異端者たち③

異端者たち③


「王虚の閃光」


「弾けろ」



振動を付与した王虚の閃光。アダムが得意とする技の一つで、当たればヴァストローデと言えども容易く粉砕する人知の埒外にある一撃。しかし、それは当たらない。ヴァニタスが発生させた力場がアダムの振動を通さない。



「圧縮、生成、そして……っ!」


「っ、と。ヴァニタス、今お前俺の頭狙わなかったか?」


「どうせ避けるんだし、そうじゃなくても生き返るんだからいいでしょ!」



ヴァニタスが手のひらを握りしめると同時に、アダムの頭部が存在した空間が圧縮される。無論、その前兆をアダムは予期して回避したが、そうでなければ防御不能の攻撃が頭部を粉砕していただろう。アダムならばその状態から何事もなく復活しかねないが。というか多分復活するが。



「俺も、アダムも、当たんないね、攻撃っ!」


「………その割には、笑ってねぇ?」


「そりゃあこんなの初めてだからな!自分のこんな力も、アダムのここまでの力も!」



重力を乗せた一撃が、振動を乗せた一撃が、互いに放たれるも届かない。振動の障壁に、あるいは見えない力の波に阻まれて、あと一歩が越えられない。時折、どちらかの一撃が壁を越えて届きそうになるのだが、命中する直前にさらに壁が強固になるのだ。

今や傷の一つすらつかない。彼らは二人とも、動く必要すらなく軍勢を殺戮できる。……と言っても、本人の気質からして動かないと気が済まない奴らなのだが。



「………よし、雨を降らせてみるか!」


「は?雨?」


「おう。ちょっと大きいけど勘弁な!アダムなら余裕だろ!」



虚圏の遥か彼方、自分が知っているところから知らないところまで。一粒ずつ、虚圏の砂粒を天上に集める。空に持ち上げ、固めて、固めて、一つの大きな星にする。それを何度も、並列しながら、たくさん。まるで大量の隕石のように。かつてゲームで遊んだことがある『流星群』の描写と、それは良く似ていた。



「オレは良いけど周りの奴らはどーすんだこれ」


「大丈夫!周りに被害は一切出ない!そういう風に調整してるから、思いっきりやれ!」


「そうか?なら、まぁ……」



拳、脚、斬魄刀、ただの咆哮、あるいは王虚の閃光。それらで瞬く間に隕石を消し飛ばす。振動を纏わせたそれはただ隕石を粉砕するだけではなく、地上に影響が現れにくいように、細かな砂粒へと粉砕、分解し続ける。その振動の余波は一定区画を越えないあたり、本当にヴァニタスは力の方向を制御しているらしい。



「ヴァニタス……アダム……すご……」


「俺もロゼもアレぐらいだと流石に全部はキツいな……」



ヴァニタスの研究によって、リリネットと分かれる前に近しい力を手に入れたスタークと、キルゲの指導により並々ならぬ滅却師としての力を手に入れたロゼ。彼らも隕石の粉砕ができないわけではないが、あそこまで大量の数の粉砕を出来るわけではない。その余波を外に漏らさないようにしているあの技術も、再現不可能だ。



「………ネリエル、頼みがある」


「もうやっているわ、ハリベル。一護に連絡はもうとっくの昔にしてる。あとルイーナが虚圏の実力者を集めまくってるわ。グリムジョー、アンリペアー、アンヘリカ、ヒロキ……何よ、ライカは呼んでないわよ。記憶が消えたらあなたが哀しむからね」


「助かる。………私の知己にも声をかけておこう。ドロネアという女だ」



楽しい。こんなに戦いを楽しいと思ったことはない。それほどまでに、アダムとの戦いは未知の連続だった。

アダムの枷はどんどん外れていく。外れて、強くなっていく。きっとその果ては底知れない。自分では到底敵わない。理論上はあの域に辿り着けるかも知れないが、その前に撃ち墜とされて死ぬだろう。

