態を知らない彼女が、眞尋がやってくる。髪も下ろして、いつもの仕事着ではない眞尋が。

「平気?」

額に手を当てて熱を測ろうとする右腕が肌に触れる瞬間、自分はその手首を掴んだ。掴まれた衝撃で困惑の表情を浮かべる眞尋を他所に、口を開く。

「何だってされていいって、言った?」

飛び出した声は低く威圧的だ。そう気付いたのは、彼女の微かに怯えた声が漏れ出たからだ。けれどその様子を見ても止める気にはなれない。箍が外れてしまったなら、尚更。

「してくれたって構わないって、言ったのかい?」

「...うん」

「されていいって?」

「あぁ、うん。言ったよ」

はっきりと答える眞尋の表情は真剣そのもの。その様子にははっ、と声と笑みが溢れる。何だい、その覚悟を決めてるみたいな顔。

右腕を引っ張り身体をベッドに上げて、そのままくるりと半転させる。驚いて声も出せない眞尋に覆い被さって、逃げられないように足を固定した。

「...ちせ?」

「前にもあったね、催淫作用が盛られた時」

きょとん、として呆然とする彼女には分からないと言う文字が顔に現れている。もう忘れてしまったのかい、と言葉を溢してそのまま続けた。

「部屋、と言うか家に2人きり。密室で、誰もいない。ベッドの上で、押し倒されて。今回はちゃんと最初から離しておいたのに。

ねぇ、今から何をされるか、分かるよね?」

その言葉に漸く眞尋の顔が強張る。それでもすぐに直して、口を閉じた。その目は前とは違って真っ直ぐこちらを見ている。

「...分かってるよ、流石に」

「本当に?」

ゆっくりと頷く。流れた汗が落ちて、シーツに染みを作る。言葉を飲み込んで、吐き出そうとしてごくりと一度息を呑んだ。そして、聞いた。

「じゃあ、いいね?痛くても、やめてって言っても、止めないよ。好きなように、君の身体を触っても、もう止めないからね...?」

「...だから、良いってば。

好きにして、遥。」

その言葉を皮切りに、部屋着の下から腹を弄る。擽ったいのか身を捩らせる彼女の顔が歪む。それを見て燃え上がる加虐心と独占欲が先走って、唇を重ねた。意のままに舌を捩じ込んで、絡める。一度は動揺した眞尋も拒否仕掛けるもすぐに受け入れ、身を任せた。

何れの時のように荒らして、なぞって吸い取ってまた絡めて。そうして糸を引かせて離れた時には、自分も彼女も頬を赤くしていた。

きっともう、火照る身体に待てと呼びかけてももう止められない。

「...好きにするね、眞尋」

安心させるように笑うと、彼女も笑い返した。今から行う事は、そんな優しいものではない。沈む腰と激っている熱を放出させる、自分勝手かついやらしいこと。それでも彼女は受け入れてしまうのだろうな、と考えて、自分は彼女の身体に指を滑らせた。








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