痛みを超えて星となる

痛みを超えて星となる



「今日の仕上がりは中々のものだったな! シャルルもそう思わないか?」

「ああ、そうだな」

天馬司は揚々とした足取りで部屋に入る。練習を終え、自身の演技に確かな手応えを覚えた彼は達成感に包まれながら自宅に帰ってきた。今にも鼻歌を歌い出しそうなほどにご機嫌な彼はそのまま華麗に半回転し、彼の後に続いて入った人物──シャルルマーニュに向き直る。

「だが、これで満足するようなオレではない! 大事なショーなんだ、相手の心を掴んで離さないパフォーマンスを披露しないとな!」

音楽の消えたシブヤで、二人は仲間と共に大切なものを取り戻そうとしている。先ほどまで行なっていた練習はそのためのものだ。敵に囚われたセカイの住人──バーチャルシンガー達を目覚めさせるためのショーを披露するのが彼らの戦い方なのである。

しかし、どういうわけか戦闘能力まで持ってしまったバーチャルシンガー達をショーだけで取り戻すには壁も多い。だからこそ本番で何があってもいいように完成度を高めることが重要なわけで、司が自身に手応えを感じて喜ぶことはおかしな話ではないのだが、シャルルマーニュはどこか厳しい顔つきで彼を見ていた。

おかしい、普段の彼なら笑顔で頷いてくれるだろうに。

そう思った司が声をかけようとしたと同時に、シャルルマーニュが口を開いた。


「司、我慢してるよな?」


思わず目を見開く。出しかけた言葉が詰まる。彼の言うことの意味はすぐに理解できたし、図星だった。

シャルルマーニュと出会う前から、正しくはこの特異点が発生した時からかもしれない。司は身体にずっと原因不明の痛みを感じていた。もしかすると彼のセカイが消失してしまったことが原因か、そう推測を立ててはみても解決策がないのでただ耐えるしかなかった。

最初は全身を切り裂くようなひどい痛みで、あまりの苦痛に廊下で倒れかけていたところを咲希に看病してもらった。しばらくすればそれもおさまったが、今度はじくじくと蝕むような慢性的な痛みが続くようになった。最初の激痛ほどではないが、時折それも強まることもある。

シャルルマーニュはこのことを知っていた。というより、共に過ごし始めて早々に指摘された。その観察眼はさすが冒険者というところか。とりあえず大丈夫だからとみんなには黙っていてもらい、今でもうまく隠せているつもりだった。まさか改めて指摘されるとは。

「……そんなにわかりやすかったか?」

「うまく隠せてるとは思うぜ。俺はずっと司の傍にいたからわかる」

ばつの悪そうな顔をした司に、シャルルマーニュは言う。

「今だって、ターンの軸足が微妙にブレてたしな」

「よく見てるな……」

心配をかけたいわけじゃなかったことと、そんな些細なところまで見ていてくれたことに複雑な感情を抱えながら司は苦笑した。

「アンタが言うなって言うから俺はまだ黙ってる。けどみんなそろそろ違和感くらい覚えてもおかしくない……めちゃくちゃ痛むんだろ、それ」

さっきからずっと図星ばかりを突いてくるな、と司は思った。時折強くなる痛みは、ここ数日でその頻度を増してきていた。セカイの影響だとしたら、音楽を失ったあの場所が悲鳴を上げているのかもしれない。

本来なら音を上げるべきなのかもしれない。しかし司は違った。自分にとっては耐えられないものではない、彼はそう確信していた。

「その通りだが、まだみんなに伝えるつもりはないぞ」

「司、」

「頼む、わかってくれ。本番はもうすぐだ。公演が近い今、別のことに思考を割いてほしくない。オレ達は必ずみんなを取り戻さなくちゃいけないんだ」

司の黄色い瞳がまっすぐシャルルマーニュを見つめる。そうされて初めて、幻想の王は気付いた。彼は強がっているわけでも自棄になっているわけでもない。その目にはパフォーマーとしての矜持と強い意志がこもっていると。

シャルルマーニュはその双眼の輝きに、未来のスターの片鱗を見た。

「次のショーが終わったら必ずオレからみんなに伝える。そうなったら叱咤もいくらでも受けよう。だからシャルル、その時まで協力してくれないか?」

司の言葉に、シャルルマーニュは厳しい顔のまましばらく沈黙する。やはり駄目だろうか、と司が一瞬不安を覚えた矢先に彼はふっと眉を下げて柔らかく笑い、ため息をついた。

「……ったく、そこまでされたらしょうがねえな」

「シャルル……!」

「みんなにはまだ黙っておく。けど俺が限界だと感じたら容赦なく言わせてもらう。それでいいか?」

「ああ、それで構わない」

頷く司に、シャルルマーニュも「よし」と相槌をする。

「こうなったら、本番は絶対に成功させねえとな」

「もちろんだ。絶対に音楽とあいつらを取り戻さなければならないからな」

「……ああ、でもアンタならきっと大丈夫だ」

シャルルマーニュの瞳が司を捉える。その深い青には強い決心と確信が湛えられていた。

「カッコ良いアンタが輝けるように、俺がついてる。……これで失敗なんてするわけねえだろ!」

「! ああ……そうだな!」

シャルルマーニュの言葉に、司も笑顔で返す。

痛みが止んだわけではない。だがそれを抱えているのはオレ一人ではない。

自分の意志を受け止め、支えてくれると言ってくれたシャルルマーニュの存在は、司にとっても心強いものとなっていた。

マスターとサーヴァント。本来このシブヤではあり得ない出会いを経た二人の絆が、確かに深まった夜だった。


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