病みキャス後編(Aルート)
「──いいよ。」
「……え?」
なんて言われたんだろう。まだ頭がぼんやりしてる。
「ごめん。君がそんなにオレの事を思ってくれてるのに気づけなかった。君の言う通り、心のどこかで『オレは人類最後のマスターなんだから誰かを特別扱いしちゃいけない』って、そう思ってた。だけど今、はっきり言うよ。」
どくどくと鼓動の音が聴こえる。脳が、心臓が、全身が次の言葉を待ち望んでいる。
「オレは──藤丸立香はアルトリア・キャスターが好きだ。」
「…………っ!」
嬉しい。
そんな感情とは裏腹に我に帰った私の脳内は急速に冷静になっていく。
私は何をしてるんだろう。
身勝手な想いをぶつけて、彼の隠していた本音を言わせて、挙句──命を危険に晒して。
ゆっくりと彼の首から手を離すと、そこは私の手の痕で少し赤くなっていた。
「う……うあぁ……!ごめんなさい、ごめんなさい!わたし、なんでこんな……!」
涙が溢れる。嫉妬に塗れた自分が嫌だ。好きな人にエゴを押し付けた自分が嫌だ。助けてもらったのにその行為に怒る自分が嫌だ。
「大丈夫、オレは大丈夫だから……落ち着いて。」
優しい声と共に抱き締められてそっと背中を撫でられた。暖かな温もりに包まれるけど今は私の醜さが露わになっているようで辛かった。
「さっき言ってたよね。『他の人にも同じことをするのか』って。……君には悪いけど、多分君の言う通りオレは同じように庇うと思う。だけどね……」
そう言って立香は──私の顔に近づいて。
そっと唇を重ねてきた。
「〜〜〜!!?」
「……んっ。こんな事をするのは君だけだよ。今はカルデアのマスターとしての役目があるからみんなの前では出来ないけど……ひとまずは、それじゃダメかな?」
ああ、なんて──なんてズルい人。
「……なら。」
言葉を振り絞る。
「いつかこの戦いが終わって、あなたが日常に戻れたら──その時は私を選んでくれる?」
「もちろん。…………その日までオレが無事だったらね。」
自嘲するような言葉に驚いて立香の心を妖精眼で見ると、彼の心の中は普段みんなの前で快活に笑う彼とは似ても似つかない、終わらない戦いへの不安と恐怖に満ちていた。
当然だ、だって今の立香はただの1人の人間として私と向き合ってくれてるんだから。
……ようやく何で自分があんなに怒っていたのか理解出来た。こんなに傷ついてるのに平然と笑顔を作る彼が、あのころの『予言の子』によく似てたから。私に春をくれた貴方がそうなるのが嫌だったんだ。
「…………大丈夫だよ。」
「え?」
「私が、絶対にあなたを日常に帰してみせる!もう二度と傷つかないように守ってみせる!苦しいことがあったら一緒に分け合って背負ってあげる!だから、だから……!!」
自分で言いながら途中から涙交じりになってしまった。
「弱音もいっぱい吐いてよ。好きなだけ泣いてよ。私の前では『藤丸立香』のままでいて。」
「……うん。その代わり君も約束して。オレ達が2人だけのときはお互い素顔のままでいよう。──前にグロスターで歩いたときみたいに。」
「はい……!」
そうしてもう一度抱き合った私達はようやく笑顔になり、唇を近づけて──
『全て』が終わった後のとある街で。
「うぅ……や、やっぱり緊張する……」
「大丈夫。現代の服も似合ってるし可愛いよ。」
「そ、そう?ありがとう……じゃなくて!逆に立香は緊張してないの!?数年ぶりの帰宅で婚約者も連れてるんだよ!?」
「まぁオレの親ならなんだかんだ受け入れてくれるよ。それに……『日常を取り戻せたら私を選んで』って言ったのはアルトリアの方でしょ?」
「それはそうだけどぉ……聖杯で受肉させてくれたのも嬉しいけど……まだ心の準備が……!」
「もっと大変なことしてきたじゃん、オレ達。」
「乙女にとっては一大事なの!」
そう言って笑いながら私達は雑踏の中に消えていった。
どこにでもいる、普通の恋人同士のように。