痛い立ち位置

痛い立ち位置


※注意※

・CPは友→流→ユウ→←賢 前提 流ジェミ

・根底は流→ユウ

・ジェミニ誘い受けの流ジェミ(本編を観てたときはジェミ賢ハァハァしてたのに…)

・匂わす程度にサジジェミ

・Hに至るまでが長い

・エロはぬるくて最後まではヤッてない

・根底は流→ユウ <大事なことなので2回(ry











 出逢いがもう少し早ければ…あるいは…いっそ、出逢わなければ良かった。

 なんて、そんな安っいラブストーリーみたいなことを思ってみる。




  『痛い立ち位置』




 どうしてこんなことになってしまったのか。

 ベッドの上、自分の足下に寝転がる‘ユウキ’に目を向けて、流星は己の浅ましさに舌打ちした。

 床に散らばった青いジャケットと白いブラウスは、流星が脱がして投げ捨てたものだ。捲れ上がったチェックのスカートから覗く少し赤みを帯びた太腿が妙に艶めかしい。脚の付け根からは欲まみれの汁が垂れている。…それは果てた女の姿だった。

 自分が何をしているのか我に返ったところで、今更 遅い。――触れずにいようと決めていたのに。


 流星はフォーゼシステムを利用する為に仮面ライダー部を転がり込んだ。自分はずっと部員たちを欺いていた。人の道に反していることを承知の上で、流星は騙していた。

 ユウキは、そんな自分とは真逆な存在だ。

 人の良い顔を張り付けて、本当の目的は笑顔でひた隠し、付け入る隙を見計らう日々の流星だったが、天真爛漫なユウキに毒気が抜かれた。彼女の純粋さが眩しかった。

 ユウキが好きだと自覚するのに時間はかからなかった。と同時に、自分がこの部に潜入した経緯を考えると、好きであってもどうしようもないと思った。

 想いを伝えたら、きっと自分は止まれない。彼女を汚してしまう。

 触れてはいけない、そんな気がした。

 弦太朗を殺めてしまったことで、それはますます大きくなった。

 ライダー部の皆は赦してくれた―本人でさえ―が、弦太朗を一度 手に掛けたことは深い刺となり、未だに流星を苦しめている。殺人を犯した自分は、文字通り、血で汚れている。血に染まった自分の手で彼女に触れるのは躊躇われた。


 だから、触れてはいけないと思っていたのに。

 どうしてこんなことをしたか――下世話なことを言うと、欲望に負けたのだ。

 何とも勝手な言い訳だが、彼女を壊したいと思った。思ってしまった。






 流星がユウキと初めて逢ったとき、既に彼女の隣には弦太朗と賢吾がいた。

 そして、ユウキが好きなのは賢吾だということも、入部早々に勘付いた。

 それは、マグネット・ステイツに関して弦太朗と賢吾が大喧嘩したときだ。

 要するにあれは、流星が部内で上手く立ち回れるように弦太朗と賢吾に取り入ろうとして、反対に引っ掻き回してしまった訳だが、そのときのユウキの落ち込みようは側(はた)から見ていて痛々しいものだった。

 『賢吾君のこと、わかってるつもりでいたの』。そう告げた彼女の微かに震えるような声を流星は今でも憶えている。

 始まりから賢吾と一緒だったのに弦太朗の行為に彼がどれだけ傷ついているか気づけなかったと、賢吾に弦太朗を引き合わせたのは自分なのにと、自身を責め、だから自分が何とかすると背負おうとする健気さや、賢吾はひとりで頑張っているだけでなく自分を気遣ってくれる優しい人だとか、どうにかして彼の力になりたいが自分ができることは少なくて自分だけでは彼の手助けはできないとか、そんなときに弦太朗と再会して彼なら賢吾の力になってくれると思って安心したとか、なのに仲違いしたふたりにどう接したらいいかわからないとか、云いながら、今にも泣きそうなくせして涙ひとつ見せない気丈さに、流星は手を差し伸べて、その細い体躯を抱き締めたい衝動に駆られるのを寸でのところで踏み止まって、心中で<賢吾君、賢吾君、煩いんだよッ>と悪態を吐いたのだった。


 それ以来、こんなふうにユウキが弱みを見せることは稀にあって、大抵その弱気な態度は流星の前で現れるらしく、それは彼女が自分に心を許していることの顕れとすれば嬉しいことなのだが、彼女は打ち明けるだけで流星に助けてほしいとは決して云わなかった。

