疑惑は蜘蛛の糸に似ている
「なぁ、シーロちゃーん」
生意気な呼び方に、日番谷の額にびきり、と青筋が浮かぶ。彼の目の前の男は、常飄々とし面倒事はのらりくらりと躱す奴だが、こと今日に関してはその態度は違和感しか生まない。
五番隊隊長、藍染惣右介が何者かによって殺害された。へらへらと笑う男は五番隊の副隊長であり、また、噂程度だが彼にとっては藍染は父のようなものだというのは良く聞いた話である。しかし彼に動揺した様子は無くいやに冷静の、恐ろしいまでに平静だった。
日番谷は、藍染の死体を前にし彼の口が「へぇ……?ま、死んでてくれた方が俺はいいけど」と動いたのをみていた。そうなると藍染の死体を発見したのが、隊首会に向かっていた彼ではなく、彼の副官章を持って追っていた、三席の雛森であることすら疑わしく思えて来てしまう。
そんなわけで、日番谷冬獅郎は市丸ギンの次に、あるいは彼らの共謀ではないのかという事も含めて、最大限の警戒をしつつ彼と共に行動していた。
「オマエにそう呼ばれる筋合いねぇって何度言えば……って、何読んでんだ雛森宛だって言ってるだろうが!!」
叫んだ日番谷は、咄嗟に彼の手から藍染の遺書を奪い取る。元々日番谷に見せるつもりだったらしく、いとも簡単に取り上げさせた彼は、手持ち無沙汰に本棚の背をなぞった。その様子に不信感を強めた日番谷は自分は読まぬ様に遺書を元通りにしようとして、しかし、自身の名が記されているのを目にしてしまった。
「それ、どう思う?」
思わず瞠目した日番谷の様子に気付いたのか、間髪入れずに鋭い声が飛ぶ。
「これは……本当に藍染の遺書なのか……?」
「いいや、ええ、残念ながら断言出来ますよ。それは間違いなくソウスケの字で、んで、雛森ちゃん宛てだ。ね、日番谷さん。おかしいと思いません?」
「何がだ」
日番谷の口の中はからからに乾いていた。決して目の前の彼に気圧されている訳ではない。ただ自分は恐ろしい事実に気付きそうで、だが彼は既に気付いているようで、日番谷は続きを促す言葉を掠れた声で絞り出す以外、出来なかった。
「なんで、俺宛てじゃないんでしょうか。いや、そんなことは全く重要じゃない。大事なのは……この手紙、明らかに雛森ちゃんを殺す気じゃないですか」
二人の間に、重たい沈黙が横たわる。沈黙は、肯定だった。容易に考えが回る。何年も雛森を三席として置く藍染が、こんな手紙を見せられた彼女がどんな行動を取るかなんて分からない筈もないだろう。────では、この手紙は一体誰が、何の目的で?
「────まさか」
そうして導かれた結論は、二人して最悪の想定だった。だというのに、何か見誤っているのではないかと、違和感が警鐘を鳴らし続けていた。