ただ、そこに至るまでの己は別だ。息を吸うごとに身体が進化していくのが感じる。霊力を生み出すほどに、霊子を吸収するほどに、身体が組み変わっていく。新しい自分になる。元より、アダムに勝つことが目的ではない。目的はアダムと戦うことによる己の進化と、それに伴う、己を生み出したこの虚圏という存在への理解を深めることだ。



「……見える。俺も知らなかった虚が見える。まだまだわからない、虚圏の知らない世界が見える」



ああ、身体が熱い。自分が虚なのかどうかすらわからない。虚?滅却師?それとも死神?人間ではないのはわかるが、それ以外がわからない。ただ、わからないままではダメだ。自分という存在を理解しなければ。



「滲み出す混濁の紋章、不遜なる狂気の器、湧き上がり・否定し・痺れ・瞬き・眠りを妨げる」



藍染様に教えてもらったこの鬼道が、まさかこんなふうに使われるとは思わなかった。あの時は考えなしだったから、そんな死神の鬼道なんかよりも自分で戦った方が強いと思っていたから。だから、教えてもらったおもちゃで遊ぶ程度の認識だった。

けれど違う、死神のこれは、鬼道は、叡智の結晶だ。死神が積み上げた素敵な絵巻物だ。だから、自分は、敬意を持ってこれを使う。きっと、アダムにも届くはずだと信じて。



「爬行する鉄の王女。絶えず自壊する泥の人形。結合せよ。反発せよ。地に満ち己の無力を知れ」



世界が、揺らいで。



「破道の九十・黒棺 」



その日、虚圏の何処からも、漆黒の柱が見えたという。






「………っっっらァァ!!!!」


「がっ゛……あ゛っ……!!!テメェ、ついに神聖滅矢まで……!!」



難攻不落、一騎当千、ひとりで世界を壊してしまえるイレギュラーが、その程度で壊れることなどあり得ない。たかが『時空が歪む』程度で、この男は崩れない。次元が違う、魂の階層が違う。大きな損傷はあるが、致命傷ではない。

そのまま爆ぜるように身体から、赤黒い霊圧と青白い霊圧をぶちまけている。それは破面、つまり虚の霊圧の放出と、滅却師としての霊圧の放出だ。その全てに超振動が加えられている。まさに無差別の大量破壊兵器だ。

それぞれの種族の大層な技術は要らない。出来ない、という意味ではない。今、この、純然たる力のぶつけ合いに於いては、霊圧の暴力以外に勝るものはないというだけだ。謂わば力の押し付け合い。非常にシンプルな戦いだ。



「っ、けど、そうだな。ちょっと、試したいことがあったから。黒棺を破ってもらって助かった」


「………いい加減やめにしねぇか。俺は別にお前を殺したいわけじゃないんだって何度も言ってる」


「だから俺も言ってるだろ。絶対にお前に殺されたりなんかしない。信じて思うままに戦ってくれって」


「………お前が死んだら、俺は悲しいよ」


「死なない。俺だって、自分が死ぬのは嫌だぞ。それに、俺が死んでアダムが悲しんだら、俺も悲しいから。………信じてくれ」



ここまで虚圏を巻き込む争いをしながらも、アダムとヴァニタス、二人の間にある感情は友愛だ。互いに親しい現世の人間を繋がりとして育まれた、大きな大きな縁。かつて孤独に喘いで、飢えて、それがいつの間にか癒やされていた者たち。

互いに軽いとは言えない傷を負う争いを繰り広げながらも、その感情に揺らぎが起きることはない。二人とも、互いに互いをリスペクトしながら殺し合っている。



「………おう、信じるぞ。俺よりもお前の方が頭良いんだし、そんなお前が言ってくれるなら俺は信じる」


「ああ。………だから、さ。今から俺は特大の攻撃ぶちかますけど……第二階層、使ってくれて良いからな」


「いや、でもそれは……」


「良いっつってんだろ!まあともかく俺のやること見てな!!」




傷が癒えていく。かつて喪ったはずの機能、特別な霊薬を使用しなければ戻るはずのなかった超速再生の機能が復元している。おそらく、「そうである」ように身体が変化したのだろう。薬を何度も使用したことにより身体が超速再生の環境に適応してしまった。