 彼女が自分に何を求めているのかわからなかったが、話を聴いてくれるだけで充分だよとユウキに云われたとき、流星は自分の立ち位置を突き付けられ、頭を殴られたような感覚に陥った。


 ユウキが頼りにするのは結局のところ弦太朗で、賢吾のことになるとユウキは必死になる。

 自分が彼女の心に入り込む余地はないというのは流星自身がいちばんわかっていることだ。


 だったら、これはどういうことなのか。自分は何故‘ユウキ’を ベッドの上に押し倒したのか。

 …多分、限界だったのだと思う。色々と。






 流星は、つい先日のヴァルゴとの闘いに思いを馳せた。

 次々とライダー部員を襲撃したヴァルゴは当然、ユウキにも迫った。

 強襲ののちラビットハッチへ戻る道すがら、ヴァルゴの脅威に怯えた様子のユウキに流星は、ここから先は関わらない方がいいと云った。これ以上は危険だ、命の保証がないと、そう云った。

 『俺が君を護る』とかいう寒い台詞を云う気はないし、云える立場ではなく、そんな資格もないとわかっているから、せめて…敵の手の届かない、安全な場所へ行ってほしかった。…なのに。

「私…逃げないよ」

「ユウキ君…?!」

「賢吾君の力になりたいけど、私だけじゃ役に立てないから弦ちゃんにも手伝ってもらうことにしたって云ったよね?」

「うん…」

「それって裏を返せば…弦ちゃんを巻き込んだってことだよね」

「!」

「私が弦ちゃんを巻き込んだ。たとえフォーゼじゃなくても友だちの為なら体を張る、それが弦ちゃんの普通でも、それと私が弦ちゃんを危険な目に遭わせることは話が別。

 私が何とかできていれば…弦ちゃんだけじゃない、きっと皆も巻き込まなくて済んでた。

 賢吾君の為と云って、私が弦ちゃんを巻き込んだんだ。

 それなのに、ヴァルゴに脅かされたからって、下りる…なんてしたくないよ。

 私には何の力もないけど。それでも…――最後まで賢吾君の傍にいたいの」

 巻き込んだ責任も取らなきゃだしね、とおどけたふうに笑うユウキに、流星は何も云えなくなった。

 『ユウキ…君もいいんだぞ。無理をするな』と賢吾に云われて、結局ハッチを飛び出したユウキに、流星は無性に腹が立った。

 『最後まで賢吾君の傍にいたい』って、しおらしいこと云ったくせに。――流星の胸に痛みが走る。痛みの原因はユウキの云っていることが異なるからじゃない。

 ―――俺の忠告は聞き入れないのに、賢吾の云うことには従うんだな。

 やっぱり賢吾の云いなりかよ!…イラつく。――それは、全くお門違いな嫉妬だ。けど…。

 だって、あれは…――本気の諭しだった。本気だったんだ。


 ユウキが頼みにしているのは弦太朗で、ユウキが支えたいと思っているのは賢吾で。加えてユウキが誰かに護られることを望むタイプの女の子じゃないと知っているから、流星は彼女に護ると云ったことはない。唯の一度も。

 誰にでも分け隔てなく接し、屈託なく笑って、周りを明るくするユウキは、自身が如何に皆の支えになっているかわかっていない。その上 逆にユウキが本当に辛いとき頼る人間は限られている。そして、彼女に頼られるその人物が自分でないことは流星にはわかっていた。彼女に<傍にいたい>と思われるのも、彼女を支えられるのも、自分じゃない。そういう役目は自分にはない。

 どんなにユウキの力になりたくとも、意外にも他人に気を回されると恐縮するらしい彼女が困らないように、流星はユウキに対して敢えて素っ気ない態度を執っている。“俺は君を甘やかさない”という、そんなスタンス。損な役回りだなぁと思うのだけれど、そうやって突っ撥ねて距離を取っておかないと、自分は仲間を裏切った汚い人間であるにも拘わらず、彼女を捕まえて閉じ込めたくなるから、仕方ない。暴れ出しそうな感情と何処までも付き纏う裏切り者の烙印を鑑みれば、流星はユウキにツレない素振りをする他なかった。

