白バの王子様
天翔ける翼の最高傑作「ちょっと!有無を言わさず、それもよりにもよって貴方とだなんてあんまりですわ!」
「周りの過剰な期待には、応えたくなっちまうのがライトニングゴルシちゃんだからな」
──G1七勝トリプルクラウンに、G1六勝の2冠ウマ娘……毎年ドロワの大本命デートとして周囲が持て囃すも、互いの所謂『ウオダス』すら生温い荒れ狂うそりの合わなさから、成立不能と言わしめたジェンティルドンナとゴールドシップ──
今回のネオ・ドロワット『当日までデートも役も伏せるものとする』という会長の皇帝ルールに、最高の形で応えてやるつもりだった。
「ま、いいんだぜ?断るようなら、次はオルフェーヴルの元に行くだけだ。『魔性』から逃れる為、アイツは快くアタシと組むだろうよ。最兇の黄金デート──オマエ以外とベストデートを取っちまうぞ?」
ブラフ。徹底マークすべきは勿論、オルフェーヴルだが……ここで『貴婦人』が素直になれないのなら、その足で阿吽の呼吸が約束された『名優』メジロマックイーンの元に行くだけだ。
「そうなってしまうくらいなら!」
勝機あり。人一倍の負けず嫌いは、知るところだった──前回のドロワのベストデートは、彗星の如く君臨した『男装の麗人』ジェンティルドンナに『金色の姫君』まさかの女役オルフェーヴル……
その意外性の白と完璧過ぎた金細工による5分の芸術は瞬く間に周囲を掛からせ、テイエムオペラオーが今でもフルバージョンをそらで披露してくれる程だ。
負けたくない。次も勝ちたい。それはウマ娘にとって宿星であり、運命でもあった。
「オルより生温いのなら、容赦なくまた組み直しますわよ。わたくしの手を取るというのは、そういうことです。覚悟はよろしくて?」
「──そんな御託、粉々にしてやんよ」
ゴールドシップには、既に見えていた。ダンスマカブルしバ群に沈む、暴君の姿が──
☆
噎せ返るような、大気が重なる空き部屋。秘密兵器『貴婦人と苺』を隠すには、とにかく目立たない場所での練習が最優先だった。
ふたりのレッスンに、講師不要。ただジェンティルドンナの社交界知識とゴールドシップの雑学があればいい。
ネタが割れでもしたら、トリックスターの脳細胞により弾き出されたプランが狂ってしまう。リスクヘッジの方が、よほど重要だった。
「こういった場所の確保は手慣れたものですのね」
「ギブアンドテイク。オメーに出来ねーことをするのがアタシだ」
ジェンティルの強い当たりには、確信があった。
海千山千の老獪達の前で、社交しきってみせること……一人称が『ぼく』であった幼少期より、こういった行事では誰よりも大人であることを望まれていたのだろう。『僕令嬢様』の癖が、今でも抜けていないということだ。
「だーからそれだとでけえんだから零れるって!何ならさっき1回やっちまっただろーが!脳筋がよ!本質的に牛かナニかか!?」
「仕方ないでしょう!貴方のハイペースに合わせたくても、胸のやつが邪魔で仕方ありませんのよ!ほら!」
「わっ急にワープすんな!それアタシの脚質!当たってる!デカ胸!」
「当ててますのよ!」
「……しゃーないだろ、アタシ達超絶グッドルッキングウマ娘はいつの世でも罪作りなもんだからな」
「また調子のいい事ばかり……わたくし以外にそのような事を言っては引かれますわよ!」
「オメーにならいーのかよ、ジェンティル」
「な!?これはこ、言葉の綾でして!ネオユニヴァース様と座学でトップを競い合うシップでしたらすぐ察せられますでしょう!」
「はじめてシップって、呼んでくれたな」
「貴方こそ、ジェンティル呼びははじめてでしてよ」
──ふたりの距離は、ここから少しづつ縮まってゆく。それは確かな『秘策』を生むこととなった。
☆
『秘策』を手に、ネオ・ドロワット当日。トリを務めることとなったジェンティルドンナとゴールドシップの前に、有り得ない光景が拡がっていた。
