白百合の散華

白百合の散華


「ナギサ様、いい加減お認め頂けませんか?砂糖の流通を。」

「我々としても、これ以上手荒なマネはしたくはないのです。」


ティーパーティーのホストである桐藤ナギサ。

彼女は配下であるはずのティーパーティーのメンバーによって取り押さえられ、恫喝されていた。


「…戯言はもうよろしいでしょうか?私も暇ではないのですが。」


「ッ…!」


「ぐっ…!」


恫喝に軽口で返すナギサは、思い切りその腹を蹴られる。

そして、挑発された生徒は憎々し気に暴言を吐き捨てる。


「…やはり貴女はホストに不適格だ。時代に柔軟に対応出来ない暗君め。」

「今すぐホストの座を下り、我々に権限を移譲して下さい。そうすれば解放して差し上げましょう。」


だが、ナギサの瞳の強い意志は全く失われていなかった。

彼女は静かに、高潔に言葉を紡ぐ。


「…このトリニティをより良く、正しく導く事ができるのであれば、ホストの座はすぐにでも差し上げます…」


そして怒りに任せたものではない、明確な意志を伴って彼女は吠える。


「ですが、貴女方は違う!」

「砂糖という危険極まりないものに幻惑され、現実を見据えていない者に…有り得ません!」

「ましてや、このトリニティを預ける事など!」


彼女は己が責務をこれまでに、どれだけ心労があろうとも全うしてきた。

時には非道なこともし、己が友人すらも切り捨てようとした。

だからこそ、目の前の者達が信じられず、許せない。

私欲で自治区を崩壊させる様な事を平気でしようとする面々の、無責任さが。

もちろん公算もあった。

ツルギやミネといった面々が、この様な事態を看過するはずが無いと。

故にこうして、会話でひたすらに時間を稼ぐ。


「ふむ…そういう事ですか、分かりました。」


だが、彼女は一つ見誤っていた。


「そう仰るのなら…」


「何を…!?」


「貴女様が現実を見据えられなくなれば、当然その座は…空きますよね?」


目の前の面々は狂った者であり、狂った者に話は通じないことを。

ナギサは取り出された注射器の中身が、自身に入っていく様子を見届けるしかなかった。


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「ま、待ってヒフミ…!本当に、本当にアレが桐藤ナギサだったのか…!?」