「追い付く。振り回す。捕まえる。捕まる。逃がさない。逃したくない。離したくない。離れないで。独りは嫌。置いて行かれるのは嫌。みんな、みんな、居てほしい。俺の側に、居てほしい」



だから、引き摺り墜とす。撃ち堕とす。あの太陽に向かって、兎みたいに跳ねて廻って、逃げるあなたに縋り付く。腕を掴んで、脚を曳いて、こちら側に連れて行く。消えることのない情動を、あなたの心に刻みつける。二度と忘れられないように、二度と見捨てられないように。

なんてドス黒い感情なのだろう。こんな醜い自分が、あの太陽の親友でいいわけがない。

………けれど、あの太陽は、それでも俺を赦してくれた。俺に寄り添ってくれた。俺を助けてくれた。



「なんて、眩しい。なんて、優しい。なんて、暖かい。俺は、そんなアイツが好きなんだ。友愛にしては重すぎるかな。でも、それぐらい大事だったんだ」


「わかるぞ、ヴァニタス。俺は、お前を否定しない」


「ありがと。………だから、ね。俺の能力は、こんな変に拗れた心の表れなんだろうな、って」



太陽に焦がれた男は焼き焦げる。分不相応に手を伸ばした兎は、怖い鮫に食い千切られる。それでも諦めきれないのが自分で、諦めたくなかったからこんな風に未練たらしく自分に出来ることを探し続けて。



「霊子、収束。黒棺の霊圧を全て眷属に転用。並行して、生成される霊圧の全てを斬魄刀(俺)に」



今からやるのは単純な放出と、重力の圧縮。破壊された黒棺の霊圧を己の分身たちに与え、その白い身体を黒く染め上げる。自分が自由に扱える分の大気中の霊子も全て分身に与える。それを自壊させて、黒棺よりもさらに大きな重力場を発生させる。

その上で、自分の身体から湧き上がる霊力は全て、本体である自分に回す。己の身体を砲身と砲弾、その両方として、放出する霊圧に「力」を加える。つまり簡単に言えば全力で殴る。



「黒兎/白陽」





黒崎一護は、焦っていた。まさか、こんなことになるなんて思わなかったから。ネリエルの知らせを聞いた時、傍らにいた石田雨竜と共に虚圏に一刻も早く旅立とうとしたのだ。他にも浦原喜助も付いてこようとしていたが、生憎、彼を待つ時間はなかった。

………その焦りを増長させる出来事が、目の前で起きていたから。



「………地震?というか、なんだこの黒いモヤは」


「空も眩しい……!なんだ、ヴァニタスは……晴兎は何をやってやがんだ!?」



それは、霊感の強い人間にしかわからない事象だ。普通に生きているならば何の問題もない。多少の弱い地震は起きるものの、現世が破壊される事態は起きないので、その光景が見える人間であっても何を杞憂することもない。ただ、その光景は異様が過ぎるものであるのは確かだ。


空座町の地面を覆う光を吸う真っ黒な霊圧と、空座町の天空を覆う光を放つ真っ白な霊圧。それらが全て、黒崎一護の親友であり、石田雨竜の友であるヴァニタス・レプス・ラグリマス……もとい、宇佐見晴兎のものであることは、ハッキリとわかったからだ。



「はぁ……ふぅ……ちょっと、やり過ぎたかも。いちご達、怒ってるかな。一番怖いのは、うりゅーかな」



三界を隔てる境界線を越えてしまうとは思わなかった。これはあまりにも危険、というかやってはいけないことだったと今更ヴァニタスは自省する。まだ「多少視える」程度の影響であったからよかったものの、もう少し自分の力が強ければ境界を傷つけてしまう可能性もあったかもしれない。そう思うと背筋が凍る。


