異聞具現惑星 アナザー・タイプ・アース
前日談:夢魔の焦り、魔女の決意1
カマソッソは激怒していた
人類最後のマスターが全てを奪っていったのだ
カーンの文明、カーンの民、そして最後に残ったカマソッソ、その全てを喰らったのだ。これは許せぬ行いだ
ORTとの戦いで思わず力を貸してしまったが、それはそれだ
しかしカマソッソは動けない
今此処で此奴を壊せば、ここにあるカーンの歴史も共に壊れて無くなる
カーンを証明する物が無くなり、思い返すことも無くなり、カマソッソはまた一人で生きるだろう
本当に何もかも忘れて、ただそこに有るのだろう
…それは、もう、嫌だ。
ORTは滅びた、ミクトランは消えた、そしてカーンはここにある、ならばカマソッソは動かない
もう、ここから動けない————
「————なら、カーン王国を復活させてみないかい?」
奇妙な、男がいた
人ではない、花の匂いがする、そしてやけに薄い、いや、こいつの事はいい。それよりも、聞き捨てならない事を言ったな
カーンを、復活させる、と
「ああ、何たって此処にはカーンの全てが揃っているからね。タイプアースであるマスターの権能ならここを現実き貼り直す事が可能だ。君の中のカーンの民に肉体を与える事だって出来る」
…空想具現化だったか、そういえばそんな異能を使っていたな
確かにそれなら可能だろう、星の化身である奴ならばカーン王国を作り、百万の民に血肉を与えるほどの魔力もあるのだろう
なるほど、完璧な計画だな、奴に同意を得ているならの話だが
「バレた?話は事前に通したんだけど駄目だって言われてね。だけどもう取れる手段が殆どなくてさ、君を先に説得する事にしたんだ」
…そこまでして貴様はカマソッソに何を望む
「ここの修復だよ」
修復?
「そうだね、説明ついでに散歩しようか。
見せた方が早いだろうし」
…正直、こいつは胡散臭い
だが、それがどうした
嘘ならその場で細切れにしてやればいい。
カマソッソにはやる事がないのだ
その甘言、乗ってやろう
2
カマソッソは呆れていた
人類最後のマスターがまさかの何と死に体だ
カマソッソが手を下すまでもなく勝手にガタが来て壊れてしまうだろう、仮にもORTを倒した勇者が何という有様か
…いや、ORTを倒して生き残っているのだから称賛すべきか
「維持と最新化の為の休眠を無視した稼働による出力低下、連戦による消耗と劣化、そしてORTの戦いでの破損…、彼は既に限界を超えている。
特に酷いのが祭神の呪詛だ、相性が良すぎるせいで取れないし修復能力が低下して腐食が上回ってしまった、廃棄孔に隔離は出来たは良いが修復能力は低下したままだ。
私達もどうにかして直そうと色々やったけど、何たって我等がマイロードは星の化身だからね!ここは概念的に地球と同じ広さがあるせいで、いくら治しても焼け石に水以下の効果しかない。
そういう訳で、是非君に協力してほしいんだ。正確には、君のカーンの民と技術にだけど」
成る程、文字通り"星を直す"という訳か
確かに文明の一つや二つでも無ければ話にならん偉業だ。多少疑問は残るが、まあ良いか。
いや、一つ聞かせろ、カーンをどこに復活させる気だ
「そうだねえ。月の裏、なんてどうかな」
…聞いた事があるな、汎人類史の夜に浮かぶ大きな星だったか、奴にはそこまで行けるのか
「太陽系の中なら何処にでも行けるからね
月は既に人の領土として彼がある程度"掃除"を終えているし、最果ての塔を貼り付ければカーンの再建は完了する」
そうか
カーンは、復活するのか、そうか………
………わかった、お前の提案を受け入れよう
「良かった、これで後はマスターの同意で始められる。今から説得してくるけど、会ってくかい?」
…そうだな、奴には言いたい事が幾つかある
藤丸立香、貴様にもう一度会ってみよう
3
(BGM:At the garden)
殺風景な場所だと、オレは思った
空がある、地がある、雲がある、海がある、山が、泉が、岩が、砂が、雪が、川が、凡そ自然と呼べるものかそこにはある
だが、命だけが其処にはない
鳥がいない、動物がいない、魚がいない、植物が存在しない、人の痕跡が何もない、青い空にあるはずの太陽が無く、太陽が無い空にあるはずの星もない
生命の欠けた世界が、そこに広がっていた
「さて、到着だ。ここが惑星の魂の置き場所の一つであり、我等が主の心の内側の世界。
星の内海にようこそ」
そうか、ここは奴の心象風景か。星の化身の精神の中だと言うのに随分と寂しい景色だ
生物の痕跡の無い自然、それが人類最後のマスターの心の在り方か
あれ程多くのサーヴァントを従えているのに、あれ程必死に仲間を守っているのに、奴の心には何もないと言うのか
「ここはあくまでも彼の単一種としての在り方が写っているだけだ。彼が誰をどう思うかは、この風景とは関係がないのさ」
…単一か、奴には多くの気配が混ざっていたな。精霊とヒト、そしてよく分からないもの、その他多くの混沌を混ぜて出来た汎人類史の王。その在り方が、この風景だと?