 それでも、ヴァルゴとの一件があって、これ以上は関わるなと云った言葉は流星の本心だった。


 いつも元気いっぱいなユウキの、あんな恐怖に凍る表情を、流星は初めて見た(不安に曇る顔なら見たことがある―弦太朗と賢吾の大喧嘩のとき―が)。

 だが、彼女を甘やかさない立ち位置の自分は優しい言葉を掛けられない。それで、命の保証はないと脅すような物云いになったのだが、その裏の本音がユウキには届いていない。――その事実が痛い。わかっている、自分の役割も、自分をそういう位置付けにしたのは自分自身だということも。

 わかってはいるが…正直、キツい。

 だから…、伝わらないもどかしさに、流星は苛立った。『君は巻き込まれただけだ』と云った賢吾のユウキへの眼差しが穏やかだったことも癇に障った。ユウキを労ることができるのは、彼女を温かく送り出せるのは、賢吾だけと、見せつけられたようで…気分が悪い。

 あのとき、足手纏いとでも云ってやれば、ユウキは大人しく引いたのだろうか…そうなっていたら、賢吾のユウキを見つめる慈愛に満ちた目も、ユウキのせつなげに潤んだ瞳も、互いに想い合っているふたりも、目にせずに済んだのだろうか…などと馬鹿らしいことを考えていたところに、

 ヴァルゴの正体が実はタチバナで、タチバナは流星たちを庇って死んだ という現実である。――それが、流星には堪えた。

 タチバナがヴァルゴなら、そのタチバナの指示で動いていた自分は、ライダー部の、ユウキの、敵ということなのかとか、ヴァルゴが同じホロスコープに粛清されたことは裏切り者の末路を示しているのかとか、ついには自分の存在意義みたいなところにまで考えが及び…流星の心は極限状態だった。

 流星は、もう…精神的にギリギリだった。


 タチバナもとい江本教授の死後、賢吾も様子がおかしかった。江本と最後まで一緒にいたライダー部員は賢吾だから、江本は賢吾を衛る為に瀕死の状態でレオとリブラに立ち向かっただろうことは想像に難くなく、それで賢吾が負い目を感じているのかと思ったが、どうもそれだけではなさそうだと流星は感じた。

 江本に何か云われたのかもしれない。だが、賢吾は放っておいてほしそうだったので、流星はしつこく追究しなかった。

 その代わりと言おうか、流星はユウキに賢吾の傍にいるよう促した。…何やってんだと思う。

 好きな女の背中を押して恋敵との仲を応援するのかと、周囲から見れば、自分の言動は滑稽だろう。(実を言うと、情緒不安定気味な自分が何をしでかすか自分でもわからなくて、自分の立ち位置も忘れてユウキに縋って、触れて、傷つけてしまいそうで恐くて、それ以上にそのことでユウキに嫌われるのが恐くて、流星は彼女を追い払ったのだが。)