そしてそのまま、これほどの攻撃を食らってもなお、死んではいないだろうアダムを見つめ─────



「──────あ、ぅ」



今まで自分を包んでいた力場が、自分の喉(孔)に宿っていた斬魄刀の力が消失した。




「我剣海割れ、三界開闢(レントゥーレイ)」


「………ああ、やっと見れた。ずっと見たかったんだ、俺。アダムのソレを」


「言ってくれたらこの姿にはいつでもなってやるよ」


「違うんだ。その姿が見たかったんじゃない。その能力を見たかったんだ。……凄いね、これ。全く力場の操作ができない。アダムと同じ、もしくはそれよりも強い霊圧ならその干渉を破却出来たのかな」



白くて、儚げで、けれど強くて。とっても綺麗だと思った。ああ、黒崎一護が現世や尸魂界に爛々と咲き誇る太陽ならば、アダムはきっと、寂しくて退屈な虚圏を照らしてくれる太陽……いや、月なのだ。退屈に死を、孤独に救いを与えてくれる恐ろしいお月様。



「いちごみたい。カッコいい」


「そうか。………なぁ、勝負はついたろ?もうこれで」


「まだだよ。……虚月を出せとは言わないけど、いちごの月牙天衝みたいなのは見せてもらわないと、ね。ああ、うりゅーの光の雨でもいいや」


「おい、ホントに」


「お願い」


「………白月刃」



その、あまりにも大き過ぎる霊圧を。例えヴァストローデであっても、素の力で避けるにはあまりにも速く、重く、大きいそれを。



「っ、し。これぐらいならまだやれるな」



素の身体能力で回避してみせた。先程までのヴァニタスならば、絶対にどうしようもないほどの完成度だったのに。



「………マジで避けるとは思わなかった」


「だろ?コレが俺だ。俺の本質だ。浦原さんが教えてくれた俺の……いや、虚の特徴だよ」




これが、ヴァニタスの本質だ。異次元の適応能力、進化スピードは異次元の理解度によってもたらされるもの。それはつまり、自身が置かれた状況、自身が相対する事象の解析、解明、適応、進化だ。

虚の脅威的な学習速度、適応速度、進化速度。それがただ単に“極まっているだけ”に過ぎないからこそ、ヴァニタスはアダムの三界開闢が機能している間も進化することができる。

……ただ、これはあくまで身体機能だけに限られた話。ヴァニタスが持つ固有の能力は使えない。故に、ヴァニタスがこのまま戦っても敗北は避けられない。地力のみでアダムを覆すほど、ヴァニタスは世界から外れていないのだ。



「でも、良いんだ。確かめたいことは確かめられたし、やっと来てくれたから。ね、そーだよね。いちご」


「そうだよね、じゃねぇぞ馬鹿野郎がァ!」


「いひゃいっ!!」



突如背後に現れた一護が思いっきり霊圧を込めた拳骨、その一撃がヴァニタスを殴りつける。その威力はかなりのもので、ヴァニタスの強固な鋼皮が真っ赤に腫れ上がるぐらい。



「おお、一護。……雨竜もいるのか」


「いるのか、じゃないぞアダム。君もそこに座るんだ。君が押しに弱いのは知っているが、だからといってこのようなことは……」


「俺も!?」



アダムも怒り心頭の雨竜に正座させられ、長々と説教をされている。雨竜にとってもヴァニタスは良き友人であり、忘れてしまっていたことはあるがアダムも良き人であるのだ。一護よりも論理的かつ冷静に叱るのは当然である。



「全く……君たちの命は君たちだけのものじゃないんだ。大切に思う人だっているということを忘れないでくれ」


「せめて……せめて先に言っといてくれ。俺はアダムを失うのも嫌だし、晴兎が死ぬのも嫌なんだ。ダチと二回もお別れするなんざ嫌なんだよ」


「………その、いちごとうりゅーにここまで心配されるとは思わなくて。……ごめんなさい」


「俺も、その……もっとしっかり止めておけば良かったな。俺も、悪い」



そうして、虚圏、そして現世を最終的には巻き込む形となったヴァニタスの一大実験プロジェクトは終了したのである。

「これはやり過ぎている」というロゼ、スターク、ハリベル、ネリエルの本気の叱咤を一護と雨竜の背後に忍ばせたまま。


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