「その通り、究極の一は星が作る唯一最強にして単体の種族だ。星から独りで生まれ、星の意思の下独りで生きて、星と共に独りで終わる、同種なんて存在しない不死身の生物だ。
故に彼にとって他の生物は全て過ぎ去って行く過去だ、だから此処には存在しないんだよ」
成る程、生物がいないのではなく"残って"いないのか。全ての生物は過ぎ去って消えて行き、ただ独りの種として眺めて記録してるのか。
恐ろしい程に独りの世界だ、その寂しさはオレにも分かる。
……いや、分からない。生まれた時から独りなど、そんな恐ろしい孤独はオレには想像できない
「まあ此処はまだ彼の心の端だからね。中心に行けば変わってくるさ。
だから、そう心配しなくていい」
…可笑しなことを言う幻影だ、誰が誰を心配するだと?カマソッソは奴の心の貧しさを憐れんでるだけだ
4
カマソッソは疑念を感じた
ここだけ風景が合っていない
途中やけに派手な城があったが「あれは何処かの魔女が勝手に建てたものだから今は気にしなくていいよ」と言われたので無視して進み、中心部に着いた。そしてそこには街一つ分の人工物があった
いや、人工物の山と言った方がいいか。オモチャだか礼装だかチョコだか、よく分からない物が山の様に積み重なってゴミ山の様になっている。しかもよく見るとどれもこれも新品みたいに綺麗だ
まるで最近ここにぶち撒けられたみたいだ
「その通り、ここが出来たのはつい最近だよ。まあそこら辺はマスターに聞けば良いさ。ほら、もう目の前だ」
男が杖を振ると物の山が二つに分かれて道が出来た
道の奥には奴が、人類最後のマスターが二人いる………?
何故二人いる?
【よく来たなマーリン、そして勇者王カマソッソ。私は汎人類史の地球から生み出した"お前と同じで違うモノ(タイプアース)"。名は幾つかあるが………、好きに呼ぶといい】
光だ、光の塊が人型になっている
近づくだけで感じる惑星の様な存在の重さ、アレが奴の心の姿、或いは正体と言うべきか
『…まさかカマソッソを連れて来るとはな、マーリン。そなた一体どんな詭弁を言ったのだ』
ならもう片方は何だ?
