白いワンピースのきみ

白いワンピースのきみ



「第何十回目『ルフィの恋を成就させるための会議』を始めるわよ!」


音頭を取るナミの声に合わせて「おぉーっ」と一同の声が上がる。バラバラに上げられた声と同時に掲げられた拳は高さがまちまちで、一同がやる気に満ち溢れている様子では無いことを暗に示していた。


「ちょっと何よあんたたち!もっとシャンとしなさいよ!」

「つってもよぉ……会議は昨日したばっかじゃねぇか」


覇気のない声を上げる一同を叱るナミに対してウソップが告げた。

そうなのである。この会議は昨日行われたばかりで、しかも会議自体は議題に対する案が出て明確に終了していた。だというのになぜまたすぐに召集をくらったのだと、一同は疑問に思っていたのだ。


「つかルフィは?あいつも会議はいつも参加してただろ」

「ルフィは今一人で部屋にいるわ……私もあんまり詳しくは知らないんだけど、詳細はロビンからよ」

「ロビン?」


ナミに促され、一同の視線がロビンに集まる。ロビンは少し難しい顔をしており、何か考えているようだった。

皆の視線を受け、ロビンが口を開いた。


「昨日の会議で、トラ男くんとデートするときにルフィに白いワンピースを着させるって話になったのはみんな覚えてるわよね?」

「あぁ。それで今日朝からトラ男とデートって騒いでたからな」


昨日の会議で出された案、というのは『白いワンピースでギャップ作戦』というものであった。

ルフィのいつもの格好はラフで海賊らしいものが多く、ナミやロビンのような可愛らしさや大人の色気、というものはあまり感じられない。そんなルフィが普段と全く違う服装になればドキッとすること間違いなし!と選ばれたのが白いワンピースだったのだ。

ワンピース、それも白色が選ばれたのは、ルフィの女性としての魅力的な要素がいくつもあることは前提として、その中でもかなりの比重を占めるであろう要素は無邪気さと無垢さであるという結論に至ったからだ。それならば変に奇を衒うことなく、シンプルで尚且つ女の子らしい、ルフィに似合うものということで白いワンピースとなった。丁度今停泊している島の街並みも、夏らしい白を基調とした建物が多く、街の雰囲気とあっていてピッタリだったのだ。

実際にワンピースを身にまとったルフィはとても可愛らしく、かの四皇を打ち倒した億超の賞金首とは思えないほど、普通の女の子のようであった。

ルフィ本人も慣れない服装に戸惑うような照れているような様子であったが、これでローが自分を見てくれるかもしれないと思い喜んでいた。ナミから決して汚したり破いたりしないようにとこっぴどく言われている間も上の空のようでゲンコツをくらっていた。

麦わらの一味の面々も、そんなルフィを微笑ましく見ていた。ただ服を変えただけでローがルフィを好きになることはなくとも、ちょっとでも意識してくれたらと、そんなふうに思っていた。

しかし難しい顔をしているロビンを見れば、今回はいつも以上に上手くいかなかったことが察せられた。


「みんなでデートに行くルフィを見送って、そのあと船番の私とフランキーが残って、他のみんなも街に行ったでしょ?そのあと……お昼になる前にルフィ帰ってきたのよ」

「えっ」


ロビンの話に一同が声を上げた。

ルフィはローとデートに行く際に、必ず十八時までに帰ってくるようにと門限を設けられていた。海賊船の船長になんてものを、と思うかもしれないが、ルフィを取り巻く環境や本人の無垢さを考えれば、夜の時間帯に男と二人きりにさせることに危機感を抱いてしまうのである。もっともローがそのような無体を働く男だとは一味一同思ってもいないが、万が一のことを考えて、である。ローにも門限の話はしてあるため、遅くなった時には彼の能力によってサニー号まで届けられていた。

ローはルフィの門限に呆れているようだったが、彼女を追いかけるヤンデレたちを知っているため、必ず門限を守ってくれていた。寧ろ門限をあまり守る気がないのはルフィの方であった。ローへの恋心に燃える彼女はできる限りローのそばに居たいと思うために、結局門限ギリギリまでデートをしてローに送り届けられていた。