 そして今度は、ユウキの偽者が現れた。

 私を疑うの?友達甲斐が無い!と弦太朗に怒るユウキとオロオロする弦太朗を見て、喧嘩しているのに、そこに幼馴染の気安さを感じて

 <ユウキ君、俺にこんな怒ることないよな…弦太朗だから凄く怒ってるんだろうな。そんなに弦太朗が大事なんだ…>

と、羨ましく思った自分は相当に疲れている。

「ユウキ君が誰かに操られている場合もある」

 羨望を奥底に沈め込ませ、極力 客観的な意見を努めて冷静に流星は云った。

 ユウキは人を陥れるような真似はしないと信じていが、自分は彼女を手放しで甘やかせる立場でないから、一歩 引いたところからの発言になる。けれど。

「いっそ流星君みたいに、きっぱり疑ってくれた方が気持ちいいよ!」

と弦太朗に噛み付くユウキの言葉に、流星は凹んだ。


 ユウキは流星には疑われていると思っている。――俺は信じているのに…ッ

 自分は、キッグナスのような例もあるからユウキも同じだったら大変だと、彼女を心配して…。

 いい加減、気づけよ。と思う。

 …自分の気持ちを気づかれないように、わざと冷たい態度を彼女に執っているのだけど。彼女と距離を置いているのは、自分の方だけど。

 でも、そろそろわかってほしい。――俺が君を好きだってこと。


「如月は君が大事なんだよ」

 賢吾の少々的外れなフォローも虚しく、最初に私を疑ったのは弦ちゃんだよ?!と喚いて、ユウキは去った。


「そいつ、変なこと言ってた…そいつも私だって、もうすぐ私が消えちゃうって!」

 ユウキの偽物の正体が双子座のホロスコープとわかり、ジェミニと闘っているフォーゼとメテオの元に、賢吾と一緒に駆けつけたユウキがそう云った。

「光と闇、2つに割れた彼女が淘汰し合って、どちらか濃い方が残り、もう一方は消滅する。

 新しい城島ユウキの誕生だ…!」

 サジタリウスの言葉でユウキに異変が起きたのか、ユウキ…どうした?という賢吾の声が聞こえる。

 これは一刻も早く片を着けないと。

「私は濃くなり続けている!今なら…超・新・星!」

 ジェミニが分身を作り出し、攻撃してきた。

「如月!それは、ただの分身体じゃない!爆発エネルギーの塊だ!」

 それを聴いて、流星は弦太朗から分身体を引き剥がしたが、その爆発を自分が喰らってしまった。


 薄れゆく意識の中、ユウキ、何処へ行くんだ?!と賢吾が叫んでいるのが微かに聞こえた。


 ―――ユウキ君、行っちゃ駄目だ…ひとりになっちゃ駄目だ…

 声が出ない。

 ユウキ君…行くな…。――そう云いたいのに、声が出ない。

 届かない。いつもそうだ。俺の声は彼女に届かない。


 賢吾、流星を頼む!と云う弦太朗の声がして、あぁ自分はそんなに重傷を負ったのかと他人事のように思う。

 ユウキーユウキーと彼女の名を呼ぶ弦太朗の声が遠ざかっていく。


 待ってろ、ユウキ君…今から弦太朗が君のところへ行くから。

 だから、安心して。…きっと弦太朗が君を守るから。

 君が誰より頼りにしてる弦太朗が、きっと…


 そこで、流星の意識は飛んだ。





 目が覚めると見慣れない天井が視界に入った。

「気がついたか?」

「賢吾…」

 そうか、俺は…ジェミニの爆発を受けて…。すると、ここは病院か。

 そこで、はたと気づく。

「ユウキ君は…?!見つかったか?!」

「否…それがまだ――「何をしている?!」

 自分が気を失ってどれほどの時間が経ったのか。彼女をどのくらいひとりにしてしまっているのか。

 勢いよく起き上がった流星は、身体中に走った激痛にベッドへ倒れ込んだ。

「朔田、急に動くな!傷口が開くぞ!」

 自分を気遣う賢吾をキッと睨みつけ、流星は云った。

「俺の心配をしてる場合か!おまえもユウキ君を捜しに行け…ッ!」


 彼女が、いったい誰の為にライダー部に戻ってきたと思っているんだっ!!

 その前に、彼女が己の決意を曲げてまでライダー部を抜けたのは誰の所為だ!!

 どっちも賢吾が原因なんだぞ!!

 そもそも、彼女がどんな想いで、おまえの傍にいるのか…賢吾、わかってんのか?!


 『私…逃げないよ』。そう云ったユウキが自分たちの前から姿を消した。

 光と闇に割れた彼女が淘汰し合い、新しい‘城島ユウキ’が誕生すると云ったサジタリウスの憎らしい高笑いが甦ってきて、流星は拳を握り締めた。

 どちらか濃い方が残り、もう一方は消滅する。今ごろユウキは、自分が消えるという絶望に打ち拉がれているに違いない。

 辛いだろうと思う。苦しいだろうと思う。だから――


「彼女の…ユウキ君の傍にいてやれ、賢吾…」

「朔田…」

「ッ…頼む」

 俺じゃ駄目なんだ。――そう小さく漏らした声は賢吾に届いたか、彼はわかったと短く頷いた。

「野座間、ここは任せていいか…?」

「はい」

 友子に云い置いて病室を出た賢吾を見送った後、ほうっと流星は一息 吐いた。


「友子ちゃんも行っていいよ?」

「だめです。流星さん、放っておくとまた無茶するから」

「あーそう。俺の見張りなんだ…」

「それもあるけど…」

 心配だから。そう俯いて云う友子に、ありがとう、と笑うと、彼女は背を向けた。

 少し紅くなった耳を照れてるのかなーと興味無さ気に見ながら、流星はその背に声を掛けた。

「あぁ…咽喉、乾いた。…悪いけど、友子ちゃん…何か飲み物、買ってきてくれる?」

「…わたしが買いに行っている間に病院から抜け出すつもりでしょ?」

「やだなぁーそんなことしないって。だって俺…身体、ボロボロだし。

 起き上がるだけでも全身が痛いってのに、逃亡は無理。だろ?」

「…わかりました。わたしが戻ってきて流星さんがいなかったら…――呪います」

「――ッ!それだけは勘弁してくれ…」

 部屋を出た友子の姿が見えなくなってから、流星はやれやれと頭を振った。


 さて、これからどうするか。

 ジェミニには高エネルギーを操る能力があり、その高エネルギーを爆発力に変え、カードに込めて攻撃してくる。赤いカードは即爆発し、青いカードは好きなタイミングで爆発させられる。