「…」


ヒフミは何も答えない。

その瞳は動揺で揺れ動き、顔色は青を通り越して真っ白だった。

ブラックマーケットの人混みを掻き分け歩く補習授業部の面々。

いや、一人はこの場にいないため、三人と言った方が正しいだろうか。

彼女らは百合園セイアからの涙ながらの依頼でこの場にいた。

その依頼は『桐藤ナギサを見つけて欲しい』という切なる願い。

しばらく前に起き、桐藤ナギサが消息不明となったクーデター。

戦中ということもあって公にはなっていないが、友人であるセイアの心労は耐え難いものだっただろう。

クーデターを行った面々はその殆どがアビドスへ逃げ込み、その行方の手がかりが皆無だったのだ。

だがつい先日、匿名の情報提供があった。

なんと、クーデター時にその身柄がブラックマーケットに売り飛ばされていたというのだ。

そして少しだけ懐疑的な気持ちを持ったままここに来て、今に至る。


「ちょ、置いてかないでよヒフミ…!私達はここに慣れてないからぁ…!」


アズサとコハルはヒフミのペースに着いて行くのが精一杯の様子だった。

ヒフミの様子が変わったのは、ほんの少し前のことだった。

遠目にソレを見た瞬間、ヒフミはその場で少し立ち尽くした。

そして、ソレを追う様に来た道を引き返し始めたのだ。

思い出される、少し大き目のリヤカーを引いていた集団。

アズサとコハルはあまり見ていなかった様だが、ヒフミは見てしまった。

そのリヤカーの荷台の、人が詰め込まれた小さすぎる檻を。


『フシュー…フシュー…♡』


檻の中のソレは、熱い吐息を漏らしていた。

全身をラバーに覆われ、見えている体表は一切無い。

姿勢は腕が胸を抱き上げる様に固定された直立状態であった。

ラバーはギチギチとその肢体を締め付けるが故に、そのボディラインがくっきりとわかる。

豊かな胸にくびれた腰、大きめの尻までもが、しっかりと、煽情的に。

頭部もラバーマスクに覆われ、その表情は伺い知れない。

だが、ソレはどこか悦んでいる様に見えた。

マスクの口元には蛇腹ホースが繋がれている。

そこから出てくるものを必死に吸っている様なのだ。

だが、何よりも目に焼き付いて離れなかったのはそのヘイローだ。

あれは、間違いなく、幾度と無く目にした”ナギサのヘイロー”だったのだ。

つまり、あんな倒錯的な恰好で、檻に詰め込まれていたのは───


「ヒフミッ!!」


ヒフミはアズサに肩を掴まれ、漸く振り返った。

そして心配そうにこちらを見遣る二人を認識すると、辺りを見回して驚く。

人混みは既に抜けていた。

今いる場所は、危険過ぎて近づいてはいけない場所と認識している場所だった。

人攫いが横行している場所でもあったからだ。


「ご、ごめんなさい…ここは危ないです、今すぐ離れましょう…!」


「待って!」


ヒフミは一気に冷水をかけられたかの様に思考がクリアになり、引き返そうとする。

だが、それをコハルが引き止めた。


「その…ナギサ様がいた…のよね…?」


「………」


ヒフミは否定しない。だが、肯定もしなかった。

肯定したくもあり、したくもなかったからだ。

そんな心情を察してか、コハルは続ける。


「追ってた集団はあの建物に入っていった…確かめる価値はあるはずよ。」

「一人じゃ危険かもしれないけど、アズサもいるから最悪逃げれるわ。」


「任せて欲しい。」


「ぁ………ありがとう、ございます…!」


コハルがアズサに目配せをし、アズサが胸を張る。

様子のおかしかったヒフミを、二人なりに気遣っていたのだ。

そうだ。これまでも何とかなってきたじゃないか。

今回も、皆がいればきっと大丈夫。

ヒフミの心には、そんな根拠の無い自信すら湧いてくる。

そうして三人は、潜入しやすい夜を待つことにした。

これから入る建物が、所謂風俗店と呼ばれるものである事に必死に目を背けながら。


─────────────────


「ここが最後だ…」


「「…」」


そこは様々な客人が入り乱れる地下のホールだった。

最奥にはステージがあり、司会と思われる男がマイクで話している。

三人はバニーガールの衣装に身を包み、ホールの人混みに従業員として紛れ込んでいた。


「こ、この衣装…どうにかならなかったの…!?」

「お股にくい込んで痛いし、色々見えちゃいそうで…!」


やむを得なかったとは言え、コハルは客への給仕をしながら小声で衣装への不満を露わにする。