十にも満たない幼子の姿、両手で抱えている「人類史」という題の厚く大きな本、体から突き出ている七本の光の槍、何よりこの気配は人間のものだ
これもまた奴の、藤丸立香の心の形なのだろうか
「やあマスター、前回の提案の続きなんだけどさ、彼はカーン王国の復活を条件に君の修復を引き受けてくれたよ」
『…だからそれは無茶だと言っただろう。だと言うのに貴様、カマソッソにそんな戯言を吐いたのか』
「いやいや、君なら可能だろう?移住先は月の裏、あそこならアラヤもまだ届かない。朱い月の残滓が未だ残っているが彼なら問題ないさ。後は最果ての塔の設置や百万のカーンの民の受肉に手間も魔力も膨大にかかるけど、それは必要経費と割り切ってほしい」
『そこでは無い、分かっているのにはぐらかすな!カーンの民はもう復活に耐え——』
「耐えられない?それはどうかな、まだ彼等には自我が残ってる、可能性だけならちゃんとあるさ。
何より君にもう猶予はないだろう?第七異聞帯を切除するまでは奇跡的に持ったが、既に君は限界を超えている。最早戦えるかも怪しいじゃないか」
『………!』
「今まで無視して来た不具合もそうだが、君は異聞帯を取り込みすぎた。人の歴史、人間の情報を大量に取り込んだ事で君の構成要素が人に近づき、君の僅かな人の情動が強まり均衡が崩れている。
致命的なのが遠心分離で一度分かれてしまった事だ、惑星の心の在り方が一つではない様に、肥大化した霊格の影響で人格が一つに戻り辛くなっているだろう?頑強な器のおかげでまだ問題ないけど、このまま無理に存在規模を拡張し続けたら君はタイプアースでいられなくなる。
これを防ぐには早急に修復するか、今すぐ休眠するか、彼を吐き出すしかない」
『?!そ、それは…』
「君が彼らを憐れんでいる、…いや、"惜しんでいる"のは解ってる。だがこのままだと君は最後に立ち会う事すら出来なくなってしまう。どうか今、決断してほしい」
【———そなたの予想通り、あれは私から分かれた別人格、人間性を純化して作られた執着のエゴ。或いは、アラヤが残した人類愛という瑕疵。名を着けるとするならアーキタイプ・アラヤ、……いや、アルターエゴ・藤丸立香と言った方が正しいか】
成程、世界を廻す機構であるオマエには元々愛が、執着という情動が備わっていなかったのか。それもこの世界がこうも殺風景な理由の一つか
道理で幼い訳だ、あいつはオマエの情動の更に一部、謂わば生まれたばかりの人の心か。世界を、人の歴史を八つも取り込んで尚もあの幼さとは、元の情動が幼すぎる
ではこの物の山は差し詰めあいつの人間性の余りか?
【正確には私から千切れた時に溢れ出た切れ端だが……流石に分かるか】
星の意志を代行するオマエに人間性がある訳ないだろう。世界を呵責なく滅ほす存在に人の情があったらそれこそ問題だ
そうだ、問題だ、あれほど不安定な人の心が有ったら問題の筈だ。何故オマエはあいつを消さない。星の化身であるお前にとってはあいつは消さねばならぬ瑕疵だろう
【仕様だからな。アラヤとの契約上あれは私がタイプアースである限り発生する様に設計されている。父たる地球がそう定めたのなら一度芽生えたとしても消す訳にはいかぬ。しかも向こうが嫌がるせいで一つに戻る事もできぬし、向こうの方が存在規模が大きくなってるから今の私ではどの道あれを消す事は出来ぬ。
まあ、放っておいてもあれはその内破裂するがな】
……………
【あれは私に取り込まれぬ為に異聞帯を解析・吸収して得た文明情報を最果ての塔で再構築・加工して自身の存在基盤に継ぎ足している。だが、こうも劣化が激しい今の体と分裂して不安定な霊格でそんな事をすれば魂がもたぬ。
いや、既にボロは出ているか。見ろ、あれの体から光の塔が飛び出ているだろう?あれが継ぎ足した汎人類史を含めて八つの世界、それが収まり切らず溢れ出ている。私の断片でしかないあれに世界を八つも背負える筈が無い。
このままだと良くても私とあれが物理的に分裂、最悪は私を巻き込んでの崩壊、どっちにしろ私はタイプアースでは無くなるか】
……愚かだな、その有様でカマソッソを食ったのか
カマソッソは強大だ、カーンの歴史も膨大だ、そんな有様で取り込める筈が無いだろう、自滅する気か?