 厄介な相手だ。

 早くジェミニを倒さないと、ユウキが…


 すると突然――

「流星く~ん」

 声が、した。…ユウキの、声が。


 自分を呼ぶ方を向くと、確かにユウキがそこに立っていて。だが、そのユウキから漂う雰囲気に流星は違和感を覚えた。

「何しに来た?」

「決まってるじゃない。お見舞いだよぉ~」

「おまえの所為で大怪我したのに。よくも、そんなこと云えるな…ジェミニ」

「私はユウキだよ」

「嘘を云うな」

 だったら、おまえが撒き散らしている邪気は何だ。――流星は低い声で吐き棄てた。

「嘘じゃないよー。私とあの子は影と光、スイッチで分かれただけで元々は同じ城島ユウキ。

 だからね、あの子の黒い欲望を叶えてあげたの!」

「!」

「そう…賢吾君を出し抜いて、アメリカに行きたい!

 学校中を宇宙ブームにしたい!邪魔な仲間たちを、いじめてやりたい!」

「黙れッ!」

「そんなに恐い顔しないでよー」

「…やはり貴様は偽物だ」

「本物だよ」

「違う!ユウキ君が…彼女が、賢吾を出し抜こうとするはずないっ」

 百歩譲って宇宙を流行らせたい気持ちがあるにしても、あれは遣り過ぎだし、ライダー部の仲間をいじめたいとか、まして賢吾を貶めようだなんて…――在り得ない。

 ユウキが賢吾をどんなに想っているか…――流星はそれをよく知っている。


「どの道、私が本当のユウキになる。

 だって、もうすぐ…――もうひとりのユウキは消えるんだからッ!」

 アハハと嗤うジェミニを、流星は威嚇した。

「ふざけるなッ…消えるのはおまえだ!」

「私はもうひとりのユウキの欲望を叶えることで濃くなり続けてる。

 皆からの信頼を失って、誰も信用できなくなった、あの子は弱気になって、

 あの子自身が自信を失くせば、城島ユウキの記憶も、能力も、姿も、全部 私のものになって、

 あの子はどんどん存在が薄くなる。

 ね?もう…あの子…――用済みよ」

「何だと…っ!!」

「私、もっと濃くなりたいの。早くユウキになりたいの。

 …だから、私を認めて?私が城島ユウキだって」

 ずいっと近づいたジェミニから流星は顔を背けた。

「私…顔も、声も、ユウキでしょ?」

「その顔も、その声も、ユウキ君から奪ったのか?!」

「違う違う。もうひとりの私が勝手に弱気になっただけ。

 だから、これはあの子の責任。私の所為じゃない」


 ユウキは弱気になっている。――もしも今、自分がユウキの傍にいられたら、自分には稀に見せるその弱気な態度を受け止めることができたのに。

 そうすれば、ユウキの存在が薄くなるのを阻止できたかもしれない。


「何 考えてるの?もうひとりのユウキのことかな?

 やめなよ…いなくなっちゃう子のことなんか忘れちゃいなよ」

「…忘れない。俺の知るユウキ君はおまえじゃない。彼女を消させはしない」

「へーそんなこと、云うんだ?だったらさ…私を知ってよ」

「何、を?!…ッ」

 刹那 流星の唇に生温かいものが触れた。

 ユウキの姿をしたジェミニにキスされたのだと理解した瞬間、流星はジェミニを突き飛ばした。

「いったいなぁ…」

「貴様…っ何をするっ」

「…私のこと、好きでしょ…流星君」

!!