似た体格の従業員を昏倒させて剥ぎ取ったそれは、あまりにも卑猥だった。

衣装の強い伸縮性で胴体を締め付けられ、ボディラインを見せびらかされている。

その上、胸のカップ部分は乳首に引っ掛かるかどうかの瀬戸際で、薄いピンク色が半分見えてしまっていた。

股の部分の鋭角も凄まじく、すぐにアレがはみ出してしまいそうになる。

好き好んで着る者は、頭がおかしいと三人共が断言できるものだった。

ヒフミも、アズサでさえも、その際どさに赤面しながらこの場にいた。

だが、すぐにそんなことはどうでも良くなってしまった。


『大変お待たせしました。本日のメイン、当館の目玉商品をお見せいたします!』

『皆様、ステージをご注目ください!』


辺りが暗くなり、司会の声と共に音楽が大音量で流れ始める。

人々の視線はスポットライトが当たるステージに誘導された。

そこに現れたのは───


『見覚えがある?いえいえ、それは気のせい。…そう、気のせいです。』

『高嶺の花をその手で穢したい…そう思われる方は是非ともご予約ください!』


桐藤ナギサ、その人だった。


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「んっ…はぁ…!」


見られてる。今、私は見られている。

そう考えると私は甘く熱い吐息を漏らさずにはいられなかった。

元は私の、露出の少なかったトリニティの制服。

気品と優雅さを表していたそれは、最早見る影も無く改造され、服の体すら成していなかった。

着丈は限界まで詰められて乳房の下半分、いや、動くと乳首が見えてしまっている。

スカートなど腰紐同然だった。

下着を着ることも赦されていない私の縦スジに影を落とすだけ。

お尻は全て出てしまっており、司会の方に揉まれる度に甘いゾクゾクとした感覚が昇ってくる。

以前までの私なら、絶対にしない恰好。

でも、せざるを得ない。アレが、アレが無いと私は生きていけない。

今でも欲しくて、脳が求めていて、見られて気持ちいいけど、とても苦しい。

それに完全に欠乏して、知性無く肉悦とアレを求め彷徨う獣になってしまうのは嫌だ。


「…おい。」


「は、はい…!」


司会の方が小声で耳打ちをし、私は同様に小声で返事をする。

いつも通り指示通りにすれば、アレを貰える。

ただそれだけの為に、私はここに立たされている。


「今日はポール無し、ストリップだ。自慰で穴も開いて見せろ。」

「見せ終わったらコイツをやる。」


司会の方が私に見せてきたもの。

それは、高純度の”砂漠の砂糖”で作られたシロップ。

味わった時の幸福感は何にも代えがたいそれ。

私は勢い良く首を縦に振り、その指示に従う。

そして、意気揚々とステージ上で煽情的に身体をくねらせ始めた。


「うふふ…♡」


誘惑する様に流し目でお客様方を見遣りながら音楽に合わせて腰を振り、尻を突き出して撫でる。

ステージの外は暗いために顔は見えないが、お客様方の熱い視線を感じる。

中にはご自身のモノを扱かれている方もしばしば見受けられた。


「んぅ…ふぅ…!」


服と言うのも烏滸がましくなったそれに指を這わせ、徐々に身体から離していく。

気持ち程度に隠されていた私の身体が露わになっていく。

それがまた、私の興奮を搔き立てた。

変態になってしまったとは思う。だけど、これは仕方ない。

恥ずかしいことは気持ちいいことだって、お砂糖で一杯教え込まれたのだから。

あの日、あの時、私をここに売り飛ばした人たちのせい。

私はわるくない。しかたない。

気づけば私は、一糸まとわぬ姿になっていた。


「フーッ…フーッ…フーッ…♡」


ローションを身体に垂らして塗り込む様に胸を揉みしだく。

ワレメに指を這わせ、くぱくぱと女陰を開き、ピンク色の膣内をお見せする。

てらてらとした光沢が、お客様方の更なる劣情を掻き立てる。

私もまた、性的な快感に身体を仰け反らせ、媚肉を震わせる。

気づけば指は汁にふやけ、下には水溜まりができていた。

ああ、はしたない。なんて、はしたないのでしょう。


『んぉっ…!!んぅっ…ふぅっ……!ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ…♡』


遂には絶頂した。それも、こんな沢山の視線の中で。

