異端者たち①

異端者たち①




「ずっと思ってたんだ。今も時折思うことがある。もし俺が、虚になるんじゃなくて、死神に見つけてもらえて尸魂界に行けたらどうなってたんだろうって」



そうしたら、死神になった一護と何の問題もなく再会できたのだろうか。笑い合って、はしゃぎあって、何事もなく楽しめたのだろうか。もしかしたら霊力がなくて霊術院に行けない、会えない可能性もあるけれど、今の自分にはそれでも輝かしいもしもに見える。



「でも、そうじゃなかった。俺は虚になって、自分の心の飢えを満たすために殺して、食べて、暴れて、ひとりぼっち。なのに勝手に寂しくなって、ずっとずっと探してた。自分の心を満たしてくれる誰かを」



何より怖いのは、その行為に何の罪悪感もないこと。人であったときの心が欠損して孔が空くのが虚という生き物で、イレギュラーだなんだと言われている自分も、結局それから逃れることはできないということだろう。残念なことに、どれだけ人と仲良く振舞っていても、自分は人とは違う化け物に成り果ててしまった。



「俺は人間じゃない。だから、当たり前のように大人になって、当たり前のように老いて、当たり前のように死ぬ人間とはどうあっても境界がある。あの日、あの時、人として死んだ時点で、俺はいちご達と同じ時間を歩めない」



一護、たつき、雨竜、その他の現世の友人知人も、霊力を持つ者は多い。だからこそ、彼らが穏やかに死んだ後もそこまで憂う必要はない。ないが、それでも、やはり人間とは違うのだ。生きて、泣いて、楽しんで、不幸になって、幸せになって、笑って死ぬ。その生き様に自分はついていけない。だって、自分は人としてはもう終わっているから。



「藍染様に拾われた時、とても嬉しかった。俺の頭を撫でてくれて、俺を必要だと言ってくれるだけで、心の孔が充たされた気がした。その答えが嘘か本当かなんてどうでも良いぐらいに、孤独を埋められるということが嬉しかったんだ。あの人のために生きることが、今ここにいる自分の役目だったんだ、天啓だったんだと思った」



でも、結局は。その末に親友と殺し合うことになってしまい、心を寄せていた藍染にも殺されかけて。たとえ救われても、そこから地に叩き墜とされて。孤独だった兎は、また孤独に戻ってしまった。

仲間には囲まれた。独りぼっちではない。ただ……“なぜ自分はここに居るのか”という存在理由に対しては、ずっと答えが見出せない孤独のままで。



「浦原さんからたくさん学ぶうちに、気づいたよ。虚であることは変えられない。人を辞めてしまった弱い化け物であることは変えられない。だけど、だからこそ、今の自分だから出来ることがあるはずだったんだって。今からでも遅くないって。『晴兎』じゃなくて、『ヴァニタス』だからこそ出来ることがあるって」



ああ、きっと、それは今この一瞬だったのだろう。虚の研究を始めた。滅却師の研究を始めた。完現術者の研究を始めた。死神は自分よりも詳しい人がいるからそちらに任せてしまったけれど。



「俺は絶対に解き明かす。霊王が世界を別ける前に存在した、原初の世界の醜さを。虚とは何か、なぜ相容れない存在となってしまったのか。そして……心に孔が空いて飢え続けてしまっている同胞たちをどうやったら救えるのか。虚だからこそ、見える視点がある。虚圏でさえ、俺の知らない沢山の特別な虚や物があるんだから」



心が軽い。全能感に満ち溢れている。自分が生きる道、生涯を捧げて求めるべき目標を得たというのは、こんなにも心地良いものなのか。なんだって出来る、どこまでだって行ける。浦原さんだって言っていたじゃないか。

「生きる意志、目指す意志を捨てることがなければアナタはどこまでも高く跳べるんス」って、俺に言ってくれた。ならばもう、止まらない。俺は俺の探究心で、今から死地に挑もう。大丈夫。もしものことがあったとしても、ここには沢山の友達がいるから。



「さあ、やろうアダム。好きなように力を出していいよ。俺が全部受け止める。受け止めて、さらに上に行こう。お前をどこまでも受け止めて、さらに引き上げよう。俺は俺が諦めない限り、お前に追いつけるよう、さらにさらに高く跳ぶ」


「………調べるだけなら、俺と戦う必要ないんじゃないか?」


「わかってないな、アダム。俺たち虚は闘争こそが本分なんだ。誰も彼も、戦いに飢えている。もちろんそうでない奴らもいるけどね?けど虚は、根本的に野生の動物に近いんだ」



かつての洗脳されたロゼとの戦い、その後の帝国の滅却師たちとの戦いで、ヴァニタスの力は更に高まっている。闘争こそが強くする。苦境こそがヴァニタスをさらに強くする。強くなれば強くなるほど、自身が異常になればなるほど、虚と云う、原初の世界から存在する生き物とは何かを理解出来ると思ったからだ。

ならば、現在の虚圏にて己が知る中で最も異常な存在……アダムとの心からの戦いを通して彼を理解し、己を理解する。それこそが、今の自分の最適解。ただ研究するだけでは壁に突き当たってしまう、浦原喜助という師匠とは違う視点から違う答えには辿り着けないと理解した、ヴァニタスの決意だ。



「……死なないか?」


「死なないよ。死ぬわけになんていかないだろう。俺も死なないし、お前も死なない。だって俺もお前もいちごの友達だ。いちごは俺たちが死んだら悲しむよ。だから俺たちは、意地でも死なない。それに、アイツは優しいから。もしどっちかが死にそうなことになれば、きっと止めに来てくれる。ロゼとスタークにも、そうやってお願いしてるからね」


「そうか。まあ、俺も自分の力をさらに使いこなせるようになるのは嬉しいからな。お前と戦ってそれが出来るようになるなら、俺も精一杯やろう」


「うん、それでいい。どこまで行けるか試してみよう。きっとどこまでも行けるから」



ああ、惜しい。今もアダムから流されている振動の力がヒシヒシと伝わってくる。これをもっと彼が使いこなせるようになったなら、もっと真髄を理解し、使いこなせるようになったら、どうなってしまうのだろう。

そして、自分の力の真髄を理解できていないのは自分も同じ。果たして俺に限界はあるのだろうか。どこまでやれるのだろうか。興味はつきない。知的好奇心と戦闘欲求が混ざり合って頭も胸もとても熱い。



「さあ………行こう!!」

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