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「お前ら本当無茶させるよなァ……ほらコビー、水だ、飲めるか?」

「あ、ありがとうございます……」

「ゼハハハ!! 無茶も何もコビーは悦んでただろうが。見てたろ?」

「悦んでたとしてもこんだけ傷付いてんだぞ」

「あ、でも、これでもいつもよりマシな方なんですよ」

「マジかよ……」

「普段ならこうしてお前と話せてねェぞ」

「どんだけ無茶させてんだよ本当」

サーベル・オブ・ジーベック号の船内にて、和やかな様でそうでも無い様な会話をしている者達が居る。提督である黒ひげは膝に若い青年を乗せて笑っており、青年も黒ひげに身を委ねていた。青年は至る所に手の跡や痛々しい鬱血痕を残している。そしてそんな青年に手ずから水を飲ませ、黒ひげに呆れた顔を向ける若い男。青年は数ヶ月前から、若い男は一ヶ月前からこの船に乗っている。

「コビー、ちゃんと後で治療してもらえよ」

「はい、わかってます。いつもありがとうヘルメッポさん」

「跡残しておきたいからって黙っとくなよ、化膿とかしたら大変だってドクQも言ってたろ」

「はぁい」

「分かってんだろうな本当……」

「コビー、お前ェ黙ったら次アレ使うからな」

「え、ぁ、ご、ごめんなさい、ちゃんと言います」

アレってなんだろうな、でも聞いても碌でも無い物なんだろうな、というのがヘルメッポの顔に出ている。ヘルメッポはコビーにもう一度念押しをしてから、これまでの会話を聞いていたクザンの元へやって来る。さらりとした金髪を見ていると、ヘルメッポが首を傾げた。

「部屋、戻らないんですか?」

「や、戻るよ」

クザンがくるりと背を向けると、ヘルメッポは大人しく後を付いてくる。どうしてこんな状況になってしまったのだっけ、と、クザンは一人ぼんやりと思い出す。


期間にして一ヶ月。悩みに悩んだ末にコビーが出した答えは海軍に戻る事だった。自分がされていた事はあまりにも耐えられない事で、この船にいた方が自分を大事にしてくれる人達がいる。それでもやっぱり幼い頃からの、そして今になって見つけた夢は諦めきれないから、と。しかし海軍は、その一ヶ月の間にコビーを切り捨てる事を決めてしまったらしい。「ロッキーポート事件の英雄であるコビー大佐は海軍を裏切り、現在は黒ひげの傘下に居る」と世間に発表をした。ひらひらと空を舞っていた幾枚もの新聞を読んでコビーはその事実を知り、出した答えは無惨に踏み潰された。海軍の決定に怒った黒ひげはコビーを中に匿ってしまうし、コビー自身も限界まで保っていた心が遂に折れてしまったのか潰れてしまったのか、船の外に出る事を酷く嫌がる様になってしまった。そうして今までの数ヶ月間、クザンはこれまで以上に撮影係をやらされる事になったのである。

状況が変わったのは今から一ヶ月前。この船に、コビーの相棒であるヘルメッポがやって来た。あの正義のコートを脱ぎ捨てて全身黒尽くめの格好をした彼は、ガープやボガード、部下達にはきちんと話をした上で海軍を辞めたそうだ。勿論自分にだって夢はあるし目標もある、けれどそれ以上に親友を、相棒を利用した末に切り捨てた海軍に居る事は出来ないと言って。黒ひげ達は信頼していいものか疑っていたし、それはヘルメッポ側もそうだっただろうが、コビーが「ヘルメッポさん、嘘吐いてないです」と黒ひげに言った事で船に迎えられる事となった。ヘルメッポは黒ひげ達の行為に混ざる事を拒否し、クザンと同様撮影係を任される事にもなった。毎回毎回顔を顰めながらも、撮影をするクザンのサポートや何もかも終わった後にコビーを支えている。二人の関係に関しては、海軍に切り捨てられたコビーに情が芽生え、コビーもそんな黒ひげに絆されていった、と考えている様だ。なんだかアシスタントが出来たみたいだ、なんて現実逃避をしてしまう。