つまり、ルフィが門限よりもずっと早く、余裕を持って帰宅してくることは今まで無かったのである。


「ルフィ、そんなに早く帰ってきてたのか!?」

「えぇ……私も不思議に思って、もういいの?ってルフィに聞いたんだけど……何も言ってくれなくて……」

「なんでそんな早く……トラ男がなんかしたのか?」

「私もそう思ったのだけど、ルフィは怒ってるわけでも悲しんでるわけでもなくて、ずっと難しい顔をしてたの。それで、私が告白できたの?って聞いたら───」


『告白、できなかった』


「───って」

「えぇ!?」

「ますますわからねぇな……」


ルフィはローに会う度に告白をする。

これはほぼ決定事項のようなもので、デートをした時だけでなく偶然出会ったときにもルフィはローに「好き」を伝えていた。そして何度も告白をしているということは何度も断られているということで。どうだったのかと聞くクルーに対し「ダメだった」と眉を八の字にして笑うルフィを迎え入れるのが常だったのだ。

そんなルフィが「告白できなかった」と告げた。これは一体どういうことなのか。


「それからルフィ、黙って部屋に籠っちゃって……汚すと悪いからってワンピースも着替えちゃって、ご飯も食べに来てないのよ」

「えぇぇ〜〜!!あのルフィが!?」

「そうなの……すごく心配なんだけど、いつもと全然違う様子だし、なんて声をかけたらいいかわからなくて……」


どうしたものかと一同が頭を悩ませる中、そんな空気を壊すようにゾロが立ち上がった。


「くだらねぇな、おれは抜けるぞ」

「ちょ、ちょっとゾロ!」

「いくら落ち込んでたってそのうち腹が空いて出てくるだろ」


止めようとするナミに構わず、ゾロが部屋を出ていく。

追いかけようと扉に手をかけたナミをブルックが制した。


「待ってくださいナミさん、ゾロさんに一理あるかもしれません」

「ブルックまで……!」

「ルフィさんを心配する気持ちもわかりますが、男女の関係というものはやはり当事者のものですから、私たちがとやかく言いすぎるものではないでしょう」

「……それもそうじゃな。わしらもちと過保護になりすぎてたかもしれん。本人の口から言われるまでは、わしらも大人しくしておこう」

「ルフィから頼られたらまた会議をしようぜ、ナミ」


ブルックに賛同するジンベエ、フランキーの声を受け、ナミもはぁと溜息をつき「そうね」と答えた。


「とりあえず、ルフィからなにかアクションがあったらまた会議をする。それまでは私達も自由に待ちましょ。サンジくんは部屋から出てくるルフィに備えてキッチンにいてあげて」

「了解ですナミさん!」


こうして第何十回目の会議はお開きとなった。



✣✣✣



「サンジくん、紅茶を……あら?」

「あっ、ロビン!」


ダイニングにロビンが入ると、そこにはすでに先客がいるようだった。


「チョッパーもなにか飲みに来たの?」

「う、うん。喉乾いちゃって……」


チョッパーのマグカップではホットミルクが湯気を立てていた。まだ入れてもらったばかりなのか、量はほとんど減っていないようだった。


「ルフィのことが心配なんだろ?チョッパー。ここにいれば腹が減ったルフィが来るかもしれないからな」

「あら、そうなのチョッパー?」

「え!?い、いや、その……」


カップを抱えたチョッパーがもごもごと言い訳を考えていたが、諦めたようにはぁとため息をついた。


「そりゃあ心配だよ……皆はああ言ってたけど、ルフィがこんなふうに籠っちゃうことなんて今まで無かったし……ルフィ、ちゃんと部屋から出てきてくれるかなぁ……」

「……そうね、私も心配よ。それはみんなも同じだわ。でも……」

「でも?」

「ルフィがこのままずぅっと出てこないなんてことはないわ。恋する女の子って、こういうものなのよ」

「そ、そうなのか!?」

「そうよ。恋って楽しいものだけど、辛い時だってある。今のルフィはきっとその辛い時なのね」

「そうだぞチョッパー」


キッチンから戻ってきたサンジがロビンの前に紅茶を置いた。チョッパーの毛並みとよく似た色のミルクティーだ。


「東の海にはこんな言葉がある……『恋はいつでもハリケーン!』」

「は、ハリケーン!?」

「そうだ。今までのルフィはローにとっちゃずぅっとハリケーンだった。それが急に止んだらみんなびっくりするだろ?でもハリケーンはまたやってくるからな。ルフィもまた出てくるだろ」


