百獣ルート

百獣ルート


 侍たちの意地とプライドを完膚なきまでにへし折ってから何年が過ぎただろう。久しぶりに腕の立つやつが乗り込んできたらしいと聞いて口の端が上がる。しかもそいつは大勢の部下たちに追われながらも囲まれないよう上手く立ち回り、囲まれそうになったら防御の薄いところを狙って反撃し、あろうことか無傷でおれのところまでやってきた。

 手に馴染んだ金棒を握りしめ酒瓶を置いたところでおれとその男の視線がかち合う。さて、少しは楽しませてくれるのかと軽く肩を回せば、男は目を見張ってから渾身の力を振り絞っておれの前に飛び込んできた。

 ……たまにはサシでやってやるかという気分になったのに、大人しく降参すると言うならなんとも興醒めなことだ。酔いが醒めていくのを感じながら地面に這いつくばった男を覗き込んだ。


「本当に本当に夢じゃないのか!!!本物のカイドウさんだよな!アル…キングはいるか??」

「誰だてめェ。おれの右腕に何か用か…?」


 そいつはガキに毛が生えたくらいの年齢に見えた。こんな小せェ身体で部下の間を潜り抜けてきたなんて大したものだ。素直に賞賛したくなったが、男の口から出た名前に眉を顰める。事と次第によっちゃあおれはこいつが何も喋らないうちに消し炭にしなくちゃならねェ。


「お、おれは!!!キングの父親だ!!!キングを守るために産まれてきたんだ!!!!」

「……は?」

「いや、冷静になれば意味わかんねェよな…どちらかといえばおれの方が子供の年齢だし…。でもキングはおれが守るって決めたんだ!!!おれは来世のキングの父親なんだ!!!!あいつを幸せにするんだ!!!だからキングと会わせてくれ!!!!!」

「ウォロロロ、お前が誰を守るって?口で言うのは簡単だ……。お前に本気でその覚悟があるのか?」

「当たり前だァァァ!!!おれはあいつの父親になる男!海賊からも政府からも海軍大将からも守るってやるんだ!!!」

「……面白れェ男だ。ウォロロロ、言ったからにはおれを超えてみせろ」



 侵入者は一人だと報告を受けておれは普段通り執務机に向かっていた。一万を超える軍勢に対して単身乗り込んでくるだなんて単なる自殺志願者かはたまた気でも触れた変人か……どちらにせよおれには関係のないことだ。

 百万が一、賊が手だれで部下を薙ぎ倒しカイドウさんの元まで辿り着いたとしても、その時はサシでの勝負を望むだろうし、そして当然世界最強と謳われる男が負けるわけもない。ならばおれが行ったところで邪魔になるだけだ。


「…静かだな」


 見聞色を使わずとも外の喧騒が収まったのに気づいた。無謀な鼠は一体どのような結末を迎えたのだろう。さして知らずとも構わないだろう瑣末な疑問が頭に浮かんで、途切れた集中力は廊下から聞こえてきたよく知る足音で完全に霧散した。


「キング」

「カイドウさん…何かあったのか?」

「ウォロロロ、面白ェ男がお前に会いたがっている」

「…?」


 扉の先には予想通りの人物がいた。招き入れたカイドウさんは稀に見る上機嫌で、どうやら侵入者は彼のお眼鏡に適ったらしい。どんなやつかと僅かに興味が引かれて、その巨体の後ろから現れた男に視線を移す。

 ……ワノ国ではありふれた容姿で一般的な身長を持つ若い男だ。一瞥してさして特徴はないと感じたが、対照的に何か非常に強い意志を宿した瞳の強さが印象的だった。残念ながら訪ねられる心当たりのないおれは「誰だ」と当然の疑問を口にした。



 ようやく会えた本物のアルベル!!!うわっ、デッッッカ!!!カイドウ様にも内心ビビったけどアルベルも想像以上に大きいなおい!?ヤバいヤバいマスクの上からでも分かる!おれの息子カッコ良すぎか!!!アルベル!!おれはアルベルの父親だよ!!!!