「マジ、かよ……」
「あ、有り得ませんわ……」
徐々に精神が、ブラックホールへと呑まれゆく感覚。
ラスト前にして、クライマックスは訪れていた──完璧な呼吸を刻む『暴君の王子』オルフェーヴルに……『魔性のエトワール』カレンチャン。
水と油、火と氷が、寸分違わずオルゴールの舞を披露する。
インパクト勝負は、初動に仕掛けたもの勝ちだ。鉄火場を牛耳るゴルシ網ですら、オルフェーヴルのデートを掴むことはついぞ適わなかった理由──インフルエンサーによる『カワイイ箝口令』。
赤と黒のラクドスカラードレス、まさかの女役ジェンティルドンナからの登場に、スカした赤と白のボロスカラー燕尾服を着熟す伊達ゴールドシップ。豊かな胸の重なり合いすら逆手に取り、それでも繋いだ手は決して離さないふたり──
アレンジ抜きで、勝算しかなかったはずだ。知恵比べで、このゴルシ様が敗北する……?有り得ない、ありえない、アリエナイ……
いいや、勝つのはアタシたちだ……極限状況はラグナロクの変態者ロキの脳細胞を限界まで駆動させ、ただ輝かせるだけに過ぎなかった。
☆
「ウソでしょ……ドンナさんのドレス姿、綺麗過ぎる……」
「くっ……胸の豊かさでは引き分け、というところですわね」
ジェンティルの体型は、あのゼンノロブロイに近似するトランジスタグラマー──ドレスで引き立たせるには、最適だった。
美人揃いのウマ娘の中でも、登場するだけで空気を一変させ皆が息を呑む程の美貌、社交界の貴婦人。これはものになる……一目見た頃から気付いていたのは、このゴールドシップだけでいい。
リクエストしたBGMは、『世界変革の時』、!monadアレンジ。アグネスタキオンの『秘密』と引き換えに手に入れた切り札。踊り狂えとばかりにアタックを極限まで磨き、ドリームチームの結成にかけ、全てをひっくり返す──
悲劇は、サビで訪れた。ヒールが限界を迎え折れ、まさかのジェンティル転倒。推定される原因──隠れての猛練習。心の中で舌打ち。響めきからの沈黙……すぐさま抱き抱え、最悪の事態は防いだが──
いや、ここだ。塗り潰しベストデートになるには、インパクトを超えたインパクト──男役のゴールドシップには、駆動域を妨げるスリットなどない。
「悪ぃ、アレンジをしねーってのは撤回された」
「ごめんなさい。エスコート、してくださる?」
「──目に焼き付けろ。これが諦めないってことだ、オルフェーヴル」
ゴールドシップが、立ち上がった。ひそやかな、ジェンティルへの口づけと共に。
紅潮を隠せないジェンティル、その姿は胸で押し潰されながらのお姫様抱っこ……沈黙が堰を切り、羨望の的と化したふたりへ、地割れのような歓声が響き渡る。それは間違いなく、白バの王子様の誕生だった。
「会長、これでは!」
「いいんだ。私が許可した」
追い風となる皇帝ルール。狙い通り、迷いの霧は晴れた。ウマ娘の膂力なら、お姫様抱っこでのダンスなど容易い。ましてやゴールドシップであれば──
「──悔しいな。私のオルと、勝ちたかったのに」
「アレ反則っスね……いや、ウチらが組むのも大概なんでおあいこってヤツっスか……私の?」
☆
「いい加減降ろしなさいな!わたくしは飾り物なんかではありませんわ!」
「誰でも知ってるわ、テメーと併走になってビビらないウマ娘はいねーよ」
「なんですって!?一生でもどつきまわしますわよ!」
「やってみろ、ちんちくりん!」
「言いましたわね!気にしている事を!」
誰に言われずとも、いつもの調子へと戻る。本心をさらけ出すよりも、結局この歩幅が、1番心地よかった。それはいつでもいつまでもずっと、変わらずで──
「はじめて誘って頂いたあの時からずっと、貴方しか見えませんでした。シップ」
「アタシ達、ずっと一緒だよな。これからも、ずっと」
fin