異常性愛者

異常性愛者

時間かけすぎた

人間、誰しも人のことを想い眠れぬ夜を過ごすことがあるだろう。それは勝負の世界で生きてきた僕らにも変わりはない。だけど、これは違うんじゃない?

「エピさん、大丈夫ですか?」

「コンちゃん!ありがとう来てくれて・・・ごめんね、こんな歳になって虫が無理なんて・・・」

「気にしないでください。エピさんのためならなんだってやりますよ。」

虫が無理って人はいっぱいいる。けど羽虫とかアリにすらビビってる子供が大勢いるパパってそんなのアリ?あまりにも可愛げがありすぎるんじゃない?

・・・思い返せば、僕の周りにいた子はワイルドでタフネスな子が多かった。エピさんの子供で活躍時期も一緒ぐらいのタクトなんて熊にも果敢に立ち向かうんじゃないかってほど強い子だった。あの子の父親がこんなにか弱き生物なんてあの頃の僕に言ったって信じないだろうな。

窓を開け、解き放ってやる。別につぶしたっていいが、エピさんは苦手な虫が死んだことに対しても悲しみを抱く性格だ。羽虫を殺さず逃がす。ぼくにとっては難しくもないミッションだ。

「ありがとう・・・本当に。」

エピさんの声に、体が自動で反応する。あの人の方を向くと、とんでもない光景を目にした。

うつむき気味の女の子座り。もう一回言うけどこの人は子供がいっぱいいるんだ。それでこのふるまい?まじか・・・

「気にしないでくださいって。同室ですし、尊敬してる先輩ですから。」

「尊敬・・・そうだよね、ぼく尊敬されてるんだよね・・・コンちゃんから。」

ベッドからゆっくりと降り、こっちに来る。背が僕よりちょっと低くて、肉付きもそれほど良くは見えない。実際、その肌に触れても柔らかで必要以上に細く見えた。僕とはあまり縁のなかった「ヒンバ」という言葉は、こういう人のためにあるのだろう。

「でもいいのかな。僕なんかがコンちゃんに尊敬されちゃってさ。別に誰か一人だけしか尊敬できないわけじゃないんだけどそれでもなんか・・・」

また始まった。この人の自虐。

「エピさんが自分で言ってるじゃないですか。エピさんだけしか尊敬できないわけじゃないでしょ?」

この人は普段は元気いっぱいだけど、気分が沈んだり疲れたりしたときはこんな風に自虐的になる。いい現象じゃないなんて、分かってる。それでも、この状態になったエピさんを見ると内に秘めた被虐心が浮かび上がろうとしてくるのを感じる。こういうタイプは好む人もいれば嫌う人もいるが、正直に打ち明けてしまうなら僕は断然興奮する派だ。

「・・・けど、もしたった一人しか尊敬できなくたって、僕はエピさんかディープさんで迷い続けますよ。」

「!・・・コンちゃん・・・」

ずぶずぶになってしまうエピさんも当然魅力的だが、元気なエピさんもやはり捨てがたいというか、あんなこと言っといてなんなんだけど普通にこの人には元気でいてほしいしずっと僕のそばで笑っててほしい。人間だれしも顔は複数個持ち合わせているものだ。

ここからは余談だが、エピさんと言い切らないのがこの会話の玄人ポイントだ。

「エピさんだけ」なんて言ってもこの人は気をつかったなんて考えるかもしれない。

けど、コントレイルからディープインパクトと並ぶほど尊敬されていると言われれば、あの人は嘘と疑っていたって嬉しくなり、つい口がほころぶ。現に、今かなりその頬が緩んでいる。僕以外が見れるなんて思わないけど。

「・・・ふふ、そうだよね。コンちゃんったら、ほんとうに僕のこと好きなんだから♪」

落ち込んでてもすぐに持ち直すこともこの人の魅力だ。

ちょっとうざっぽい言動もするけど、まあこの人がやる分には可愛げじゃないかな。

普段はここでなあなあで流して生活に戻るのがいつものパターン。けど今日は、さらにその先に踏み入ってみたいと思った。いや、ずっと前から思ってたのかもしれない。結局、僕も怖かったのだ。踏み入りすぎて、戻ることも進むこともできなくなることを。忘れてたよ、突き進むなら最後まで。

「ええ。大好きですよ、エピさん。あなたのことをいつでもつい目で追ってしまう。遠征でいないとわかっていても、視界の端にいないかなんて探しちゃう。友だちと話してても、レースをしてても、いつも心の何処かにあなたがいる。あなたと今以上の関係になりたいと思っている。僕はあなたのせいでこうなってしまったんだ。責任、とってくれますよね?」

エピさんの愛も良心も利用する。決断したなら直線一気しかありえない。

・・・もしこれで振られたなら、腹切って死んじゃうかも。

「コンちゃんのことは大好きだよ。でも・・・」

死のう。今までありがとうございました。

「ぼくもコンちゃんと同じ気持ちだよ。好きなんだ、君のことが。

でもだめだよ。ぼくらは男同士だし、君はコントレイルで、ぼくはエピファネイアだ。ぼくがどうなったっていいけど、君がぼくのせいで傷ついたりしたら・・・」

「その程度じゃ僕は止まらない。あなたのことを愛し続けられるなら、僕は世界なんていらないんですよ。」

「やめてよコンちゃん・・・その目でぼくを見ないで・・・」

直線押し切り!

「あなたを幸せにします。そのぶん、僕も幸せになります。二人ならきっと今よりもっと幸せになれるはず。僕と付き合ってください。世界で誰よりあなたが好きです。」

エピさんの顔がどんどん真っ赤に染まっていく。本当にかわいいなこの人は。

「・・・ほんとにいいんだね?もう離れられないんだよ?ずっと一緒にいなきゃいけないんだよ?」

「どんなのでも望むところです。だって僕はエピさんのことが好きだから。」

「・・・分かったよ。ぼくも大好きだ。いっしょになろう、コンちゃん。」

「やった!ぜったい、ぜーったい幸せにしますからね!」

「・・・期待してるよ、コンちゃん。」



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