クザンがこの船にいるのは極秘も極秘の任務だ。けれどヘルメッポは違う。自ら海軍を辞めてこの場に来たのだ。そして恐らくコビーも海軍に戻る気は無い。そもそも海軍が世間に正式にあんな発表をした以上、コビーを再び海軍に迎え入れるなんてする訳が無い。どうにも不味い状況になった、と、クザンは心中で頭を抱えていた。英雄ガープ直属の部下であり弟子でもある彼らは優秀な海兵だ。二年前のあの戦争以来人手不足な中で無理に昇級させられ、それでもその階級に見合った力があり働きがある程には。コビーに関しては、異常な程発達した見聞色の覇気もある。彼のその力のお陰で──せいで、とも言うかもしれない──ここ数ヶ月、黒ひげ海賊団は海軍の船に見つかる、なんて事が無かった。そんな二人が海軍から抜けてしまったのだ。ガープやボガード、コビーとヘルメッポの部下も今回の件で海軍に不信を抱いてしまっただろうし。勿論そもそもの始まりは黒ひげがコビーを攫った事だろうが、そこから先には海軍にもかなりの非がある。どうにかしてこの二人を海軍に戻せやしないか、と、考えていると。


「アンタ、よくこんなの真顔で見れますね」

ヘルメッポの声に、顔だけ振り向いた。ヘルメッポは手にしたカメラで以前撮った映像を見ているらしい。そしてクザンは先程撮影した映像を見ながら編集作業を行っていた。

「そういうお前も、思ったより動揺してないじゃない?」

「まあ。なんつーか……あんまりにも普通じゃ無さすぎて、ガラス一枚隔てた向こうでやってるみたいな……そんな感じに見えてるからですかね。あと、コビーも合意の上なんで。あの傷跡はどうにかならねェか、とは思いますけど」

「……なんでこの船に乗ろうなんて思ったんだ?」

クザンの質問に、ヘルメッポは首を傾げる。

「この船に、コビー君がいない可能性だってあっただろ」

「ああ……」

ヘルメッポはカメラをクザンの横に置いて、編集中の画面を見ながら答える。

「そん時はそん時だと思ってたんで。でもなんとなく、コビーはここに居るだろうな、と思ってたんです」

「黒ひげに攫われたから?」

「はい。ま、そこから逃げ出した可能性だってあったけど……そりゃ無いかな、と」

「なんでよ」

「……コビーを海軍から攫う時。あいつを抱く黒ひげの手が、優しかったから。

黒ひげは気付いてたんじゃねェのかな、って。コビーが利用されてる事。それに怒って……なんて、馬鹿な事考えたりしましたよ。んな訳ねェのに」

今では、というか、前々からあの二人は両思いに近い関係だった、と、ヘルメッポは知らない。言わない方が良いだろうと、クザンは黙っている事にした。

「……そういやァ、不思議に思ってる事があるんだけど。聞いても良い?」

「なんです?」

「コビー君が、君は嘘ついてないって言ったから、ヘルメッポ君は今この船に乗れてる訳だけど。逆に言ったら、それだけでよく黒ひげが乗せるのを許してくれたな、と思って」

「アー……手土産があったんで、それのおかげじゃないですかね」

「手土産?」

「はい」

そんな大層な物を持っていただろうか。ヘルメッポは映像の中のコビーを無感情に見ながら言った。

「証拠です」

「なんの」

「海軍が、コビーをずっと黒ひげ拿捕の道具に使ってたっていう、証拠」

ヘルメッポは膝を立てそこに腕を置いて頬杖をつく。ハ、と息を吐いて何かを嘲笑う。

「記録も書類も音声も何もかも複製して持って来たんです。何かあった時に、それを一斉にばら撒ける様に」

「へえ」

「英雄が裏切り者だったってのは全部嘘で、本当はずっとずっと道具として扱って来て、最後には面倒になったから切り捨てた、なんて。そんなのが世界中に知れたら。少なくとも、信頼は地に落ちるでしょうね」

「それを、黒ひげに?」

「ええ。どこに仕舞ってあるのかはおれも知りませんけど。……なァ」

ヘルメッポは、冷たい目でクザンを見る。

「あんたは、コビーを裏切らないよな?」

低く冷たい声で吐き出された、その問いに。クザンはヘルメッポをじい、と見つめた末。

「裏切るも何も。何をすれば裏切ったって事になるのかね」

「……なら良いです。……にしても本当無茶させるなあいつら……」

映像の中のコビーの姿を見ながら、ヘルメッポは顔を顰めている。これを見慣れてしまった自分はだいぶおかしいのだろうな、とクザンは思った。

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