三人がそんな話をしていると、ギィと音を立ててダイニングの扉が開いた。音にひかれて顔を向けた三人の目が見開かれた。


「サンジィ〜、めしィ〜〜……」


渦中の人物が部屋から出てきたのだった。

ルフィはそのままフラフラとダイニングテーブルに近づき、席に着くとべちゃっと音を立ててテーブルに突っ伏した。そんなルフィに、サンジはすでに用意していたサンドイッチを差し出した。


「ほら、食えルフィ」

「ん〜〜……」


のろのろと上半身を起こしたルフィがサンジのサンドイッチを手に取る。いつものルフィであれば目にも止まらぬ速さでサンドイッチを平らげてしまうのに、今のルフィはもそもそとサンドイッチをゆっくり食べていた。


「やっぱサンジのめしはうめぇな〜……」


明らかに普段より覇気がない様子のルフィに、思った以上に重症だったと三人は悟った。ルフィから頼られるまでは何も言わないつもりであったが、思わずロビンがルフィに声をかけた。


「ねぇルフィ、なにか様子が変よ。トラ男くんと何かあったの?」

「んん〜〜?」


ルフィはゆっくり顔を動かしてロビンを見た。目を左右に動かし、うんうんと唸ってから重い口を開いた。


「なぁロビン、なんかおれ、変なんだ」

「変?」

「なんか……こう……この辺が、変なんだ」


そう言ってルフィが頂上戦争で負った胸の傷のあたりを手で摩った。

それを見て血相を変えたのはチョッパーだった。


「胸?胸の傷が痛むのかルフィ!?」

「いや……傷、じゃなくて……なんか……痛いんじゃなくて……変なんだ」

「??どういうことだ?」

「ねぇルフィ、胸の辺りが変なの?」

「おぅ……なんか、変な感じがする」

「それはいつからなの?」

「えーっと……」


ここでやっと、ルフィの口からローとのデートの詳細が語られることになった。

ルフィの話では、ルフィがローと待ち合わせ場所で会った瞬間からローの様子がおかしかったらしい。ワンピース姿のルフィから目を逸らし、できる限り視界に入れないようにしていた。そんなローの姿に少なからずショックを受けるルフィであったが、そんなことでへこたれるルフィではなく、ローの腕をぐいぐい引っ張ってデートが開始された。

ローがあまりルフィを見ない、という点を除けばデートは順調だったらしい。しかし路上のアイス店からアイスを買いに行ったルフィがローの元に戻ってきた時、突然ローが泣き出したというのだ。ローはちがう、とかごめん、とか言ってばかりでルフィの声に全く応じず、最終的に能力を使ってサニー号の近くにまで移動し「これ以上は無理だ。悪い」と言って一人で帰ってしまったらしかった。

せっかくオシャレをしたルフィに何も言わないどころか目を逸らすとは、決して許せぬ所業である。しかしローが、あのプライドの高いローが!突然街中で泣き出したというのだ。これはただ事では無い。


「それで、トラ男くんが泣き出してから、胸の辺りが変なの?」

「ん……」


ルフィが項垂れながら是と答えた。

チョッパーは不思議そうな顔をしていたが、ロビンとサンジは何かに気がついているようだった。


「……ねぇルフィ、あなたはトラ男くんが泣いてるのを見て、どう思ったの?」

「え?」

「私たち、トラ男くんが泣いてるところなんて見たことないわ。でもルフィは今日見たんでしょ?見て、どんな気持ちになったの?」

「……」


ルフィがぐぅっと唸りながらまたテーブルに突っ伏した。

ロビンがくすくすと笑いながら紅茶を飲み干した。おかわりはいらないだろう。


「なんか……おれ、トラ男が初めて泣いてるの見て……なんか、やだって思った」

「嫌?なにが嫌だったの?」

「……そんな顔して欲しくなかった。……でも、そんな顔するんだって、思った」


そこまで言って、ルフィが「あっ」と声を上げた。答えにたどり着いたのだ。


「おれ、トラ男のこと、全然知らない……こんなに、好きなのに。全然知らなかった……」


ルフィにとって、ローは好きな人だ。

それは兄であるエース、サボの二人とも、同じ船に乗っている仲間たちとも違う。唯一の特別な好きだ。

特別だからこそ、結婚という形で縛りたくないと思った。しかし今、同時に彼の全てを知りたいという欲求が溢れてくる。自覚してしまえば一瞬だった。

ルフィもまた海賊。愛したものの全てをどうしても欲しがってしまっていた。


「やだ……おれ、あいつのこと縛りたくねぇ……!やだ……!」

「恋ってそういうもんだ。相手の全部を知りたくなって知らないことがあると不安になる」

「ルフィ、相手のことを知ることは、相手を縛ることと同じじゃないわよ」


泣きそうな顔をするルフィにサンジとロビンが声をかける。

ルフィは今、初めての恋をしていっぱいいっぱいなのだ。何もかもが初めてだから、ハリケーンのように全身全霊で好きを伝えることしかできなかった。しかしそれが恋の全てではないことを誰かが教えてやらねばなるまい。