 おれは息子とようやく会えた興奮で高鳴る胸を抱えながら、ここは父親らしく威厳に満ちた感じに挨拶せねばと自分を諫めてから口を開いた。


「アルベル!はじめましてだね!おれは君の父親だよ!!(ドン)」


 本人に告げて胸の奥が温かいもので満たされる。そうだ誰がなんと言おうと多少おかしくともおれはアルベルの父親だし、もしかしたらアルベルの母親でもあったかもしれない。

 その言葉に嘘偽りは一切ないし、後悔なんてこの先もずっとするつもりはないが……流石に凍りついた空気に家くらいの大きさがある二人を交互に見つめて、虚無の目をしたアルベルに気づいて一瞬死を覚悟した。


「……カイドウさん、どうやらこいつは精神錯乱しているようだ。カスの人体実験にでも使うべきだと思う」

「え、クイーンさんの実験?それってもしかしなくとも命の保証がないやつ??!…アルベルおれが悪かった!謝るから!!!!お願いだからやめてえええ!!!いやほんとシャレにならないから!!!」

「どこでその名を知ったのか知らないが、おれの父親はお前のような人間じゃない」

「いや、そうだよね!!おれも分かっているけど分かんねェんだ!だっておれはアルベルの父親だから!!」

「その名を気安く口にするな」


 マスクの上からでもアルベルが激怒しているのが分かった。いや、顔は全然変わらないんだけどね、目がなんていうかヤバいやつ!!目だけで感情が読み取れるなんてさすがおれ!と思いながらもアルベルが右手を突き出すので、次の瞬間飛んできた火の玉に心臓が止まるかと思った。

 ……あれ、でも熱くない?アルベルもしかしてわざと外してくれたのか!やっぱりお前は優しい良い子だよな。こんな良い子おれが守ってやんなきゃな!!


「ウォロロロ、そう熱くなるな。言動は破綻しているがそこそこ腕の立つ男だ」

「そうそう!おれはアルベルのためならなんだってしてやれるんだ!死ぬならアルベルを庇って死なせてくれ!!!」

「……お前のようなやつに守られる筋合いはない」


 カイドウ様援護射撃ありがとう!お陰でアルベルも手を下ろしてくれた。いや、不服そうな表情は貼り付けたままで警戒心を解いてくれるつもりはないみたいだけど……でも、殺されないならそれでオッケーです!!信頼関係はこれから築いていけば良いんだからね!!!!!



「おい1、お前は強ェ!指名制で飛び六胞の挑戦権をやってもいい」

「え、光栄ですけど…大丈夫です!!」

「なんだ?さっさと手柄を立てていきなり大看板に挑もうとでも企んでんのか?」

「……能無しもズッコケジャックも、当然このおれもお前なんぞに負けるほど弱くはない」

「うんうん分かっているよ!アルベルもクイーンさんもジャック君も飛び六胞のみんなもすごーく強いもんね!!」


 アルベルのためなら相手がどんなやつでも負けるつもりはないが、おれが百獣の幹部になるのは……なんというか解釈違いだ。

 二人としてはおれが幹部達を素直に褒めるのが意外だったらしく「何を企んでいる?」とアルベルが怪訝な顔で問い詰めてくるので、おれはこれ以上アルベルに不信感を抱かれないようにと思っていたことを包み隠さず話した。


「もし、もしもおれが自分で役職を選んでいいと言われたら……おれは料理人が良いです!!」

「「は??」」

「こう見えて料理は得意なんで!任せてください!!あ、でももちろんアルベルのことは守るから…料理人兼戦闘員じゃダメですかね??」

「……ウォロロロ、どこまでも面白ェ男だ。そうだな、飯炊きならいくらいてもいい」

「カイドウさん正気か?得体の知れない男だぞ……はァ…」


 アルベルはなおもおれへの不信感を露骨に出していたが、カイドウ様が笑って頷くと強くは否定しなかった。本当にカイドウ様々だよ!さすがはアルベルをずっと守ってきたお人だ。

 おれも…カイドウ様ほどと驕るつもりはないがこれからアルベルに何をしてやれるだろうか。……まずは信用してもらうことと美味いものを食べさせてやることかな。


「アルベル!!好きな食べ物はなに?」

「お前に教える義理はない」

「まあそうだよね〜。ところでカレーうどんは好き?」

「別に嫌いではないが……」

「なら、作ったら食べてくれる?」

「……毒味はしてもらうぞ」

「オッケー!!」

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