白とあの娘と不良馬場
雨はキライ。
自慢の白毛が痛むし、どんよりした空に白い体は映えないし、寒いし。
泥をかぶればやる気が出ないし、そもそも不良バ場を走るなんて絶対に嫌。
―何より嫌なのは、あの娘が、雨に泣かされてきたこと。
誰よりも頑張っているはずの自慢の幼馴染が、どろどろの体と雨で張り付いた鹿毛を乱雑に払って、下手くそな笑顔で、ごめんね、なんて言って。
「ソダシちゃんも、レイナスちゃんも、レーベンちゃんも」
「トレーニングとか治療とかで忙しいのに見に来てくれて」
「なのに私、不甲斐無いとこ見せちゃった」
「エール……」
G1のゼッケンを着けて誇らしげにしていたエールの顔が思い出せなくなるほど、泣きそうな笑顔。
「……昨日のホルダーくん、凄くて」
「……エール」
「私もあのくらい出来たら」
「エール」
「ソダシちゃんやお母さんみたいに白くもなくて、ちゃんとレースも出来なくて」
「ねぇ、エール」
「ホルダーくん、自分のレース直後でも見に来てくれてたのに」
おめでとう、も、言えなくて
「エール」
自分たちよりも低い声。俯いていたエールが弾かれたように顔を上げる。ちょっと腹立たしい、声。
「何だと思ったらタイトルホルダーじゃないの」
「酷いなソダシ……。エール、お疲れ様」
「あ、えと……来て、くれて、ありがとう」
「僕が来たかったから」
「日経賞、凄かったね」
「見てくれてたんだ。嬉しい」
「その、ごめんね」
せっかく見に来てくれたのに、こんな泥だらけでみっともなくて、とか。エールはさっきから謝ってばっかりで。
そんな貴女が見たかった訳じゃないのに。
「そんな君が見たかった訳じゃない」
「でも、ホルダーくん」
「デモもストも終わったよ」
エールはまだ俯いてああとかううとか言っている。結局アタシじゃもう役不足ってわけね、と軽く息をついた。
「タイトルホルダー!」
「うわ、何だよ」
「ムスメやルージュに黙って来ちゃったから、そろそろ戻らなきゃいけないの」
「そ、ソダシちゃん……?」
「だからエールはアンタに任せるわ」
もし泣かせたら、ルージュたちと文字通り飛んできてムスメたちと文字通りはっ倒してあげるから。
腹いせにエールを抱きしめて、呆気に取られたタイトルホルダーを鼻で笑ってやった。