「厳密に言えば、もうひとりの私、かな?」

「なっ…」

「云ったじゃん、私とあの子は元々ひとつだったって。

 私はずっとあの子の心の底にいた。私はあの子と色んなものを共有してるの。

 だから…知ってるよ、流星君の気持ち。

 流星君がユウキのこと、どんな想いで見つめていたか…私、知ってるんだよ」

 クスッと笑って、ベッドに膝を乗せたジェミニが流星の肩に手を回す。

 まさか…――変な予感がして、流星は声を荒げた。

「何を考えている…っ?!」

「流星君のこと」

 そう云うと、ジェミニは妖しい笑みを浮かべて、流星の耳元で囁いた。

「いいこと…シよ?」

「断る」

 流星は即刻、拒否した。

「なんで?私が好きなんじゃないのぉ?」

「おまえじゃない!」

「だーかーらー、私がユウキなんだってばぁ。その云い方、傷つくな…

 わかった…もういい!賢吾君のとこに行く…!」

 ジェミニがぷいと顔を背ける。

「賢吾君もユウキのこと好きだから、賢吾君に私がユウキだって認めさせるんだ。

 賢吾君に私を知ってもらって、私に触ってもらって、

 賢吾君に私という存在を刻み込むの」

 賢吾君に愛されるのがユウキだもんね、と嬉々とした表情で云うジェミニに狂気に似たものを流星は感じた。


 こいつ、ユウキ君と賢吾を引き裂くつもりか…!!


「だって、あの子ばっかズルイ…」

 呟くように漏らして、ジェミニは俯いたが、すぐに顔を上げて、こう告げた。

「私、賢吾君が好きだもん…」


 ………


 流星は、一時、思考が停止した。

 それの意味を理解した瞬間、今まで抑えていた感情が爆発した。


 気づいたら、病室を出て行こうとする‘ユウキ’の腕を掴んでいて。(離してという声が聞こえたようだが、そんなものは右から左だ。)

 気づいたら、‘ユウキ’をベッドに押し倒していて。

 気がついたら、見上げてくる‘ユウキ’と目が合って、我に返りかけたが…

 『私、賢吾君が好きだもん…』という声が蘇って、衝動は止まらなくなった。

 偽者とわかっていても、走り出した欲は止まらない。

 流星は組み敷いた‘ユウキ’の額に、そっと唇づけた。


 わかってる。ユウキ君が賢吾を好きだってことは。

 彼女がどんなに賢吾を想っているか、俺は知ってる。

 わかってるさ。けど…――

 偽者とは言え本物の彼女の声で、彼女の口から、聴きたくなかった…!

 ―――賢吾が好き、なんていう言葉だけは…!!