そうして少女は一つ大人になるのだ。


「今のルフィはトラ男くんにルフィの全てを渡してばっかりよ。でもそれって、いくらなんでも卑怯じゃない?確かにトラ男くんを好きなのはルフィよ。でも、トラ男くんだって何もわからないわけじゃないわ。何も返してくれないならいっそ突き放すべきなのにそれもしない。なら、少しくらいなにか返してくれたっていいと思わない?」

「今度はルフィからトラ男になにか聞いてみたらいいんじゃねぇか?トラ男も聞かれたくないことは言わないだろうが、お前に言わないってことは他の誰にも多分言わねぇ様なことだ。今日のことで傷ついたからってもっかいデート誘ってみろよ」


ロビンとサンジの言葉に、泣きそうだったルフィの顔も晴れてきていた。心配そうにルフィを見つめていたチョッパーをルフィがぎゅうっと抱きしめた。暖かいチョッパーの毛皮に包まれ、胸の『変な感じ』も小さくなっていった。


「……よしっ、明日トラ男とデートする!」

「明日って……流石に無理じゃねぇか?急すぎるだろ」

「ふふっ、元気になってよかったわ。でも今日は遅いし、明日に連絡をとってデートはまた今度───」


そのとき、プルプルプル……と電電虫が鳴った。

ルフィは大袈裟なくらいビクリと肩を揺らし、四人が揃って電伝虫を見つめた。

電伝虫を見て、ローからだと悟ったサンジとロビンはチョッパーを連れてさっさとダイニングから出て行ってしまった。部屋に残されたのは緊張で顔を赤くするルフィだけだった。

いつまでも電伝虫を鳴かせているわけにもいかず、意を決してルフィが電伝虫に近づく。その足は少し震えていて、ローに電伝虫をかけるときはあんなにワクワクして楽しかったのに、自分が受ける立場になればこんなに緊張してしまうとは思わなかった。

少し震える手で受話器を取る。煩い心臓の音を無視して「もしもし?」と答えた。


『……麦わら屋か?』


愛しい声が返ってきたことで、全身から汗がどっと吹き出るようだった。なんとかそれを悟られないようにいつも通りを振る舞う。


「と、トラ男か?お前からかけてくるなんて珍しいな〜!なんか用か?」

『その……今日のこと、謝りたくて……』


今日のこと。

言われて一瞬頭にハテナが浮かんでしまったが、すぐに今日着た白いワンピースを思い出した。


『悪かった。急に帰って……』

「いや、その、べ、別にあんま気にしてねぇし……」


つい先程までテーブルに突っ伏してうだうだしてた自分から目を逸らし、咄嗟に適当な嘘をついてしまった。しかし吃りまくりで調子外れの声ではすぐに見破られてしまうだろう。


『……本当に悪かったと思ってる』

「トラ男……」

『それで、その、お詫びと言っちゃなんだが、埋め合わせがしたい。ログが溜まるまでまだ日数があるから、どっか空いてる日あるか?いや、お前がいやだって言うなら───』

「明日!」

『……は?』

「明日!明日がいい!!明日一緒にデートするぞトラ男!!!」

『……っ!おい!そんなにでかい声出さなくても聞こえてる!明日だな!?』

「おう!」

『じゃあ明日!今日と同じ場所で待ち合わせでいいか!?』

「おう!!」

『あー……それと、その……』


ルフィと同様に最初より大きくなっていた声量が急に小さくなった。言いにくそうに口篭りながら、ローが告げた。


『今日着てた、あのワンピース……じゃなくて、その……普段通りの格好で来てくれるか……?』

「……わかった、いいぞ」

『……悪いな』


ガチャリと電伝虫が切れた。

今のルフィは有頂天だった。

まさか!あの!ローから!

デートのお誘いが来るとは!!!