でもそれが、堪らなく恥ずかしいのに気持ちよかった。

でもこれで指示は達成した。

この後に貰えるご褒美が、とても待ち遠しい。

早く、早くあの幸福で頭をいっぱいにしたい。

この羞恥心は、冷静になった時には死にたくなってしまう程のものだから。

ずっと砂糖で、幸せで、脳を満たしていなければ。

砂糖のことばかりを考えていると、司会の方の声が聞こえてきた。


『それではちょっとした余興を。』

『ここに一杯数万円はくだらない、最高級の茶葉で淹れた紅茶と…』

『皆様から頂いた”お情け”のジョッキを用意致しました。』

『彼女にはどちらか一つだけ、好きな方を飲んで頂こうと思います。』


どうやらご褒美も見世物にするらしい。

私の目の前にカートが押されて来る。

その上に載っていたのは言葉通りの紅茶。

そして、凄まじい異臭を放つ白濁液で満たされたジョッキだった。


『さあ、もう飲んでいいですよ。お好きな方をどうぞ!』


私は鼻をスンスンと鳴らし、その臭いをかぎ分ける。

ご褒美はどちらに入っているのか、それはすぐにわかった。

私は”ジョッキ”を躊躇いなく掴み───


「んぐっ…ごくっ…ごくっ…お”う”っ!!…んぐぅ、ごくっ…!!」


勢い良く、胃袋に流し込んでいく。

ああ、やっぱりそうだ。ご褒美はここにあった。

とんでもないエグみのある味と最悪の喉越しを無視し、甘いそれを私は啜る。

最後の一滴に至るまで舌で舐め取り、舌が届かない場所は指で取って舐る。

これを飲み干したら教えられた通りに、思いっきりゲップもしなくてはいけない。

じゅうじゅうと脳が焼ける感覚を覚える。

これいがい、なんにもいらない。なにもかんがえたくない。

おいしい。しあわせ。おいしい。しあわせ。おいしい。しあわせ。おいしい。しあわせ。

きもち───いい───


「…ぅ、げぇぇぇふっ…♡ごぶっ、げぇぇぇっっっぷ…♡」


─────────────────


「う”ぅ”ぅ”ぅ”ぅぅぅぅ…!ふぅぅぅぅ…!!」


自傷行為防止の為のクッション素材に覆われた部屋。

そこにナギサは拘束衣に身を包まれて幽閉されていた。

呻き声を上げるナギサを見ているのはヒフミだ。

あのショーの後、ヒフミ達はナギサの救出に成功した。

ヒフミが客の衣装に火をつけ回り、生じた混乱の内に檻ごと運び出したのだ。

逃げる時間を稼ぐ為、地上に通じる通路は爆破して全て埋めた。


「ヒフミざん”っ!お願いでずぅ!!お願いですから砂糖をぉ”!!!」


「ダメですよ、ナギサ"ちゃん"。」


泣きじゃくるナギサの嘆願をヒフミは軽くあしらう。

"救出"には成功した。

だが、砂糖に侵された心身はそのままだ。

彼女の純粋さ、無垢さ、威厳、その一切は失われてしまった。

散らされた純潔も、破壊された尊厳も、穢されきった身体も、何一つ戻ることは無い。

故に"救助"は、何一つ成功していなかったのだ。


「あんなものを欲しがる悪い口は、こうです。」


「んむぅ!?あむっ…んちゅうぅ…んぶぅ…!っぷぁ、れろぁ…♡」


ヒフミはナギサの唇を奪い、濃厚なディープキスをする。

それと同時にナギサの股間を弄り、にちゅ、ぐちゅと水音を立てて愛撫し始めた。


「ちゅっ、じゅるる、ぐちゅう…ん、んんん…!!!」


キスをしながらの愛撫だけで、ナギサはあっという間に果てる。

これもあの場所での調教の成果なのだろう。


「…っふぅ。帰ってくるまで大人しくしててくださいね?」

「また…気持ちよくしてあげますから。」


「ひゃ、ひゃぁい…♡」


ぐちゃぐちゃに蕩けたナギサに背を向け、ヒフミはアビドスという戦場に向かう。


「浦和、ハナコッ…!」


今のナギサの姿を見る度に燃え滾る、憎悪を胸に。


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「こんな所にいたんだね、ハナコちゃん。」


「…ホシノさん。貴女は私を赦さないでいてくれますか?」


「自分が…赦せないんだね?」


「…」


「…いいよ。世界中の人がハナコちゃんを赦しても、私がハナコちゃんを赦さない。」

「代わりに、ハナコちゃんも私を赦さないで欲しいな…最期まで…」


「…どこまでも、着いて行きます。」


「…ありがとう。」

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