「退いてよ!今から賢吾君に逢いに行くんだからッ」

「黙れよ…」

「厭…賢吾君に認めてもらうの!」

「うるせぇ!」

 流星の低い声に、‘ユウキ’は大人しくなった。

「俺の前で…他の男の名、呼ぶな」

 賢吾の名を紡ぐ憎たらしい唇は塞いでしまおう。

 流星は‘ユウキ’に貪るようなキスをした。薄く開いた唇に舌を入れて、口内を犯す。

 ‘ユウキ’の舌を絡ませ、しばらく堪能した後、唇を離すと糸がヤラしく光った。

「やっと…その気になった…?」

 紅く濡れた唇が目について、流星は視線を逸らすと

「ジェミニ…」

 彼女の思い通りになってしまったのが癪で、彼女をそう呼んだ。

「違うよ…私はユウキ」

 ほら、と艶っぽい瞳に誘われるように、流星は応えた。

「……ユウキ…」

 初めて、彼女の名を呼び捨てた。その言葉の響きが、流星の耳を刺激する。

「うん…流星君、キて……」

 流星の理性が切れた。


 ジャケットを脱がせ、リボンを解き、ブラウスのボタンをひとつずつ外す。

 そうして、曝け出された白い素肌を、流星は指でなぞった。

 鎖骨から滑らせて、首の後ろに腕を回すと、片手で‘ユウキ’の後頭部を持ち上げる。

耳たぶを軽く噛み、首筋に唇づけながら、反対の手で、ブラのホックを外した。

 ゆっくりと‘ユウキ’の頭をベッドに下ろすと、露わになった小ぶりな胸に流星は咽喉を鳴らした。

 双丘の片方に指で円を描くように触る。

「…んっ」

 鼻に抜けるような‘ユウキ’の声を聴きながら、流星の掌に収まる程度のその胸を揉んだ。

「ひゃあっ……!」

 上ずった声をあげて身をくねらせる‘ユウキ’に流星は触ってない方へ目を遣ると、ピンク色の先端が尖がっているのがわかった。

 流星は揉みしだいていた胸の飾りを指先でいじりながら、もう片方の胸に舌を這わせる。

「あっ…ん…」

 普段のユウキからは想像もつかない嬌声に、流星の感覚も麻痺してくる。

 流星は胸を舐め上げると、その頂を口に含んだ。舌で転がしたり、吸い上げたりする度に、ビクンッと反応する‘ユウキ’の下半身を見遣れば、太腿を磨り合わせていた。

 胸を捏ね繰り回していた手を止めて、流星はスカートを捲り上げると、太股の間に指を潜り込ませ、下着の中にその指先を入れた。

「や…っん」

 ‘ユウキ’の甘い声が流星の聴覚を犯す。

 既にじっとりと濡れていた割れ目に、流星は指を入れた。

「や……ああっ!」

 ベッドの上で、‘ユウキ’の全身が跳ね上がった。どうやら絶頂が近いらしい。

 ―――壊れちゃえよ…

 流星は指で中を滅茶苦茶に掻き回した。

「あっ…、もうっ、だめ……、イっちゃう……やっ…りゅ、せい…くん…!」

「っ…ゆう、き…っ」

「あぁぁああ……!!」

 ‘ユウキ’の身体が一際 大きく弓なりなって、彼女は意識を手放した。







 そして、冒頭に繋がる。

 はぁ…――流星は深い溜息を吐いた。

 本当に何をやってんだっ俺…!!

 果てた‘ユウキ’を見て、己の愚かしさに流星はもう一度 溜息を吐いた。


 と、股間に熱を感じて、流星が下を向くと、流星の病院着の下半身を肌蹴かせ、下着も脱がせ、流星自身を口に含んでいるジェミニの姿があった。

「ちょっ…おま…っ」

 何やってんの、こいつ!ってか俺も気づけよ!

 よっぽどギリギリなんだな、俺…と流星は自分が情けなくなる。

「さっき気持ちよくしてもらったから、今度は私が流星君を気持ちよくしてあげるの!」

 含んでいた一物を抜き出して、ニコニコと子供のようにジェミニはあっけらかんとしているが、云っている内容は如何わしい。

「私ねー素質あるんだってーフェラの」

 …?!フェラ…――それは健全なイメージのユウキとは掛け離れていて…性的すぎる。

 云うことが見つからない流星に、ジェミニは続けた。

「サジタリウス様がそう云ってくれたの」

 ジェミニは嬉しそうに、はにかんだ。


「サジタリウス…射手座か…」

 タチバナさんを追い詰めた…敵。ユウキ君を傷つけ、苦しめる…敵。

 俺たちからユウキ君を奪おうとしている、憎き敵。


「だから、流星君も悦んでくれると思うんだ」

 再び咥えようとするジェミニを突き飛ばすと、流星は下着を履いた。

「っもう…酷いよぉ流星君…さっきまであんなに可愛がってくれたのにぃ。

…って、誰かこっち来るー!」

 確かに足音がする。友子、だろうか。

 じゃ、私、帰るね、と云ったジェミニは、一瞬で制服を着ると、流星に背を向けた。

 が、すぐに振り返った。

「…あ、そうだ!伝えるの、忘れてた。流星君もおいでよ。サジタリウス様のところに」

 サジタリウスのところに…?何を企んでいる…?

 睨むように流星はジェミニを窺った。

「そうすれば、いつでも私をあげるよ?だから…――流星君の全部、ちょうだい!

