白詰草の意味
「本当に良いのだな?」
「はい、後悔は有りません。」
私は贈り物のバレッタを作ってもらうとき、カナヤマビコ様にあるお願いをした。
それは、私が人間となってエースちゃんに会うこと。
私、こう見えても神様なんだよ。
まあ、元はお師匠様に助けて貰わなければそのまま死ぬはずだった、
子ぎつねだったんだけどね。
私はあの日、本当は死ぬ運命だった。
でも、お師匠様の慈悲で助けて貰って神様になった。
お師匠様は「ただの気まぐれだ」なんて言ってるけどね。素直じゃないんだから。
"人間になる"
それは、零落し、力を失うこと。
お腹もすくし、眠くもなるし、年だって取る。
いつかはエースちゃんとお別れしなくちゃいけない。
でも、それでもいいの。
ありのままの私として、会えるから。
「良いか。あの娘が二十になる月に、社でお主の真の名を伝えよ。」
「さすれば、お主は零落し、人の子となる。」
「お主の師匠からも聞いている。我が子の最後の願いとな。」
「はい、お叱りを受けましたけど、最後はお許し頂けました。」
「これで契りは結ばれた。時が来るまで師匠に尽くせよ。」
「はい、ありがとうございます。カナヤマビコ様。」
エースちゃんにこのことを伝える文をしたためる。
零落すれば、今までの思い出も消え去る。
でも、良いの。
また、思い出は作ればいい。
大好きなエースちゃんへ
私の名前、気になるよね?
だから、教えてあげるね。
エースちゃんが二十になる月、いつも遊んだ神社に来てくれませんか?
貴女のトレーナーさんと一緒に。
幼馴染より
あいつから貰ったハンカチに挟まれていた手紙。
その手紙には、こんなことが書かれていた。
あいつは変な奴だが、意味の無いことはしない。
きっと、あいつなりに何か大事なことなんだろう。
まだ、その時までは日がある。
忘れねえようにしないとな。
「トレーナーさーん!も少しで着くから!」
「エース……待ってくれ……息が……」
あたしはトレーナーさんを連れ、地元の神社にやってきた。
ここ、この辺じゃ一番高い山のてっぺんに有るからさ、見晴らしが良いんだ。
でも流石に走って来たのはまずかったな……。
トレーナーさんも鍛えているとはいえ、ウマ娘のあたしとじゃ差がありすぎる。
流石に悪いことしたな……帰りは負ぶって帰ろうかな。
あいつ、いるかな?
トレーナーさんの背中を擦りながら探していると、不意に声をかけられる。
「久しぶり!エースちゃん!」
「わひゃぁ!?」「うお!?」
「おい!後ろからいきなり来るなよ!」
「ごめんごめん!エースちゃん変わってないね!」
「ああ、お前もな!」
「エース、この子が幼馴染?」
「ああ、あたしの大事な幼馴染だ!」
「はじめまして、トレーナーさん!」
「はじめまして、エースをいつも助けてくれてありがとう。」
「良いんですよ、私が好きでやってるので!」
「さてさて、エースちゃん。手紙の事、覚えててくれてありがとう!」
「お前のことだ、意味が有ってあんな手紙入れてたんだろ?」
「そうなの!早速、私の名前、教えるね!」
「私の名前は……
「エース!エース!!」
視界に飛び込んできたのは、トレーナーさんの泣きそうな顔。
「良かった!目を覚ました!」
「トレーナーさん、あたし、どうしちまったんだ?」
「覚えてないのか?急に倒れたんだ!」
倒れた?どうしてだ?
そもそも、あたしなんで神社なんかに来たんだ?
何も、何も思い出せない。
「案内はまた今度頼む!今はすぐに病院に行こう!」
そうだ、あたしはトレーナーさんに地元を案内していたんだ。
でも、本当にそれだけだったかなあ。
結局、病院ではどこも異常はなかった。
やっぱり何か大事なこと、忘れてんだよなあ。
それから、数か月の月日が経った頃、あたしに会いたいって奴が来た。
あたしのファンだってな。
そいつは、トレーナーさんに連れられやって来た。
どこかで会った気がするそいつは、あたしよりちょい年下の女の子だった。
「あ、あの、私、カツラギエースさんのファンでしゅ!」
あ、噛んだ。
そんなに緊張しなくてもいいのに。
「ああ、応援ありがとな!会えてうれしいぜ。」
「わ、私もうれしいでしゅ!」
また噛んだ。
切れ長の奇麗な目で勝気な印象とは裏腹にすこし、弱気な奴なのかもしれない。
でも、やっぱどこかで会った気がするな……気のせいか?
「あ、あの、これ、プレゼントです!受け取って下さい!」
そいつがくれたものはハンカチ。
広げてみると、奇麗な花の刺繍。
「奇麗だな。ありがとな。」
「あ、ありがとうございます。白詰草の刺繍なんです!私が縫ったんです!」
「そうなのか!器用だな!大事に使わせて貰うよ。」
「は、はい、ありがとうございます!」
手土産持参で来てくれたんだ、今度何かあたしからも贈るかな。
「なあ、名前、教えてくれないか?」
「は、はい!私は……
「なあ、師匠さんよ。相変わらず愛弟子が気になるのか。」
「出来の悪い子だからな。」
「ふん、気まぐれという割には入れ込んでいるな?」
「茶化すな、金山の。あの子の運命を変えてしまった贖罪だ。」
「贖罪、ね。あの子は幸せだといつも言っていたぞ?」
「ただの気遣いだ。」
「ふん、元は悪党の生臭坊主が今更善人ぶるな。自分に正直になれ。」
「大きなお世話だ、金山彦。」
「まあ、いいさ。人として生きるあの子を、見守ってやろうじゃないか。」
「ああ、そのつもりだ。」