これがきっとロビンの言っていた「渡すだけじゃダメ」というものではなかろうか。ルフィを想ってローが何かを返してくれる。それだけで恋するルフィは舞い上がってしまうほどだった。

ドタドタと足音を立てながら部屋に戻る。煩い!とナミに怒鳴られてしまったが、布団に入ればじっとしていた。明日に備えてきちんと寝なければならないからだ。

明日が楽しみでしかたがない。恋をする乙女とはこういうものなのだろう。

ワンピースの姿を拒まれてしまったことだけが、ちょっと悲しかった。



✣✣✣



「トラ男ー!」


約束の時間。約束の場所。

約束をした男はそこにいた。

ラフな格好のルフィと同様、ラフな格好をしたローがそこに立っていた。


「悪ぃ!待ったか?」

「いや、待ってねぇ。さっき来たばっかだ」


あの後、今日の朝になって「トラ男からデートに誘われた!」とウキウキでナミたちに報告したところ、「なんで昨日の時点で言わないんだ!」と怒られてしまった。

とはいえ、いつものデートと違いルフィは普段通りで来て欲しいと言われている以上できる小細工もないため、普段通りのルフィでトラ男のデートに赴くしか無かった。

一味の皆から言われたアドバイスとしては、今回のデートはトラ男が誘ってきている上に前回のデートへの負い目があることから、ある程度ルフィがトラ男に迫っても拒まれにくいだろうという話だった。

その言葉を思い出したルフィは、思い切ってローの手をギュッと握ってみた。ローは突然のルフィの行動に驚いたようだったが、手は振り払われなかった。以前無理やり手を繋ごうとした時は振り払われたのに。


「麦わら屋、どっか行きたい所あるか?金はおれが出す」

「えっ!いいのか?」

「いいに決まってんだろ。昨日の詫びも兼ねてるし、今日はおれから誘ったんだ。好きなモン食っていいぞ」

「えー!!やったぁ!じゃあな、えっとなぁ!」


ルフィがキョロキョロと周りを見回す。この辺りは海賊向け……というより本来は観光客向けなのだが、屋台が多い。そこらじゅうからいい匂いが漂ってくる。

そんなルフィの目にある店が留まった。ルフィは恐る恐るといった様子で、ローに声をかけた。


「トラ男、あれ、あの店。あそこの店がいい」

「ん?どの店だ」

「あれだよあれ、ほら、あそこの。アイスの店」


それは昨日、ローが泣き出す前にルフィが寄ったアイスの店だった。ローは一瞬瞠目したあと「わかった」と行って、ルフィと一緒にアイスの店に向かって歩いた。

そこからルフィとローの出店巡りが始まった。色んなものをいっぱい食べたいルフィはそこらじゅうの出店で食べ物を買ったのだ。いっぱい食べるルフィとは反対に、ローはあまり食べなかった。ルフィの買ったものを一口貰うくらいで、ルフィのようにいくつも買うことはなかった。


「トラ男はいいのか?これこんなにうめぇのに!」

「おれはいい。お前が食ってるもんちょっとずつ貰えば腹一杯になるからな」


「それも一口もらっていいか?」とローがルフィの持つ肉巻きおにぎりを指す。「ん!」と頬袋をいっぱいにしたルフィがローにそれを差し出し、ローが一口齧った。


「ん、うまいな、これ」

「だろぉ?トラ男も買えばよかったのに!」


傍から見れば、二人はカップルであった。

今までのデートとなにがこんなに違うのだろうとルフィは考えていた。今までのデートであれば、二人はカップルと言うより、歳の離れた兄妹のようであったのだ。それが一体どうして、こんなに変化したのか。ルフィは嬉しいと思う反面、疑問に思っていた。


「いやーうまかったなぁー!」

「そうだな。出店は全部まわったか?」


辺りを見回すと、食べ物系の出店は全て回りきってしまっていた。今ここで「次はどこへ行きたい?」と言われてもルフィは何も答えられないなと思った。正直これだけでもかなり幸せだった。デートが終わってしまうのは寂しいが、お詫びとしてローにあまり無理やり付き合わせるのもどうなのかと考えしまった。こんなこと、今まで考えたことも無かったのに。