 一緒にイこう?」


「…遅くなってごめんなさい、流星さん。

 怪我に効く薬を作ってたら、こんな時間になってしまって…」

 そう云いながら病室に戻ってきた友子は、すぐに異変を感じたのか、ユウキの姿をしたジェミニの方を向いてこう云った。

「ここで何を…?ユウキさんの姿ならわたしたちが油断するとでも…??」

 相変わらず勘が鋭い。流星は感心する。

「流星さん…何かされた…?」

 されたというかしたというか…。

「ちょうど帰るとこだったんだー。またね、友子ちゃん。…流星君」

 そこでジェミニは流星に近づくと、もしも一緒に来てくれたらと耳打ちした。

 『いっぱいシようね…』

 顔を顰める流星に、ジェミニは考えておいてねとウィンクして、去って行った。


「ジェミニは何しに来たんでしょう…」

「…さぁな」

 よくわからないが…『流星君もおいでよ。サジタリウス様のところに』という言葉から推測するに、おそらく――

「メテオを仲間にして、こちら側の戦力を分断する…目論見、でしょうか」

「?!友子ちゃん、聴いてたの?」

「…流星さんの病室にもうすぐ着くという処で、聞こえたんです。

 『流星君もおいでよ。サジタリウス様のところに』って」

 友子はどこからどこまで聴いていたのだろう。

「流星さんを勧誘しようとしているということは、つまりそういうことでしょう?」

「だろうな」

 それがサジタリウスの意図だろう。…ジェミニがその意図を理解できているかは別としても。

「まずは重傷を負った流星さんを狙った…」

「多分」

「流星さんが断ったから、次は弦太朗さんの処かも…」

「賢吾、かもしれないな」

「賢吾さん、ですか?…そっか、賢吾さんはライダー部の要…」

「弦太朗も要だから、賢吾と弦太朗は両輪で、ふたりの友情は固い。

それで、ふたりより俺が引き抜き易いと踏んだんだろう」


 そして色仕掛け。それには見事に引っ掛かった流星だが、サジタリウスの手下には絶対にならない。当然だ。

 『いっぱいシようね…』。別れ際のジェミニの言葉が浮かんできて、流星は頭を振った。


「流星さん…このこと、皆には黙ってた方がいい?」

 良からぬことに気を取られていた流星は、心配顔で覗き込んでくる友子の目が見れなくて、自虐的に彼女にこう問うた。

「このことって、ジェミニに一緒にサジタリウスの処へ来いと云われたこと?

 それとも…偽物とわかっててユウキ君の姿をしたジェミニと俺がヤッたこと?」

「え…」

 友子が大きな目を丸くした。その表情は流星が何を云っているのかわからないといった感じで、友子は見ていないのだと流星は知った。


 それよりも、だ。

「友子ちゃん…君が作ったその薬、即効性あるよね」

 流星とジェミニの間に何事かあったのかと不安な色を見せる友子に、俺は大丈夫、それよりも…と流星は訊いた。

「え、えぇ…。!っまさか…流星さん…っ…」

「時間がないんだ!」

「流星さん…」

「友子ちゃんもわかるだろう?先刻のジェミニの姿、どっから見てもユウキ君だ。

 それだけジェミニの存在が強くなっているってことだ」

「それじゃあ、本物のユウキさんは…」

「あぁ。ジェミニ・ゾディアーツの姿になっているだろうな」

「っ…」

「急がないと…ユウキ君が…!」

 消えてしまう…――口にしたくもない。


 消させるものか。

 キラキラ眩しくて、ふわふわ柔らかくて、ほわほわ温かくて…そんなユウキに、自分はどれだけ救われただろう。

 太陽みたいな笑顔で、太陽みたいな優しさで、ライダー部の皆を支えているユウキ。

 自分が辛くても平気な表情(かお)をするくせに、誰かが傷つくと涙するユウキ。

 賢吾を見つめる甘ったるい視線とか、淋し気な視線とか、賢吾に向ける微笑みとか、そんなふうに精一杯 賢吾が好きだと表現しているユウキ。

 笑っているユウキも、泣いているユウキも、流星は好きで。

 自分にだけ見せる弱気なところも可愛くて。

 たとえ自分の気持ちが彼女に伝わっていなくても、彼女が他の男を想っていても、ユウキの全てが流星は愛おしくて。

 だから――消させない。

 ―――俺は君の存在を消させはしない。


 ジェミニの云うようにユウキが自信を失くしているとしたら、それを取り戻させるのは、弦太朗だ。彼女は弦太朗に疑われたことがショックだっただろうから。自分が誰よりも信頼する弦太朗に彼女は信じてもらえなかったと傷ついたのだろうから。弦太朗がユウキのとの幼き日の約束を思い出せば、きっとユウキに記憶と自信が蘇る。

 ジェミニの姿になってしまって、ひとり不安になっているだろうユウキの傍にいることを許されるのは賢吾だけだ。賢吾なら、ジェミニの姿をしていても彼女がユウキだとわかるはずだ。今のユウキに寄り添えるのは、賢吾しかいない。


 ユウキが頼りにしているのは弦太朗で、ユウキが傍にいたい・傍にいてほしいと思うのは賢吾で。

 だから、自分ができることは…――流星はメテオストームスイッチを手に取った。

 ユウキの自信を取り戻させる為に弦太朗が奮闘し、ユウキの傍に賢吾がいるのなら、残りの問題はどうやってジェミニを倒すかだ。ジェミニを倒さなければ、ユウキを助け出すことは現状できない。

 メテオストームなら、あの厄介な分身の爆発力を吸い込める。


「行こう、友子ちゃん」

 そう友子に声を掛け、流星は歩き始めた。


 待ってろ、ユウキ君。俺は、俺の立ち位置で、俺の遣り方で、君を助ける…!

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