【あの時はまだ分裂していなかったからな。それに相手がORTだと私だけでは力が足りぬ、故に無謀だとしてもそなたを取り込む必要があった。まあ、終わった後もそなたを吐き出さなかったのは確かに愚かと言われても仕方ない。
それでも、私達はそなたを惜しいと思ってしまった。そなた達が積み重ねた歴史が、そなたが成した偉業が、ただ無に還ってしまう事が。
……だから、私の中に取り込んで仕舞えば、其れ等は星の記憶となって残り続けると、そう思ってしまった。
それが、そなたを取り出せずにいる理由だよ】
………………………
…………………それが、
それがカマソッソを取り込んだ理由か
そんな身勝手な理由でカーンの歴史を喰ったのか
そんな、幼稚な動機でカマソッソを捨てられずにいるのか
世界を救い、滅ぼしてきた人類最後のマスターはどんな冷血かと嗤ってやろうかと思ったが、駄々を捏ねる子供の発想と変わらんではないか
…全く、幼稚さが向こうのオマエと大差がない。他にも恨み言があったのに、呆れて忘れてしまった
仕方ない、カマソッソは忘れ易いのだ
5
『———いやだ!私は捨てたくない!』
それで、オマエはどうする。幼い方のオマエは嫌がっているが
【別に何も。ガイア側の私にはマーリンの提案を拒絶する理由はない。後はあれが承諾するだけなのだが、見ての通り嫌だの一点張りだ。おもちゃを離そうとしない子供の駄々だな。
まあ、一応あれを擁護するならば、マーリンの案にはそなたにとって看破できない欠陥が二つほどある】
………欠陥か
【一つは、時間が足りぬ。ただ休眠するだけでも起動期間を超過した分や吸収した異聞帯の分の情報を処理するのに三十年はかかる。とは言えこれだけなら最悪体内の時間を300倍ぐらいに加速すればひと月程で解決する。だが問題なのは体内の劣化、損傷、汚染だ。ここまで来るとただの整備ではなく精密な再構築をする必要がある。そうなれば仮にそなたの国民全員を呼べたとしても掛かる時間は百年所では無い。もしも間に合わずに異星とやらが地球を乗っ取るなり吸収するなりした場合、そなた達を月に移住させるための余力は残らぬであろう。
そしてもう一つは、そなたの国民をどれだけ復活させられるかだ。例え存在しているだけでも魂は時と共に磨耗していく、600万年という時は魂が擦り減るには充分すぎる。復活出来たとしても正気が残る者は一万も居れば良い方だろう。そこから文明の維持と継承となると———】
———おい
【…どうした?】
オマエの言いたい事は解った
あの幻影の提案が机上の空論である事も、オマエの欠片の幼子が我が民達を案じている事もな
その上で言おう、舐めるなよ
【————】
あの幻影の言葉が嘘でないだけの詭弁であるなどとうに理解している。
その上でオレはやると言ったのだ。それを理解して尚も哀れむと言うならば、それはカマソッソへの侮辱だ
何よりオマエは今、カーンの民が耐えられないとほざいたな
よく聞け、人類最後のマスターよ。汎人類史の王よ。未来(カナタ)を見ず、現実(イマ)を生きず、過去(カツテ)を詰め込み、結末(オワリ)から目を逸らせぬ常在だった者よ
オマエが、我が民を定めるな。それをして良いのはオレだけだ
【……そうか、そなたは信じているのだな。いやはや、気を遣わせてしまったか。そなたにそう言われてしまっては私から言う事は本当に何もない。
では好きにせよ。あれを説得しようが、破壊しようが、解決するならどちらでも構わぬ】
壊してもいいとは、そんなに己の情動が邪魔か
まあ、いい。それでもいい
そういう事だ、猿に堕ちた星の欠片。オマエを直そう
———そして、返してもらおうか。オマエが喰らい糧にしたカーンの歴史、カーンの領土、カーンの残した全てを
『嫌だと言ってーーーこ、こら!よせ!掴むな!』
やけに重い
当然か、世界を七つも取り込んでいるのだ。汎人類史を含め概念的に八つの世界の質量となると、強大なカマソッソでも持ち上げるには流石に重い
振り回して脅かしてやろうと思ったが、仕方ない。この七つの光の塔を引っこ抜くか。無理に詰めたこれを取れば多少は軽くなる。それに恐らくはどれかがカーンの文明の筈だ
『止めろ!引っこ抜こうとするでない!い、痛い!やめて!』
これ(ロシア)は獣臭い、違う
これ(北欧)はやけに薄い、違う
これ(中華)は随分と静かだ、違う
これ(インド)は壊れているな、違う
これ(機神)は人の歴史では無い、違う
これ(ブリテン)は、一人しかいないのか?軽過ぎる、違う
……これだな。ミクトラン、カーンの歴史、オレがいた世界の残像。