「麦わら屋、他にどっか回りたいところあるか?」

「え、あ、えっと……」

「……無いのか?なら、おれが行きたいところでもいいか?」

「えっ」


ローが手をかざし、青いサークルが出現する。


「おいトラ男!どこ行くんだ?」

「行ってからのお楽しみだ」


「シャンブルズ」の一言でがらりと景色が一転した。


「……ここは?」

「おれたちの船が停まってる船着き場の反対側の、ビーチだ」


二人が立っているのはビーチの浜辺だった。

すでにかなり日が傾いており、海の水面は真っ赤に染っていた。夕日を受けてキラキラと反射しているのが眩しい。


「この島の名所なんだと。ここに連れてきたかった」

「……きれーだな」


二人で暫く、手を繋いだまま浜辺を歩く。

パシャパシャと海水が足にあたるが、ルフィもローも全く気にしなかった。

意を決したように、ルフィがローの手をぎゅうっと一際強く握った「なぁトラ男」


「───ラミって誰だ?」


勢いよくローがルフィに振り返った。ルフィの瞳は真っ直ぐにローを見つめていたが、ローの瞳は動揺で揺れてた。

ルフィには一つ、ロビンたちに言っていないことがあった。

昨日ローが突然泣き出した時、その直前にローはルフィを見てぽつりと零したのだ。


『───ラミ』


そのときのローの瞳が、声が、涙が、ルフィの心に杭となって刺さっていた。

ルフィを苛んでいたのはローを求める欲だけではなかった。

自分の知らないローを知る誰かへの強い嫉妬。その醜い感情が、ルフィの胸に渦を巻いていたのだ。


「なぁ、トラ男。ラミって……誰だ?」


ローの震えが繋がった手のひらからルフィに伝わっていた。けれどルフィはただひたすらに真っ直ぐな目をローに向けるだけだった。ローもまた、ルフィから目をそらさなかった。

しばらく膠着状態を維持していたが、諦めたようにローが目を伏せた。


「……座っていいか」


二人は近くの堤防に腰を下ろした。

ルフィはそこで初めて、ローの口から彼が海賊になる前の話を聞いた。

白い町、フレバンスのこと。

医者の両親がいたこと。

近所に教会があったこと。

仲の良い友人たちがたくさんいたこと。

幼い妹がいたこと。

その全てが滅び、今はないこと。


「ラミはおれの妹だ。ワンピースが良く似合う、小さな、普通の子で。白い色が好きで、よく着てた。祭りに行くと、いつもアイスを買いたがって……」


ラミを語るローの瞳は、ルフィが見た泣き出す寸前のローの瞳と同じだった。

あれは兄の瞳だったのだ。

ルフィはあの瞳の対象に嫉妬すると同時に、どこか既視感を抱いていた。あの瞳によく似たものをどこかで見たことがあると。

それはきっと、ルフィを大切な妹として可愛がってくれたエースやサボと同じ瞳だったのだ。

あの時ルフィが見たローが、ルフィの知らないローだったのは当然だった。あの時のローは「海賊トラファルガー・ロー」ではなく、「ただ一人の兄であるロー」だったのだ。


「あの時……お前が白いワンピースを着て、白い街並みの中、アイスを持って、おれに向かって走ってきて……お前とラミが重なった。それで……抑えきれなくなって……」

「謝るなよトラ男!お前全然悪くねぇじゃん!」

「それでも、昨日、おれはお前を避け続けた。流石に気がついてただろ?……ちょうどこの島に来て、白い街並みで……嫌な夢を見たばかりだったんだ。お前には八つ当たりみたいなことをした。……悪かった」


ローが項垂れたまま、ルフィにそう言った。

ルフィはローになにか言おうと思ったが、上手く言葉にならなかった。

ルフィは本当に、ローのことを何も知らなかったのだ。

ドフラミンゴによって大好きな人を殺されたとは聞いたことがあった。しかし、まさかそれより前に何もかも全てを失っていたとは知らなかったのだ。

もっと、もっと知りたい。

そばに居たい。

泣かないで欲しい。


「トラ男」


ルフィがローの手を握った。

先程とは違う。柔らかく、包み込むような握り方だった。


「……なんだ」

「好きだぞ」


ローの目が見開かれた。

ローの口が開いては閉じてを繰り返していたが、ルフィはローが何かを言う前に告げた。


「今日は返事はいいや」

「……いいのか?」

「うん。おれが好きって言いたかっただけだから」

「……そうか」


それから二人は何も言わなかった。

手を繋いだまま、地平線に沈んでいく夕日をじっと見ていた。




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